第一章 - 八つの腎臓の町2
茶色猫の後について路地を数回曲がると、周囲を高い生垣で囲われた建物の前に出た。生垣の入り口を抜けると、三階建てくらいの高さの幅の広い建物が見える。四角い石を層状に積み重ねて作ったような外の建物とは造りが全然違い、継ぎ目のない薄い水色の建物だった。自動扉になっているガラスの入り口を抜けると、猫たちが並べられた長椅子のところどころに腰かけている。待合室かもしれない。廊下の奥で、銀のワゴンに乗せた液体のボトルを運んでいた白い猫が、通り過ぎようとしてアサたちに気づき、ワゴンをその場所に置いて駆けてくる。白い猫は白衣を着て、頭に白い布を巻いている。看護師だろうか。
「あら、レリさん!」
「道端で倒れていたんです。この人たちに運んでもらって」
茶色の猫が早口で白猫に説明する。
「お部屋がありますから急いでこちらに。助かります」
白猫はボトルが乗ったワゴンを廊下の脇に寄せてから、ネズミたちを病院の奥へと案内する。
「こちらです」
白猫が入院室の部屋のドアを開ける。部屋には一人用のベッドと小さな机、それと文字の書かれた液体のボトルが天井から五、六個ぶら下がっていた。ボトルには管が取り付けられたものがあり、ボトルのうち二つは色が無色透明ではなく黄色い色をしている。
「こちらのベッドに寝かせていただけますか。はい、ありがとうございます。すぐに治療の準備をしますから」
白猫は慣れた様子でレリの左手首の包帯を外すと、腕につけられた器具と天井から吊るされた液体ボトルを管で繋ぐ。左手首の包帯はこのためだったらしい。アサは一番後ろから、白猫の作業を見ていた。
「レリさん、もう大丈夫ですからねー」
白猫はレリと呼ばれたシマ猫に声をかけながら、管についた目盛りを見ながら点滴の量を調整する。それが済むとネズミや茶色猫たちに声をかける。
「さ、ここはちょっと狭いので。ゆっくり寝かせてあげてください」
白猫に促されてアサたちは病室の外に出る。お見送り致します、そう言った白猫が先頭に立って歩き出す。
「腎臓ですか?」茶色猫が聞く。
「そうそう、そうなんですよ、猫の持病みたいなもんですよね」
「ああ、うちもみんな腎臓で逝きましたよ。辛いよなぁ、早く治療方法が確立されればいいのに。あ、じゃあ僕はこれで」
待合を抜けて病院の入り口に来たところで、茶色猫は白猫やアサたちに声をかけ、手を振って去っていった。
「お二人もありがとうございました。旅のお方でしょうか。余計なお世話かもしれませんが、もしも宿をお探しでしたら、病院を出てまっすぐ歩き、三つ目の角を左に曲がってすぐのところにいい宿がありますよ。レリさんのご親戚がやっているお店で、灰猫亭という名前です」
白猫は二人に向かって笑顔をつくる。
「それはご親切に。助かります」
ネズミが白猫にお礼を言う。
「では、私は治療のつづきがありますから、これで」
「あのっ」
「はい?まだ何か?」
ネズミの横におまけみたいに付いていたアサが白猫を呼び止める。
「あ、えと、私、まだこの町に来たばかりなんですけど、あの猫さん、本当に腎臓だけですか?悪いのって」
「はい。そうですが?」
「いや、ならいいんですけど、なんか彼女って」
「はい」
「腎臓が八個ありますよね?」
アサがそう言うと、待合室に座っていた猫たちが一斉にアサのほうを向く。数人の猫は尻尾を逆立て、叩くように尾を振り始めた猫もいる。
「なんのことだか。あなたの腎臓は八個もあるんですか? 私たち猫には二つしかありませんわ」
白猫は両手を身体の前で組んで、時間をかけて丁寧におじぎをする。
「とても助かりましたわ。お気をつけてお帰りください」
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一章のモデルになっている町はタンザニアのザンジバル島。
▼世界遺産の石の町、タンザニア・ザンジバル島のストーンタウンと奴隷市場
https://mijin-co.me/novel_tanzania_zanzibar/
小説投稿サイト「エブリスタ」で連載中の「夜の案内者」の転載投稿です。
物語のつづきはエブリスタで先に見られます。
▼夜の案内者(エブリスタ)
https://estar.jp/novels/25491597/viewer?page=1
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