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この場所で

 車を走らせる。目的地はない。窓を開けると入ってくる夜風を受けながら走った。
 日が落ちて夜になるとたまらなくどこかへ行きたくなる。静かになった街を見て寂しさと安堵が押し寄せてくる、そんな感覚が好きだ。
 人と関わることは嫌いじゃない。でも、心が疲弊すると一人になりたくなる。矛盾していると自分でも思う。

 30分ほど走っただろうか、少し山を登ると住んでいる街が見渡せる場所があった。車を停め、降りると肌寒い。だか、空気は冷たく澄んでいて心地が良かった。
 少し錆びたガードレールに腰掛け、タバコを取り出し火をつける。吸い込むとメンソールを強く感じたのはきっと少し寒いからだろう。街はまだ灯りがちらほらとついていて、あの灯りの下にはどんな人がいるのだろうかと何の気なしに考えていた。

「火、借りてもいいですか?」
 突然背後から声を掛けられて、本当に驚いたとき人は声が出ないのだと知った。恐る恐るジッポを渡す。
「驚かせてすみません。ありがとう、ジッポなんですね。」
「貰い物です。」
「そうなんですか。」
 会話は続かず、しばらく沈黙が続いた。さっきまで人は居なかったはず、と思い振り返ると車が一台増えていた。全く気が付かなかったことで自分が想像以上に疲れていたことを知った。

 一人になりたかったはずだった。そう思って走ってたらここに着いたのだから。なのになぜか、会話もないこの空気感に妙に落ち着いている自分がいる。どちらとも話すわけでもなく、消えていく街の灯を見ながらただタバコを静かに吸っていた。

 タバコを吸い終わる頃、そんな沈黙を破ったのは彼だった。
「こんな場所があったんですね。ずっとこの街にいたのに知らなかった。」
「、、、私も今日初めて来ました。意外と知らないことって多いと思いますよ。」
「ですね、興味のないことを知ろうとはしませんし。笑 俺は児玉啓(こだまけい)って言います。お姉さんは?」
「和泉紫鶴(いずみしづる)です。」
「とても素敵なお名前ですね。」
「そうですか、ありがとうございます。」
 自己紹介をされたので、思わず名乗ってしまったが会って数秒の人なのに大丈夫だろうか。少し考えるように黙り込んだ彼に、淡白な返答をしてしまったことを後悔したのは言うまでもない。

「どうして此処に来たんですか?」
 あぁ、それを聞くか悩んでいたのか。思わず笑ってしまった。
「え、なんで笑うんですか。」
「すみません。難しい顔をして考えていたので、そんなこと聞かれるとは思っていなくて。笑」
「そんなに変な顔してました?」
「んー、眉間にシワが寄ってましたね。笑」
「まじか。笑」
そう言って額に手を当てて困ったように笑う。
「宛てもなくただボーッと車走らせてたら着きました。そんな深く考えるような理由じゃないです。」
「なら良かった。」
「え?」
「街を眺めてる姿が、どことなく寂しそうで。手を伸ばしても届かないんじゃないかと。」
 幽霊とでも思われているんだろうか。隣にいて地に足ついて立っているというのに。面白いことを言う人だなと思った。

「手、届きますよ。笑」
そう言って彼の腕に触れてみせる。
「いや、分かりますよ。ただそう言うことじゃなくて。」
「冗談です。ご心配ありがとうございます。」
 お礼を言うとホッとしたのか盛大なため息をつかれた。
「児玉さんは何故ここへ?」
「ふらっと遠くへ行きたくなったんです。目的地は決めずに。そしたら和泉さんを見つけて、気づいたら話しかけてました。」
「同じですね。」
 何か抱えていることはお互いが感じ取ったのだろう。一人でドライブしてるくらいだ。話を聞いてほしいわけじゃない。多分お互いにそうで、それ以上深い話はしなかった。

 あの日から数日が過ぎた。あの後は特に会話をするわけでもなく、しばらくして帰った。
「はぁー、終わったー。ねぇ、飲み行こパァッと。」
「毎週末聞いてる気がするんだけど。」
「いいじゃん。この日のために一週間頑張ってるんだよ。楽しみなきゃやってられない。」
「はいはい、よく頑張ったねー。」
 後ろで流すなと騒いでいるのをスルーして歩き出す。週末の恒例行事。彼女は職場の同期、野瀬那月(のせなつき)である。基本常にうるさい女だ。
「後でね。」
「うわ、置いてかないでよ。」
 職場を出て一度家に帰る。スーツを汚したくないから着替えて集合するのが私達のルールだ。

