「黒影紳士」season3-2幕〜その彼方へ向かえよ〜 🎩第一章 その影へ向かえよ
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――第一章 その影へ向かえよ――
プレリュード
月を見上げ歩いていた。
歩けど歩けど……何処へ向かうべきか分からず、思わず立ち止まり俯いく。
一粒だけ、涙が落ちて……何と無意味なものだろうと思うのだ。
本当に苦しく辛い時には、涙なんてものも叫び焼け付く喉の痛みも正に無価値だ。そう知っていたのに、何故私は泣いたのだろう。
アスファルトの上に涙が乾いて行く。
此れはたった一瞬の感傷だったのだと、そう思う事にした。
立ち止まる意味は無い。涙と同じ事。
「……誰だ」
私は気配を感じて、スクランブル交差点の中央で振り返った。……此処は私の世界。誰も居ない、動かない街の筈。
「……如何したのですか?貴方らしくない」
私の影から、黒影は姿を現し言った。
「……らしい?らしいとは何だ!お前なんかに分かってたまるかっ!」
私は苛立ち物凄い剣幕で睨み、黒影の影を怒りで硝子の様に粉砕した。
足元に散らばる粉々になった真っ黒な其れは、尚も月明かりに照らされキラキラと輝いて見える。
「……御免、黒影……」
私はそう言って、黒影の欠片を拾う。……何度も掬う手は傷だらけになったが、それも気にはしなかった。
大事に……必死になって掻き集めた硝子の破片を山にして、私はマッチを取り出し火を灯し、風に消されぬ様に両手で囲う。
「奇跡なんて……望んでいやしなかったんだよ。なのにお前が思い出させるから……。私が、他のどの物語よりも先に長い年月の末に、お前を選んだのは影と言う物の中に、お前達だけを閉じ込めてしまった気がしたからだ。単なる私の懺悔でしか無かったのにっ!」
私は怒りで涙を堪えて言った。
「だから時夢来を渡した。……だから、蘇ったかの様に赤い火の鳥を創造し、そして貴方が眠るべき理想の地「真実の丘」を書き、僕等が永遠に貴方の手から離れても生きられる様に、喜怒哀楽の全てを与えた。そして寂しくない様に信じられる者達までくれた。其れが……貴方の真実だ」
黒影は再び影に姿を戻し、あの憎たらしい推理をするのだ。
「この私に説教でもしに来たか……」
「いいえ」
「じゃあ、何だっ!あの「炎の影」は何だと聞いている!」
再び殺気立ち私は言うのだが、何時でも消される事ぐらい分かっているのに、黒影は微笑みこう言った。
「ただのプレゼントです。十数年越しの。……酒を、飲みに行きませんか。貴方の愚痴を聞けるのは僕だけだ」
と。私はまたあのバーに行き、黒影と飲む事にした。
ウィスキーを互いに頼み、
「献杯」
と、私は言った。
「昔から貴方は死に掛けて、命を削り乍ら誰に宛てるでも無く世界を創る。あの時もそうだった……。でもあれから十数年、貴方は生き永らえ、こうしてまた会えた。其れでは不満ですか?」
と、黒影は私に聞く。
「不満……?此の私がか?」
ウィスキーを一口飲み、茫然と考えたが分からなかった。
「否、お前達がいるから不満ではない」
と、もう一口足した。
「言い方を間違えた。……不安なんですね」
そう黒影は言い直す。私はまた考え答えた。
「……そうかもな。……二度目に筆を取った時に自分に誓った。もう二度とお前達を生き埋めになんぞにしまいと。例え愚作でも、此の手が筆を落とす日が来るまで、生かし続けると。もう始めに書いた物は殆ど記憶も無かったのに……」
「……其の貴方が昔残した最後のタイトルが「炎の影」でしたね。あれはよっぽど酷かった。慌てて終わらせたんですね。……手の痛みと消えゆく意識に耐え兼ねて。……今は?」
黒影は私が一粒の涙を落とした理由すら解き明かしてしまった。
「ああ、良くなったよ。ただ、毎日飲む薬だけは未だに慣れない。あれは本当に愚作であった。……タイトルこそ忘れていたが、私は今……正義を見誤ってしまった気すらしている。君達を幸せにしてやりたい……そう願えば願う程、何を真実とすべきか分からなくなる。元から善悪でも無く、真実を探す為に書いていたいと思った。あの時の君の黒を纏う理由も確かで正しかったが、私は其れを善しとはしたくないのだよ」
