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「黒影紳士」season5-3幕〜世界戦線を打ち砕け!編〜「砂上の夢」🎩第五章

9龍

 黒影はそれが分かっていても、やっぱり耳を赤くし帽子を深々と被り顔を隠す。
「先輩……負けちゃ駄目っす!ファイトー!」
 サダノブが、茶化して笑いながら言った。
 黒影は手を口の前に添え、大きな咳払いを二度する。
「……まっ、負けてなんかいないよ。……そっ、それよりだ!また腱鞘炎、隠しやがったなっ!二度目だぞ!……腫れが分からない様に革の手袋まで用意して。……この紫陽花の季節ならレースかサテンにする筈だ。手に汗掻きたくないんだからな、手だけ潔癖症はっ!」
 と、黒影は帽子を整えて、堰を切ったかの様に創世神を叱咤する。
「はーい、先生。じゃあ、新しい「世界」要らないの?必要だから、無茶したんだけど。申開きは聞いてくれないんですかぁー。」
 創世神はそう不機嫌そうに言った。
「……新しい「世界?」」
 黒影は思わず目を丸くして、見えないのにゴーグルを覗き込む。
「そうだよ!探し物があるんだろう!……大いに失敗した、笑えば良いさっ!僕はどうも新天地に合わなくてね、巫山戯ていたら怒られる始末さ。それで、仕方無く巫山戯ないで一から書き直したんだよ!下らん事でだよ、この僕が。そうさ、全部が馬鹿げていた。僕も含め総てがなっ。たかが小さな事でムキになる必要は無かった。でもなっ!僕はまだ永遠に書いて行く、それが言いたかったんだ!駄作と言うならば、時間さえ許されるならば、100回だって書いてやるっ。
 僕は……書き続けたかっただけなんだ……。」

  ……たかがそれだけ。
 ……書き続けたいと言いたかった……。

 そう言っただけで、何故涙が止まらないのか……己ですら分からない。

「……黒影紳士が在ったから……でしょう?沢山の物語を詰め込んだこの本棚を、守りたかったのならば、そんなに無茶しなくて良かったのに……。」
 黒影は其れを聞くと、そう言って幻影守護帯を解除し、黙って珈琲を作り始める。

 ――――――――。

「珈琲用の粗目の砂糖。胃腸の為に多めのミルク…でしたね。……100回書き直したかったですか……。貴方なら、本気でやり兼ねない。でも今は……その必要は無い。その100回分、「黒影紳士」の未来にくれませんか。」
 黒影はそう言って、静かに微笑むと目の前に私好みの珈琲を淹れてくれる。
「ちょっと、子供に揶揄われたぐらいで、年甲斐も無い事をしたよ。だから、仕方無い。」
 そう静かに言って情けなさと、優しい珈琲を飲み込んだ。
 変わらない「味」が此処にあった……。
「此処が在るだけで良い……。私の居場所は、此処だ。」
 薄らと味わう様に目を閉じて、その薫りに包まれる。
 ……此処が、私の夢……。

「……で、その手がバレるのも分かっていながら伝えに来た事って?僕が探してるものでしたっけ?」
 黒影は創世神が落ち着いたのを見て、ゆっくりと席に座った。黒影は次の創世神ではあるが、現創世神ではない。
 出来る事は、ただ一杯の労いを渡す事だけ。
 感傷などには浸っている場合ではない。それを創世神も望まなければ、創世神自身も黒影だって分かっている。
 こんな時、昔から僕らはこんな風に思うんだ。

 ……まだ世界のほんの一握りも見ちゃいないのに……

 そう言ってまた笑うから、今がある。

「……今、白龍は黒龍の元にいる。姿は以前の白では無く、漆黒だが、紛れも無く白龍だ。白龍の不在の結界の穴はどうしようもならない。他に継承する程の者がもういないのだから。」
 と、創世神は軽く言う。
「継承者が居ない……。参ったなぁ。少し話をつけて、結界だけでも貼り直して貰いますよ。……で?その「世界」の名は?」
 黒影が目を輝かせ、新しい世界を楽しみにしていたのが分かる。

