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王神愁位伝 第2章【太陽の泉】 第47話

第47話 非愁位

ーー前回ーー

ーーーーーー


"ドシーーーーン!!"

地面を揺らし落ちてきたのは、夕貴ゆうきの攻撃で全身ずぶ濡れ状態の月族 朱理あかりだった。一緒に空中にいたペポとラビも、共に転げ落ちていた。

「ケホッ・・・ケホッ・・・カッ・・・」
そんな朱里にシャムス軍軍隊長の夕貴ゆうきは近づくと――

"ドスッ!"
「カハッ!!」

渾身の力を込めて朱理を蹴り飛ばし、怒りの形相で朱里の襟元を掴んだ。
「ほら、全て喋ってもらうよ。」
「”っく・・・!!!”」

”モアァァァァアアア・・・”
「・・・・っ!!」
しかし朱理が身体中の口から咄嗟に黒い霧を放ち、一瞬の隙に夕貴から離れた。夕貴は逃すものかと即座に武器を取り構えると同時に、朱理は近くにいたペポとラビを掴んだ。
そして、今度は突然着ている服の腹部をいきなり破り捨てると・・・

「・・・・な?!」
「ひぃ!!」
一同騒然とした。
朱里の腹は、まるで裂けた大地のように大きく開けられ、そこから現れたのは、人の顔の数倍もある異形の口・・・・だった。その口からは、暗黒が広がっているようにも見えた。
そして、その大きな口が開くと・・・

"ガブッ!!!!!"

「!!」
掴んだペポとラビを食べ始めた。・・・いや、飲み込んだのだろうか。
人とは思えないおぞましい光景に、困惑する夕貴たち。
そして飲み込んだ大きな口からは、涎が垂れ、不気味な光を放ちだす。



「!!」
「離れろーーー!!!」
モアァァァァアアア・・・!!!!



突然の夕貴の叫びと同時に、先程とはまた比べ物にならない程の濃い黒い霧が腹部の口から勢いよく発され、周囲に充満させ始めた。
朱里から発された黒い霧に飲み込まれた木々は枯れていき、雪は泥水とかしていく。

(まずい!!これは飲み込まれたら最後だ!!)
咄嗟に逃げようとするも、充満していくスピードが早く、もうすぐ目の前まで迫ってきている。逃げ場を失った全員は、迫りくる黒い霧に呑み込まれそうになり、絶望の淵に立たされていた。


その時——

"タッタッタッタッタ!"



「さ・・・・さっちゃん!!」

「?」
"ッガシ!!"

幸十が突如、朱理の方に駆けていくと、そのまま勢いよく掴み倒した。そこにいた全員が、何を無謀なことをと驚いていると・・・・

"シュュュュウ・・・・"
「こ・・・これは・・・・?!」
「黒い霧が・・・消えていく・・・・・・・・!?」

一気に朱里が放出した濃い霧が消失していき、辺りがどんどん晴れていく。
その状況に皆驚いていると、たけるが何かに気づき叫んだ。

「あ・・・姉貴!!!いたるの様子が!!!
夕貴の視界に飛び込んできたのは、全身を痙攣させ、苦悶の表情を浮かべるいたるの姿だった。まるで電流が走り抜けたかのように、彼の体は激しく震え、歯を食いしばっている。

「いた・・・」
夕貴が駆け寄り、呼びかけようとした瞬間――




"グァァァァァァァァ!!!!!!!!!"





人に恐怖を植え付けるような大きな叫びが周囲に響き渡った。
と同時に、いたるの細い身体にぼこぼこと奇妙な大きな出来物ができていくと、一気に膨れ上がっていく。

「な・・・・なななな何これ!!!」
琥樹こたつはあまりに奇妙で不気味なその光景に、思わず幸十に飛びつく。

いたる!!!」
身体はどんどん不格好に腫れていき、腫れた部分は黒くなっていく。まるで、いたる何か・・が飲み込もうとでもしているように、腫れていく身体に埋もれていく。

「ゆ・・・夕く・・・」
いたるも何が起きているのかわからず、全身押しつぶされるような苦しみの中、夕貴に悲痛な表情を向けた。
夕貴がどうにかしようと、近づくも――

"シュルッ!!!"

