王神愁位伝 第2章【太陽の泉】 第50話
第50話 ピエロに残された宝 -終-
ーー前回ーー
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その後、シャムス軍が必死の激闘の末、かなりの爪痕を残し月族とマダムは去っていった。
特に首都シャムスは壊滅状態で、半分以上の人々が亡くなった。
その時のシャムスは、まさに地獄絵図であり、真っ白な雪と真っ黒く焼け焦げた家屋が、色を失った世界のように人々に絶望を与えた。
俺は風季に抱えられ、シャムス軍本部の医務室に着いた。ハナがマダムに襲われ、無惨に食い千切られる光景がずっと頭から離れず、放心状態だった。
風季や那智、榛名だって、精神は勿論、身体的な負傷も酷いものだったが、気を遣える程の余裕は、当時の俺には全くなかった。
シャムス軍本部の医務室は地下にあり、生き残った人々はそこで暫くうずくまっていた。
食料が配給されたが、全く喉が通らない。
風季たちがどうしていたのか全く覚えてないが、俺のそばにずっといてくれたのは確かだった。
3、4日過ぎ、事態が収束していた頃、夕くんが来た。
俺の憔悴しきった姿を見て、何も言わず抱きしめてくれた。包帯を身体中に巻き付けた夕くんからは、血の匂いがした。
今回も、夕くんは命懸けで沢山の人を救ったのだろう。・・・なのに俺はハナ一人助けられなかった。
攻撃してきた月族は勿論、到底許せない。
憎くて仕方ない。
・・・けれどそれ以上に、不甲斐ない自分がどうしようもなく
憎く、
憎く、
憎く、
許せなかった。
自分の身体に刃を向けて、何度刺したって自分への憎しみは断ち切れそうにもなかった。
守られてばかりの不甲斐ない俺が、
何も守れない俺が、
どうしようもなく憎かった。
すると、暫く抱きしめていた夕くんが口を開いた。
「ごめん・・・スニフ地方庁長も・・・助けられなかった。」
俺の肩に顔を埋めて、絞り出した言葉だった。俺は肩を震わせる夕くんに、何を言っていいのか分からなかった。
俺はハナを守れなかった。
ハナを餌にして逃げた。
その言葉が脳内で繰り返されていた。
何も答えない俺から離れ、夕くんは涙を拭うと俺をまっすぐ見た。
「・・・達。地方庁長から、お前に託されたものがある。」
すると、シャムス軍の隊員の一人が、夕くんの背後から俺に近づいてきた。
「・・・ぅう・・・きゃっ!」
その無邪気な声に、俺は咄嗟に顔を上げた。
そこにいたのは、ハナの子供、コハルだった。
「・・・っ!コ・・・コハル・・・」
俺は驚き、コハルのぷっくり愛らしい顔に、思わず手を持っていった。
「・・・お前は知ってたんだね。月族の攻撃で、崩れ果てた地方庁の瓦礫の中、地方庁長がその子を庇って守っていてね。私たちが着いたと同時に、この子を達に託したいって。ハナの子供を。そう言って・・・息を引き取ったんだ。」
「俺・・・に・・・?」
「ぁあ。達に、だ。」
俺はハナを守れなかった罪悪感に断ろうとした。俺に、何かを守るなんて無理だ。できない。愛した女性を見殺しにした、そんな俺は・・・
そう考えていた時――
"きゅっ"
「あー?」
小さいコハルの手が、俺の小指を掴んだ。
小さく柔らかい手。握ればすぐ折れてしまいそうな弱い弱い存在だが、その手は、なによりも温かった。
父親には捨てられ、母親は精神を壊し戦死した身寄りのないか弱いこの子は、何も知らず、光を失ったシャムスに、新たな息吹を与えるかのように無邪気な笑顔を向けた。
その笑顔は、凍った俺の心臓を温め溶かそうとしていた。
愛するハナの残したこの子を、どうして嫌いになれるだろうか。
自分の子じゃなくても。
ハナを苦しめた男の子供だとしても。
愛らしくて可愛いくて仕方のないこの子を、どうして放って置けるだろうか。
俺はシャムスの隊員からコハルを渡され、自身の腕で抱きしめた瞬間、涙が止まらなかった。止まらない涙が、雨のようにコハルに降り注ぐ。