私はそんな事を言うと苦笑した。
「もう一度書けば良い。貴方は生きている。貴方が僕に言わせた口癖を使えば「大丈夫」。貴方はまだ書ける。其の手は、まだ残す心を忘れてはいない。奇跡は、小説より奇なり……ですね。其れが、貴方の見た……正真正銘の真実だ」
と、黒影なりに私を気遣ったのだろう。
「あの「炎の影」の前のタイトル、覚えているか?「氷の棺」だったよ。其の並びを見た時にね、まるでサダノブがずっと前からお前に着いて回っている様で、思わず笑ってしまった」
と、私は小さく笑った。
黒影はグラスを取り私の方へ寄せる。
「……改めて……貴方の永遠に……」
私もグラスを手に取り、
「……改めて……君がくれた最高のプレゼントに……」
「乾杯……」
「乾杯……」
始まりは、クリスタルのグラスとグラスが軽く出逢った様な、美しく響く鐘に似た其の音からだった。
――――――――――――――
……何度も何度も……例え炎を身に纏ったとしても、次の夜が訪れたら元通りの燃え盛るギャラリーが夢の中にあった。火を奪い纏って消しても煤だらけの真っ暗な其処は、黒影の気分を憂鬱にさせるだけだ。
……此処はお前が作っているのだよ……思い出してくれ……あの言葉を。
そんな声がして僕は辺りを見渡した。
すると庭へ続く窓に足を掛けた、大きな烏が月を見上げていた。黒影は懐かしさに、苦しみと痛み……そして優しさを痛切に思い出す。
「……真実には闇がある。だから僕は真実を知る為に……黒を纏いて、其れを守るのだ……」
黒影は思い出し、言葉にした。今と違う黒を纏い始めた昔の理由だった。
……其の闇を弔う黒影よ……其の闇の美しさに怯えないでくれ……嘗てのお前は闇すら愛していた……
あの月と此の闇は何ら変わりない……其れを忘れないでおくれよ……
そう聞こえたと同時に、大きな漆黒の烏がバサバサッと羽音を立て、闇の中に消えて言った。
影絵の手前にある両親が焦げた真っ黒な像を見据えた。
何故、此の真っ暗な焦げた死臭しかしないギャラリーが、サダノブには美しいあの日の儘のギャラリーに見えるのか分からなかった。
……何故、僕には見えないんだ。……あの穏やかだと思っていた日々が、全部嘘だったと気付いてしまったからか?
あの人には此のギャラリーが如何見えているのだろうか……。
影絵の、前に立ち尽くした。
其処に描かれたのは予知夢では無く、焼け焦げた此の世界が中に閉じ込められた様に描かれている。
……一体、何なんだ。此れは……。
――――――――――――――
黒影は起き上がり着替えると、自室から飛び出し一階へ急いで降りた。早めに起きている筈の、何時もの優しく頼り甲斐のあるあの人を探して。
「おや、黒影。珍しく早起きだったな」
目当ての風柳は新聞を広げてお茶を飲んでいた。
「お早う御座います。ちょっと、影を貸して下さい」
と、言う。
「何だ、如何した?」
風柳は新聞を閉じて、黒影が走って来るので慌てて言った。
「直ぐに返しますから!」
そう言うなり、風柳の影を黒影が踏んだ途端、風柳の影は石油の様に表面が揺らぎ、黒影はスーッと沈む様に中に消えて行った。
「ほら、帽子を忘れたぞっ!」
そう言って、風柳は残された帽子もその水溜まりの様な影に放り投げてやった。
白雪はロイヤルミルクティーを飲み乍ら、
「何なの?朝から騒がしい……」
と、何も気にせず言っただけだ。
風柳は黒影が影に入ったのを確認すると、また新聞を開きお茶を啜る。
「もう影遊びをする歳でもあるまいに……」
と、風柳はぼやいた。
――――――――
黒影は風柳の影の中を走っていた。
此処にもう一つの黒影の予知夢と同じギャラリーがある筈だと知っているからだ。此方ならばサダノブが見えると言っていた、未だ焼け落ちる前のギャラリーが見える筈!
少しでも良い……せめて記憶の片隅のあの懐かしい景色が見たいっ!