 いつもの場所で合流する。待っている彼女は昼間のOL姿の面影すらない。
「相変わらず派手だね。おまたせ。」
「紫鶴もあたしとあんまり変わらないじゃん。」
「時間外で職場の人に会いたくないし。これなら気づかれないでしょ。」
 仕事と私生活を混合したくなくて、行き着いた結果だった。
「今日どこ行くー?」
「どこでもいいよ。とりあえずお腹空いた。」
「じゃあ適当に居酒屋入って、その後oliver行こ。」
「おっけー。」
 週末は夜も随分と賑やかな街だ。それなりに栄えていると思う。皆がそれぞれにお酒を楽しんでいる中、空いている店に入った。

「とりあえず生2つ。」
 案内され座ると同時に注文をする那月は今週かなりキツかったようだ。すぐにビールが届き、乾杯して喉を通す。おっさんのような声を上げる那月を見ながら、幸せな奴だなと思った。
「何食べる? 枝豆と梅水晶は必須でしょ。あとはー、」
「それつまみじゃん。笑」
 お腹を満たす事よりもお酒を飲むほうが優先らしい。まぁ、お酒が入ったらほとんど食べられないからいいけれど。つまみと唐揚げなどお腹に溜まりそうなものも注文し、仕事の愚痴を聞きながら料理を待った。

 一杯目のビールを飲み終える頃、三杯目に突入した那月は顔色一つ変わらない。相変わらず酔ってるのか分かりにくいなと思いながら二杯目を注文した。
「あたしたちってさ、なんでナンパされないと思う?」
 唐突に訳の分からない質問が飛んでくる。
「突然どうしたの笑」
「いやぁさ、毎週末飲みに出てきてるじゃん? ナンパされてる女の子たち必ずいるじゃん。今日だってさっき。なのに一回もされたことないよね、あたしたち。」
「そんなの知らないよ、そこら辺の人に聞いてみれば笑」
「あたしたち25だよ? まだナンパされてもいい歳でしょ。」
そう言うと立ち上がって歩き出した。マジで聞きに行くつもりなのだろうか、やめて欲しい。そう思って声を掛けようとするとトイレと言って消えていった。今日はダメな日らしい。程々で済むと良いのだけれど、こうなると長いのが那月だ。

 料理をつまみながら帰りを待つ。言われてみれば確かにされたことがない。
 今まで気にもしていなかったが、ナンパされる女の子はきっと声を掛けられることを期待して街に繰り出しているのではないか、とくだらないことを考える。私たちは、少なくとも私は考えたことがない。那月はナンパされたかったのだろうか。
 いや、まず普段なら全く持って男に興味がない。どうせ明日になれば忘れているだろう。面倒臭いので酔っ払っているから仕方がないと言うことで納得した。
「あー、へこむなぁ。あたしってそんなに可愛くない?」
 戻ってきて早々そんなことを言い出したので、早々に私は納得し損ねたらしい。ダメか、忘れて帰ってきてくれることを期待していたのに。
「ねぇ、どう思う紫鶴!」
「那月は可愛いよ。」
「じゃあなんでなのさー。」
 そんなこと私が知るわけがない。
「私と一緒にいるからじゃない?」
「は? 何言ってんの。あんたはどう見てもキレイ系でしょうが!」
「じゃあ分かんないね。交代、タバコ吸ってくる。」
 私が男に興味ないからじゃないかって意味だったのに。思わずタバコを理由に逃げて来てしまった、、、。

「あいつ出るかな。」
 とりあえず一服しながらスマホを取り出す。 
「もしもしー?」 
「あ、出た。ねぇ、お願いがあるんだけど。」
「内容による笑」
「那月と飲んでるんだけど、たょっとダルい酔い方してて助けてほしいんだけど。」
「あー、なるほど。珍しいね。行かない。笑」
「このあとoliver行くけど?」
「15分で行きます! 現在地送っといて。」
「了解。よろしく。」
 これで何とかなればいいんだけど。