再び黒い霧が膨らむいたるを掴むと、空中に引きづり込んだ。
いたる!!!」

夕貴がコウモリの翼を広げ、向かおうとするも・・・
「”やめとけぇ!やめとけぇ!死にたくなければ近づかない方がいいぜ!!!”」

いつの間にか空中に移動していた朱里が叫んだ。ペポとラビを飲み込んだからか、朱里はより濃い霧を身体中に纏い、身体の節々が黒くなっていた。

「”まったく・・・面白いね・・・あはははっ!!”」
「何が面白いんだい!?いたるを離しな!!!」
夕貴がイラつきながら聞くと、朱里の身体中にある口がゆっくりと一斉に開いた。






「「「「” 王神愁位伝おうしんしゅういでん ”」」」」








その言葉に、周囲がシンっと静かになる。誰もが言葉を発さず、変な静けが辺りを覆う。その状況に幸十は一人、首を傾げていると朱里は続けた。




「「「「”こいつは、卑しくもその力の一部・・・・・・を得た。しかしそれは、神の逆鱗に触れ、選ばれなかったのさ。非愁位ひしゅういになるも選ばれず、生き残れない存在。我らとは違って!!!”」」」」



朱里の言葉は、静かな水面に投げ込まれた石のように、ココロたちの心を揺り動かした。彼らは、まるで時が止まったかのように、その場に立ち尽くす。幸十だけが、何が起こっているのか理解できずに、あたりを見回していた。

「・・・本当に・・・こんなことが・・・」

暫くして、ココロが厳しい表情で口を開いた。
全員の絶望ともとれる表情に、朱里の全身に現れる口がニヤッと笑うと言った。

「”ねぇ、取引しない?”」
「取引だと・・・・?」
夕貴が朱里を睨む。

「”そう、取引です。非愁位ひしゅういになり選ばれなかったこの人はいずれ、周囲を巻き込み朽ちてくでしょう。そうですね・・・この泉だけではなく、貴方たちが守るシャムスここの半分の領土を・・・・バーーーン!!!っと吹っ飛ばして・・・です。”」

爆発するジェスチャーを加えて話す朱理。
「”だが・・・もし取引に応じてくれたら、こいつを月族に持って返って処理してあげるぜ。そしたら、他の人たちの被害なんて一切なしだ。こいつ一人の犠牲で、ここを守れるんだ!!最高の話だろう!?”」
「んー!んー!!」

その言葉に、何か叫ぼうとするいたる。しかし、かなり腫れており、もう人の形ではなく、何かボツボツの球体のような見るに見かねた様相になっていた。

「却下だ!!!!」
「姉貴!!!」
何も躊躇いもなく返す夕貴に、さすがにシャムス軍たちが口を出した。

「ここ周辺の村含めて、シャムスの民がいます!今から避難なんて、無理です!!尋常じゃない被害になります!!非愁位ひしゅういになった場合・・・おおよそ半径10kmくらいに被害をもたらしながら、無惨にも爆発すると・・・」

その言葉に、朱理は笑った。
「”わかってるじゃない!でしょう?取引しないの?それとも、非愁位ひしゅういになったこいつをあんたらでどうにか出来ると思ってんの?”」
「姉貴!!さすがに非愁位ひしゅういになったら俺たちにできることは・・・」

"グッ!"
「わかってる!!!」
夕貴は拳を血で染まるほど、強く握りしめる。
そんな夕貴を見て、幸十は近くにいたココロに聞いた。

「ひしゅういって、何?」
「・・・え、あ、ぁあ。そっか。どこから説明したらいいか・・・。これは伝説として言い伝えられているんだけど、王神愁位伝おうしんしゅういでんっていうどんな願いも叶える書物があるんだ。本当にあるのかは俺も分からないけど・・・。でもね、願ってはいけない禁忌と言われていることがあって・・・。それは神から与えられた力・・・いわゆるセカンドの力に関することは禁忌と言われているんだ。例えば、”セカンドが4つの力の内、複数の力を欲する”とか、”プライマルがセカンドの力を欲する”とか・・・。そう言った禁忌を願ってしまった人たちのことを、非愁位ひしゅういと呼ぶんだ。」
「願っちゃうと、どうなるの?」
「・・・とある記録によれば、神からを与えられると言われてる。”全身は大きく膨れ上がり、見るも無惨な姿となり周囲を巻き込んで苦しみ朽ちるだろう。”・・・ってね。そう。本当に目の前で起こっているようにね。」
「え・・・・え、え、俺たちどうなるの?!?」