「・・・ご・・・ごめんな・・・・っ君の・・・お・・・お母さん、守れなくて・・・ごめんっ・・・ごめんな・・・うぅっ・・・」
コハルを抱きしめ、謝り泣き続ける俺を、風季、那智、榛名が抱きしめてくれた。
ハナを守れなかった俺たちは、この温かい存在を必ず守ろうとその日誓った。
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月日は流れ、4年近くが経った。
あれからコハルと風季、那智、榛名の5人で暮らしていた。コハルは女の子だが、元気に活発に育っていた。
よく雪合戦をしていたが、風季・那智・榛名を圧倒するスピードの雪玉を投げ、ヘトヘトにすることもあった。
ハナも、精神が安定してくると、知らぬ間にどこか行ってしまうほど活発だったなと思い、親子だなと改めて思った。
風季とはよく木登りをし、榛名とは絵本を沢山よみ、那智とは氷の上でステップの練習をよくしていた。
コハルは、本当に愛らしく優しい子に育った。
「イタくん!!」
俺のことは、そう呼んだ。
ちゃんと名前で呼んでくれないところも、親子似ているようだ。
肩車が好きで、よく俺の肩に乗ってきた。
俺の作る雪だるまも好きで、その隣に不恰好なコハルが作った雪だるまが並んでいた。中々上手く作れなくて、いじけることもよくあった。
俺はというと、スニフ地方庁長の遺言に、俺に地方庁長を継ぎたいと記載があり、シャムスの地方庁長として仕事をしていた。
就任当初は、参謀本部からかなりのクレームが入ったが、シャムスの人々が敬愛するスニフ地方庁長の遺言であったことから、参謀本部から人を送られても、シャムス全体が受け入れなかった。
・・・まぁ、1番大きかったのは夕くんの拳による脅しだったけどね。
月族とは休戦に入ったこともあり、シャムスもかなり復興が進み、少しずつ活気が戻っていた。
目まぐるしく過ぎ去る日々でも、ハナのことを度々思い出し、会いたい気持ちに押し潰されそうになるけれど、地方庁長の仕事、愛するハナが残したコハルとの暮らしは、俺たちに再び幸せを運んできた。
――でも、またしてもその幸せは壊された。
「コハルがいない?!?」
「・・・ぁあ。少し目を離した隙に・・・すまない、達。」
風季たちがほんの数秒目を離した隙に、コハルが消えた。
忽然と。
元々いなかったかのように。
そんな遠くまで行けないだろうと首都シャムスをくまなく探したが、痕跡すら見つからなかった。
漠然とした不安の中よぎったのは、他地方で頻発しているロストチャイルド現象だった。
コハルを探しつつ、参謀本部へロストチャイルド現象の解明を何度も持ちかけるも、あっけなく却下になった。
独自で調べるために昼夜問わず動き回ったが、全く解明の糸口が見つからなかった。
コハルが消えて、気がきじゃなかった。
ハナを亡くした時を思い出し、血の気が引いた。
コハルまで失いたくない。
今度こそ守りたい。今度こそ。
それは風季たちも同じだった。サーカス団としてシャムスの各地をまわりコハルを探す日々。
そして、その日は”太陽の泉”に来ていた。
「コハル!!コハル!!どこだ?!」
太陽の泉に到着し、探していた時――
"キィィィィィイン"
そこにマダムと、月族の朱里が現れた。
俺は驚きと同時に咄嗟に隠れた。
「”・・・子供は、これだけか。まぁいい。とりあえず連れて行こう。”」
「”えぇ・・・?大丈夫?こんな少なくて、オルカ様に怒られちゃうよ?”」
シャムスの子供たちを連れている姿に、俺は陰からコハルがいないか必死に探した。しかし、そこにいた子供たちの中にはいなかった。
同時に俺は、コウモリ部隊と揶揄される、太陽王直下の調査部隊 隊長が出した報告書を思い出していた。
"月族が絡んでいる可能性あり"
その通りだった。目の前の光景が何よりの証拠だ。
鼓動が速くなっていくのを感じながら、どうするか頭を巡らせた。
地方庁長として、このまま子供が連れていかれるのを見ているだけでいいのか、俺に何ができるのか・・・
そう思っていた時――
「”おい。”」
"ドクンッ!!"