 ……少し年甲斐も無く無茶をしてしまったが……
 ……私はその目が……見たかった……。
 それだけで、どんな傷も癒え、痛みも消える。
 生きている喜びは……其処にある。

「……「縞瑪瑙(しまめのう※オニキスの事。)の双龍〜オニキスの番龍〜」だ。霊雅も其処に帰しておいた。現代日本が舞台だ。」
 と、創世神は微笑み応えると、珈琲を再びマスクの下に器用に運び飲む。
「じゃあ、世界を行き来するのはザインだけで大丈夫そうだな。」
 黒影は現代日本だと聞いて、それならばと一度世界を読み込もうとしたが、止まって創世神に確認する。
「あぁ、それならさっき私から一報入れておいた。」
 さらりとそう言われてしまったので、黒影は思わず、
「全部、貴方がやってくれれば助かるんですが……。」
 と、愚痴を溢した。
「馬鹿を言え。それじゃあ、それこそ「お話し」にならんだろう?さっきBARに立ち寄ったらマザーコア……あ、今は「鴉」か。が、居たのでな。ついでだよ。」
 そう言いながら、創世神は白雪が包帯を巻き直してくれている、己の手を見詰めていた。

  ……何も出来ない時程……何かしてやりたくなるものだ。

 ――――――――――――
「ザイン!またほっつき歩いて……。」
 ルイスは羽付き帽とサーベルを押さえて、ザインの前から走ってくる。
「何だ、騒がしい。今、治療中だ。」
 ザインは青白い魔方陣の中央に大剣を突き刺し、半球体の「ガードシールド」を貼り、怪我人とその中にいる。
「黒影から電報が来ている……あっ、否……正確には「黒影紳士」よりと書いてある。」
 と、ルイスは不思議そうに電報の下を見た。
 何時もなら「夢探偵社 代表 黒田 勲」と、記すからだ。
「……ん?ちょっと寄越せ。」
 ザインはルイスに手を伸ばす。
 治療中は大剣からけして手を離せないので、片手で読み辛そうだが、読んでいる。
「……そうか。結界なぁ……。なぁ、ルイス!後で日本へ行く。準備をしておけ。」
 ザインはそう言って、手紙をルイスに突き返し治療を続けた。
「黒影からであれば、急がなければ。」
 と、ルイスは助けだったらいけないと、そう言ったが、
「待て。黒影からではない。恐らく、創世神だ。世界名で記すのは彼奴しかいない。」
 ザインは治療を終えたのか、大剣を背の黒い鋼の鞘に納め、歩き出す。
 鞘に巻き付く、「チェーンガード」と言う、ガードをしながらにして攻撃を仕掛けてくる鎖が、歩く度にジャラ……ジャラ……と音を鳴らした。
 ブルーシルバーの長めの短髪に、深い臙脂色(えんじいろ)の革のロングコートが映える。
 ――――――――――

