王神愁位伝 第1章【太陽のコウモリ】 最終話
最終話 少年の謎
ーー前回ーー
ーーーーーー
”ガチャ”
雲の宮殿2階。
ここはコウモリ部隊の共有スペースであり、いわゆる隊員たちの”職場”だ。
その大きく開けた部屋の奥に、もう一つ小さな部屋がある。
そこはコウモリ部隊隊長の執務室である。
「入るぞーーーー。」
そこに、どっさり積み重ねられた書類と一緒に入ってきたのはバンだった。
そんなバンを見て、逃げようとする人物が・・・
”ガシっ”
しかし、すかさず素早いスピードで捕まえるバン。
「逃がさねぇぞ、坂上。」
してやられたという表情で、バンに顔を向ける坂上。
「はぁ・・・帰って来てからずっとこんな感じでは・・・疲れちゃいますよ。」
「あんたが毎日コツコツやっていればここまでにならないんですよ。」
「バンくんってこう見えてコツコツ派ですもんね・・・。世の中見た目だけで判断してはいけませんね。」
バンは知るかという表情で、どんどん坂上の机に書類を積み上げていく。
ただでさえ書類が積みあがっている坂上の机は、書類の山となっていた。
「鬼!!!」
小さな坂上の反撃も、バンには痛くも痒くもない。渋々坂上が書類を見始めると、その様子をバンがじっと見つめた。
「・・・何か私に言いたいことでもあるのでしょう?」
坂上は書類に目を通しながら聞く坂上に、バンはため息をついた。
「そりゃ、沢山ありますよ。」
「幸十くんのことですか?」
「一番はそこですね。本当に山から拾ってきただけっすか?」
すると坂上は書類から目を離し、バンに笑顔を向けた。
「はい。そうですよ。経緯は先ほど話した通りです。」
その返答に、バンは頭をかいた。
「ーで。彼はそもそもプライマルなんですか?それともセカンド?」
「さぁ。分かりません。本人はプライマルと言っているようですが・・・。一応能探にかけてください。シャムス地方に出発する前に。」
「え、それ、明日までにかけろってことか?」
「はい。そうなりますね。」
再びため息をつく。
「で。セカンドならまだ入隊の余地はありますが・・・プライマルじゃどうするんです。身元も分からないんですよね?親とかいるんですか?」
「身元は、たぶん覚えていないのでしょう。」
「覚えてない?どういうことです?」
「メリーさん曰く、何を聞いても分からない状態だそうです。まるで、”今までちゃんと生きたことが無いような、生まれたての喋れる赤ん坊のようだ”・・・とのことです。」
その言葉に、バンは何か頭の中で考え始めた。
「こればっかりは、現時点でどうこう明確化するのは難しいです。彼にも親がいるとは思いますが。戦争をしているこんな時代です。死に分かれている可能性も十分にあるでしょう。」
「何も覚えてないってことは・・・記憶喪失か?」
「ーそうですね。一番その線が濃厚だと考えてます。今まで彼がどこにいたのかは、これから調査してくとして。奴隷として生きてきたのなら、何か過去に大きなトラウマ級の出来事があった可能性があります。その記憶を忘れるため、全ての記憶をなくし自己防衛・・・ということもあるかもしれません。」
バンは固まった体を伸ばすように、両手を上げた。
「それにしても・・・、奴隷ってどういうことだ?太陽族に奴隷商人でもいるってことっすかね?」
「・・・そうですね。太陽族・・・」
何やら含みを持たせる坂上の様子に、バンが聞いた。
「どうしたんですか?まぁ、太陽族領地内でしょうから、調査することはそこまで困難ではないでしょう。上手くいけば、本当にロストチャイルドの件も同時解決ということも考えられるかもしれませんね。」
バンが意気込むと、坂上は部屋の窓の外に見える太陽城の時計台を見た。
もう日が暮れ、短い夜が来そうな時間帯だ。
「ーそうですね。太陽族の話だけで収まればいいのですが。」
「・・・それって・・・まさか、また月族が絡んでるとか言うんじゃないですよね?ロストチャイルドの件に月族が絡んでるって言って、どれだけ参部から言葉を慎めと言われたか覚えてますか?休戦状態の今、変に月族を刺激するなって。」
通報当初は休戦直後のタイミングでもあり、人が消えたり亡くなったりすることは日常茶飯事であったため、太陽城の誰もが相手にしていなかった。
しかし、どうも子供の失踪確率がやけに高くなっていた。
不自然に感じた坂上が隊員たちに調査をさせると、あまりの違和感に
これは意図的な何かがあると感じ問題視していた。
「まぁ、別に太陽族領地内で解決するならそれに越したことはありません。現状、月族の様子が全く見えないので、上層部が変に刺激したくない気持ちも分からなくもありませんが。しかし、この族の未来を担う子供たちがどんどん消えていっているのです。これは太陽族にとって由々しき事態です。」
何か考え込む坂上に、バンは反論することを諦めた。
「紫戯に動いてもらっているのでしょう?彼に幸十が見つかった山を調べさせますか?」
「いえ。今アテン地方に行ってもらってますが、シャムスに向かってもらおうと思ってます。」
「シャムスに?それはどうして・・・。明日から行く組と合流して休息を取らせるとか、そんな優しいことを言う訳じゃあるまいし・・・」
「私はバンくんに比べれば、そこまで鬼じゃないですよ。それに・・・彼に休息を取れと言っても取りませんよ。明日行く組とは別件で動いてもらいたいことがあるのです。」
「別件?」
「はい。シャムスの各地で、ロストチャイルド現象が著しく多発しているそうです。どうもシャムス軍も地方庁も一緒に警備をしているそうですが・・・お手上げのようです。」
「あぁ、シャムスは珍しく地方庁と軍が仲いいっすもんね。なるほど。」
「はい。なので、明日行く組にはもちろん休息を取ってもらいますが、夕貴軍隊長に私の見解を書いた手紙だけ渡してもらおうと思ってます。」
「なるほど。その後、紫戯が調査に入るってことか。単独で?戦術班は?」
「ココロくんを念のため残そうか迷ってます。」
「まぁ、紫戯ならいらないって言いそうだが。」
バンの言葉に、坂上はクスっと笑った。
「そうですね。本当。彼は最強のコウモリですから。」
”ガタッ!ゴン!!!ガタガタガタ!!!”
