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年賀状から"ムビレタ"へ

OUEN Japan 信念会へのお誘いをしている。ご参加いただける人は、12月14日現在で177名に達した。席は200名であり、あと20名強だ。

12月末までに人数を確定し、1月の年初の休みに20卓それぞれのメンバーを固める。パーティーの次第は、月の中旬までの10日間くらいで詳細を詰めることにする。

そんなことで事前準備の私の役目は、半ば以上が済んだ。

いつもは、「さあ、これからが年賀状の準備だ」と師走の後半は年賀状で四苦八苦だ。
私の年賀状を出したピークの枚数は600枚くらいだったろうか。2〜3年前だ。昨年は、年末には年賀状を投函せず、年賀状をいただいた先様だけにお出しした。それでも300枚は出した。

[年賀状の変遷]
日本の郵便行政における年賀葉書の発行は戦後、1949年発行・1950年用のものが初めて(年賀郵便用の年賀切手は戦前から発行されていた)。
その当時の発行部数は約1億8000万枚。以後日本の経済復興、人口の増加に伴い枚数を漸増させながら、1964年には10億枚、1973年には20億枚を超える。
2022年発行・2023年用の年賀葉書に関しては、16億7690万8000枚となる。ちなみに2022年用の確定発行枚数は19億860万1000枚だった。

ピークは2003年の44億5936万枚。それ以降は多少の起伏を見せながらも漸次枚数は減少。
直近14年間は連続で前年比マイナスを記録しており、2022年発行・2023年用は前年比でマイナス約12.1%(確定発行枚数で比較)。
前年比でプラスを示した最後の年となった2008年は、年賀状印刷に愛用された個人向けの小型印刷機シリーズ「プリントゴッコ」のメーカー販売が終了した年であり、年賀葉書の今後の動向を象徴する出来事の一つであったかのように思えてくる。

インターネットの普及率が今後も上昇を続け、デジタルネイティブ世代が次々と成人化するに連れ、年賀葉書の需要は今後も減少し、発行枚数も減らさざるを得ない事態が続くものと考えられる。時代の成り行きとはいえ、寂しさを覚える人もいるだろう。

今までは、なんだかんだ言っても、手書きの年賀状の交換でなければ新年は迎えられないと思っていた。
しかし、昨年から年末に開催していた忘年会ならぬ[OUEN Japan 望年会]を年始に替えた。新年会ならぬ[OUEN Japan 信念会]だ。
そうなると、そのための事前作業は12月がピークになり、年賀状にまで気が入らなくなった。だから600枚から半分の300枚になったのだが、どうしてもそんなに意味のあるものだと思わなくなったことに時間を費やすのはそろそろやめようと思い始めたことが大きい。
歳を取ったから年賀状じまいをするわけではない。私は生まれ変わったのだから歳は関係ない。ハートフルでない年賀状はやめようと思ったのだ。
紙の年賀状の替わりに、なんだかんだでお世話になっているEULITEの新事業の商品である"ムビレタ年賀状"に切り替えようということだ。
※OUEN Japanの信念会の案内にも「ムビレタ」を使用している。

そんなことで、昨日、その旨を重陽の会のメンバーであるEULITEの森田三穂さんにお伝えし、彼女のセンスで[小林博重のムビレタ年賀状]をつくっていただくことにした。

私は超凸凹人間であり、私が得手としている分野のみを磨き続けることに特化して、その他は、私をサポートしてくれる"信頼できる、心清き、心温かい人たち"のお力を借りることに切り替えた。
若い時は、自らを磨くために何でもチャレンジしようと思うが、そして、そうであるべきと思うが、この歳以降(第二生)では、人さまに頼る生き方をすることが相応しい。その替わりに自らの得意技は、拘って磨き続ける。"人を応援する得意技を磨き続ける"ということだ。

人生にチャレンジすること、チャレンジし続けることには変わりはない。自分の歳に応じて、チャレンジし続ける最高のビジネススタイルを模索し続けるということだ。それが天から与えられた私だけのミッションを果たす最短距離なのだ。

不動院重陽博愛居士
(俗名  小林 博重)

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