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王神愁位伝 第2章【太陽の泉】 第48話

第48話 ピエロに残された宝 -1-

ーー前回ーー

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——あぁ・・・。





身体が燃えるように熱い。
高熱の鉄球が、体の中を転がり回るような感覚だ。体中の水分が蒸発して、喉が焼けつくように痛い・・・。


それに・・・身体を押しつぶされて・・・もう・・・俺は死ぬのか・・・。


・・・でも・・・俺には・・・


ル・・・コハ・・・ル?コハル・・・そうだ。


コハル。


コハル。


俺の・・・大事な大事な残された宝・・・・・がまだ・・・




ーー
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俺は孤児として、シャムスの寒い寒い裏路地で育った。
当時のシャムスは、今のような輝きはなく、見捨てられた者たちが集まった掃き溜めのような場所だった。
太陽の温かい光が射す場所など、どこにもない。


そんな場所で、日々の食糧をどうやって獲得するか、夕くんと一緒に考える日々。
基本、市場がやる時があれば盗むし、なければ森で禁じられた狩りをしてしのいだ。何もなければ雪を食べる日もあるし、雪で細くなった木の皮を炙って食べたり。
病弱な俺を夕くんが支えてくれて、何とか暮らしてた。
・・・一人だったらとっくに死んでいただろう。


そんな暮らしが変わったのは、夕くんが太陽族を代表するセカンドの頂点、天神てんしんになった時だ。
月族に攻め込まれて俺が怪我した時、月族やマダムを滅多刺しにしたんだ。一人で。そこをシャムス軍の隊員に見られ、軍に入るや否や頭角をみるみる上げ頂点に立った。
夕くんは天神になると、シャムス軍の軍隊長に就くように太陽王様から任命された。

夕くんが軍隊長になった時は、太陽族・月族の歴史で唯一の平和が訪れた時代・・・・・・・・が終わった数年後。
月族との第三次領土戦・・・・・・が始まった時期だった。
平和だった23年間・・・・・・・・・が終了し、太陽族は天神たちの発掘・育成及び、セカンドたちを招集し、軍の強化を急務とされている時代だった。

夕くんも、弱小と言われるシャムス軍を強くするため、軍の組織改革からセカンドたちの強化訓練、月族との戦闘など山盛りの任務をこなしていた。
夕くんの性格は当時から変わらず、気の強さから当初は中々ついてくる人も少なく、俺は唯一夕くんと会話できる人間として、夕くんの補佐役を任されシャムス軍にいた。

そして戦争はどんどん激化していき、日々死亡報告をうける日々が続いた。
夕くんが瞬く間に上り詰め、日々疲弊しながらもシャムスを守る姿に、俺は中々力になれず、守られてばかりの自分に嫌気がさすことも多かった。


同時にシャムス軍とシャムス地方庁の連絡係としての仕事が増えていた。
そんな時、夕くんのあの強烈な性格を前にして、さも当たり前と仕事をこなす姿を見染められたとかで、シャムス地方庁から俺宛てに仕事の依頼が来たんだ。





え、介護・・・・・?地方庁長の・・・娘さんの?

地方庁に行くと、目の前には当時の地方庁長 ホー・スニフが待ち構えていた。
セカンドかと見間違えるほど大きな体格のスニフ地方庁長の前で、萎縮していたのを覚えている。
顔もゴツいと言ったら怒られるだろうが・・・太い眉に囲まれた眉間は、いつも皺を寄せていたから余計迫力があった。当時から参謀本部所属の人間は傲慢だと噂されており、シャムスの地方庁長を歴代務めてきたスニフ家の人々もそうだと思っていた。

そんなスニフ地方庁長が、何故か俺に娘の介護・・・・をしてほしいと口にした。

「ぁあ。俺には一人娘がいるんだが・・・。2年前にタイヤン地方庁長の息子と結婚した。」
「え、ぁあ・・・・」
「・・・だが、帰ってきた。いや、戻された・・・・とでも言うのか・・・。」

ずんぐりとした体格の地方庁長は、まるで子供のように言葉を詰まらせていた。その様子は、普段の威厳ある姿からは想像もできないほど、どこか頼りないものがあった。

「・・・どうもタイヤンで何かあったようで、戻ってきたんだ。精神が壊れた状態で・・・・・・・・・・・・」
「精神が・・・壊れた・・・?」
「・・・ぁあ。普通の・・・精神状態じゃないってことだ。とりあえず、君には娘・・・ハナ・・の介護をしてほしい。俺がついていたいんだが・・・こんな戦争の状態じゃ難しくてな。地方庁のみんなにお願いしようとしたが、皆んなに嫌がられてね。」

そう言う目の前の男は、地方庁長ではなく父親の顔をしていた。
いつも威厳を放っていた地方庁長としてではなく、精神が壊れた娘を大事に・・・大切に思う父親として俺にお願いをしてきた。

