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藤井聡太氏の発想は小学生時代に鍛えられた件
▼将棋のタイトル戦は、一般的にお金を出している新聞の記事が最もくわしい。棋聖戦の場合も例外ではなく、産経新聞の記事が読ませた。
〈【藤井時代 最年少棋聖】(上)異次元の終盤力 「名人を超えたい」詰め将棋が原点〉(2020.7.16 20:49)
主人公は、〈名古屋鉄道新瀬戸駅近くの住宅街で「ふみもと子供将棋教室」を営む文本力雄(65)〉
文本氏は、ここ数年、もう何度も取材を受けているだろう、将棋業界ではすっかり有名になった人だ。
〈教室に藤井が来たのは、平成19年12月の5歳の頃。祖母に将棋セットを買い与えられてのめり込み、祖母と母に連れられてきた。「女の子のようなかわいい顔をした子だな、と思いましたよ」と振り返る。〉
480ページの定跡の本を覚えさせるのだが、〈藤井はまだ、字の読み書きはおぼつかなかったが、1年で覚えた。「図面の形や文字を視覚で覚えたんでしょう。記憶力は抜群でした」〉という。
▼次の話がよかった。
〈「名人を目指すなら応援しない。名人を超えろ」
小学4年生の夏、棋士養成機関「奨励会」に入会することになり、母とともに訪ねてきた藤井に、文本は厳しいメッセージを投げかけた。名人は将棋界で最も歴史がある称号だ。藤井は戸惑った様子で、じっと黙っていたという。
「聡太は日本一の子供。名人の上を目指してほしい。それができる」と信じての一言だった。「でも、まだ子供。よく分からなかったんでしょう」
しかしその半年後、地元のラジオ局の番組に出演した藤井は、将来の目標を尋ねられ、こう答えた。
「名人を超えたいです」
しっかりとした口調。文本は、それがかなうと改めて確信した。(中島高幸)〉
▼文本氏の「名人を超えろ」という一言がなければ、今の藤井氏はなかったかもしれない。17歳でレーティング1位だから、すでに名人を超えている、ともいえる。
これからは、現実の棋士生活によって、実力に見合った結果、つまりたくさんのタイトルを集めていく過程かもしれない。
▼「名人を超えろ」の話を読んで、日刊スポーツに載っていた記事を思い出した。2019年12月のイベントでのことだ。
〈神様にお願い/藤井棋聖の神回答に「おっ~!」〉(7/17(金) 10:09配信)
〈昨年12月、藤井は名古屋市内で行われた将棋イベントに参加した。ファンからの質問に答えるコーナーで「将棋の神様にお願いするなら、なに?」。イベントには他の棋士も参加しており、順番にマイクを握った。
「すべての対局を勝てますように」「何事があっても、負けないメンタルを」。藤井は「せっかく神様がいるのなら1局、お手合わせをお願いしたい」。この“神回答”に会場からは「おっ~!」と驚きの声が漏れ、顔を見合わせ、うなずく人もいた。〉【松浦隆司】
▼「せっかく神様がいるのなら1局、お手合わせをお願いしたい」という発想は、神様と将棋盤を挟んで対等に勝負する、という前提に支えられている。
つまり、「神様=お願いする存在」という、日本人に定着している常識を超えている。この発想は、小学生の時から「名人を超える」ことを目指し続けてきた発想が土台になっている可能性がある。
両方とも、ある「枠」を超えたり、相対化する発想だ。
もっとも、名人を超えることを目指す人が、皆が皆、藤井氏のように強くなるわけではないから、「だから、何?」という話でしかないかもしれない。
ただし、名人を超える、という発想には、既存の将棋の業界の枠を超える、という意味が含まれる。藤井氏の、これまでの分厚い常識を次々と打ち破っていく斬新な棋譜を見ていると、枠を突き抜けることもOK、という発想があってこその戦いだとも思えてくる。
▼また、上記の産経の記事では、写真も重要だった。
「ふみもと子供将棋教室」の、8つの「教室訓」が載っていた。
注意しあえる仲間でいよう
みんなで強くなろう
弱い者をなめるな
強い者にひるむな
弱い初段より強い一級であれ
どんなにちびっ子でも真剣になれる
自分にきびしくしよう
弱い手より強い手を指そう
東京新聞のコラムは、このうち〈弱い者をなめるな〉〈強い者にひるむな〉などを抜粋して紹介していた。
どれもいい教えだ。弱い者をなめる人は、それ以上絶対に強くなれないし、強い者にひるむ人も、同じ。
将棋はゲームにすぎないが、その断面から、人生に通じる何かが見えることがある。
(2020年7月23日)