王神愁位伝 第2章【太陽の泉】 第30話
第30話 何者
ーー前回ーー
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ー太陽城 雲の宮殿ー
階段を一つ上がった2階。
広い空間に机や椅子、ソファーなど無造作に置かれ、書類が散らばっている。
太陽王直下の調査部隊、通称コウモリ部隊の拠点でもあるこの場所で、副隊長のバンは頭を抱えていた。
「・・・全く。太陽の泉が閉鎖されていたとは・・・」
その隣で、コーヒー片手に伊久磨が書類を見ていた。
「ふーん。ロストチャイルドが頻発していて、ましてやマダムも発生している地域って。地獄の観光地っすね。」
「おい、お前!他人事のように言うな!!」
「いや、他人事ですから。」
しれっと答える伊久磨に、バンは呆れて頭を抱えた。
「まぁまぁ。夕貴軍隊長に手紙を渡したら、ココロくんたちも戻ってくるでしょう。幸十くんたちには無駄足を踏ませてしまい申し訳ないですが、帰還されたら休息にしましょう。」
”ドンッ!”
「ていうか、何で本部にいる私たちより、本部の外の人間が噂話で知ってるのよ。参謀本部が太陽の泉行ってるなら、太陽本部じゃ周知の事実のはずじゃない。」
ミドリが不満たらたらに、机に足をおいた。
隣にいた岳は、そんなミドリに若干怯えていた。
「まぁ・・・分からなくもないっすね。」
「どういうことよ?」
「太陽の泉の件が伝わってしまえば、ロストチャイルドを調査している俺たちが詳しく調査し始めて、もしかしたら自分たちの出した結論をひっくり返されてしまうのを怖がってんじゃないんですか?」
「あとは・・・そうですね。太陽の泉が使いものにならなくなったのを、シャムス地方庁か軍のせいにして、参謀本部のものにしてしまうとか?考えてるかもしれませんね。」
伊久磨の推測に合わせて、坂上が顎を撫でながら冗談交じりに話す。
「はぁ?そんなことしたって、プライマルの参謀本部はマダムの対処とかできないじゃない。馬鹿なの?」
「何をいまさら。参謀本部は、いつもよく分からないことを唐突に始めるじゃないですか。」
伊久磨が報告書を床に落とし、皮肉たっぷりに言った。
「さすがの参謀本部も、そんな無謀で馬鹿なことしないだろう。全く。・・・坂上、紫戯が向かってるんだよな?紫戯に、参謀本部の動きも調べさせるか?」
バンの質問に、坂上は窓から外の風景を眺めながら考えた。
「うーん。そうですねぇ。ロストチャイルドが頻発しているとは、軍隊長の手紙で読みましたが、太陽の泉付近だったとは・・・。幸十くんたちに帰ってくるように伝えつつ、紫戯くんに追加調査するようシャムス軍本部に連絡いれましょうか。バンくん、お願いできますか?」
「へいへい。」
すると、先程まで書類を見ていた伊久磨が口を開いた。
「そういえば、そのサチト?って新人さんはセカンド?プライマル?」
「プライマルだと本人は言ってましたが。バンくん、幸十くんが出発する前に、能探に入れましたか?」
「ぁあ。それが能探、壊れてんだ。」
「壊れてる?」
「あぁ。調査しようと幸十を機械に入れたら、測定不能ってその表示一点張りで。最近使ってなかったからっすかね。戻ったら、念の為再度能探に入れようと思ってます。修理しとかないとな。」
「ふむ。」
バンの言葉に坂上は何やら考え始め、ふと視線の先にいた岳に声をかけた。
「岳くん。」
"ビクッ"
分厚い本を熟読していた岳は、いきなり呼ばれ身体をびくつかせた。そんな岳に、坂上はにっこり微笑む。
「読書中にすみません。ちょっと能探の中、入ってもらえますか?」
坂上は、目の前にある棺のような形の大きな機械を指さした。
この少々不気味な形の入れ物は”能力探知機”。
セカンドかプライマルかを見分けることのできる、コウモリ部隊発明の機械である。坂上が考案し、バンが作成した優れもので、今では各地方の軍部にも導入されている。
「え、あ、は、はい。」
岳はいまいち意図が分からないまま、不気味な形の能力探知機にはいった。
すると、頭上の画面のような部分が赤く点灯し、何やら数値が表示された。
"0"
その数値に、驚くバン。
「あれ?」
「ふむ。伊久磨くんも、お願いできますか?」
伊久磨はコーヒーと書類を机に置くと、嫌そうに能力探知機の中に入った。
すると——
"0"
またもや”0”の数値がでた。