「……っ!」
黒影は息を切らして、立ち尽くした。
「何で?何で僕にだけ見えないんだ!」
其の叫びはギャラリーの中の火に飲み込まれ、響く事もなかった。足元から崩れ落ち、またあの焼け崩れ落ちて行く景色をただ見る事しか出来ない。……無力過ぎる……そう、自分に思った。
――――――――――――
「急に借りてすみませんでした……」
浮かない顔で黒影はそう言って、風柳の影からむくっと出て来る。
「如何したの、黒影?ほら、朝の珈琲作ったからゆっくり座ったら?」
白雪は何時もと少し違う黒影を気にしつつも、黒影の席に珈琲を置く。
「……」
黒影は黙って席に座ると、珈琲に映る自分の顔が揺らぐのを見て徐に、
「……兄さんにはあのギャラリー、如何見えているんですか?」
と、風柳に急に聞いた。風柳が大慌てで落ち着き無く周りを見渡し、
「おっ、おい!兄さんは白雪とお前が結婚したらと言う約束だぞ!如何したんだ、本当に」
と、注意するも何年振りかにそう呼ばれたので、少しくすぐったくもある。
白雪と黒影と風柳だけが今のところ知っている事実だ。
だから、黒影が風柳の影に勝手に入れるのも、兄弟なのだから当たり前の事だった。ただ、逆に風柳に其れが出来ないのは腹違いの兄弟だからである。
「僕の予知夢では何時もあのギャラリーは燃えたままだ。兄さんのなら燃えていないと思ったのに……」
と、残念そうに話した。
「……良いから、何時もの呼び方に戻しなさいっ!そう見えるのはきっと、ほら……未だ何処か怖かった気持ちが残っているんだろう。でも、サダノブが来てくれたし、お前も火を操れる様になった。何も心配しなくて良い」
風柳は諭す様に優しい声で言う。
「未だ二人が焼けて固まっているんだ。サダノブには、そう見えないって!焼けていないって!……何で僕だけに見えないんだ!」
黒影は少し無機になって言った。そして、
「もう、嫌なんだよ……。兄さん、全然助けに来てくれないじゃないかっ!サダノブじゃないんだよ。兄さんを何時も待ってたのにっ!だから諦めたんだ、助けを呼ぶのも全部!」
と、とうとう癇癪を起こしてしまった。風柳は困った顔をして、
「そりゃ、何時だって助けに行ってやりたいさ。現実に出来ても、俺は夢には入れない。其れに……そんな事を言ったら、何時も助けてくれるサダノブに申し訳ないと思わないのか?其れに、未だ風柳だろ?」
と、言うのだが、
「何だよ、兄貴面して!全然何もしてくれない癖にっ!兄さんなんて、大っ嫌いだっ!」
と、黒影は全く言う事を聞かずに、また自室に篭ってしまった。
「なぁに?風柳さん……八つ当たりされて可哀想」
白雪が二階を見上げて言う。
「甘えたいんだろうさ。……放っておけば治るよ」
風柳は少しだけ悲しそうに言った。
「風柳さん、老けて見えるから……もっとお兄さんらしくして欲しいんじゃない?」
と、白雪は風柳を見て言う。
「其れは元からだからねぇ。其れに白雪は小さい頃から”おじちゃん”って呼んでいたし、黒影はさん付けだし……。今更、兄貴ってやつがどんなものかも分からんよ」
と、風柳は苦笑いする。
「それもそうよねー。風柳さんは風柳さんで良いのに。変な黒影。珈琲、冷めちゃうわ」
白雪は黒影の珈琲を見て気にした。
「白雪は本当に優しい子だね」
と、風柳は微笑む。
「ほら……やっぱり、お兄さんよりお父さん寄りよ」
と、白雪は笑った。
……恋しいんだよな。懐かしい総てが。分かっていても、何もしてやれないよ。だから、「助けて」もろくに言えなくなってしまったんだよな。そんな簡単な事も、教えてやれなかった。駄目な兄貴ですまんな……黒影。
――――――――――
「おっはよーございまーす!」
サダノブは何時も通り元気良く、ゲストルームから出て来た。
「今日も元気があって良い事だ。お早う」
風柳が何時もの優しい笑顔で言う。
「おはよー、サダノブ」
と、白雪も言う。
サダノブは珈琲がテーブルに出ているのを見ると、キョロキョロ辺りを見渡し、黒影の姿を探すが見当たらない。
「あれ?先輩は?」
と、二人に聞いた。