 テーブルに戻ると顔色も変えずに酔っ払ってる那月を見て、こっちはお酒が冷めてしまった。今日は何飲んでも酔わないだろうなと思ったので、ジントニックを注文した。
「あたしたちこのままだと結婚どころが彼氏もできないでおわるよ!」
「終わるよって言われたって、、、」
 早く来いあのバカ。と思っていると、
「お隣いいですか?笑」
「え! あ、どうぞどうぞ。」
「お姉さん何飲んでるんですか?」
「えっと、ハイボール、、、です。ってお前かよ!」
「なんだよ、いってーな。殴ることないだろ。」
「女心を弄んだお前が悪い、匠のバカ。」
「おいどうすんだよ、めっちゃ怒ってるんだけど。紫鶴助けて。」
「ごめん、無理。怒られて。」
「はぁ、マジかよ、、。」
 どんちゃん騒ぎは放置して、片手で動画を撮りながら一人お酒を楽しむことができた。匠、ごめん。と心の中で謝ったので許しは得たはずだ。

「那月、そろそろoliver行く?」
 一時間程二人のたわむれを見ていたた思う。呼んだのは私だけど、流石に匠がかわいそうになってきた。今日の那月は一段と気性が荒いみたいだ。
「もう限界、今日コイツやばいって。」
「いいねぇー、行こ紫鶴!」
「はいはい。」
 会計を済ませて外に出る。息を吐くと少し白くなった。また寒くなったな。いい加減衣替えしないといけないと思った。
 賑わう街から少し外れた場所にあるoliverに向かって3人並んで歩く。oliverは私と匠の大学で2個上だった先輩が営んでいるBarである。

 少し重たい木の扉を開けると、カランと音がなる。このBarは私と匠のお気に入りの場所だ。
「諒也さ〜ん! 今日もかっこいいですね〜。あれ、髪色変えたんですかぁ? すごく似合ってます〜。」
 那月の目的は、Barのオーナーである諒也さん。社会人になって知り合い、此処へ連れてきてから早3年の片思い中である。
「那月ちゃん、いらっしゃい笑 紫鶴と匠もいらっしゃい。なんか今日すごそうだな。」
「マジやばいよ、俺こいつ男だったら殴ってるね。」
「女の子には優しくするもんだぞ。匠。」
「分かってっけどさー、今日はムリだって。」
 私と匠は大学に入ってすぐ諒也さんと知り合ってそこからずっと仲良くしてもらっている。
「紫鶴、何飲む?」
「あー、ソルティドック。」
「俺、ラムコークで。」
「お前には聞いてねーよ。」
「なんでだよ!」
 諒也さんは高頻度で匠をからかう。からかった時の反応がツボにハマるらしくケラケラと笑っていた。可愛がってもらっているが故の愛情表現なんだろうなと思う。

「はいよ。」
そう言ってソルティドックとラムコークが置かれる。相変わらず手際がいい。まぁ、オーナーをしているのだから当たり前なのかもしれないが。
「「お疲れ」」
「二人して乾杯の掛け声お疲れかよ笑」
 返答はせずに二人で静かにお酒を飲んだ。どれだけ疲れるか分かっているのかとでも言いたげな匠は見ていてとても面白かった。
「俺一応先輩よね? どうしてそんな冷たい態度取るのよ。俺泣くよ?笑」
「こうなった那月の面倒見るのマジ大変だからね、呼んだくせに紫鶴は助けてくれねぇし。」
「会社で昼間相手してた。そのために呼んだんだから。」
「可愛いじゃん。酔っ払ってる那月ちゃん。」
「「諒也さんだからだよ。」」
「そうかぁー? 」
 匠と目が合う。今日はもう諒也さんに那月は任せることにしたらしい。まぁ、可愛いって言ってるくらいだ、面倒見てもらおうじゃないか。

 薄暗い明かりで照らされた店内には私たちを含めても数人しかいない。いつ来ても何人かいる程度だ。諒也さんは一日に一人でも来てくれればいいと前に言っていたけど、儲けがあるのだろうかと思っている。
「那月ちゃん寝ちゃった。」
そう言われて横を見ると気持ち良さそうに寝ている。
「やっと静かになったー。」
 真ん中に座らされていた匠は相当つかれたみたいだった。
「もう0時なのね。」
スマホの画面を見ると既に日付が変わっていて、かなりダラダラと飲んでいたことに気づく。あまり酔いが回っていないから少し物足りない。いつもなら帰る頃合いだが、匠も帰ろうとする様子はなくてもう少し飲むことにした。