「……えっ、いない?」
 黒影はアポイントが取れた、赤龍に会いに来たが、期待とは違っていた。
「えぇ、まだ今月の始めでした。だから未だ継承すら、誰がするかも決まらず……。」
 と、連絡に出た初老の男性、伊吹 亨(いぶき とおる)は、訪れた黒影とサダノブ……そして、黒影の肩にちゃっかり白梟に変化して着いて来た白雪に、赤龍であった息子の伊吹 陽彦(いぶき はるひこ)の訃報を告げた。
「折角、朱雀様が生出なさったのに……。」
 と、伊吹 亨は遠い目で、部屋から広がる庭園に視線を飛ばし言う。
「朱雀と言えども、普段は鳳凰の方が多い。それに今はただの探偵です。こう言う格式高い所には縁遠いものですから、黒影と気軽に呼んで下さい。……御仏前を拝見しても?せめて、平等と安寧に眠って頂きたい。
 と、黒影は申し出る。
 赤龍の死が何かはまだ知らないが、黒影が来た事により災いに転じると、直感で感じていた。
 龍は間違えれば荒ぶる神となる。
 広い座敷に祀られるように、真っ赤な龍と位牌があった。
「蒼炎……赤炎……十方位鳳連斬……解陣!……サダノブ、車から霊水!」
 黒影は蒼と赤に燃える幻炎が揺れる鳳凰陣を重ねながら言う。
「そー言うの、先に言ってって、何時も言ってるじゃないですかぁ〜!」
 と、サダノブは何をするか気付いて走って車へ向かって行った。
「……鳳凰来義(ほうおうらいぎ)……降臨……。」
赤の鳳凰陣を表にし、黒影は立て続けに鳳凰の魂を君臨させる略経を唱える。
 黒影の背に真っ赤に揺れる鳳凰の翼が見え、炎を纏ったロングコートはバサバサと、羽音の様に其処に無い筈の風に靡き広がる。
「願帰元命(がんきがんめい)……十方位鳳凰来義(じゅっぽういほうおうらいぎ)!……解陣!」
更にそう言い放つと、二枚の鳳凰陣が真っ赤に燃え盛り、広い座敷より遥か大きな円陣を敷地内に形成した。
 黒影の姿もこの最終奥義に炎の翼には光が加わり、尾羽の孔雀の羽が揺れる度に金粉の様な、火の粉を舞い上がらせる。
 そのまま黒影は最大値に拡大した、十方位鳳凰来義陣の上を飛ぶ為、窓から外へ出て上を見上げて、飛び立つ。
 屋敷の上空を飛び、平和を乱すものを小さくする事が出来るこの最終奥義は、龍が災いの神に転じても、その力を消し去る事は出来ないが、十方位に斬り十分の一にはする。
 伊吹 亨の前では流石に息子が荒ぶる神になるとは言えなかった。
 黒影は屋敷を包み込む様に、光の火の粉を降らせながら悠然と旋回し飛ぶ。
 途中で下から見上げる伊吹 亨と目が合ったが、迷わずに飛んでいた。
 伊吹 亨も気付いていたのだ。
 黒影が全て言わずとも。
「先輩ーっ!!目立ち過ぎですって!サーダーイーツお届けっすよー!!」
 と、サダノブが下から声を張り、黒影に霊水の入ったペットボトルを振りながら黒影を呼んだ。
 ペットボトルの中の霊水が、太陽光に屈折し黒影の目を眩ます。
「遅いんだよっ!」
 黒影は眩しくて、そう文句を言いながら目を細めて急降下しようとする。
 途中で、止まり辺りを見渡した。
 そしてゆっくりと振り向き、一周見渡す。
「――クロセルっ!!」
 黒影は叫ぶ様に堕天使のクロセルを呼び付けた。
 真っ黒な閉じた翼から、何時もはのんびり欠伸でもして現れるクロセルだが、黒影の悲痛な声に何事かと慌てて黒影を庇う様に前に出た。
「……主、これは……。」
 クロセルは辺りを見ると、黒影をチラッと見遣り微かに震えているのに気付く。
 辺り一面に、十分の一にはしたとは言え、赤龍が荒ぶる神の力を散らしたのだ。
 五龍の中でも唯一、水を宿さない日と火を司る龍。
 黒影は己の炎以外は目さえ背けてしまう。
 両親を失った時の放火事件の日を思い出してしまうからだ。
 クロセルもそれを知らないでも無い。
 黒影が言わずとも、火を消しに向かおうと、体勢を変えた時であった。
 何処を見ても赤い炎と黒い煤が立ち昇る。……そんな光景を目の当たりににし、酷い眩暈を感じ、黒影は落下して行く。
「――サダノブっ!!」
 クロセルは下にいたサダノブに叫び、自らも黒影を追う。
 しかし、戻る途中であったが為に、距離が無い。
 サダノブは咄嗟に野犬に代わり、走る。
 滑る様に黒影の落ちる下、目掛けて突っ込んで行ったが間に合わない。
 黒影は落下し、地面に叩きつけられると、衝撃に一度身体を跳ねらせ止まる。
 カッと、口から血を吐き出し、噎せりながら横たわると意識を失った。
「黒影――っ!」
 屋敷から見ていた白雪は姿を戻しながら、必死に黒影の元へ走り寄る。
 サダノブも姿を戻し、血を喉に詰まらせぬ様に、ゆっくり横を向かせた。
「先輩!今……きゅ……。」
 其処でサダノブは言葉を詰まらせた。
 ――こんな時にっ!!
 消防車のカンカンとけたゝましく鳴くサイレンの音……その中に、救急車の音も入り混じっていた。
 この状況で呼んでも、直ぐに到着しないのは分かり切っていた。
「……そうだ!クロセル、先輩を病院へっ!」
 サダノブは、黒影の上で不安そうに止まり、翼だけを動かすクロセルに叫んだ。
「……我、主の命と意思以外には動かない。」
 クロセルはそう言いながらも、黒影に何か言って欲しくて、ジッとただ黒影の顔を伺う。
 サダノブはその時、思い出した。
 どんなに喧嘩しようが、黒影を救っても……クロセルは、堕天した時から悪魔以外の何者でも無い。
 それでも、安らぐ黒影の近くに居たかっただけなのだと。
 悲しそうな顔……悪魔が涙を黒影にぽとりと一粒だけ煌めかせ、落とす。
 黒影が死んだら……主を失い、また魔界に戻るのだ。
 天にも地にも居場所を探しても、見つけられなかった堕天使。
 その能天使の知識も、水の力も余す事なく必要としてくれた黒影に、今……成す術一つ無い。
 黒影が何度か苦しそうに咳込み、口に溜まった残りの血を吐き捨て様としている。
 そして、息も絶え絶えにクロセルを睨み上げ、
「何を……はぁ……はぁ……して……いる。……あの……はぁ。あ、あの……龍の火を……消せ……。……赤龍の火を……消せるのは……お前しか……いない。」
 黒影は他の龍さえ消せるかも分からないその火を、唯一消せる者としてクロセルを選んだ。
「……悪魔ならば、主の魂になどに惑うなっ!行け、クロセルっ!!」
 黒影はその時、初めてクロセルを堕天使ではなく悪魔と呼んだ。
 心を鬼にしてでも、行けと言う願いを込めて。

