王神愁位伝 プロローグ 最終話
最終話 天を貫く一筋の光
ー 前回 ー
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”グツグツグツ・・・”
うっすら開くまぶた。やけに重い。
まぶたに身体の全体重が乗せられているのではないかと思うほどだ。
意識も混沌としており、今すぐにでもまた眠ってしまいそうだ。
「・・・っう」
幸十が目を覚ますと、何やら薄暗い部屋にいた。
薄暗くはあるものの、真っ暗ではない。目を凝らせば何があるのか分かる程度ではある。しかし、身体が傷だらけで限界に近い幸十は、視界もおぼつかない状態であった。
ーここはどこなのか・・・
身体を動かそうとしたが
”ガチャ”
「?」
何やら拘束されている様だ。よく見ると、手足は後ろの壁に枷で繋がれていた。口元にも、喋れないようにか口枷がつけられている。
おぼろげな意識の中、幸十は少しずつ思い出していた。志都の部屋で爛の怒りにふれ、殺されそうになったことを。
”ズキンズキンズキン・・・”
いつものように、身体の痛みが全身を覆う。このような痛み、いつもならどうでも良かった。それが幸十にとって通常になっており、痛みに鈍感になっていたのかもしれない。
しかし今回は違った。身体の痛みは勿論のこと、同時に何か違う痛みも感じていた。
『あにぎぃぃぃぃぃぃぃい!!置いてかないでーーーーー!!』
頭の中で乖理の必死な叫び声が先ほどから響いていた。いつもの痛みの数百倍、幸十を苦しめていた。
同時に、部屋を出る際の志都の絶望する表情も、幸十の頭の中に色濃く刻まれていた。
ー 何故こんなに志都と乖理のことを思い浮かべると、胸が苦しくなるのか。
爛に暴力を振るわれた傷の方が痛いはずなのに、この痛みはなんなのか。幸十には理解不能であった。
身体の痛みに加え理解不能な痛みに、幸十が朦朧とする意識の中混乱していると、足音が聞こえてきた。
”コツ・・・コツ・・・コツ・・・”
「あ、起きた~?」
その独特な喋り口。幸十が顔を上げると、そこには数か月前にここに現れた鳥仮面の人物、オルカが立っていた。どこかで聞いた声かと考えていると、志都の部屋にいた不気味なウサギの人形と一緒だった。
オルカは、幸十に顔を近づけると観察し始めた。
「うーーーん。やっぱりなぁ。」
ジロジロと見ながら、オルカは何やら悩んでいた。
幸十の顎を掴み、左右に動かし、探るように身体を見る。
「・・・どうした?」
奥から、誰かがオルカに話しかけた。
「あ、蕘!」
”ードクン!!”
蕘と呼ばれる人物を見た瞬間、幸十の血が激しく動き出した。
「・・っう!・・・りっ・・・」
身体が限界状態の幸十にとって、追い打ちかのように胸が苦しくなる。
何故だろうか。白と薄い青色の髪にマスクをつけた人物など、今まで会ったことがない。オルカと同様、同じ隊服のようなものを着ており、白いマントの肩には、輝く月のブローチが付けられている。
いや、会った・会ってないではない。
身体が危険だと叫んでいるのか。
幸十はより混乱した。
苦しみだした幸十に蕘は、憐れむような視線を送る。
「・・・こいつも限界なんだろう。早くやれ。」
蕘が言うも、オルカは何やら幸十をじっと見つめ悩んだ。暫くじっと見ているだけだったが、ため息をつくと何か諦めたように幸十から離れた。
「はぁ~。まぁいっか。もうちょっと楽しめると思ってたけど・・・。君も他の検体と同じかぁ。」
どこか残念がるオルカ。
すると近くにあったスイッチのようなものをつけた。
”カチン!カチン!”
薄暗かった部屋に、赤いランプが点灯する。
辺りがランプの光で見えてくると、周囲の光景に幸十は目を見張った。
ーこれはなんだろうか。
人一人が入れるくらいの透明なカプセルが数十個ずらっと並んでいる。そのカプセルには水のような透明の液体と、何か分からない小さな何かが入っていた。
並ぶカプセルの先、一番奥には黒く頑丈そうな縦長の板が高い天井までたたずみ、その板に羽を生やした人間・・・だろうか、
その人間が天井に近い箇所で縛りつけられ、体の至る所を細い管で繋がれていた。
その人間は、空を映し出したようなスカイブルーの髪に所々赤いメッシュが入っているのが特徴的で、年齢は幸十と同じくらいのまだ幼い少年に見えた。瞳を閉じ、意識はないようだ。
目の前の光景は、ただでさえ混乱している幸十をより混乱させた。
オルカは不気味な鼻歌を歌いながら、沢山の細い管がついたヘルメットのようなものを幸十の前に持ってきた。
「さぁ、じゃあ始めようか。」
そして、抵抗のできない幸十の頭にヘルメットを被せると顔を近づけた。
「ようこそ~。選ばれなかった人間ちゃん。楽しい世界に行ってらっしゃい。」
ワクワクを抑えられないオルカが、ヘルメットの後頭部にあるスイッチを押す。
ーその瞬間
”ズン!!!”
「ううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅううううううううううう!!」
幸十に身体全体を引きちぎられるような苦痛が襲った。
その苦痛は、今まで爛から受けていた暴力の数百、数千倍にも及ぶほどの痛みだ。あまりの痛みに、目から涙が、口から唾液が、体中から血が飛び出す。口をふさがれ、上手く叫べないところも余計痛さが増す。
身体の中に、何やら異質物が入ってきて、暴れまわる。
何が入ってきているのかと聞かれてもよく分からないが、体中の血管を破壊し、体内に血は必要ないとでもいうように排出しようとする。
その様子を、少し離れた所から見ているオルカと蕘。
「ううううううぅぅぅぅぅぅぅぅううううう!!!」
”ガシャン!”
痛さで何ももう考えられない幸十は、とにかく暴れるしかなく、壁に繋がれた枷が、暴れるたびに部屋中にいたく鳴り響いた。
もう何も考えられない状態の中で、ふと幸十の脳に誰かが語りかけた。
『ー 逃げなさい。』
「!?」
痛みの中で微かに聞こえる声。
『ー 逃げられるはずだ。それだけの力を与えられているはずだ。』
「…っ!?うぅぅぅぅぅぅううううう!!」
『さぁ・・・。』
痛みと混乱の中で、どこか安心する声色の声が聞こえてくる。
この声をどこかで聞いた覚えがあったが、今の幸十はそれどころではなかった。
ー逃げろ、と言ってもどうすればいいのか。
この状況を、自分がどうにかできるなんて到底思えない。
『まだ君には、やることが沢山残っているだろう?』
ー残っているもの。
そう言われた瞬間、幸十は志都と乖理の顔を思い出していた。
2人はこれから、ずっとこの環境の中で生きないといけない。
爛の暴力に耐え、孤独に耐え、最後はここでこんなことを受けないといけない。
そう考えるだけで、幸十は全身で拒否したい気持ちに支配された。
『さあ!!』
誰かに力強く背中を押された気がしたその瞬間 ー
”キィィィィィィイイイイイイイン!!!!”
「え」
「オルカ!!」
幸十の周りから大きな光が発現し、近くにあるものを巻き込んでいく。
そして、その光は物凄い音と共に天井を突き上げ、天まで貫いた。
蕘が、近くにいたオルカを光が当たらないように抱え上げ、離れた場所に共に避難した。
「な、何が・・・」
オルカは驚くと同時に興奮が抑えられない様子だ。
また、ヒナギクの塔を突っ切り大きな光が天を貫いているのを、敷地の中にいた子供たちや爛と狼たちが驚きのあまり呆然と見ていた。
光はどんどん太くなっていき、その部屋全体を覆いそうになる。
「マダム!!!」
オルカは、周囲にいた白いトカゲのような大きな化け物たちに呼びかけると、マダム達は光の中にいる幸十に向かって襲い掛かろうとした。
しかし、光の中に入るや否や、一瞬のうちに塵となり消えていく。
何体入れても同じだ。
「これは・・・これは何だあ!!?キャハッ!!やっっっっばい!!!」
焦りと高揚を隠し切れないオルカ。
恐怖より近づきたいという強い興味が勝ち、近づこうとするも、蕘に抱えられ動けずジタバタしていた。
この暗い森の中、しかも夜。
灯りが一切ない中でのこの大きな天を突き刺す光。本日の空は雲一つない。その上空にある月を突き刺すように光は上がっていた。
「ーきれい・・・。なんだろうあれ、いたくん・・・。」
東塔にいたピンク髪の子供が、その光を見てボソッとつぶやく。
その光を見た者たちは、恐怖と共にどこかその光を触りたい、光の中に入りたいという気持ちが込み上げていた。
光は天を貫き輝いていると、暫くしてどんどん細くなっていき、最終的に光が消えた。
光が消え、オルカは急いで幸十の元に行こうとするもー
「・・・あれ?」
オレンジ髪の少年の姿は消えていた。
まるで、最初からここには少年などいなかったように。
ープロローグ 完ー
ーー次回ーー
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