「紫鶴、クリケットやろうぜ。」
「いいよ。」
 oliverにはダーツとビリヤードが奥の部屋に設置されている。というより、諒也さん含め私たち大学のメンバーでやりたくて揃えたものだ。お客さんにはやりたいと言われたら貸し出している。
「久しぶりにやるから、カウントアップで慣れさせて。」
「了解。そう言えば俺も久しぶりにやるわ。笑」
 話しながら淡々と設定を操作してくれる。
「どっちかやる?」
「どっちでもいいよ、アップだし。」
「じゃあ俺先やるわ。」
ラインに立って投げ始める。20トリを狙っていたようだが、5トリに外れた。その後は20・3トリ、トータル44。

「狙ったとこいかねー。」
 文句行っている奴は放置して投げ始める。試しにブルを狙うと上に外れて20になった。少し奥で放すイメージをしつつ投げると2本目はブルに入った。アップとはいえ匠には負けたくないので、リードを広げにかかる。狙いは20トリ、20になってしまったが20·50·20、トータル90。まぁいいだろう。順番に投げ続けて、498·527で私の勝ち、負けて悔しそうな匠にサラッとテキーラを渡す諒也さんは確実に面白がっている。
「負けテキでしょ?」
「アップだって。笑」
「でも負けたしね、ね、紫鶴。」
「そうね。」
「クソッ。」
そう言い残してショットは空になった。
「次、301!」
 相当悔しかったのか早々に準備をして始めた。お互い同じくらいの強さなので勝ったり負けたり。負けるのも悔しいけど、何よりもテキーラがキツかった。

「まだ遊んでる?」
そう諒也さんに言われて1時半を過ぎていることに気づく。5勝5敗で勝負がついていないので勝敗をつけたかった。
「もう店締めます?」
「いや、今お客さんお前たちだけだから那月ちゃん送ってこようかと思ってさ。ここで寝てるのも可愛そうだし。」
「え! いいんすか?」
「お願いしていいの?」
 一番面倒臭い仕事だが、いいのだろうか。那月はその方がいいだろうな。覚えていられるかは分からないけど。
「いいよ。その代わり、店番頼むな。」
「「はーい。」」
 那月を抱えて店を後にする後ろ姿に手を振りながら、次のゲームの事を考えていた。

「最後はクリケだろ。」
「そうね。」
 これだけお酒を飲んだあとで、よくまともに投げられるものだなと思いながらゲームを進めていく。大学生時代、毎晩のように投げていただけのことはあるようだった。
 結果は匠の勝ち。何も考えず得点狙いのバカには勝てなかった。
 カウンターに戻り、タバコに火をつける。二人しかいないBarは喋らないととても静かで、小さくかけられている洋楽がよく響いていた。
「何飲む?」
「あんたに作らせると不味いからいい。」
 たばこを咥えて立ち上がりながら話す匠の後を追って、カウンターに入る。大学生の頃はお店手伝ったりしてたからお客さんが居なければ割と自由だ。今でもたまに店番頼まれたりするから、お酒は一通り作ることができる。

「俺一応、店手伝うことあるんだけど?」
「私もだよ。」
「不味くないだろ。」
「適当に作らせると不味い。」
「、、、なんか作って。」
 何も言えなくなったらしく、カウンターを出ていく後ろ姿は少し小さくなっていた。ゲームをすると大抵は匠が勝つが、口では圧倒的に弱い。傍から見れば不仲に見えるかもしれないが、これでも一応かなり仲は良い。良くも悪くもバランスが取れている間柄であることは間違いない。
 シェイカーに氷、ライチリキュール、ホワイトキュラソー、グレープフルーツジュースを入れて振る。トップを外しグラスに注いだ後、ストレーナーを外して氷を落とす。最後にトニックウォーターでグラスを満たし、チェリーを飾って完成。不貞腐れている匠の前に差し出した。
「ありがと。」
そう言って一口飲む姿を見ながら、自分用にカンパリソーダを作った。

「何やっても大概のことは上手くできるよな、紫鶴は。本当に器用な奴だな。」
「それ、なんて名前か分かる?」
「この酒? ライチ入ってるのは分かる。何?」
「チェックメイト。」
「俺、もう二度とお前のこと褒めないわ。」
 匠の顔が引き攣ったのを見ながら最近で一番笑った。一緒にいて飽きたことがない。人間性だろうか、匠の周りにはいつもたくさんの人が自然と集まってくる。きっと私もそんな中の一人だ。
 くだらないことを話しながら諒也さんの帰りを待つ。那月は諒也さんに送ってもらっているから心配する必要はないだろう。むしろ諒也さんを心配したほうがいいくらいかもしれない。