  ……己のトラウマなんぞに足を取られて死ぬならば、所詮過去を超えたつもりでいただけの、そんな……強がりばかりの生き方だったのかも知れない。

 黒影はぼんやりと小さくなって行くクロセルの黒点を最後まで見届けた。

10醒

 目を開けると……腕に軽い重みを感じて視線を動かす。
 白雪が眠っている。
 ……生きて……いるのか。
 天井を見上げても辺りを見渡しても、此処は病院では無さそうだ。
「……はっ、黒影さんっ!」
 ゆっくり入って来た伊吹 亨は、思わず持っていたお盆の水やらコップを落とす。
 白雪もそれを聞いてゆっくり目覚めると、黒影が目覚めたのを見て、相当心配だったのか声にもならない顔をすると、布団の上から黒影に抱き付いていた。
「……あのぉ……。」
 落下して、クロセルを見送ってからの事が全く思い出せない。
「……火事は然程広がらずに済みました。皆さんが、あの後黒影さんを私に預けて、救命にご尽力されたお陰です。怪我人は多少出ましたが、死者は一人も。……強いんですねぇ……皆さんは。……陽彦と……違って……。彼奴ももう少し心が強けりゃ……こんな……。」
 伊吹 亨は正座した上に、力を込めた拳を震わせ俯くと、堪えきれぬ涙を落とした。
「……いえ、止められず申し訳無かった。」
 黒影は背中の痛みが顔に出ぬ様、ゆっくり起き上がり言った。
 黒影は思うのだ。
 どんなに力を持っても足りない時はある。
 それは誰も神などではないからだ。
 そして、神もまたもっと上の存在を求めるのかも知れない。
 荒ぶる神の力を抑えたとしても、消す事は出来ない。
 それは人間と比べたら烏滸がましいのかも知れないが、人の怒りが犯罪の様にそう簡単には消えないのと、似ていると感じた。
 殺すまで許さない……
 殺されたから許さない……
 この二つの鎖は何故に繋がり
 何処までも先行くのだろう

