ロックンロールイズノットデッドとしんでいく夏

 
もうあんまり覚えてもないけれどしあわせな夢を見たような気がする、お気に入りのラブソングを聴きながら鶏肉を切ってからあげを仕込む間、これがあのひとのためならいいのにとぼんやり思った、料理もほかの家事も、たいして得意なわけじゃないのにね、
洗いものをする頃には口ずさむ曲は変わっていた、サンボマスターのロックンロールイズノットデッド、最近こればかり聴いてる気がする。
強く願って明日を変えたい、そういつだって思っているはずなのに、よくない未来を想像しては不安になるし、かと思えば今日や明日を乗り越えるだけでいっぱいになったりする、ひとりだったらどうだっていいんだけどさ、いっしょにいたいひととか大事にしたいともだちとか、届けたいしだってさ、たくさんあるから、しょうがないよねぇ。
 
 
しあわせになるのが下手くそなんだろうとつくづく思う、しあわせを、受け入れるのがへたっぴ。愛おしくてしかたのない恋人がいて、ずっとわたしを好きでいてくれるともだちがいて、問題がないとは言わないけど生活もいたって平和で、こんなの、しあわせ以外のなんでもないんだけど(まだまだもっとしあわせになる予定だけど)、まだ、自分でかけた呪いが顔を出す時がある、幸福と不幸の天秤、なんてものは信仰してないんだけど、突然、ひっくり返されるのが怖い、そう、些細なことで失ってしまうのが、心底怖いのだと思う。
 
いい子でいなきゃみんないなくなっちゃう、そうずっとビクビクしていた自分がまだいなくならずに心臓のおくのほうでうずくまってる、間違いじゃないんだけどね、そりゃ誰のことも考えらんないまんまじゃダメだけど、そういう、そういう不完全な完璧みたいなものに取り憑かれなくたってきみは十分いい子だよって、ちゃんと言ってあげたい、まだ、言ってほしい、だってそんなこと言いながらね、わたしはわたしの価値観を捨てたりできなかったし。
 
 
ぱちぱち打っているといつも書こうとしていたことなんて忘れてしまうな、日記をつけるのがいつも続かないことを思い出した、自分のことを言葉にするのがもっと上手くなりたい、本当はね、書いてしまいたいことたくさんあるの、
もっと近くて、もっと生々しくって、もっともっと美しい、わたしのはなし。









生活になるし、だからそのうち詩になります。ありがとうございます。