王神愁位伝 第1章【太陽のコウモリ】 第13話
第13話 幸十の望み
ーー前回ーー
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ー雲の宮殿。
そこは、太陽城の外にあるちょっと珍しい宮殿。別名、コウモリの洞窟。
「おい、それでも俺は認めないぞ!幸十をうちの部隊に入れるなんて!!」
坂上が拾ってきた少年幸十の入隊について、バンが必死に止めていた。
「坂上さん、今回はバンさんの意見が正しいと俺も思います。クロが懐いているのことは珍しいですし、幸十が俺たちに危害を加えないとしても、外部からの危害はどうでしょう?ちゃんと手続きをしてからならまだ分かりますが・・・。身元が分からないのでは手続きするも何も・・・。」
ココロもバンと同じような意見だった。
そのココロの意見を聞いて、ミドリは顎に手を置いた。
「まぁ・・・、確かに2人の言い分も分からなくもないわね。ロストチャイルドの件で、他の部隊とは意見対立してるし。ただでさえ孤立状態の私たちには、非難される要素があるほど不利にはなるわね。」
「なんやあんさんら。じゃあ幸十追い出して、また奴隷としてどっかようわからん場所に帰れっていうんか?薄情なやつらや~。」
洋一が幸十をぎゅっと抱きしめながら、バンたちを見て口を尖らせた。
「おい、洋一。これは遊びじゃ・・・」
ココロが洋一を窘めようとした時―
「大丈夫。」
幸十がふと口を開いた。
「俺は戻らなきゃいけないから。すぐ出ていくよ。」
当たり前のように言う幸十に、誰もが口を閉じた。視線が集まるも、幸十はもろともしない様子だった。
「ー戻らないととは・・・、奴隷としていた場所にですか?」
少しして坂上が幸十の方を向き、質問をした。
「うん。俺は労働をしないと。じゃないともっと痛いことされるから。・・・それに乖理にもまた会うみたいなこと言っちゃったし。」
そう言って立ち上がる幸十。
シーンとした部屋を出ていこうと扉を目指した時ー
”ぎゅっ!!!”
どこかに行こうとする幸十の手を、咄嗟に握ったのは琥樹だった。
幸十が振り返ると、琥樹は心配そうな瞳を幸十に向けた。
「・・・さっちゃん。だめだよ。もうそこには行っちゃだめだ。」
「ーなんで?」
幸十の問いかけに、少し説明に困りながらも琥樹は必死に答えた。
「だめなものは駄目だよ!そんな・・・そんな痛いことされる所にいくことない!!俺たちといよう!」
「琥樹!!」
バンが止めようとするも、坂上が制した。
琥樹の言葉に、よく理解できないのか幸十は頭を傾けた。
「当たり前だよ。だって労働しなかったら、そうしたら怒られるんだ。」
「違う・・・違うよ!さっちゃん!それは当たり前じゃないよ!!逃げて・・・いいんだ・・・。逃げていいんだよ!痛いことは誰だって嫌でしょ?全てを受け止めてたら壊れちゃうよ!!身体だって・・・こんな傷だらけなのに・・・心が壊れちゃうよ!!逃げてきなよ!いいんだよ!こっちにおいでよ!!」
「ー逃げる?」
幸十の頭の中に、今まで思い浮かばなかった言葉。
その言葉に、幸十は少し考えこんだ。
そんな幸十の様子に、坂上が幸十に近づき、目線を合わせるために屈んで幸十の肩を優しく掴んだ。
「幸十くん。人が生きる理由はそれぞれですが・・・、何かを強制され痛めつけられるために、生きなければいけない人生などありません。まぁ・・・好きで選んでいるのなら、別です。私たちがどうこう言える立場ではありません。ちなみに幸十くんは、痛めつけられることはお好きですか?」
坂上に聞かれ、幸十は首を横に振った。そんな幸十の様子に、微笑む坂上。
「そうですよね。好きなんて言われたら私、どうしようかと思いましたが・・・。では幸十くんは、奴隷として生きていた人生を変えないといけませんね。」
「どうやって?」
「ふふっ。そうですね。一人ではどうしようもありません。一人では。こういう時は、仲間を頼るのです。」
「ナカマ?」
「はい。大変だった幸十くんを一緒に助けてくれる人たちのことです。」
「坂上は・・・仲間?」
幸十の問いかけに、坂上は琥樹が握る幸十の手と反対の手を同じように握った。
「はい。幸十くんが今まで大変な思いをされてきた分、私たちに何かお手伝い、させてもらえませんか?」
「お手伝い?」
「はい。幸十くん。なにか今、望んでいることはありませんか?」
「望むこと・・・」
幸十はふと、ヒナギクの塔での出来事を思い出していた。
どうしようもなく痛かった、今までで一番痛かった、身体だけではなく心からの叫び。
ー志都の絶望的な表情。
ー乖理の泣き叫びながら懇願する声。
今思い出しただけでも胸が締め付けられるようだ。
「俺は・・・志都の悲しい表情も、乖理の悲痛な叫び声も聞きたくない。聞くと、ムチで打たれるより痛いんだ。」
その言葉に、坂上は幸十を握る手に力を少し入れた。
「分かりました。幸十くんは、シズさんとカイリさんに痛い思いをしてほしくないのですね。私たちがどうにかしましょう。・・・その代わり、幸十くんが覚えていること、私たちに全て話してくれませんか?」
「それは別に構わない。」
「ーおい!坂上!!」
止めるバンを特に気にせず坂上はニコっと微笑むと、人差し指を立てた。
「そうそう。幸十くん、何かを達成するためには体調管理は必須です。太陽の泉のあるシャムス地方に明日出発しましょう!」
「タイヨウノイズミ?」
頭を傾ける幸十に、洋一がニヤニヤしながら近づいてきた。
「サチ~、ええなぁ、太陽の泉はな、あったかくて気持ちええんやで~。どんな傷でも治してくれる不思議な泉なんや~。」
考えるだけでも表情が緩む洋一。その隣で、ココロは気持ち悪そうな視線を向ける。
「お前の馬鹿も太陽の泉で治せたらいいのにな。」
ココロと洋一が騒いでいる隣で、坂上が何やら悩んでいた。
「ーそうですね。ついでに、ちょっとシャムスの女王様にも用事があるんですよね~。」
坂上が言った瞬間、バンが坂上の襟元を掴む。
”ガシ”
「行かせねぇぞ?」
圧力をかけるバン。
「えーやだバンくん、怖いなぁ。あはは・・・は。」
流石に観念したのか坂上はため息をつくと、部屋にいるメンバーを見た。
「幸十くん一人で行かせるわけには行きませんから・・・今いるメンバーから考えないとですね。それでは・・・琥樹くん、ココロくん、洋一くんで!」
「え、うそ!休暇もらえるの!!?任務じゃないよね?お休みだよね?!やったーーーー!!」
「は?」
「いやっほーーーーい!!!太陽の泉やぁ!!」
「え、私も行きたいーーーー!!!なんでよ!!こんなすたれた場所で、すたれたバンといなきゃいけないの?!?」
「ーはぁぁあ・・・ったく。」
バンは呆れたようにため息をつくしかなかった。
シャムス地方行きが決まり、琥樹と洋一がはしゃぎ、ミドリが落ち込む中、ココロは無表情で立ち尽くす幸十をじっと見つめていた。
ーー次回ーー
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