「……聞かせて貰えますか。……陽彦さんの事。」
 黒影はまだ伊吹 亨が辛いのを分かっていながらも、ゆっくり切り出した。
 誰かに話した方が、悲しみは早く薄れる。
 例え忘れられ無くとも。
 白雪が黒影の言葉を聞いてパタパタと廊下へ出て行った。
 恐らくはサダノブを呼びに行ったのだろう。
「……事故だったんですよ。誰も予期出来ない様な。」
「……事故?……ですか。」
 伊吹 亨からの思わぬ言葉に、黒影は聞き返した。
 丁度その時、廊下から騒がしいバタバタという音が鳴り、伊吹 亨も黒影も廊下側を見た。
「せぇーんぱぁああーいっ!!」
 サダノブが入って来たかと思うと、畳に滑って見事なスライディングから二人の目の前を転がり、入って来た反対側の壁に見事にぶつかり止まる。
「……何て様だ、みっともない。……すみません、騒がしいのを連れて来て。」
 流石の黒影も頭を掻きながら苦笑うしかない。
 逆さまに止まった間抜けなサダノブを見て、伊吹 亨も僅か乍らに笑う。
「……それでも、あの時は立派な狛犬様でしたよ。」
 と、伊吹 亨は言うのだ。
 黒影は暫し考え、ああ……火事の時だろうなと、推測する。
「狛犬、さ、ま、だなんて、勿体ない。……ほら、何時迄も間抜けな姿を晒してないで、さっさとこっちへ来いっ!」
 黒影は苦虫を噛み潰したような顔で言うと、サダノブを招く。
 サダノブはひっくり返り姿勢を戻すと、きょとんとしながら歩いて、黒影の布団の傍に正座する。そしてタブレットをライダーズジャンパーの前ファスナーを下ろし、懐から出した。
「なぁ……、そのタブレットよく壊れないよなぁ……。」
 と、黒影はサダノブよりもタブレットPCの心配をする。
「何だか話を止めてしまってすみません。……その、事故ならば陽彦さんはあんな火事を起こして去ったりなんかしないと思うのですよ。……僕が来て、何かを伝えたかったのでは無いかと思います。もし、そうでないのなら、お亡くなりになってから、直ぐにでも荒ぶる神となった筈。僕が考えもせずに、力を納めようとしたから……。何とお詫びを申し上げれば……。」
 黒影はそう言葉を濁らせ、申し訳なさそうに詫びる。
「……否、そうならばどうか謝らないで下さい!……陽彦の伝えたかった事は黒影さんしか聞けないんですっ!私がどんなに聞きたくても……だから、本当に悪いと思うならば、頭を上げてその言葉を私に聞かせて下さい。」
 そう伊吹 亨は言うのだ。
「……では、思い出すのはまだお辛いと思いますが、その事故の事、出来るだけ詳しくお聞かせ頂けませんか。朱雀でも鳳凰でも無い。探偵としてその一件、預からせて頂きたい。」
 黒影の瞳が次第に赤く染まって行く。
 真実が疼いているのだ。この事件には何かあると。
 その頃、白雪が部屋に顔を出すと、
「お話中に御免なさい。……黒影、風柳さんが来たわよ。」
 と、黒影に伝えた。
「風柳さんが?……いちいち来なくたって良いのに。」
 黒影はまた刑事の仕事を放り投げて来るなんてと、呆れ半分になって言った。
「何がいちいちだ!……だったら、出掛け先でい、ち、い、ち、大怪我をしないっ!」
 と、一喝しながら風柳が入ってくる。
「……今、事故の話を聞くところです。」
 黒影は知らんぷりをして外方を向くとそう言う。
 風柳はそれを聞いて慌てて伊吹 亨に、
「すみません、弟がご迷惑をお掛けして。」
 と、軽く頭を下げサダノブの横に座る。
 伊吹 亨も軽く頭を下げると話し始める。
「そうですか、お兄様が。……私は伊吹 亨です。息子の陽彦はどうも赤龍にして、不運な死に方をしましてね。黒影さんもお解りでしょうが、龍と言えど普段はただの人です。だから、こんな事もあるのかと陽彦が死んでから、そう思うようにはしていました。」
 その言葉を聞いて黒影が、
「不運?……そう仰るからには先程の余程予期しない、突発的なものだったのでしょうね。」
 違和感を持ち聞く。
「ええ……交通事故ならば、何時でも……其れこそ明日は私にも起こるかも知れない。しかしそれよりももっと、聞いた事もない事故でした。……落ちもしない筈の所から落下したのですよ。」
 その伊吹 亨の言葉に、黒影は食い付き気味で、
「落ちもしない場所って言いましたか!」
 と、我を忘れて聞いたのだ。
 突然両手を前についてしまったので、背中の痛みに後から顔を歪ませる。
「駄目よ、黒影急に動いちゃ……。」
 白雪はそう言いながらも、黒影を元に戻して座らせると背中を摩る。
