同重人格。
事務机で顔を合わせて、僕とスーツの男は机の上の紙を見ていた。
スーツの男の襟には、秤の印の襟ピンが付いていた。
彼は弁護士だった。
そして僕は今、自分の娘との決別を約束されようとしていた。
「この印鑑をここに押して終わりになります」
僕は目の前の印鑑を見つめていた。
もう、娘とは二度と会えなくなるんだ、そう思うと涙が滲み出て来た。
それをグッと堪えた。
何故、こんな事になってしまったんだろう。
来年の春から、娘はイギリスに留学をする。
娘は本格的に演劇を勉強しに、留学を決めたのだった。
その為には、こんな前科者の僕は邪魔らしい。
娘には前科の事は何も話していない。
娘には、最後まで僕はいい父親であって欲しいと思ったからだ。
親ばかな一人の父親であって欲しいと思ったからだ。
娘の母親は、つまり僕の前妻は僕に対して、最後まで優しかったが、娘の事となると、急に厳しい眼差しになった。
彼女も娘には幸せになって欲しいのだ。
僕とて同じだ。
娘には幸せになって欲しい。
だから、笑顔でさよならだ。