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温かい地縁の人脈を大切にする

人が幸せに生きていくためには一つの法則がある。

人は、"人と人との間"で生きている。だから、人を人間とも言う。
スムーズな人間関係、良好な人間関係。多くの人たちとの温かい人間関係のつながりで、人は幸せになることができる。
それは、[We live on the lists.(私たちは顧客のリストの上で生きている)の法則]と呼ぶことができるだろう。

私は人と人をつなぐことを生業にしている。その棚卸しをしてみる。

私が培ってきた「人とのつながり=人脈」(一般的に、それは"人脈"と呼ばれる)は如何なるものだろうか。

縁には3つの縁があるそうな。
一つは人縁、二つは地縁、そして三つ目は信縁(信頼の縁)だ。

今まで、私は人縁の中で生きてきた。人縁を信縁にまで高めて、それをベースとして人脈を培ってきた。

金沢大学附属高校や東京大学のクラスメイト、東京大学応援部に関係する応援団関係の仲間たち(東大、東京六大学、旧七帝国大学の応援団および運動部)、安田信託銀行の先輩・後輩たちや取引先の人たち。
44歳で一匹狼になってからは、それまでの人脈をベースに"友だちの友だちは皆友だち"を合言葉にして、人脈を拡げてきた。
それは、ビジネスライクを超えたアットホームな"義理と人情"が根っこにある"温かい人たちとのつながり"だった。それは、中能登の中学校(鹿西中学校)を卒業し15歳で中能登を出てから以降に培ってきた人脈だ。
15歳までの生まれ育った中能登の地縁の人脈は、私の人脈の中には全くなかった。

中能登町には祖母や父の葬式には帰省したが、母を東京に引き取ってからは中能登町はご無沙汰だった。[OUEN 塾 in 金沢/石川]のイベントを主催した時でも、七尾市には出張しても、中能登町に立ち寄ることはしなかった。中能登町とはプッツリ縁が切れていたのだ。

しかし、元日に能登半島地震があり、それが切っ掛けになり、潜在意識で表に出ていなかった"ふるさと中能登"への思いが沸々と顕在化してきた。

15歳までの中能登の思い出は消えることはない。
眉丈山の山頂に雨ノ宮古墳がある。毎年夏には古墳の上で子どもの相撲大会があった。私は毎年参加して、何回も三人抜きをしてお土産を貰った。夏休みには蝉取りやトンボ取りに精を出した。ラッキー(シェパード)とハッピー(スピッツ)とで、長曽川縁をよく散歩したことも忘れない。思い出は尽きない。

雨ノ宮古墳

この3月に、中能登町に出向いた。私がふるさと能登のために何かできることはないだろうか。今まで培ってきた人脈を活かすことで、何か中能登町に貢献できないだろうか。それを能登全体に拡げていくことができないだろうか。そんな思いだ。

ありがたいことに、中能登町の人たちは私を温かく迎えてくれた。町長は私の1年先輩であり、私の実家(だった家)の在所にもご案内いただいた。私の中学校の担任だった先生のお孫さんにも会って、先生のことを語り合った。
半世紀以上もご無沙汰していた私を、皆さん、歓待してくださった。町の人たちは、「ああ、ザンパッチャの小林さんか。面影があるね」と私をよそ者ではなく、町の人のように接してくださる。

これが、私が忘れていた温かい地縁だ。私の人脈の中には、この地縁の人脈がなかった。人間としての原点である"ふるさと能登"の温かい地縁の人脈を人脈と思っていなかったのだ。

能登は優しや 土までも

能登の人は優しい。
駆け引きがない。
温かい。

これからの後半生、第二生は、私が培ってきた人縁の温かい人脈と、私が生まれ育った地縁の温かい人脈との蝶番となって、関わる皆さんがWin Winになるような"地方創生"の黒子になりたいと思う。

不動院重陽博愛居士
(俗名  小林 博重)

[人縁・地縁・そして信縁を築く]

オクスフォード大教授のロビン・ダンバーという人が、人間が円滑に安定的な社会関係を維持できる人数の認知的な上限は、およそ150人程度であると提唱しているそうです。
もちろん個人差はあると思いますが、それだけ人は、多くの人たちと社会的な接点を持っている、ということです。そして、これは知り合いであり社会的接触を保持している数であり、交流が途絶えたり持続的社会関係を欠く相手は含まれません。

そう考えていくと、「1人のお客様は1人ではない」、ということがイメージしやすいのではないでしょうか。
昔、セールスの格言で「1人のお客様を失うことは、25人のお客様を失う」と言われてきたそうです。それが今では、25人どころか100人、またそれ以上の新たな見込み客となる可能性がある人たちとの接点を失わせてしまうことにもなりかねない、ということになります。

逆の言い方をすれば、1人のお客様を大切にし、信頼を得ることができれば、その縁は25人どころかそれよりもずっと多い数にまで広がる可能性を持っているということになります。その方たちは、紹介候補先ともなり得ますし、新しい仕事につながる可能性のある「人縁」です。
これを活かさない手はありません。

また、会社そしてお客様が住まわれる地域による繋がり、「地縁」を合わせれば、「縁」はどんどん広がり、そこから見込み客を沢山掘り起こすことができる、ということになります。
だからこそ今、本気で目の前におられるお客様を大切にしましょう。そのためにCS(顧客満足)に取り組みましょう。顧客満足を信頼にまで高め、お客様から「この会社であれば紹介しても良い、紹介したい」と思っていただけるような関係を築いていきましょう。
これを、第三の縁、「信縁(信頼の縁)」と呼びます。「人縁」、「地縁」、そして「信縁」があわさることにより、その縁は飛躍的に拡大していきます。

お客様が一番の決め手としている情報は、企業から発せられる宣伝広告ではありません。
購入動機、契約動機を探っていくと、結局知り合いからの紹介もしくは経験者からの情報、アドバイスが一番の動機となっていることは情報化社会がこれだけ高度化しても変わりません。それどころか、多くの情報から信頼に足る情報を選別するのが難しくなってきた今、さらにその重要性が高まっています。

[11日の日めくりカレンダー]

「宇宙の意志と調和する心」
世の中の現象を見ると、宇宙における物質の生成、生命の誕生、そしてその進化の過程は偶然の産物ではなく、そこには必然性があると考えざるを得ません。
この世には、すべてのものを進化発展させていく流れがあります。これは「宇宙の意志」というべきものです。この「宇宙の意志」は、愛と誠と調和に満ち満ちています。そして私たち一人一人の思いが発するエネルギーと、この〒宇宙の意志」とが同調するのか、反発しあうのかによってその人の運命が決まってきます。宇宙の流れと同調し、調和をするようなきれいな心で描く美しい思いをもつことによって、運命も明るくひらけていくのです。
稲盛和夫

「心に描く」
心が呼ばないものが
自分に近づいてくることはなく、
現在の自分に起こっているすべての現象は、
自分の心の反映でしかありません。
私たちは、怒り、恨み、嫉妬心、猜疑心など
否定的で暗いものを心に描くのではなく、
常に夢を持ち、明るく、きれいなものを心に描かねばなりません。
そうすることで、実際の人生も
素晴らしいものになるのです。
稲盛和夫

「感動を与える」
疲れるのは燃え方がちょっと足りん。
もっというと、
他人に感動を与える人は疲れない。
森信三

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