「すみません、つい……。」
 黒影は昔からある、謎めいた事に出会うと抑えきれなくなる興奮を必死に堪え、早くと聞きたがらないように、そう言った。
 風柳が幾分か白い目で注意しているのが窺える。
「……本当に探偵さんなのですね。何だか昨日の鳳凰様とはまるで……。否、失礼。……何だか、呆気ない話しかも知れませんが、たかが大型のスーパーですよ。一人買い物に出掛けてそれっきり。私はあれから買い物すら苦手で、ネットスーパーに頼っているんですがね。……カート……有りますでしょう?」
 伊吹 亨はやはり馬鹿げた単なる事故だと思い始め、懐かしい世間話をする様に、そう言う。
「……ええ、あの買い物籠を置くカート……ですよねぇ?」
 黒影も流石にいきなりそんなカートの話しが出るとは思わず目を丸くする。
「……そう、その当たり前にある、ごく普通のカートですよ。それに押し出され、吹き抜けの硝子を突き抜けて死んだんです。」
 その伊吹 亨の言葉に黒影は数回、冗談か何かと思い長い睫毛を揺らし瞬きさせると、
「あの……。今のが聞き間違いか何かでないのなら、そのカートで、物凄い勢いで何者かが陽彦さんを挟み潰した……のですよね?スーパーなどの硝子は強度が高い物を採用している所が殆どです。突き破るなんて……。」
 黒影は有り得ないと頭に結論付け、何かしら情報が足りないのでは無いかと更に聞いた。
 こんな事は良くあるのだ。状況説明の苦手な人は、相手もさも見ていたかの様な勘違いをし、自分の想像の中から必要な情報まで簡略化して話してしまう。
 それも、思い出したくもない話しならば尚更だ。
「……あぁ、すみません。大事な事を言っていませんでした。カートを使ったら重ねますよね。あの重ねた束に押されたのですよ。自然に動く傾斜でも無し、カートがあるだけの置き場に監視カメラも無し……。誰も落ちる寸前を見た人も居ない。束を動かそうとして勢いを付け過ぎ、誤って挟まり落ちたのだろうと……。そう言われてしまえば、見ていた訳でもありませんから。どんな行動をしようとしていたかなんて、私にも分かりませんし、思わぬ行動に出るのもあるのではないかと、納得したんです。」
 伊吹 亨はまだ妙に引っ掛かってはいるのか、最後に首を傾げて黒影を見たのだ。
「何ですって?!そんな漕ぎ着けの理由じゃあ、陳腐な推理小説の終わりにすらならない!(そろそろこの頁で何時もは終わるんだよ。著者はこの際、陳腐を認めて終わりたいのだが…なぁ?黒影よ。by著者)その身勝手な理由付けの方が有り得ない!(あーあ、言い切ってしまったよby著者)人を飛ばすだけの速度と、硝子を突き破る重量を考えてみても、人一人で出せるもんじゃない!どんなに助走を付けたところで、どうやってそれよりも早く挟まりに態々戻れると言うのです。馬鹿げている、実に馬鹿げた話しだ!良いですか……幾ら心が疲弊し訳の分からぬ事を言われ続けても、事実は事実なのです!
 物理的に有り得ぬ事は信じて、陽彦さんの死を蔑ろにし信じないのは死者への冒涜だっ!真実は陽彦さんの死と、それが他殺によるものだと言う事が、何故分からないのですかっ!」
 黒影は死の事実から逃げようとした伊吹 亨に怒りを隠さず、鬼の様な剣幕で痛みも忘れ伊吹 亨の胸ぐらを掴んで怒鳴った。
 その間を風柳がしまったと思い割り込み、黒影を必死で止めた。
 真実から目を逸らそうとする者さえ、真っ赤な真実の目は赦しはしないのだから。
「……落ち着け!誰だって常に死に対して強い訳じゃない!受け入れる為に、片方を捨てる選択肢もある。……この人は十分、受け入れている。例えお前でも、責めさせる訳にはいかん!」
 風柳がそう言って、黒影を落ち着かせようとする。
 流石に聖獣の長にそう言われては、黒影はもう一度深呼吸した。
 しかし、俯いて静かに低い声でこう返したのだ。
「……誰が死に強いって?……巫山戯ないで下さいよ。……朱雀だから、鳳凰だから……だから、何です?常に人間らしくあるべきだ。……そんな余計な正義……僕にはもう……理解出来ない。……能力者だの、龍だの聖獣だの……誰が何者であっても、己が魂の平等は変わらない!一つの命は如何に醜かろうが、飾り立てようが、その価値は等しい!否、等しく在らねばならない!これでは、等しく送られはしないと、この僕が見定め、言っているんだ。荒ぶる龍の嘆きが……真実を曇らせるなと言っているんです。
 今、護るべきものは……偽物の真実では無い!

