【ニュース往来】NHKニュースの反知性主義

【ニュース往来】2016年4月3日(日)

1)NHKの反知性主義 日銀短観報道に考える

▼NHKテレビでわが目と耳を疑うニュースがあった。全文を引用しておく。

資金借入時の金利 「低下」実感の企業が大幅増 4月2日 6時28分/日銀が1日発表した短観=企業短期経済観測調査では、日銀がマイナス金利政策を導入した影響で企業が金融機関から資金を借りる際の金利が低下したと答えた企業が、規模を問わず大幅に増えていたことが分かりました。/日銀の短観では、企業が金融機関から資金を借り入れる際の金利の水準についても調査していて、金利が「上昇」と答えた企業の割合から「低下」と答えた企業の割合を差し引いた値がマイナスになれば、金利が低下傾向にあると受け止める企業が多いことを示しています。/今回の短観では、この値が大企業でマイナス31となり、マイナスの幅は前回、およそ3か月前の調査より26ポイントもの急拡大となりました。これは、日銀がことし2月にマイナス金利政策を導入し、金利全般が低下したためで、中堅・中小企業でも金利の低下を実感する企業は大幅に増え、金利面ではマイナス金利政策の効果が出ていることがうかがえます。/日銀は、企業が低くなった金利で資金を借りて設備投資に資金を振り向け、経済の好循環につながることをねらっていますが、この状況の下で企業が実際、投資を増やす動きに出るのか注目されます。〉

▼太字にした〈についても〉がキーワードだ。

日銀短観について、このニュースにしか接していない人は、日本経済になにかいいことが起きていると感じているかもしれない。しかし、NHK以外のニュースを読んだり聞いたりしている人ならすぐ気づくことだが、これは日銀短観の主旨を無視したニュースである。おそらくは安倍政権の意向を過剰に忖度(そんたく)したニュースであり、一言でいうと反知性主義のニュースだ。

あまりにビックリしたので、2016年4月2日付の新聞各紙をもう一度読み返してしまった。後の世のための参考になると思うので、NHKニュースとみくらべるため、各紙の報道も引用しておこう。安倍政権に近い読売や産経の記事を読んでも、ここまで露骨な情報操作は行なっていないことがわかる。というよりも、そもそもNHKと比べるのが失礼にあたるほどの落差がある。

▼たとえば読売新聞は1面肩に大きく〈株大幅下落 594円安/3月日銀短観 景況感悪化受け〉と見出し。記事は、

〈日本銀行が1日発表した3月の全国企業短期経済観測調査(短観)で、代表的な指標となる「大企業・製造業」の業況判断指数(DI)は前回(2015年12月)調査から6ポイント悪化してプラス6となった。東京株式市場は景気の不透明感が強まったとして全面安の展開となり、日経平均株価の終値は前日比594円51銭安の1万6164円16銭の大幅安となった。〉

▼産経新聞も1面に〈景況感2期ぶり悪化 日銀短観 新年度、東証終値594円安〉。

〈日銀が1日発表した3月の企業短期経済観測調査(短観)は、企業の景況感を示す業況判断指数(DI)が大企業製造業で前回の昨年12月調査から6ポイント大幅下落のプラス6となり、2四半期ぶりに悪化した。年始からの急速な円高・株安や中国など新興国の景気失速が逆風となった。/業況判断DIは景況感が「良い」と答えた企業の割合から「悪い」と答えた企業の割合を差し引いた値。大企業製造業は、平成25年6月(プラス4)以来2年9カ月ぶりの低水準だ。〉

どちらもまっとうな記事だ。というより、このニュースはこれ以外に書きようがない。念のため、日経、朝日、毎日の見出しと記事冒頭も引用しておく。

▼日経3面〈日銀3月短観悪化/冷え込む企業心理 円高で先行き不安

〈景気回復の持続力に陰りが見え始めた。日銀が1日発表した3月の全国企業短期経済観測調査(短観)では新興国景気の減速や円高で製造業を中心に景況感が大きく悪化。企業収益に頭打ち感が出ており、エコノミストの間では今後の賃上げや設備投資が鈍くなるとの見方も増えている。〉

