ALS(筋萎縮性側索硬化症)から考える人生のシナリオを描くということ
2020年1月から、ALSという難病の治療研究を支援する基金「せりか基金」に月額支援しています。
元獣医で医療をテーマにした現代アートをつくっている身として、具体的な医療貢献を作品を通じてしたいなぁと思っていましたが、何をしていいかわからず。医療系の支援を毎月つづける、とかだったら小さく始められそうなので、まずはやってみようと思ったのがきっかけです。
毎月3265(みじんこ)円を支援しながら、自分でも同額の作品を2点つくり、BASEのみじんこショップで販売。販売するときに「せりか基金」の線でもしながらやったら、貢献をつづけながら自分のことも支援基金のことも紹介できるかなぁという意図がありました。
これまで販売してきた作品は、ALSと全然関係がなかったのですが、7月からもう少しALSのことを勉強しつつ、関連したアート企画を考えたり、ALSという病気自体を想起させる作品を展開していこうと考えました。
7月はALS患者を主人公にした短編ミステリーとアート企画を公開したんですが、アウトプットのためにはもう少しALSを理解しないとアイデアが思いつかない、ということで、8月はちょっとALSについて学んでみました。
※あくまで学び中のメモなので、医学的な最新情報について知りたい方は、専門のサイトや医師にご相談ください。
ALSの有名人
まずはALSの有名人!こんなサイトがありました。
ALSといえば理論物理学者のホーキング博士が有名ですが、ALSじゃなかった説もあるんですね。毛沢東もALSだったの!?とびっくりしましたよ。
川島雄三(映画監督)
ルー・ゲーリック(大リーガー)
芦原英幸 (空手家)
毛沢東(政治家)
徳田虎雄(前衆院議員)
ホーキング博士(他の神経ニューロン疾患説あり)
ショスタコービッチ(露・作曲家)
日本で有名なのは武藤正胤さんでしょうか。技術を使ってALSについて知ってもらう活動をしてる方ですが、脳波から意志を伝えられる技術ってすごいですね。
脳波による伝達が可能になったら、本当は伝わって欲しくない本心まで伝わってしまうことになるのでしょうか。
ALSの特徴
ALSは高齢で発症することが多いですが、遺伝的なものは少ないみたいですね。早期発見によって治療をすぐに開始できたほうが、その後の経過に大きく影響するようです。現状では初診までに7か月~1年くらいかかってるみたい。たぶん、多くの人がALSについて知らないし、自分が突然かかると思わないので、油断してしまうのかもしれません。
つまずきやすくなったり、食べ物を飲み込んだりがしにくい。しゃべりにくかったり、感情がうまくコントロールできなかったりするのも初期症状として出てくるようなので、「なんかいつもと違うな」と思ったら病院に行くと良さそうですね。
▼【医師監修】ALSとは?症状の進行と検査・診断について
https://www.minnanokaigo.com/guide/disease/als/
ALSでは全身の運動機能に障害が起こりますが、目を動かす筋肉は維持され、視神経も障害は受けないので、視覚に異常は起こりません。
ALSを発症しても、五感は変わらずなので、音楽を聴いてリラックスしたり、いい匂いをかいで楽しむことはできます。
ALSの人と一緒に食事を楽しみたい!を叶えるとしたら、匂いのVR技術が使えるかもしれません。味がないものを食べていても、たとえばイチゴの匂いがしてると、食べてるものがイチゴ味に感じるというのがあるみたいです。
「匂いだけのお食事会」だったら、ダイエットを気にしなくていいですし、おなかいっぱいにならないから、いくらでも匂いを楽しめます。
延命ではなく緩和ケア
あと、とても興味深かったのは、ALSを含む難病についての考え方について書かれているこちらのPDF「ALS をめぐる問題―倫理から緩和ケアへ」です。
https://www.neurology-jp.org/Journal/public_pdf/048110958.pdf
栄養療法や人工呼吸療法を延命治療としてとらえると患者・家族や医療従事者の葛藤をひきおこす問題が生ずる.
言葉の問題なんですが、「延命」っていう言い方だと「引き延ばしている」感じがしてしまうんですよね。だから患者本人も、医療従事者や家族も悩んでしまう。
なので「延命治療」という概念ではなく、「緩和ケア」という考え方に倫理観を変えると、必要な治療として行っている感じがするので、「ぜひやりたい!」っていう気になります。ケアって治療ってことですからね。
「治療」には、病気の根治だけでなく、病気とうまく付き合っていく方法も含むと思うのです。
宮下洋一さんの書籍に、スイスで自殺ほう助を行う医師が「安楽死」と言われることを望んでいなさそうなことが書かれていました。
安楽死=医者が手をくだす
自殺ほう助=本人が自分の意志で行うのを周りがセッティングする
という違いがあります。「安楽死」の場合、医者のほうも命を奪うことに精神的なダメージを負うんじゃないかと私は考えました。
2017年ですが、台湾では動物の殺処分に携わる獣医師の自殺が話題になっていました。
「なにかの命を奪う」ということは、奪う側にも大きな負担がかかっているということ。戦争に参加した人たちがPTSDになるとかもそんな感じですね。
同時に私は、社会を1つの生命体であるともとらえているため、社会が個人を死に至らしめた場合、社会自体も病むのではないかと思っています。
「自殺」っていう言葉が、日本人にとってあんまりいいイメージにも思わないので、安楽死も自殺ほう助も、日本人にあった言葉にはなっていないんじゃないかと思っています。
「言葉」を変えるだけで、その行為にまつわるイメージが大きく変わります。
延命治療はしたくないけど、緩和ケアだったら喜んで受けたい。
自殺ほう助は受けたくないけど、人生の終わりは自分で決めたい。
「言葉」によって、気持ちが楽になるのであれば、言葉を変えていくのが良さそうです。
患者は自己の人体や人生を単に所有しているのかという議論に結論を出す必要はなく,人生や自己の身体の所有者としてではなく,その人の人生に関する専門家・脚本家として位置づけ,「死にいたる病とともに生きる自分を肯定する」「治療できない病気とともに生きる人生を肯定する」という概念の下でケアをおこなうことができる.
難病があろうとなかろうと、人はみんないつか死にます。言葉が変わるだけで「同じ行為」がまったく違うものに感じること、「緩和ケア」という概念について今回は学びましたよ!
ALSの患者さんを主人公にして物語を書けないかなーと考えていましたが、主人公は哲学者を目指すのがよさそうだなと思いつきました。
肉体はせいぜい100年くらいしかもたないけど、哲学は紀元前のものでさえ、現在も残っています。ホーキング博士のように無限の思考を使って、言葉を残し、言葉によって人々に希望を残そうとする主人公像がとても合いそうな気がしてますよ!
ALS支援をつづけているプロジェクトはこちら。
宇宙兄弟というマンガが好きな人は、マンガもぜひ読んでみてください!