 ……僕はもう、怒ってなどいない。嘆いているのですよ。
 変だと思いませんか、余りにもこの事件。
 風柳さん……これは、僕らのいる街で起きた事ではないのです。」
 黒影は、次第に落ち着き息を整え、ゆっくりと顔を上げ風柳に言うのだ。
「……此処の警察は、能力者を売り渡している事実を、忘れないで頂きたい。」
 その静かな殺意にも似た声に、風柳はふと我に返る。
 ……そうだった、我々が平和でいられる気がしたのは……あの管轄でだけだった……と。
 此処は龍の結界が崩れた、能力者の巣窟。
 とうに黒影の方が先に気付いていた。
 ……此処は既に……戦場だと。

 ――――――――
「……鳳凰が……。」
 ザインがふっと空を見上げた。
 日本の変わらぬ優しい風が、浮かぶ鱗雲をゆったりと流して行く。
「どうかしたのか?」
 ルイスはザインに聞く。
「否……鳳凰が嘆いている気がしただけだ。」
 そう言いながらも、祠のある場所へ向かう。
「……行かなくて良いのか?」
 ルイスは心配してザインに聞くと、
「多分、大丈夫だ。いざとなったら、またあの可愛い無器用なヘルプを出してくるよ。」
 と、ザインは答えた。
「一国の王がそんな巫山戯た言い方をするから、どん引きされるんですよ。しかも、相変わらず本気なのか冗談なのか無表情なんですから。」
「そうか?」
「……そうですよ!」
 そんな会話をしながらも、二人は祠を覗いてみる。