▼朝日1面トップ〈アベノミクスに停滞感/景況感、2期ぶり悪化

〈企業の間で景気の先行きへの厳しい見方が広がっている。日本銀行が1日発表した3月の全国企業短期経済観測調査(短観)は、新興国経済の減速や円高の進行などで景況感を示す指数が悪化。東京株式市場では、日経平均株価が一時600円超値下がりした。安倍政権の経済政策「アベノミクス」が始まって3年。「経済の好循環」に向けた動きは停滞感が強まっている。〉

▼毎日3面〈日銀短観、景況感悪化/円高、製造業を直撃

〈日銀が1日発表した3月の企業短期経済観測調査(短観)は、企業の景況感を示す業況判断指数(DI)が、大企業・製造業でプラス6と前回の昨年12月調査(プラス12)から大幅に悪化した。悪化は2四半期ぶり。大企業・非製造業もプラス22と6四半期ぶりに悪化し、新興国の減速懸念や円高・株安、個人消費の低迷などの逆風を受け、企業の景況感悪化が鮮明となった。日銀の追加緩和のほか、政府の経済対策や来年4月の消費増税先送り判断に注目が高まりそうだ。〉

▼すべての記事で「景況感」という言葉が使われている。なぜなら、日銀短観は景況感を調べることが目的だからだ。使っていないのはNHKだけである。新聞のその他の見出しを拾えば、〈反転へ経済対策求める声〉(日経)、〈財政出動 圧力強まる〉(毎日)、〈追加緩和待望論強まる〉(産経)など、要するに「政府がなんとかしろ」という声が強くなっていることがわかる。新聞をみくらべると、このNHKのニュースがいかに枝葉末節を肥大化させたものかがよくわかる。

NHKの記事には、かろうじて、日銀短観について〈日銀の短観では、企業が金融機関から資金を借り入れる際の金利の水準についても調査していて〉と、〈についても〉の一言が入っている。これによって「このニュースは短観の本来の趣旨に則ったものではなく、枝葉末節である」ことを示しており、論理的には「このニュースは嘘ではありませんよ」という逃げ道になっている。

NHKとして日銀短観を報道しないわけにはいかないし、短観の目的である景況感に触れると景気の悪化に触れざるをえず、しかしそれは許されないから、まったく枝葉末節の「金利の水準」だけを顕微鏡のように拡大したニュースをつくるしかなかったのか。NHKの側に立っていえば、ディレクターの気苦労を察する。

▼そもそも日銀短観とは何か、日本銀行のウェブサイトで確かめておこう。

〈短観(「タンカン」と読みます)は、正式名称を「全国企業短期経済観測調査」といいます。統計法に基づいて日本銀行が行う統計調査であり、全国の企業動向を的確に把握し、金融政策の適切な運営に資することを目的としています。全国の約1万社の企業を対象に、四半期ごとに実施しています。/短観では、企業が自社の業況や経済環境の現状・先行きについてどうみているか、といった項目に加え、売上高や収益、設備投資額といった事業計画の実績・予測値など、企業活動全般にわたる項目について調査しています。〉

当たり前だ、どこにも「金利の水準」という言葉は出てこない。さらに「DI」についても確認しておこう。

〈短観で使われている「D.I.」(ディー・アイ)とは、Diffusion Index(ディフュージョン・インデックス)の略で、企業の業況感や設備、雇用人員の過不足などの各種判断を指数化したものです。〉

▼繰り返しになるが、今回の日銀短観について報道するなら、新聞のように、まず真っ先に「景況感が悪化している」ことを報道しなければならない。

NHKのニュース編集方針は安倍政権下で大きく変化したが、ここまで偏(かたよ)り、歪(ゆが)んでいるとは思わなかった。産経新聞や読売新聞のほうが、まだはるかに良心的であることがわかる。NHKは、政治報道とそれ以外で、評価を分けなければならない。そうでないと、政治報道以外の番組の作り手たちが気の毒だ。

(2016年4月3日 更新)

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