王神愁位伝 第2章【太陽の泉】 第23話
第23話 それぞれの出発
ーー前回ーー
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真っ白な景色が続くシャムスの大地。
ひたすら北上する鹿の群れは、肩周りにつけたベルトで一台のソリを運ぶ。
早朝でもあり、太陽が姿を隠すシャムスの土地はかなり寒い。少しずつ周囲は明るくなっているものの極寒だ。
大地を走るソリには、シャムス軍軍隊長の夕貴と幸十たちの姿があった。
かなりの早朝で、琥樹は体を震わせ凍えながら眠気と戦っていた。
”ガクガクガク・・・・”
「な・・・ななななななんでこんなああああ朝早くに移動を・・・」
ー現在朝4時半。
シャムスの人々はまだ寝ているのだろう。人っ子一人、見当たらない。
そんな中、夕貴はシャムスの凍える風を全身に浴び、気持ちよさそうに顔を明るくさせた。
「ん~っ!!やっっっっぱり!シャムスの朝は最っっ高ね!!!」
腕を広げ、全身で冷たい風を最大限浴びようとしている光景にー
"コソコソっ"
「やっぱあのおばはん、頭おかしいやん。」
「ほ・・・本当だよ。あんな冷たい風が気持ちいってドM・・・」
"ガシッ"
「あんたら、なんか言ったかい?」
こそこそと話していた洋一と琥樹の頭を鷲掴みにする夕貴。
「「なんでもありません/へん。」」
夕貴の迫力に、2人は同時に答え、口を閉じた。
"グー・・・グー・・・"
そして2人を鷲掴みにしたまま夕貴は、のんきに熟睡している幸十に視線を向けた。
「ちょっと、その小汚い坊主起こしなっ。」
「みんなに小汚いって言うから誰か分からな・・・」
「なんか言った?」
「何でもありません!」
琥樹は急いで幸十の肩を揺らした。
「さっちゃん!起きて!起きてくれなきゃ、俺死んじゃう!」
必死に起こす琥樹。
"グー・・・グー・・・グー・・・"
全く起きる気配のない幸十。気持ちよさそうに寝ている。
「なんだい、この子は。こんな状況で、よく熟睡するわね。」
"ゴキッ、ゴキッ"
殴ろうとしてるのか、夕貴が指を鳴らし出す。
それを見た琥樹と洋一は顔を真っ青にして、幸十をこれでもかと揺らし始めた。
「さち!!起きーや!!まじあのおばはん、お前殺す気やぞ!!」
「さっちゃん!!太陽の泉で休息どころか、怪力おばばにあの世にいかされちゃう!!!起きて!!」
"ゴンッ!ゴンッ!ゴンッ!"
シャムスの大地に鈍い音が3回、響き渡った。
「はぁー・・・。」
隣で見ていたココロは、思わずため息をついた。
夕貴の鉄拳を浴び、頭に大きなたんこぶをつくった琥樹と洋一と、やっと起きた幸十。
3人はまたもや正座で夕貴の前に並んで座らされた。
「あんたら!!いいかい?あたしと一緒に任務するなら覚えておきなっ!!」
「あ、任務言うた。」
"ゴンッ!"
「おだまり!!」
再び鉄拳を浴び、洋一の頭にはたんこぶが一つ増えた。
琥樹はその様子に、シャムスの寒さなのか夕貴への恐怖なのか分からないほど震え上がっていた。
「とにかく聞きな!シャムスから生きて帰りたいなら、次に言うことをそのちっこい頭に刷り込みな!!
1.あたしに口答えしない!
2.あたしをお姉様と呼ぶ!
3.ここではあたしが全てだ!!
いいわね?あんたら小汚いガキは、下の下の下の下の下の下の下の下の下。立ち位置しっかり認識して行動しなさい!」
拳を握り締め言う夕貴に、圧倒される幸十たち。
(・・・シャムス軍って・・・大変なんだろうなぁ・・・)
だが、一方でコウモリ部隊所属でよかったと安堵もしていた。
「まずは呼び方ね、お姉様と呼びなさい、お姉様と!」
「おば・・・」
"ガシッ"
何か言いそうになった幸十の口を、急いで塞ぐ琥樹たち。
「今なんて・・・」
夕貴が詰め寄ろうとしたが、ココロが遮った。
「あ・・・ああああの!こ、このソリだと、どれくらいで太陽の泉に行けるんですかね?・・・お・・・お姉様。」
その言葉に、夕貴はニコッと笑った。
「ふん、あんたはこの中でまだましね。小汚いガキから、汚いガキにしてやるわよ。」
「それ、逆に悪くなってる・・・」
"キッ!"