「わかりました。」

俺は二つ返事で答えた。
それはかつて夕くんに言われた言葉が咄嗟に脳裏によぎったからだった。

『・・・今後成長して、お前が守りたいものができたら、私がお前を守った分、守ってあげな。』

いつも夕くんに守られ救われてきた俺も、誰かを救うことができるんじゃないかって、当時の・・・身の程知らずな俺は思ったんだ。




・・・でも、実際にハナを目の前にして驚きを隠せなかった。

「おじちゃん、だーれ?」

目の前にいる体が枝のように細い女性は、結婚をしている成人女性であり、シャムスを統括するスニフ家の女性なのに、その威厳など何もない、ただの小さな女の子のようだった。

今にも折れそうな細い腕や足には無数の酷いあざがあり、医者の話では骨も何回か折れ、変形してしまっているとのことだった。
外見だけではなく心も疲弊したのか、まるで何も知らない幼児のような素振りばかりをしていた。

「イタ、お腹すいた!」

同い年くらいの俺を"おじちゃん"と呼ぶのは勘弁してほしく、名前で呼ばせようとしたら、いつのまにか"イタ"と呼ぶようになっていた。

俺のすることは、彼女の食事、寝かせつけや軽い運動など、生活の補助だった。一人で歩くことも困難な彼女に付き添い排便の手伝いなどもする。

ハナは幼児化しているだけではなく、心のコントロールも難しく、いきなり叫び出したり、ずっと謝ったり、泣き始めたりと忙しかった。

「やーーーー!!!」
"ガシャン!!"
「・・・はぁ・・・ハナさん。食べなきゃ、元気になれませんよ。」

ハナの相手をするのは、正直本当大変だった。
俺自身、心が参りそうに何回もなった。人と向き合うことがこんなに・・・こんなに大変なことだったのか、そう思う日々が続いた。

しかしそんなハナの行動は、タイヤン地方での結婚生活で受けた数々の虐待から身を守るための、数少ないハナのできることだったと医者が言っていた。

他の地方に比べ、劣って見えるシャムスから来たハナを、どうもタイヤン地方庁長の息子は嫌い、数々の暴言、暴力を2年間浴びせていたらしい。
そんな環境で正気を保つことは難しいだろうと聞いてから、ハナのそんな姿に心が痛んだ。

「ハナさんは・・・・ハナは、今まで一人で戦ってきたんだね。」
「・・・イタ?・・・泣いてる?」
「・・・っ大丈夫だよ。これからは俺が・・・俺が守るよ。何があっても絶対。これだけ頑張ったんだから・・・これからは沢山、沢山幸せになろう。だから、安心して・・・このシャムスで一緒に生きていこう。」

俺は、身体も心も傷だらけのハナを、純粋に守りたいと思うようになった。
今まで夕くんに守ってもらった数々のことを、本気でハナに返したいと思うようになっていた。



それからは、大変なこともあったが、無邪気なハナを愛おしいと思うようになっていった。
戦争中であり、中々遠出は出来なかったが、庭先で雪だるまをつくったり、雪合戦したり、ソリですべったり・・・
遊んでいる時のハナの笑顔は、どこの誰よりもこの世界で一番可愛かった。
夕くんも、そんなハナを可愛がり、戦いから帰ると必ずハナに会いに来ていた。



身体も少しずつ回復して1年後、ハナは車椅子で移動できるようにまでなった。

――でも、ここで新たな問題が起きた。
自由に移動できるようになり、目を離すといなくなることが増えたのだ。当時はマダムや月族のセカンドが潜んでることが多く、何度も肝を冷やした。

すると、ある時期からハナは人を拾ってくる・・・・・・・ことが増えた。

「イタ!!!!」
「・・・ハ・・・ハナ?こ、この人は・・・?!」

まず拾ってきたのは、片腕を無くし、シャムスに捨てられたセカンドの風季ふうきだった。
無くした腕から血を流し、死ぬ一歩手前の状態の彼を、引きずってきて笑顔で俺に渡した時は、思いっきり顔を引き攣らせたのを鮮明に覚えている。

「ハ・・・ハナ、そこら辺にいる人を無闇に拾っちゃだめだよ。というか、一人で外でたら危ないから、ね。」
「えへへ」

褒めてもないのに嬉しそうにするハナに、俺はあまり強く言えなかった。
その後も、足を無くした那智なち、ハナと同じく精神を壊した榛名はるなを次々と連れてきた。
まるで狩りに出て獲物をしとめ意気揚々とする人のように、満面の愛らしい笑みを浮かべて。

ハナの世話より、彼らの世話の方が大変になることもあったが、彼らは回復するとハナを恩人と慕い、俺と一緒にハナと暮らすようになった。

イタルアサーカス団も、みんなハナを笑顔にさせるため、ハナが喜びそうな芸を考えやっていったのが原点だ。

みんながやるどんな芸でも、ハナは手を叩いて喜んだ。
ハナがどんどん笑顔を増やしていく様子に、スニフ地方庁長も涙を浮かべ喜んだ。

でも、今思うと・・・
俺たちがハナを笑顔にしてたんじゃない。
ハナが・・・ハナの存在が、俺たちみんなを笑顔にしていたんだ。
雪が積もるこの寒いシャムスに、春の訪れを告げる一輪の花のように。


俺はそんなハナや風季、那智、榛名との暮らしが続くことを心から願うようになっていた。



ーー次回ーー

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