能力探知機は、人の体内にセカンドの力がどのくらいあるのか、数値で表示してくれるのだ。
「なんで・・・」
岳と伊久磨はプライマルなので、もちろんセカンドの力はない。そのため、結果は"0"と表示されるのが正常なのだ。もし、セカンドが機械の中に入れば、0より大きな何かしらの数字が表示される。
「普通に動きますね。バンさん、目でも腐ったんですか?」
馬鹿にする様に伊久磨が言った。
「んなわけあるか!本当に幸十を測った時は、"測定不能"ってでてたんだ!なんでだ?」
バンは、能力探知機を手で叩いた。
「・・・まぁ、帰ってきたらもう一度測りましょうか・・・。」
坂上は何やら考えながら、手元にあったコーヒーをすすった。
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ーシャムス地方 太陽の泉東側の氷山ー
"タッタッタッタッタ!ドス!!"
走ってくる足音と共に、何かがココロの腕に鎌を刺すマダムを蹴り飛ばした。
"ドシーーーーン!!"
物凄い音と共に、マダムが勢いよく飛んでいく。
「え・・・」
あまりの迫力に驚き、また驚くことに蹴り飛ばされたマダムの腕は引きちぎられ、まだココロの腕に刺さっていた。
しかし——
"シュュュュウ"
「これは・・・セカンド・・・?いや・・・」
そして、腕に刺さっていた鎌が消えた。
何かに吸い取られるように。
「な、何が・・・」
ココロが驚いていると——
「ココロ。大丈夫?」
そこにいたのは幸十だった。
「ど・・・どうしてここに・・・」
唖然としながら、ココロは幸十に聞く。
その問いに、幸十は頭を傾げながら記憶を掘り起こした。
「えっと・・・ココロと別れてから、ネズミが現れて。」
「ネズミ?」
「うん。ネズミ追っかけてたら、ブローチからココロの声が聴こえて。その後すごい音がしたから来てみたら大変そうだった。」
どこからどうつっこめばいいのか困るココロ。
”ぴょこっ”
「あれ!大食いの兄ちゃんだ!」
「あ!本当だ!いっぱいいーーっぱい食べてたお兄ちゃんだ!」
ココロの背後から、子供たちがキラキラした瞳を幸十に向けた。
「・・・?子供?」
再び頭を傾げる幸十。
思い出せない幸十に、ココロが耳打ちした。
「ほら、フィジー村・・・首都に行く前に立ち寄った村にいた子たちだよ。」
「・・・ぁあ。この子たちも、太陽の泉に入りに来たの?」
「違う!!!細かい話は後で言うけど、多分ロストチャイルドに巻き込まれた子たちだ。」
「ロストチャイルド・・・」
いまいち理解が進んでない幸十に、ココロが頭を抱えていると——
"キィィィィィイン"
「!」
残っているマダムが幸十たちに向かってやってくる。
「うわ!ってか幸十、さっきのはどうやってやったんだ?!」
「さっきの?」
「マダムを蹴り飛ばして消しただろう?」
どんどん近づいてくる数体のマダムたちに、再び頭を動かすココロ。
「んー。とりあえず蹴った。」
(・・・プライマルが蹴っただけで、マダムを蹴散らせるか?しかも消滅までさせて・・・。セカンドでも倒すことは出来ても、消すなんてできないのに・・・)
ココロは、今までの経験や知識では到底整理のつかない幸十の力に困惑していた。しかし、それを考えている時間など今はない。
(・・・とりあえず、今はここを乗り切ることが先決だ!そのためのカードは・・・)
ココロは、向かってくるマダムをぼーっと見ている幸十に目を向けた。
「幸十!!さっきの・・・さっきの蹴り!あのマダムたちにできるか?!」
「あれ、蹴ればいいの?」
向かってくるのは4体。
「うん!こっちに向かってこないように!蹴ってほしい!!」
そのお願いがどれだけ酷なものか、ココロは考えた。
プライマルの、ましてや戦闘経験のない幸十に、自分たちを殺そうとしているマダムを相手に蹴れと言っているのだ。
かなり無謀な頼みであり酷なことだが、この状況を打開するにはこれしかないと、ココロはどこか確信していた。
"キィィィィィイン"
どんどん近づいてくる。
(一気に無理だとしても・・・)
ココロは縄で縛られた両手に、地面に落ちていた太い枝を持った。腕からは血が止まらないが、今はそんなことを気にしてられない。
数体ならどうにかしようとココロは考えていた。
「幸十!今だ!!」
ココロが合図した瞬間——
"シュン!"