「那月の家ってそんな遠くねぇよな。」
「ここから車で15分くらいじゃない?」
「1時間経つけど?」
「店を1時間も空けるなんて、オーナーとして問題あるかもね。」
「そこかよ。食われたかもな。」
「どっちが。」
「諒也さんが。」
 可能性はあるが、那月はそこまでバカじゃない。何より、匠と考えが同じだった時点で多分ハズレだ。バカなことを考えたことを後悔した。

 カラン。扉の開く音がして、諒也さんが帰ってきたのかと思ったがどうやら違うらしい。こんな時間に店に来るお客さんがいるんだなと思いながら対応にまわった。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ。」
そう言って、おしぼりとコースターを準備する。カウンターに座った男性は不思議そうな顔をしていた。
「新しいバイトさんですか?」
「いえ、オーナーが外している間の代理です。」
「そうですか。」
「オーナーはもうすぐ戻ると思いますので、御用事がありましたら少しお待ちください。」
「別にたいしたことはないですよ。見慣れない方だったので。笑」
「よくいらしてくださっているんですね。いつもありがとうございます。」
「オーナーと同級生でね。いつも適当に作ってもらってるから何か頼めるかな。」
「そうでしたか。かしこまりました。」

 諒也さんの同級生であればこの時間に来ることも納得ができた。何を作るべきだろうか。お酒を飲んでいる様子ではないから、飲み始めだろうか。Barには慣れているように見える。下手に凝ったものは出さないほうがいいだろう。
「飲めないお酒はありますか?」
「なんでも飲めます。笑」
「かしこまりました。」
 グラスに氷、ジンを入れ軽く混ぜる。トニックウォーターを加えて下からすくうように軽く混ぜ、ライムを飾って完成。
「お待たせいたしました。ジントニックです。」
「ありがとう。いただきます。」
 軽く会釈をして匠の前に戻った。さっき匠に何か作らせておけば、対応を任せられたのに。諒也さんの知り合いとなると無駄に気を使ってしまいそうだ。
 カラン。と音がなってまた扉が開いた。今度こそ諒也さんであってほしい。

「ただいまー。」
「「おかえり。」」
「あれ、啓。今日は来ないって言ってなかったっけ?」
「何とか今日で仕事が片付いたから来た。来ないほうが良かったか?笑」
「いや、誰も来ないと思って店番任せちゃったからさ。」
 帰ってきてくれて良かった。話し始めた二人を横目に、カウンターを出て席へもどる。優雅にタバコを吸ってる匠がやけに憎たらしく見えた。
「俺あっち側に残ってなくて良かったわ。おまかせって言われたらムリだし。笑」
「なんか、急に疲れた。」
「おつかれ。来ると思ってなかったもんな。」
「うん。」
 お酒を飲もうとして、カウンター内に自分のお酒を置いてきたことに気づく。話してるところに声を掛けるのも悪いし取りに行くしかない。ため息をついて立ち上がった。

「どうした、紫鶴。」
「あー、カウンター内にお酒忘れた。」
「あぁこれか、新しいの作ってやるよ。何飲む?」
「同じの。」
「カンパリソーダか。了解。」
 色と匂いだけでよく分かったなと思いながら、タバコに火をつけた。
「和泉さん?」
 突然名字を呼ばれる。匠と諒也さんは私を名前で呼ぶ。と言うことは、今名字を呼んだのは諒也さんの同級生ということになる。なんで私を知っているのだろうか。私は記憶力はいい方だが彼は記憶にいない。誰だっけ。
「啓、紫鶴と知り合いだったのか。」
「この前初めて会ったよ。タバコの火を借りたんだ。」
 啓、、、思い出した、あの日の男性だ。顔はあまり覚えていなかったから気づかなかった。

「児玉さん、ですよね。」
「こんなところで再開するとは思わなかったな。笑」
「そうですね。」
 もう会うことはないと思っていたのだが、思ったより早く再会したようだ。諒也さんの同級生となると年上ということになる。あの日失礼なことは言わなかっただろうか。
「紫鶴が人と関わるなんて珍しいな。諒也さんの友だちなんですよね? 愛想のない奴ですみません。」
「突然真夜中に後から声掛けられたら、普通は逃げて行くところだよ。笑 それを相手してもらったんだ、いい子だよ。」
「俺は湯澤匠です。紫鶴と大学一緒で歳も一緒です。」
「よろしくな。諒也がいつも話してる子たちか?」
「そうそう。可愛い奴らだよ。」
 あっという間に会話に加わった匠を見て、コミュニケーション化け物だなと思った。諒也さんが、私たちの事を児玉さんに話していたのならあの時気づいていたのだろうか。