「朝から何だか拗ねて、部屋に篭ってるわよ」
白雪が答える。
「えー、また我儘言ってるんですかー?」
と、言うので風柳は、
「そうだな、今日は本気の我儘らしい。触らぬ神に祟無しだよ」
そうサダノブに軽く風柳は忠告しておいた。
「へぇ、本気の我儘ですかぁ。其れは其れで見たいですけどね」
と、サダノブは笑う。
「ああ、そうだ。此の間、夢に引き篭もっていたそうだね。また、そうなりそうだったら、”火が怖く無くなったのなら、何が怖いのか……自分で見付けなさい”と、伝えてくれないか」
風柳はサダノブにそんな頼み事をする。
「火、以外の怖いものを探せ……ですか?」
サダノブは確かめる。
「そう、其れだけ頼むよ。……多分、其れで分かる筈だ。」
と、風柳は言った。
「流石長年、コンビで戦ってただけありますね!俺じゃ馬鹿だから、きっと何にも気付きませんよ」
サダノブは頭を掻き乍ら話す。
「相変わらず、サダノブは自分を自然と卑下するのだねぇ。其れは謙遜なのかい?君にしか頼めないから言っているんだよ」
風柳はそう言って微笑んだ。
「はあ……」
サダノブは風柳の言葉に、少しだけ嬉しそうに緑茶を淹れて自分の席のテーブルに置くと、風柳の忠告も無視しバタバタと階段を上がり、
「先輩ー!珈琲冷めちゃいますよ!勿体無いですよー!」
と、触らぬ神に体当たりをしている。
「やっぱり、黒影にはあのくらいが丁度良い」
風柳は小さく笑い茶を啜り、
「黒影も鈍感だけど、彼処迄行くと勇気ね」
と、白雪も呆れ乍らも微笑む。
――――――――――
「……何だ、サダノブか」
黒影は自室のドアを開けたが、そう溜め息を吐いて言うと、またドアをバタンと閉める。
「ちょっ、ちょっと八つ当たり禁止ー!」
サダノブがそう言うと、再び黒影がドアを開け、
「八つ当たりをしていると言うのか。此の僕が?」
と、聞いた。サダノブは二度、首を縦に振る。
「馬鹿馬鹿しい……」
黒影は少し考えて、そんなに大人気ない自分に見えていたのかと、そう言って仕方無く珈琲を飲みに戻る。
然し、如何だろう。
馬鹿馬鹿しい筈が、如何も大人気ない自分は何か気の効いた言葉一つも出て来ない。何に対してか分からないが、沸々と小さな苛立ちの火山が心に見え隠れする。
「ちょっと……庭にでも出てきます」
珈琲カップが空になると、置くと同時にそう言った。
「ああ、それが良さそうだ」
その風柳の一言にさえ、妙にイラッときたのを覚えている。
――――――――――
白雪が何時もサダノブと手入れしているハーブ畑を見下ろしていた。
黒影は其処に屈むと、余分な葉を取ったりして珍しく手入れをした。そして、少し離れて遠目でハーブ畑を見て、家へ戻ると手を洗い、
「ちょっと出掛けてきます」
それだけ言って、誰かが付いて来ない様に其れだけ言うと、さっさと再び外に出る。
黒影は街路樹を見上げ、のんびりと煉瓦に靴音を立てて歩いて行く。少し涼しい空気が息抜きになればと。
黒影は近くのホームセンター前の花屋で葉牡丹を探していた。「紅孔雀」と「白珊瑚」の品種が気に入り、其の苗を数個買い戻る。直ぐには家には入らず、庭の倉庫へ行きハーブの周りに苗を一つずつ丁寧に植えて行く。
……風柳はお茶を飲み乍ら、其の黒影の姿を見付けた。
「何してるのかしらん?」
家から見ると作業する背中しか見えなかったので、白雪は思わず言った。
「庭いじりだよ。ストレス発散にも良いらしいから、気が済むまでさせておけば良いさ」
風柳は白雪に言うと席を立ち、茶を片手に窓際から黒影を見守っていた。
――――――――
「何で何時も此の日に植えるの?」
昔、風柳の事を黒影が時次(ときじ※正確には時次朗だが略している)と呼んでいた頃、聞いた覚えがある。黒影は誰も悼まなくなった、産みの母の為に小さな花壇を庭に作り、毎年命日に花を植えた。
新しい家族と、父親が不愉快にならない様に、ただ花をひっそり増やしていた事に時次はある日気付いてしまった。
「……あれ?そうだったかな。適当に植えているだけだよ」
そうはぐらかし黒影は優しく笑った。