「……あっ。」
 ザインが首を傾げて思わず言った。
「無い……ですね。」
 ルイスも思わずザインと瓜二つに首を傾げた。
「……訂正。ヘルプは出さずとも、多少なり困ってはいるかもなぁ。」
 と、ザインは結界札が無いのに気付き顎の下に手を軽く添え、空を眺める。
 するとシャリ……と、聞き慣れた流れる様な金属音が隣からし、振り向く。
 ……ルイスがサーベルを抜く音だ。
「……どうした?……あれ?」
 ルイスがいた筈の場所を見たが、見当たらない。
「二時方向!敵襲っ!!」
 そのルイスの声に振り向くと、サーベルを太陽光に輝かせ飛んだルイスの姿が見える。
「……ほぅ。知らぬうちに日本も荒れているようだな。我が鉄壁の神の守護の前に来るとは……命知らずが……。」
 ザインは暢気に見上げていたが、敵の姿を見つけるとニヒルな笑みを浮かべた。
 どんな闘いよりも静かな鎮魂歌が始まる……。
「ルイス、あんまり構ってくれるな。」
 ザインが声を掛けると軽やかに神社の屋根を飛び、ルイスは瞬く間にザインの隣に戻る。
「……まさか、こんな平和な日本で我が龍が嘆くとはな。実に……嘆かわしい。……連鎖防御(ガードシールド)……発動。」
 ザインはゆっくり大剣を鞘からぬき、大地に突き立て静かに言う。
 鞘から鎖が剥がれ、未だ何者かも判らぬ敵にジャラジャラと、その音を響かせながら真っ直ぐ何本も向かって行く。

 ――――――――――
「風柳さん!」
 黒影はバッと東を振り向く。
「……どうした?」
 風柳は黒影が殺気立って振り向いたのに気付き、何事かと聞く。
「……始まった……。始まってしまったんだ!」
 黒影は微動だにせず、悲痛な声で嘆く様に言った。
 サダノブも、その異変に気付いた様だ。
「あんの、青龍の野朗っ!」
 吠える様に、サダノブは相変わらずザインが気に入らず、そう言い放つ。
「……黒影……一体、どうしたんだ。ザインが如何かしたのか?」
 風柳には全く分からず、サダノブの青龍と言う言葉で、ザインの事だろうとは思いながら、聞いた。

「……龍が…………哭いている……。」

 黒影は緊張した声で、静かに答えた。

 ……動き始めてしまったんだ。
 ……その龍の嘆きは……僕らの平穏が崩れ行く音なのかも知れない……。
 もし……もしも君の日常が崩れる時。
 それは硝子が割れた様な音なのだろうか。
 僕らは何一つ……そんなものを考えずに生きてきた。
 本当の敵は……闘いの始まりは……
 音も立てずに真後ろに立っているのではないか。

 僕からはこれだけは伝えよう。
 僕ならば決してこの始まってしまった渦には入らない。
 冷酷でも残忍でも良い。
 ……傍観者となるのだ。
 出来るだけ見渡しの良い場所で。
 綺麗事等要らないのだよ。
 渦に入れば何もかも見失うだろう。
 救われたい窮地にいる者には己の姿は見えない。
 救う者は目が合った時、恐怖に暴れなくなったその時の一瞬をも逃さず、手を差し伸べるだろう。
 救助の基本中の基本だ。

 だから僕はこの時、心に思った。
 けしてこの先、一刹那でさえも
 この目も……心も閉ざす事無く、全ての真実を見極めてみせようと。

 ……もう、その覚悟はとっくに出来ている

 ……よな?


 ――こんなに全く持って続くは何話ぶりでしょうか!初かも知れません。御免なさいよ、入りきらなかったよ、ある意味軌跡な回。本線どれよ。それ内緒。次回出るまで、覚えていられるかな記憶力テスト。答え合わせは何時もの二週間後!本気で著者と読者様の記憶力テスト……はい!今から開始っ!……続く!

 追伸 メモはカンニングと見做す!

🔸次の↓「黒影紳士」season5-4幕 第一章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

🔶連鎖発動!!「黒影紳士の世界」に掲載中の
「縞瑪瑙の双龍~オニキスの番龍」を此処で挟んで読む方は以下の🔗リンクへ↓
「縞瑪瑙の双龍……」の最後にもこの頁に戻ってこれる道を用意してありますので、安心して連鎖先へどうぞ(^^♪🎩🌹


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お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。