「持ってない身軽さからくる強さ / モバイルシネマトグラフィーという可能性」
ハサミ1挺で世界を旅するバックパッカー
新型コロナウイルスが解決する兆しを一切感じぬまま夏が終わり、そろそろウェディング業界は1年で最も稼ぎ時である秋の繁忙期に入ろうとしている。とはいえ今は有事の真っただ中であるため、この業界がどうなってしまうのか全く予測すらできない状態である。私たちを含め、関連企業や従事者たちは戦々恐々としているはずだ。なぜならば、この秋で会社が生き残るか死ぬかがほぼ決まるだろうからだ。
ただ、だからといって個人的にはそう悲観的になっているわけでもない。いつでもアマゾン配送工場やウーバーイーツ配達員になる覚悟はできている。たとえ倒産したとしても、また時が来ればいくらでもやり直せると思っている。逆に、社会の価値観が根底から覆る有事の今だからこそ変革を成し遂げるチャンスであると捉えている。
20代の頃、大学の冬休みを利用してグレーハウンド(アメリカの長距離バス)1か月乗り放題パスを片手にバックパックひとつでアメリカ1周の1人旅をしたことがある。大学のあるオハイオ州から東海岸を南下してフロリダまで行き、ルイジアナやテキサスを通ってカリフォルニアまで横断。LAから西海岸を北上してシアトルまで。シカゴを通って再びオハイオまでバスで横断するというある意味過酷だがとても自由な旅をした。
この旅の途中、文豪ヘミングウェイが愛したフロリダ、キーウエストのユースホステルに泊まった時、同じ部屋にオーストラリアから来た女の子がいた。彼女はもともと美容師で、旅で出会った人々の髪を切りながら世界中を旅しているという。なんてたくましいんだ。しかも自分のスキルとハサミ一挺で少しばかりの対価を得て、自由に旅をしているなんて。彼女は決して旅費を稼ぐために髪を切っているわけではない。あくまでも自分のスキルをユニークな個性として、世界各国の旅人たちと交流する手段に使っていたのだ。芸は身を助けるとはまさにこのこと。彼女の旅のやり方に深く感銘したのを今でも覚えている。
そしてその次の年の夏休み、ドイツ語を勉強するためにミュンヘンの語学学校に数週間滞在した。美術学生だった自分は、持参したデッサン用紙と鉛筆で世界各地から集まった学生たちの写実的な自画像を描きまくった。それが非常に好評で瞬く間に多くの友人を得ることができ、以後自画像の依頼が殺到することになった。そのおかげで滞在中とても有意義な時間を過ごすことができたのは、まさに芸が身を助けたからだ。
機材につぎ込む費用は10年で2倍以上に
この10年で機材の高性能化と軽量化は劇的に進んだ。2017年頃からジンバルやカラーグレーディングが普及し始め、誰もがクオリティーの高い映像を作ることのできる環境が整いつつある。当然ではあるが高性能化と小型化は一部の機材を除いて、軒並み価格を押し上げる傾向にある。しかしながら、それまで決して手の届かないような映画の専門技術を汎用化したことによる恩恵は計り知れない。誰もが映像クリエイターになれる時代が本当にやってきたのだ。
10年前に企業PR映像を撮影したクライアントから同じような内容でもう一度映像を作りたいとお声がけいただいた。先方は発注価格を10年前と同じ額で提示してきた。撮影スケジュールや内容の構成、演出、制作などはもちろん全く同じ内容というわけではないが、そう大きく違うものでもないという内容だ。見積もりを算出する上で試しに10年前に撮影した機材と今回使用する機材の総額を計算してみた。すると2倍弱に膨れ上がっていることが分かった。同じような内容の映像になるから製作費も同じ金額ということになると、2倍になった機材費が予算を圧迫することになる。それはつまり他の経費を削るか利益を削ることに繋がる。
この件については相手方に真摯に説明して、予算を倍増していただけることになった。とはいえ、このまま機材を更新し続けていけば制作費も上がり続けることになる。しかしながら、機材費と反比例して映像制作費における相場の下落は続いているのが現状だ。映像業界だけでなく、もれなくどの業界もこの傾向にあることは間違いないだろう。
さあ、どうやって食っていく?
こんな時代でも大規模なバジェットが組める大手や中堅プロダクションは良しとして、小規模チームや個人クリエイターがこれからどうやって映像で飯を食っていくのかを考えてみる。
1.デジタルシネマカメラを使った小~中型案件(小規模チーム)
2.デジタル一眼カメラを使った小型案件(個人・小規模チーム)
3.モバイルな撮影機材(廉価版)を使った小型~マイクロ案件(個人)
映像の需要が爆発的に増えている反面、制作費のデフレ化が止まりそうにない昨今。ある程度の映像制作スキルと経験、機材を持ち合わせていれば上記の①や②を継続的に受注していくやり方がマジョリティではないかと思う。もっとデカい仕事を、もっと予算のある仕事を追い求めていくのであれば、ある程度の機材投資はやむを得ないかもしれない。しかし、基本的に機材は消耗品であるというバランス感覚は忘れてはならない。小規模なチームが過剰な機材投資や狭い範囲の専門領域に固執するあまり、行動も思考も自由を失う羽目になる。
そしてこれから注目したいのが③だ。誰もが映像クリエイターになれる時代の新しいニーズがどんどん生まれてくる可能性がある。①や②でカバーできない案件はもちろん、半ばボランティアのような非営利的案件、仕事ではなく自分の為の発信ツールとしての映像などがこれに含まれる。誰かのために映像を作る対価として目先のお金を得る目的に限定されず、まわりまわって自分のプロフィット(利益)として還元されるようなコト(投資)に映像スキルを使っていく発想がモバイルフィルムメイカーのひとつの特徴と言えるだろう。
例えば中長期的な視点で考えるチュートリアルセミナーやオンラインサロンビジネス運営でのマネタイズだったり、非営利団体の活動を映像で支援してお金の代わりに信用スコアを積み上げたり。人口の少ない(つまり競合が存在しないニッチ市場)地域で活動するローカルポジショニング戦略も有効な手段だ。映像が作れる人間なんていないから、地域中から重宝がられることは間違いないし、地方創生補助金や役所関連との持続可能な関係性も築ける。もちろん機材は最小限揃っていれば問題ないだろう。
そう、ここで思い出していただきたいのは冒頭のハサミ1挺で世界を旅するバックパッカーの話だ。目先のお金ではなく、その先にあるものを狙う。そのために自分のスキルを使うのだ。短期的な利益は期待できないので、極力機材投資は抑えざるを得ない。最小限の投資で最大限の効果を得ることのできる機材をシビアに吟味する必要がある。選択肢が豊富でないからと言っていいものが作れないわけではない。多くを所有しないことで行動も思考も自由になるからだ。誰もがクリエイターになれる時代は、今までとは視点の違う発想で活路を見出せる時代なのかもしれない。
モバイル機材で作ったムービー作例
「モバイルシネマトグラファー」 / SONY 「Xperia1」×「RX0 II」/ スマホとコンデジだけで作るシネマティックドキュメンタリー
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