適当?……黒影の辞書に適当なんて言葉は、巫山戯ていない限り無いじゃないか。
時次は其の笑顔に何も言えずに、其の花壇の前にしゃがむと手を合わせて目を閉じた。
「……そんなに気にしなくて良いのに。来年は一緒に植えよう」
そう言って立ち上がる。
「優しいんだな、時次は。始めはどんな奴が来るのか、本当は不安だったんだ。出来るだけ仲良くしないとって……無理に思って。でも、そんな考えは無用だったって直ぐに思えたよ。幸せ者だよ、僕は。……今も、そう母さんに伝えていたんだ」
と、黒影は微笑む。
「ほら、体に障る……」
時次は黒影にコートを渡し、中に戻る様に勧めた。
「ああ。……なあ、僕は勉強は得意だけれど、他には何も取り柄が無いんだ。時次は運動が得意だって美代子さんに聞いたよ。……そうだ!何時か旅に出よう!僕が英語を覚えるから、時次は此の弱い僕をサポートしておくれよ。きっと楽しいに決まっている!」
そんな事を当時黒影と呼ばれる前の勲は、時次に言った。
「良し、約束だっ!今に見ていろ……辺りを見渡す中で一番強く成ってやるからな!」
と、時次は勲と約束をした。
――其の後、あの火事が二人の運命を変えてしまった。
――――――――――――――
……真実は闇の中にある。
僕は何でそう云ったのだろう。何か未だ……思い出せない気がする。
黒影は火事が起きたあの日を思い出したくて、葉牡丹を植え乍ら父親の黒田 茂(くろだ しげる)と、後妻の風柳の産みの母の美代子(みよこ)の死亡する前後の事を考えていた。自分は何故、縄を切られたのに直ぐに逃げなかったのだろう。ただ恨み言を言って見限る為に、態々残っていたのか?……嫌、何か違う気がしてならない。
其処迄考えた時、黒影は火事後に思い出そうとすると決まって暫く起こしていたものと同じ発作を、久々に起こしてしまう。
……あれ?……もう終わったんじゃなかったのか?
頭が痛く、顔も熱い……息が苦しい……。
黒影は芝生の上、大量の汗を掻いて動けずに蹲ってしまった。
風柳が慌てて黒影の元へ走って来た。そして、其の発作の症状が昔からの火事後に起こしていたものと同じ事に気付き、何度も黒影にこう言い聞かせる。
「考えるなっ!考えるな!」
と。
風柳は黒影を抱えると家に戻り、酷くなれば救急車を呼ばなくてはいけない為、サダノブに声を掛けてゲストルームを借りてベッドに横にさせた。
「先輩、如何なっているんですか?」
サダノブは、黒影の顔色を窺い乍ら風柳に聞いた。
「昔からの発作だ。最近は無かったんだが。……酷い様なら救急車を呼ばなくてはならないかも知れん。落ち着く事もあるから、今は様子見だ」
と、風柳は答える。
「分かりました。俺、診ておきますよ。何かあったら、直ぐに声を掛けます」
と、サダノブは言って机の椅子をベッドの脇に引き摺ると、心配そうに座って様子を見ていた。
……黒影の生気が薄れているのをサダノブは感じていた。
……何かが、妙だ。
ただの発作では無い事ぐらい、思考を読むサダノブには手に取る様に分かる。
……其れに風柳さんの心は……何故にさっきからこんなにも痛んでいるのだろうと。
「……先輩?」
風柳が去った後、黒影は意識も無いのに彷徨う様に、宙に手を力無く伸ばし、何かに助けを求めている様にサダノブには思えた。
「……読んでも、怒らないで下さいね」
サダノブはそう言うと、其の彷徨う手を祈る様に取り黒影の思考……詰まり脳や記憶を読み始める。此れだけ、正気が薄れてしまっているのだ。せめて、何か出来る事は無いかと、そうしたのは自然な事だったかも知れない。勝手に思考を読むなと怒られる事もあるが、後で怒られても構わない。
……此処は予知夢の影絵のギャラリーか。
燃え盛る何時ものギャラリーを見て、サダノブは黒影が予知夢でも見ているのかと思った。……何だ、何時もの予知夢じゃないか。何だってこんなに調子を悪くしたんだ。と、サダノブは不思議に思って中を歩く。行形(いきなり)景色が飛んでサダノブは焦った。
……何だ?違う!不確かな記憶の中だっ!