幸十は勢いよくマダムに近づき
"ガシッ!!"
マダムを掴むと
"ドスっ!!!"
マダムの腹に、勢いよく蹴りをいれた。
その瞬間——
"ギィィィィィイン!!!!!!!!!!"
「くっ・・・!!」
マダムの断末魔か。不快な雄叫び声が周囲に響いた。
頭を貫くような酷い叫びに、ココロも子供たちも思わず耳を塞いだ。
しかし、幸十は関係なしにまた腹に蹴りを入れると——
"パァァァン!!!!!!"
マダムが風船のように破裂し、粉々になった。
「なっ・・・!」
目の前の光景に、目を見張るココロ。
幸十は次から次へとマダムを掴み蹴り、掴み蹴りを繰り返す。
その素速い動き、反応速度は、どう考えてもプライマルでは難しい身体能力だった。
"ザシュ!!"
「っ・・・!」
「幸十!!」
背後にいたマダムに隙を見られ、背中を鎌で斬られた幸十。血が、真っ白な雪の地面に垂れるも、幸十は直ぐに立て直し、そのまま切り掛かってきた最後の一体に蹴りを入れた。
"ギィィィィィイン!!!!!!"
再び断末魔と共に、物凄いスピードで飛ばされたマダムは、飛ばされた遠くで破裂したような音と共に消えた。
かなり動いたからか息が荒い幸十は、暫くその場で呼吸を整えながら、マダムが飛ばされた先をじっと見ていた。
他に獲物を探す、動物のように。
「こ・・・これは・・・」
驚きで言葉のでないココロ。
ズタズタに傷だらけの身体で、どうしたらあんなに動けるのか。ココロの頭の中では疑問が沢山浮かんでいた。
(セカンドなのか・・・?いや、セカンドなら・・・4つの能力の内、どれだ?)
セカンドは、火・水・風・雷のどれかの力を持つ。そこから自身にあった攻撃方法を身につけていくのだ。ココロはセカンドの戦い方をみれば、どの能力を持っているのかを瞬時に把握してきたが、幸十にいたっては全く検討がついていなかった。
「ココロ?」
周りにもうマダムがいないのを確認した幸十が、唖然としているココロの近くに来た。
(幸十・・・お前・・・何者なんだ・・・?)
ココロが、懐疑的な目を幸十に向けた時——
"ズゥゥゥゥウン!!!!!!!!!!!"
「!!!?」
目の前に何かが落ちてきた。
と同時に、一瞬で空気が重くなる。
息もし辛くなるような圧迫感とともに、地面の雪を蹴散らし舞い上がった先に誰かがいた。
"——ビリッ"
「・・・っ!これは・・・殺気・・・・!?」
先程のマダムなんて比ではない。ココロの身体が危ないと叫んでいる。
ココロは、子供たちを自身のコウモリの翼に隠し、幸十と共に殺気のする方向をじっと見つめた。
舞った雪が収まると、だんだんと人影が現れてきた。
そして、ココロは一瞬目を見張るも唇を噛みしめた。
「やっぱり・・・・イタルアサーカス団は、今回の騒動に絡んでるんですね、風季さん!!!」
そこにいたのは、片腕のない男。
イタルアサーカス団の風季が、強い殺気を放ちながら佇んでいた。
ーー次回ーー
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