震える琥樹こたつに、ココロは苦笑いを浮かべる。
「本当に記録の通りなら・・・巻き込まれて死ぬだろうな。」
「え、いやぁぁぁぁぁああ!!ちょっと!俺たち養生で来たんだよね?!そうだよね?!え、こんなボロボロになって死ぬの?!ちょっと!信じらんないんだけど!?!養生どころか死ぬの?!?どゆこと!!?」

騒ぐ琥樹こたつに誰も対応出来ないほど、皆んな余裕がなかった。
(たぶんいたるさんは・・・プライマルなのに、セカンドの力を得たんだ。でもどうやって・・・本当に王神愁位伝おうしんしゅういでんが存在するというのか・・・?!!月族は・・・何を知ってるんだ・・・?)

ココロが目の前で膨れ上がっていくいたるを見ながら困惑していると、洋一は虚しく空を見上げながら言った。
「非愁位になった人間は99%の確率で無惨な死をとげるって本に書いてあったなあ・・・・。」
「え、あと1%は?!?」
「さぁ・・・戦争で全ての非愁位の末路を残せた訳じゃないだろうから・・・その未確認分で残してるんじゃない?」

ココロの言葉に、琥樹こたつの顔がみるみる真っ青になっていく。
そうこうしていると――

"バーーーーン!!!!!!!"

いたるの膨れ上がった身体の一部が、爆発し始めた。

いたる!!!」
いたるは悶え苦しみ、まるで生き埋めになった虫のように、必死に身体を動かそうとしていた。彼の顔には、耐え難い苦痛の色が濃く浮かび上がっていく。

”バサッ!!”
「姉貴!!!」
なりふり構わず夕貴はコウモリの翼を広げていたるの元までいくと、腫れ上がった部分を剥がそうと触る。
しかし・・・

"ジュウ・・・!!!!!"
「っ!!」
かなりの高温により、触れたものではない。

「姉貴!!!」
しかし、夕貴は諦めずにいたるから腫れ上がった部分を剥がそうと掴んだ。

"ジュュュュウ"
「んー!!んー!!」
手に火傷を負おうともやめない夕貴に、いたるが必死に叫ぶ。
そんな夕貴に朱里は腹部の大きな口が黒い霧を放出しながらも高らかに笑った。

「”無駄よ無駄!!そんなの剥がしたところで、罰は終わらないのよ!!馬鹿じゃないの?!!”」
しかし夕貴は耳を傾けず、必死に剥がし続ける。

いたる!!大丈夫だ!!私がお前を守る!!いつだってそうだったじゃないか!これからも、いつだって、お前が苦しい時は私が駆けつけてやる!!だから・・・だから戻ってこい!!戻ってくるコハルを一緒に温かく迎えようじゃないか!大丈夫、コハルは強い子だ。まだ生きてる!方法は間違ってたが、何に変えてもお前たちが守ってきたんだろう!!帰ってきていたるがいなかったら、悲しいよ。ねぇ、いたる!!コハルを取り戻そう!また一緒に・・・・」

しかし――

"バーーーン!!"

「っ!!」
夕貴の必死な呼びかけも虚しく、夕貴が剥がそうとした部分が爆発し、夕貴は飛ばされた。体制を立て直そうにも、コウモリの翼は焼け焦げ夕貴は落ちていく。

「姉貴ーーー!!」
「んーーー!!んーー!!!」
シャムス軍が落ちていく夕貴の元へ駆けつける様子を、いたるはこの世の苦しみ全てを与えられたような苦痛にもがきながら叫ぶ。
(ごめん・・・ごめん・・・本当にごめん・・・全部俺が・・・俺が悪いんだ・・・コハル・・・コハル・・・ごめんよ・・・)


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