生気が無いからなのか、原因は良く分からないが途切れ途切れの記憶領域を彷徨っているらしい。此れが走馬灯と言うものじゃない事を祈るしか無い。
目の前に小さな黒いコートを着た少年が見えた。
誰だ?……まさか先輩だろうか……。
後ろからで顔は見えなかったが、其の風貌は今の黒影に少し似ている。
……まさか!……意識が飛ぶ度に視点角度も定まらない。記憶が飛んでいると言うのはこう言う状態なのだと、サダノブは理解する。
気が付くと、其の小さな少年の視界を見ていた。多分手や足の方に黒いコートが見えたから、さっきの少年に違いない。
「……おいっ!何を持ってるんだ!」
思わず、サダノブは其の少年に言った。勿論記憶ならば聞こえる筈は無いのだが。
少年は手にあった装飾のある、血塗れの護身用ナイフを震える両手から、床に落とし、恐怖に叫んだ。
其の途端、世界が歪んで見え始める。サダノブは誰か近付く気配を感じるが恐らく此の少年は知らない。だから、見えない。床にガクッと少年は倒れると、意識は真っ暗になった。
……そうか、倒れて記憶が無いのか。此れじゃあ俺でも探せない。
何があったのか断片的過ぎて、幾らサダノブが読もうとしても不可能だった。分かったのは、此れが予知夢では無く、黒影の家族と家が燃えた日の記憶だと言う事。
黒影はきっと……未だ若い頃の自分を見て、記憶の中で何度も倒れてしまっている。其の為に現実でも正気が無いのだ。
何故、若き日の黒影が此の日、真っ赤な護身用のナイフを持っていたかは分からないが……其の真っ赤になってしまった自分の手に、強い嫌悪感を抱いて倒れたのは分かる。
一見、黒影が誰かを刺した後か何かに思ったが、きっと違う。もしそうだとしたら、恐怖し倒れはしないだろう。
……早くこんな夢から目覚めて欲しい……。
そうしたら、俺は先輩に其の手に罪は無かったと伝える事が出来るのに……。
サダノブは思考を読むのを止めた。
今は生きている現実の黒影が意識を取り戻す方が大事だと、良く分かったからだ。サダノブはただ黒影の両手を取り、
「大丈夫。大丈夫……」
そう、必死に小さい声で伝え乍ら祈り続けた。
何時も黒影が、「大丈夫」と言う一言でサダノブ自身も安心出来たから。
「……サダノブ、黒影は如何?」
白雪が心配そうな顔で、桶とタオルと水を持ってゲストルームを訪れた。
「……彷徨ってる」
サダノブは、そう答える。白雪は其の言葉で、サダノブが黒影の意識を読んだのだろうと理解した。
「……もう、随分と昔の事なのに。済んだ事だとてっきり思ってしまっていたわ。」
そう、真っ赤な顔で汗を掻いて唸る黒影に、良く絞った冷たいタオルを当てて、冷そうとしている。
「一体何があったんですかっ!」
サダノブは普通を装う白雪に思わず、少し大きい声で聞いてしまった。
「……そうよね。知りたくなるのも仕方無い事だわ。……でも知らない方が幸せなのかも知れないわよ。……私からは無理よ。……本人から聞いて」
と、サダノブに言えないのが辛いのか、そう落ち着いてゆっくり言うのだが、白雪は悲しそうな目をして黒影を観ている。
「……そうですね。俺、先輩が言った言葉なら信じる。何時もそうしてきた。……ただ、先輩が勘違いしているなら、早く伝えたいです」
と、サダノブは言う。
「勘違い?」
白雪はサダノブを見て聞いた。
「……此の記憶、俺は間違っていると思う……」
其れ以上サダノブは黙って黒影をじっと見ている。
「そうだと……良いわね」
白雪はそれだけ言うと、桶とタオルを持って部屋を出た。
――――――――――
🔸次の↓season3-2 第ニ章へ↓
お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。