夕貴の鋭い視線に、黙る洋一。
すると夕貴は洋一から視線を離し、ソリの縁を触り自慢げな表情をした。
「このソリはね、ただのソリじゃないよ。ソリを触って気付かないかい?温かいだろう?」
「あ。」
4人は確かにと頷いた。
シャムスの外気にあてられ寒いが、確かに座っているソリは温かった。
そんな4人の表情を見て、満足気に微笑む。
「これはシャムス軍専用のソリさ。火のセカンドの能力が使われてるんだよ、少しね。それに、セカンドの力で遠心力も増して、シャムスの鹿の走る力を後押ししてるんだ。普通のソリより2~3倍近く違うね。まぁ、このまま行けば、今日の夕方には着くよ。」
「え、はやっ!」
首都シャムスから最北端の太陽の泉まで、通常ソリで3日はかかると言われている。ココロの計算でも、コウモリの翼を使っても4日以上はかかるはずだった。
確かによくよく外を見ると、かなり速いスピードで走っていることが分かる。
「夕方に着いたら、まずは私の隊員たちを探してもらうよ。太陽の泉は、誰か行ったことあるかい?」
全員首を横に振る。
「まぁ、こんな小汚いガキどもが入ったことあるわけないか。だれかペンと紙ある?」
ココロは、持っていたバッグから紙とペンをだし、夕貴に渡した。
夕貴はペンのキャップを取ると、紙に何やら書き始めた。
暫くしてから、書いた紙を幸十たちの前に置くと、人差し指で差し、説明を始めた。
「太陽の泉はね、氷山の狭間にあるんだ。氷山と言っても、そんなに高い山じゃない。誰もが登れる山さ。歩く道も緩やかな坂道だからね。ずっと歩いていくと、山の崖上に、大きな円を描いた階段のような形で泉が連なっている。5階層になってるんだが、上に上がるたび、泉の温度もあがっていくのよ。」
「ひょえ~!氷山の崖にあるんかい!!はよ入りたいなぁ~。俺は一番上のあっついやつがええわ!」
「任務遂行できたら、入らせてあげてもいいわよ。太陽の泉は、そこら辺の温かい水とは全く別格だからね。で、あんたたちには、太陽の泉を取り囲んでいる山の中を散策してほしいの。コウモリの翼、飛べんでしょ?」
夕貴は幸十たちが着ている、コウモリの翼を指した。
「飛んで、上からシャムス軍の隊員を探すってことですか?」
「そう。そういえばあんたら、セカンド?」
「琥樹はセカンドですが、他3人はプライマルです。」
すると、夕貴は何やら考えた。
「そう。なら、やっぱりこの方がいいわね。太陽の泉周辺で2番目にロストチャイルドやマダムが発生しているここを、琥樹と・・・隣の洋一で。」
そう言って、夕貴が書いた太陽の泉を中心とした地図の西側地区を指した。
「げっ!2番目!」
嫌そうにする琥樹。
「んで、3番目のこの一帯をココロと幸十。まぁ、2人ともプライマルだけど、発生率はかなり低いから大丈夫でしょう。」
今度は地図の東側を指さす。
そして夕貴は不意にニヤッと笑みを浮かべると、紙のど真ん中に書かれた太陽の泉を指した。
「んで、1番目をあたしが!さっさと片付けて、シャムス軍を絞めたら太陽の泉に入るよ!!」
意気込む夕貴だったが、休息目的で太陽の泉に向かうはずだった4人はぐったりしていた。
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『・・・くん・・・たくん・・・いたくん?』
"ぺちんっ"
『ん!!い、いてて・・・。・・あれ・・・』
達は頬の衝撃に驚き目を覚ますと、懐かしい自宅の椅子に座っていた。
深々と座れる大きな椅子は、背もたれもゆっくりとしており、よく達が居眠りをしていたお気に入りの場所だった。
そんな達の膝には、すこし頬を膨らませ、拗ねた表情で達を凝視する幼い女の子がいた。
ピンク色の短い髪を、歪な形の二つ結びにしているが、達がいつも結んでいた結び方だった。
ポカンとした表情で、目の前にいる少女を見つめる達。
『・・・コハル・・・なのか・・・?』
達の呆然とする様子に、コハルと呼ばれる少女は眉を顰めた。
『いたくん、変なの!』
そう言って、まだ小さな手で達の頬をつねる。
暫く信じられない表情をしていた達は、徐々に顔を歪ませ、目の前にいる少女を思いっきり抱きしめた。
"ガバッ!"
『コハ・・・コハルだよな?本当にコハル?』
きつく抱きしめられ、苦しそうにコハルは答えた。
『いたい!いたくん!今日変なの。天国のママも、今のいたくん見たら、変だって絶対言うと思う。』
そんなこと関係なく、達は噛み締めるようにコハルを抱きしめ続けた。
『ごめん、そうだな。でも・・・うん・・そうだな。今まで悪夢を見てたみたいだ。』
目に大粒の涙を浮かべ、この上ない笑みを浮かべた。
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「・・・たる・・い・・・る・・・・達!!!!」
"パチっ"
「・・・っ!!!!」
体を揺らされ、起き上がる達。
隣には、心配そうに風季が達を見ていた。
「・・え・・・あ・・・ぁあ。」
辺りを見回し、目の前の風季を見て現実に戻される達。
手をおでこに当て、苦笑いをした。
「ははっ・・・そうだよな・・・夢だよな。」
唇を噛み締めると、風季が達の肩に手を置いた。
「着いたぞ。」
達が乗っているソリの外には、イタルアサーカス団の団員たちが雪合戦を始めており、騒がしくしていた。
その光景に、どこか落ち込んだ様子でため息をつきながら立ち上がる達。
「・・・大丈夫か?」
達の様子に、風季が心配そうに声をかける。
「うん。大丈夫。早く、コハルを取り戻そう。」
そう言ってソリを降りると、達たちはソリを離れ歩き始めた。
そこは、太陽の泉だった。
ーー次回ーー
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