第一章 - 八つの腎臓の町9
翌日の午後二時、アサはネズミと一緒にレリを待っていた。場所は大きな猫の石像が立つ広場。軍服を着た猫が、左手を大きく斜め前方に突きだしている。石像を中心に十字に道が広がる、見晴らしのいい広場だ。通りの向こうからかごを引いた自転車タクシーがやってくる。かごに乗ってるのがレリだ。自転車はアサとネズミの前に止まり、アサはレリの手を取って、彼女がかごから下りるのを手伝った。表情を見ると、昨日よりも体調は良さそうだ。
「すぐ近くなので、ここから歩きます、ついてきてください」
三人が着いたのは灰猫亭より少し大きいくらいの診療所だった。
「昨日のネズミさんだね、こちらが患者さん?」
診察室に入ると、丸いメガネをかけた白衣の猫が迎え入れてくれた。彼が医者のようだ。レリは医者の前にある椅子に座り、ネズミはそのすぐ後ろに立つ。アサは少し離れた診察室の入り口に立った。
レリは年齢や性別、いつから病院に通っているのか、などの質問に答えていく。これまでに何度か手術をしたこともあるようだ。
「今は点滴と。あと黒い炭のようなお薬を飲んでいます」
「少し、そこに横になってくれる」
医者は診察室にある簡易ベッドを指さし、レリはその上に仰向けに横になる。医者はレリの腹部を正中線に沿って軽く押していくが、すぐに手の動きを止めた。
「固いものがあるね、ちょっと中を見てみようか」
医者が診察室の奥にいた看護師猫に声をかけると、看護師はワゴンを押してガラスのトレーを持ってくる。トレーには透明な液体が半分くらい入っていて、中に白い布が浸されている。
「おなかにかけるよ、少し冷たいけど、ごめんね」
医者はレリに声をかけてから、看護師と一緒にトレーの中の白い布を持ち上げ、レリの腹部に乗せる。すると、白い布の上に黒っぽい模様が浮かび上がった。内臓の状態が映し出されているようだ。超音波に似た仕組みなのかもしれない。液体は黒、個体は白っぽく映っている。看護師がカーテンを閉め、灯りが消えるとかなりはっきりと臓器の様子が分かる。アサは映像がよく見えるように、ベッドの近くに移動する。
「おなかを触って何かあるかなと思ったんだけど、腎臓みたいだな、これ。でもたくさんある」
医者は白い布の位置を調整しながら、一つ一つ腎臓の数を数え始めた。
「八個ですか?」
ネズミが聞く。
「うーん、そのようだね、八個。よく分かったね」
医者が布の位置を調整しながら、レリに話しかける。
「この腎臓のせいで、おなかの中がかなり圧迫されてる。うんちとか出にくいでしょう?」
「はい、ああでも、液体のようなものばかり食べているので」
医者は白い布を腹部に密着させるように調整しながら、さらに検査を進めていく。
「ねえ、さっきの腎臓って、なんか一部黒くなかった」
アサが医者に質問すると、
「ああ、これはね、嚢胞といって、液体がたまっている部分なんだよ」
「その液体、抜いて調べるってできないの?」
「できるけど。・・・あなたはお医者さん?」
「違う、ただちょっと気になっただけ」
医者は細い針のついた透明の器具を持ってこさせ、白い布の一部に小さな穴を開けた。布に映った映像を見ながら腹部に針を刺し、映像内に現れた針の位置を確認しながら、嚢胞に向かって針を押し進めていく。針が嚢胞に当たると、反対側の先端が球形に膨らみ、そこに透明度の高い黄色い液体がたまってくる。ある程度、液体がたまったところで針を抜いて看護師に注射器を渡すと、看護師はその液体を細いガラスに乗せ、薄いガラスのカバーをかけた。医者はそれを受け取り、顕微鏡で観察する。
「細菌みたいだな。桿菌って呼ばれるタイプの細長い形状のもの。かなりの数だよ。嚢胞の中身は細菌みたいだ」
医者は顕微鏡の前の椅子に座って黙ったまま唸り声をあげる。長い眉毛を触りながら、考えごとをしているようだ。アサは医者に話しかける。
「あの病院って、この町でかなり権力があるとかない?」
「なぜそう思う?」
アサは医者に少し顕微鏡から離れるように手振りをする。医者が椅子をずらして顕微鏡の前を開けると、アサは立ったまま顕微鏡を覗き、少しして言った。
「これ、たぶん、腎臓の養殖じゃない?」
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小説投稿サイト「エブリスタ」で連載中の「夜の案内者」の転載投稿です。
物語のつづきはエブリスタで先に見られます。
▼夜の案内者(エブリスタ)
https://estar.jp/novels/25491597/viewer?page=1
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