「マインド」という名前のお化けーー藤田知也氏の「論点100」に学ぶ

▼20代のころ、大きな新刊書店に行くと、不思議に思う棚があった。経済の棚だ。経済の棚を見ていると、まるで宗教の棚のように感じることがあった。科学なのに、なぜだろう、としばらく不思議に思っていたが、科学もまた宗教になりうることに気づいてから、それほど不思議に感じなくなった。

▼『文藝春秋オピニオン 2019年の論点100』から、日本経済の見通しについて。朝日新聞記者の藤田知也氏の文章を読むと、アベノミクスがどれほどあやふやなものを根拠にした政策だったのかがよくわかる。藤田氏は数年前、銀行のカードローンが深刻な社会問題になっている現状をスクープした敏腕記者。

見出しは〈大規模緩和失敗のツケ 日本経済を蝕む「日銀バブル」

アベノミクスが「やろうとしたこと」と「その結果」の部分を引用する。

▼まず、安倍晋三総理が黒田東彦日銀総裁を使ってやろうとしたこと。2013年の春、〈黒田日銀は「物価が上がりそうだ(=景気がよくなりそうだ)という予想や期待を高めることを重視した。名目の金利は同じでも、物価が上がるという予想が加われば実質的な金利が下がり、投資や消費を刺激する効果が“理論上”見込める。要は下々の人たちに「物価が上がる」と思い込ませれば「お金をため込むより使うほうが得」とばかりに財布のひもも緩む、そんな可能性に日銀は賭けたのだ。〉(145頁)

アベノミクスの途中でわかったことは、〈結局、物価は原油価格と円相場、そして世界経済の好不調に大きく依存することがはっきりした。〉(同)

▼いま日銀がやっていることは「株の爆買い」で、〈景気改善が続くさなか、漫然と株を買いまくって市場介入する中央銀行は世界の先進国でも他に例がない。〉(147頁)

▼そしてやろうとしたことの「結果」は、〈少なくとも、物価上昇予測の高まりから多くの企業や家計が支出を増やし、巡り巡って所得も増える「経済の好循環」が起きるという日銀のシナリオは実現できていない。〉(同)

▼「マインド」という言葉が経済分析でよく使われる。藤田氏の解説で出てきた「予想」「期待」「思い込み」「予測の高まり」などが「マインド」に当たる。要するに日銀は人の「心」というお化けを相手にしてきたわけだ。政策が失敗した時には、“理論上”、失敗の理由を「マインド」=他人の心のせいにできる。

筆者は人間の心ほど移り変わりが激しく、頼りないものはないと思うのだが、それはともかく「マインド」よりも「事実」をみておこう。

残念なことに、日本の景気が停滞しても、景気を刺激する策はもう日銀には残されていない。〉(同)

この一文がアベノミクスの成れの果てにならないように、国民のマインドをアゲアゲにする錬金術を誰かが実験しているのだろうか。

(2019年1月7日)

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