こっちを見るな
もう高校を卒業してしばらく経つし、街で高校生を見かけても「楽しんでくれや」と思うだけで、特にシンパシーを感じるということはない。それだけ、私も大人(みたいな存在)になってしまったということだろう。
だが、なぜか今でも、何かの間違いで、二年に一度くらいのペースでボウリングをしてしまっている。ボウリングなんてもう全然やりたくないのに。いくつかの不運が重なり、ほとんど避けられない形で、突如として「ボウリング」が立ち上がってくる。それが、だいたい二年に一度くらいの周期でやってくる。
そうするともう、ボウリングをやるしかない。受付に行く。渡された用紙に、個人情報やスコアボードに反映されるプレイヤー名を記入していく。
ご存知のように、ここで登録する名前は必ずしも本名でなくてもよい。昔はよく、友人に変な名前で登録されたものだ。友人に記入を任せてトイレに行き、戻ってきたら自分の名前が「トイレ」になっていたこともあった。そういうのも、まあ昔はあったわけだが、今ではもうそういうバイタリティーが全くない。生命の跳躍がない。ふつうに名前を記入する。残念なことだが。
ボウリングのどこが好きじゃないかというと、ーーーこれはボウリング嫌いの中では一定のコンセンサスがあるように思うがーーー、「一投目の帰り道」である。
基本的にボウリングというのは、自分のターンで二回投げることができる。ストライクを取った場合はその限りではないが、ピンが残っている以上、一度で終えることができない。そのため、一投目を投げ終えた後、一度ボールを取りに戻らなくてはならない。そして、このわずかな道のりが「一投目の帰り道」である。私は、その瞬間が嫌いだ。
なぜか。この帰り道では、一緒にプレイしている人間たち(縦一列のベンチに座っている)の方へと向かっていくわけだが、この時、彼らに(自分の姿が)見られていても、なんかムカつくし、見られていなくてもーーーたとえばスマホをいじっていたりしてーーー、それはそれでムカつかないだろうか?
いや、見てろよ。は?見てろや。なんで見てないの?じゃあソロプレイでいいですよね。別に同じボウリング場でやらなくてもいいわけだよね。ビデオ通話繋げてさ、それぞれ好きなボウリング場でやってたらいいですよね?違う?俺が言ってることなんか間違ってる?見てろや。どうせスマホいじったってしょうもないメッセージ返すだけなんだから。
とはいえ、見られていてもムカつく。いや、見るなよ。こっち見るな。何見てんだよ。ストライクとかなら見てもいいよ。スペアでもぎりぎりいい。6ピンくらいしか倒れてない時見るな。6ピンが一番見るな。1ピンとかはまだいいよ。逆に。2ピンは見るな。7ピンも見るな。ふざけんじゃないよ。お前らのために投げてないからな。俺は俺のために投げてんだよ。やっぱストライクも見るな。こっち見るな。かといって虚空を見つめたりもするな。怖いから。怖いんだよ。スマホも見るな。
とはいえ、そういう理由から、いきなりボウリング中に私にキレられても、理不尽という他ないでしょう。ということで以下に、倒れたピン数ごとの(私にとって)正しい対応を記載しておきます。私とボウリングをする際は、各自これを印刷してくるように。今はコンビニとかで印刷できる時代だからね。便利になったよね。こっちを見るな。
ストライク
別に、見てもいい。見るだけならいい。ただ、ストライクって別にもうそんなに嬉しくもないのに、何となく喜んでいる風の顔を作らなきゃいけない気がして面倒。手間。ストライク取るのはいいんだけどその後が手間。あと「ウェーイ」みたいなのマジでやめてほしい。ハイタッチ求めるのもやめて。意味が分からないから。ストライク取ったらハイタッチするみたいなのが、もう規範になってんだわな。ルールの奴隷ですわ。ルールの奴隷はこっちを見るな。
スペア
見ててもいい。ただできれば、「ス ペ ア」って出てる、頭上のスコアボードを見てて欲しい。適当に「おー」とか言ってて。「いいねー」とか。スコアボードで流れてるスペアのアニメーションに対して、一家言あるとなお良い。そっちに集中してて欲しい。たまにスペアですらハイタッチを求めてくる人いるけど、そういう人は一度自分を見つめ直した方がいいですよ。
9ピン
全然見てていい。俺もリアクションしやすいし。ストライクを取るより顔を作るのが簡単。というか自然にリアクションできる。惜しい!みたいな。自然体でいられる。9ピンだし、成績としても悪くない。スペアも狙える。全然見てもらって構わない。
8ピン
どうぞ見てください。がっつり見てもらってもいい。9ピンとほとんど一緒。成績としても恥ずかしくない。スペアも狙える。たとえば5ピンとかって明確に「面白くない」と思うんだけど、8ピンとか9ピンは、面白いとか面白くないとかの評価の外にある感じがいい。堂々としていられる。ちょうどいい倒れ方。
7ピン
こっちを見るな。何だお前は。どういう教育を受けてきたんだ。何度言えば分かる。見るな。お前は本当は頭がいいんだから。言えば分かる子なんだから。こっちを見るな。とにかく見るな。分かったな。
6ピン
一番見るな。もっとも見るな。見るな界の一位。トップランナー。みっともない。怖い。もう振り返るのが怖い。後ろ歩きでボールを取りに行きたい。つまらない。意味がない。6という数字の中途半端さ。人生のみじめさ。
5ピン
本当に恥ずかしい。まず先祖に申し訳ない。尋常ではない面白くなさ。5って。ちょうど半分というキモさ。薄暗さ。新しい不吉な数字。5。恐ろしい。世界に対する畏怖。畏敬の念。
4ピン
変な感覚だと思うけど、別に見られててもいい。もちろん見られたくはない。でもまあ、最悪いい。6ピンみたいに、中途半端に倒れてる
くらいなら中途半端に倒れてない方がはるかにマシだと思う。まあまあまあ…みたいなスタンスが取りやすい。とはいえ、いずれにしても見られていないに越したことはない。
3ピン
これも4ピンと同じで、まだマシ。8ピンと9ピンの関係性に近い。1ピンの差がそこまで大きくない。もちろん見られたくはないが、もし見られていても気が滅入ったり、激昂したりはしない。
2ピン
激昂する。こっちを見るな。見ている意味が分からない。可及的速やかに、合理的な理由を説明しろ。俺を見てどうなるっていうんだ?何か変わるのか?世界は良い方向へ向かうのか?向かわない。なら見るな。自明のことを何度も言わせるな。俺はお前らの教育係じゃないんだ。金輪際見るな。
1ピン
先述したように、もう逆に見られててもいい。これも、ナチュラルなリアクションが取りやすいためだと思われる。苦虫を噛み潰したような表情で戻る。そこに偽りはない。だから気楽でいられる。繕わずに済む。自分を偽らずに生きていられることの、なんと素晴らしいことか。
ガーター(0ピン)
刀があったら切腹している。ガーターに入った瞬間、まず刀を探す。それほどのみじめさ。江戸時代にボウリングがなかったのは帯刀が許されていたから。もしあったら、みんな切腹してしまったはずだ。本当に情けない。これからの人生は、このガーターを転機として展開されてゆくだろう。そしてもちろん、見るな。このガーターは俺の問題だ。こっちを見るな。
いかがだったでしょうか?
私とボウリングをする際は、以上の点をよろしくお願いします。誘われたら行きます。ぜひ誘ってください。ご連絡、お待ちしております。