話していると何やら外が騒がしくなり、二人は何事かと執務室を出た。すると、洋一とココロが何やら深刻そうな表情をしていた。
洋一に至ってはパニックを起こし、なにやらよく分からない挙動をしている。
「おい!うるさいぞ!」
バンの姿を見つけて、洋一は物凄い速さでバンに詰め寄った。
「え」
驚くバン。
「副隊長、これは事件や。」
「はあ?何があったんだよ・・・」
あまりの洋一の真剣な様子に、バンが聞き返すとー
「食堂にあった食材が綺麗さっぱり消えたんや。」
「はぁあ?どういうことだよ。」
バンが信じられずにいると、ココロも言った。
「いや。本当に無いんです。まめじぃも驚いてますよ。一足先に上がった旬稲にヘルプを呼びに行ってます。」
「泥棒か?」
「いや、本当忽然となんや。部屋も厨房もいつも通り。食材だけ全てないんや!これ、ロストチャイルドみたいや!ほんま!!綺麗に消えてるんや!」
「・・・どういうことだよ。夕飯食べれねぇじゃねぇか。」
洋一たちが騒いでいると、
”ガチャ”
誰かが部屋に入ってきた。
「あ、ココロさん!丁度良かった!さっちゃんの隊服、作ってほしくて・・・」
そこに入ってきたのは、琥樹と幸十であった。
琥樹は入るや否やココロに言うも、誰も琥樹の言葉が頭に入ってこない。
皆、隣にいた幸十に視線を向けた。いや・・・正確には幸十のこれでもかと膨れる大きなお腹に・・・。
「サチ?そのお腹は?」
”ギクっ”
洋一の指摘に、琥樹が焦る。
「さっき食ど・・・むぐっ」
幸十が答えようとすると、琥樹がとっさに幸十の口を塞いだ。
「あ、いやさっき宮殿前で熊が出てきて、狩ったらそのままさっちゃん、食べちゃって!あはは!」
笑いながら必死にしゃべる琥樹に、洋一・バン・ココロが詰め寄る。
「熊だぁぁぁああああ?!?」
「ひぃ!!」
「太陽城に熊がいるわけないやろが!!湖に囲まれてるここにどうやって熊がくるんや!泳いでくるんか?はぁ?!」
「あ、い・・・いや・・・」
「琥樹、塞いでる幸十の口、手どけて。」
琥樹は渋そうな顔をし、冷や汗をだらだら垂らしながら幸十の口に当てた手をどけた。
「さぁサチ。はきぃ!」
「食堂でお腹いっぱい食べた。」
「お前らかーーーーーーーーーー!!?!!」
その瞬間、琥樹は追いかけてくるバンたちから逃げるため、幸十の手を掴んで走り出した。
「な、なんで俺も!?俺は一口も食べてないんだけど?!」
「嘘つけ!!」
「嘘じゃない!!」
「一緒にいれば同罪や!!」
「えぇぇぇぇえええーーーーー?!!」
涙を流し必死に走る琥樹に捕まれ、大きなお腹を揺らしとりあえず走る幸十。
「待ちやがれーーーーー!!俺たちの夕飯返せーーーー!!」
「ひえぇぇぇぇぇぇええええええ!!さっちゃん、もっとちゃんと走って!!」
「お腹が重くて無理。」
「今それ言っちゃだめ!!」
「待ちやがれーーーーーー!!!!」
「ってかそんな腹で洋服の採寸できるわけないだろ!!!」
2階の部屋を走り回る琥樹・幸十・洋一・ココロ・バン。
「あら?なにこれ、何かのトレーニング?」
お風呂から出てきたミドリが走り回る5人を見て、坂上に聞いた。
「あー。まぁ、そんな所です。ふふっ。」
ミドリは我関せずと自身の机につき、坂上はそんな5人を見ながら微笑んでいた。
明日シャムス地方に向かう幸十たちだったが、取っ組み合いは暫く続いた。
ー第1章 太陽のコウモリ 完ー
ーー次回ーー
ーーーーーー