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二人の黄金世代ファイル

「黄金世代ファイル (Portrait of a Golden Generation Gymnast)」という動画のシリーズを作っている。

大学4年生(実質上の引退)を迎えた選手達の映像を記録に残したい、残さねばならぬという使命感と焦燥感からだ。ありがたいことに、これまで数名の選手の通し練習や試合の映像を公開することができた。黄金世代とまで称された、才能あるジムナスト達の映像はこの競技にとっての「資産」だと思うから、できれば誰でもいつでも見られる状態であってほしいと願っている。

映像の山は宝の山

「応援!男子新体操」がもし、大手メディアだったら。試合のスポンサーになれるような大企業だったら。ジャパンやインターハイにも取材に入り、魅力的な演技をより多くの人に見てもらえるのだろう。しかし残念なことに、私たちは熱意以外は何も持たない素人集団である。地位も肩書きも、金もない。

だが、映像はある。それはもううんざりするぐらい、大量にある。私たちはたいてい、複数のビデオカメラを抱えて取材先に向かう。そこにある風景を多角的に記録するためだ。一人のカメラマンがあちらを追っている反対側にも、撮るべき映像があるかもしれない。

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国士舘カップで仲間を応援する織田選手と大西選手。

二人の選手の黄金世代ファイル

「多角的映像」と言えば格好は良いが、現実問題として、映像データは山のように蓄積されていく。そんな大量の映像を1件1件掘り起こし、過去の映像を切り貼りして黄金世代ファイルを作っていると、なんだかむしょうに泣けてくるのだ。映像のそこかしこに、いろんな選手の姿が写っている。

最近公開したこちらの動画には、吉村龍二選手の涙や、練習でのアクシデントが記録されている(ご本人・チームの意向を確認して公開しています)。実はこの黄金世代ファイルは、吉村選手の同期である齋藤凌選手のポートレイトでもある。

涙と握手と

2019年、全日本インカレの個人総合でジャパンに進めないことが確定した吉村選手は、翌日、スティックの種目別決勝に登場する。おそらくは、前日の結果をまだ消化できないままにマットに立っただろう。演技をしながらもさまざまな気持ちが溢れてきただろう。演技後、ご家族がいるであろう客席に、何かを堪えるような表情で何度も頭を下げた。スタンドでは、国士舘のチームメイトたちが両手を上げて彼の演技を讃えていた。

しかしカメラが捉えていたのはそれだけではない。吉村選手のサポートについていた同期の齋藤凌選手が一礼してマットに進み、予備手具を静かに回収していく姿も記録されていた。

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同期の個人選手が別の選手のサポートにつくということは、齋藤選手が全日本インカレには出場できなかったことを意味する。たとえ自分は試合に出られずとも、チームのために全力を尽くすスポーツマンシップがそこにはある。国士舘だけではない。どのチームにもある、見慣れた、しかし尊い光景だ。

アップゾーンに戻った吉村選手は、涙ながらに齋藤選手の手を握り、感謝の気持ちを伝えた。

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吉村選手の涙も、齋藤選手のサポートぶりも、そして二人の手がほんの一瞬絡み合った瞬間も、映像に残したい、残っていてほしいシーンだった。

私たちはこれからも、そんな光景を記録したい。

線引きの難しさ

ビデオカメラで取材するという行為そのものが、踏み入ってはいけない領域に無遠慮に踏み込む野蛮な行為に思えて、悩んだこともあった。実際、そのように感じる選手もいると思う。ただ我々のカメラは時に残酷かもしれないが、映像という媒体だからこそ伝えられることもある。

下の写真は、吉村選手が涙した2019年の全日本インカレから数ヶ月後のクラブ選手権である。この試合で上位に入ればジャパンへの出場権が獲得できるが、吉村選手はエントリーしておらず、サポートに入っている。くどいようだが、自分はもうジャパンに出るチャンスはないのだ。それでも、ジャパンの切符をかけて戦う後輩(吉留大雅選手)のために祈る、2人の先輩たち(左:今尾和里選手 右:吉村龍二選手)。この祈りの姿に英語でも多くのコメントが寄せられた。

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国士舘カップにて

↑2020年12月のKOKUSHIKAN CUPでは、吉留大雅選手がジュニア選手に大きな声援を送っている様子が見られた。

撮るか、撮らないか。
見せるか、見せないか。

それは私たちの「良心」や「良識」、「モラル」という曖昧なものに依存する。心のどこかで「こんなところを撮って申し訳ない」と思いながら、カメラを向ける。一方で「これは撮りたいけれど、撮らない」と思うこともあるし、「このシーンはいいシーンなんだけど、公開はしない」と思うこともある。

吉村選手の涙も、2019年当時は泣いていることが分からないように編集した。涙のシーンは、彼の4年生の最後の試合が終わった時に使うかどうか判断しよう、と思っていた。2019年全日本インカレ種目別を途中棄権した川東拓斗選手の涙もそうだ。彼がジャパンで優勝して初めて、このシーンを使うことができた。それらが正しい判断だったかどうか今でもわからないけれども、できる限りの配慮をして、信用を積み重ねていくしかないと考えている。

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山田監督と川東拓斗選手

これまで取材した選手たちの過去の映像を見返していると、どれも忘れがたい。ミスをして、顔をくしゃくしゃにして泣き崩れていたあの選手は、やがて日本一になり、やっぱり顔をくしゃくしゃにして泣いていた。先輩の姿に涙する後輩。後輩の演技を祈りながら見つめる先輩。B団体で演技した4年生が、入場の時に右こぶしを握りしめ、誰にも分からないようにした小さなガッツポーズ。

撮影している時には気づかなかった風景まで、ありありと映し出されている。映像というのは、何と豊かなものだろうか。

だから私は望む。

黄金世代が最も美しく咲き誇った2020年を、映像で残したい。

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