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第一章 - 八つの腎臓の町8
夜の十時をまわった頃、アサは隣の部屋の扉が開く音を聞いた。ネズミが帰ってきたようだ。空は明るいままだ。ネズミが階段を上がってくる音、そのまま自分の部屋に戻るのではなく、アサの部屋の前で立ち止まり、戸を叩く。
「ちょっとお話があるのですが、よろしいでしょうか」
ネズミは前置きもなく言った。アサは答えずに黙っているが、戸を叩く音がさらに強くなる。出て行くまで叩き続けるつもりだろう。アサはベッドから起き上がり、扉ごしに返事をする。
「ちょっとよろしいですか、お話があるのですが」
「どうぞ、ここで聞く」
ネズミは返事の代わりにまた戸を叩く。アサは仕方なく扉を細く開けた。ネズミの赤い目がアサを見下ろしている。アサはネズミを部屋には入れずに、細く開けた扉ごしに話を聞く。
怪我をさせられたレリの妹猫は、病院の別棟に連れて行かれたようだ。隔離施設になっているようで、外部の人は入ることができない。ネズミはレリと面会するが、彼女の容態はだいぶ落ち着いていて、すでに起き上がれるようになっていた。
「彼女は毎日、一時間くらいは出歩いていいことになっているようです。明日、その時間に彼女を別の病院に連れて行きますので、アサさんも来てくださいね」
「別の病院?」
「はい、そこに彼女を連れて行きます」
「なんのために?」
「検査のためです。彼女の腎臓が本当に八個あるのか確かめたいですから。病気を治せる人がいると言ったら、彼女も快く来てくれると言いましたよ」
「なにそれ? 治せる人って、そんな当てあるの?」
ネズミは無表情のまま、帽子を軽く持ち上げる。
「では、明日は一時にここを出ますので、そのつもりで支度をしておいてください」
「嫌、行かない」
「いいえ、あなたは私と一緒に来なければいけません」
アサは夜のうちに荷物を持って逃げ出すことを考える。幸い、外は明るい。列車に戻って車掌に出発時間を聞こう。あるいはほかの路線がないかどうか。
「町を出る列車は一つしかありません。また、あなたが私と来なければ、列車は絶対に出発しませんよ。いいですね?」
ネズミが自分の部屋に戻った後、アサはシャワーを浴び、着替えてからベッドに寝転がった。十時を過ぎてるはずなのに、全く暗くならない。猫の太い鳴き声が遠くで聞こえるような気がする。アサは起き上がって、濃緑色のカーテンを閉め、布団に潜った。早く、早く、元の世界へ帰りたい。アサは無数のネズミに追いかけられる夢を見ながら、眠りに落ちた。
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小説投稿サイト「エブリスタ」で連載中の「夜の案内者」の転載投稿です。
物語のつづきはエブリスタで先に見られます。
▼夜の案内者(エブリスタ)
https://estar.jp/novels/25491597/viewer?page=1
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