気配を感じ取られ、朱里に見つかった。
「”こいつ!!見てたぞ!!見てた!!”」
「”なんだぁ?プライマルかぁ?”」
「”お前・・・いつからそこにいた?”」
朱里の冷たい視線、コートの中から不気味に発せられる複数人の声、なんとも悍ましい圧に震えが止まらず、声が出ない。
答えずにいる俺に、朱里は面倒になったのか、コート下から黒い霧を発した。
「”・・・・プライマルか。まぁ、殺せば問題ない。”」
”ギュッ”
死を覚悟した時、俺は咄嗟に口を開いていた。
「コ・・・コハルは無事か!!?!」
その言葉に、朱里の黒い霧が引っ込んだ。
「”・・・コハル?何それ。”」
「お・・・俺の・・・俺の大事な娘だ!!3ヶ月前、忽然と姿を消した!お・・・お前たちが連れ去ったんじゃないか?!?」
「”ふーん・・・知らない。連れ去った子供を一々覚えてらんないからね。”」
すると、朱里はごそごそと手のひらサイズの球体を出した。しばらくすると光り、何やら声が聞こえてきた。
『・・・ぐす・・・・ふぇ・・』
『ぅう・・・ママぁ・・・』
『ぐす・・・ぅう・・・』
「!!」
そこから子供たちの泣き声が流れてきた。
俺は咄嗟に、その球体をつかんだ。
「”へっへっへっ!良いこと考えたぜ!!お前に慈悲をやろう。それは、とある場所と繋がっている。お前の子供がいるなら、その泣き声で分かるだろう?”」
何やら楽しんでいるように、朱里の声色は不気味に浮かれているようだった。俺は必死に球体に耳を近づけ、声に集中すると・・・
『ぅう・・・イタくん・・・』
「!」
『怖い・・・怖いよぉ・・・』
「コハル!!!」
その声は間違いなくコハルだった。怯え震え、助けを求める声に血の気がひいていく。今すぐコハルがいる場所へ行って抱きしめてやりたい。
大丈夫だと。
絶対絶対、俺が助けると。
連れ去られたと確信し、どうすればコハルを取り戻せるか必死に頭を回した。
「”ははっ、居たようだね。ねぇ、あんた、取引しない?”」
「・・・取引?」
「”そう、子供を返してほしいんだろ?なら、力やるからさ、子供を連れて来いよっ!”」
「っな!俺に加担しろというのか?!ふざけるな!!今すぐ戻ってこのことを・・・」
「”あんたこのまま戻れるとでも思ってんの?取引しないなら、あんた殺して・・・ぁあそうだ、子供も殺してあげるよ。ゆっくり・・・ゆ~っくり首を絞めて苦しみながら・・・”」
「やめろ!!!」
コハルを殺すと言われた瞬間、胸が張り裂けそうになった。
「やめてくれ、コハルには手を・・・手をださないでくれ・・・」
弱々しく懇願するしかなかった。その時の俺は、敵に頭を下げることしか思いつかなかった。すると、朱里は予想通りと耳元でささやいた。
「”バッカなや~つ!!!”」
「”なら、子供を集めてもってきな。そうしたら、あんたの子供の命は保証しよう。”」
俺は言われた通りにした。
俺がプライマルだと知った朱里に、奇妙なセカンドの力を与えられ、子供を集めるノルマを課せられた。
それからは地獄だった。
怖がる子供たちを眠らせ朱里に渡し続けた。
この先、子供がどうなるのか分からない。
でも・・・卑怯で馬鹿な俺は、なりふり構ってられなかった。コハルが無事ならそれが一番だから。
朱里に与えられた力のせいか、どんどん痩せ血を吐くようになっても、俺には関係なかった。
コハルが全てだ。
結局・・・風季や那智、榛名まで巻き込んでしまったが、またハナを失った時のような無力な自分ではいたくない。
そう思い必死に生きてくしかなかった。
愛するハナが残してくれた、俺たちの愛くるしい宝の無事を祈って。
俺は道化師になって、いくらでも戦おう。
『イタくん!!お外で遊ぼ!!』
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