 話が進むと大学が同じことが分かった。今まで知り合わなかったことのほうが不思議なくらいだ。世間は狭いものだ。
「紫鶴、知ってた?」
「いや、知らなかったよ。驚いてる。」
「やっぱ学年違うとあんまり会う機会もないもんなぁ。」
「そうね。」
「そう言えばさ、どこで会ったの啓さんに。」
「ドライブしてて、車停めて休憩してたら後から来た。」
「店入ってきたとき気づかなかったのかよ。」
「全く。」
 匠に呆れた顔をされる。暗い中で特に会話もなく一緒にタバコ吸ってただけだ。顔まで覚えてなどいられない、というよりはっきりと見える状況じゃなかった。仕方がなかったと思う。

 匠と話している間、諒也さんたちも何か話しているようだった。
「諒也、よく店番頼んでるの?」
「たまにな。店が忙しくて回らないときとか。二人はよく手伝ってくれるよ。」
「そうか。今まで会わなかったのは俺が遅くに寄るからだな。」
「日付越える前に来たことないだろ。お前。」
「ないな。笑 適当に作ってくれるよう頼んだらジントニック出してくれたよ。あの子よく分かってるね。」
「今でもよく助けられてるよ。でも、長い付き合いだけど未だに何考えてるか分からない時あるんだよな。その割によく周りを見てる。たまに心配になる、放っておけない奴らだよ。」
「心配になる?」
「急にどこかにふらっと居なくなりそうじゃん。多分匠も思ってるんじゃないかな。」
 あの時、俺が感じたことと同じことを諒也が言った。普段からそうなのか。と思ったし、どうして彼女からそう感じさせられるのか気になった。

「俺らそろそろ帰るわー。」
 匠が諒也さんに向かって言う。
「店番までさせて悪かったな。ほい、会計。」
 財布からお金を出そうとすると、匠にさらっと払われてしまった。こういうところは男なんだなと思う。後でタバコ買って返そう。
「またねー。」
そう言って店を出る。4時。寒くて思わず身震いをした。
「送るわ。」
「いや、いい。」
「あぶねーぞ。」
「匠の家のほうが近い。寒い。」
「お前な、俺男ね。」
「知ってる。」
 溜息をつく匠を無視して匠の家に歩きだした。

「あー、寒かった。マジ凍え死ぬ。」
「早くお風呂ためて。」
「お前なぁ。」
 文句を言いながらも準備してくれる匠は優しい。この時間まで飲むことはほとんどないけれど、たまに那月と3人で泊まったりする。何もない殺風景な部屋にも見慣れた。時間も時間で眠気もあったからか、たいした会話もなくスマホをいじって過ごしているとお風呂が溜まった。
「先行ってきな。」
「ありがと。覗きくんなよ。」
「行かねーよ。早く行け。」
 脱衣所で服を脱ぎながらよくこんな時間まで飲んでたななんて考える。ゆっくり入りたいとこだけど匠も眠たいだろうし早めに入らなきゃな。

「ありがと。温かいうちに入ってきたほうがいいよ。」
「ん。」
 眠そうな匠に声を掛けて冷蔵庫の水を勝手にもらう。お風呂に向かう背中を見ながらソファに腰を下ろすと途端に睡魔に襲われる。匠が出てくるまでは起きてないとと思う意識とは裏腹に瞼が閉じていった。
「こんなところで寝たら風邪引くよ。髪も乾かしてないだろ。」
「眠いし乾かすの面倒くさい。寝たら乾く。」
「人の話聞いてた? 風邪引くって言ってんの。」
 無理やり起こされて少しイラッとして睨むと溜息を疲れた。ドライヤーを持ってきて自分の髪より先にあたしの髪を乾かし始めた。
「あんたなんで彼女出来ないんだろうね。」
「ん? なんか言った?」
そう言ってドライヤーを止める。ほとんど独り言みたいに呟いたから聞こえなくてよかったんだけどな。
「なんにもいってない。ありがと。」
「おう。」

 二人分の髪を乾かして、一仕事終えたように一服する匠に笑いながら、
「奥と手前どっちがいい?」
と聞くと、
「手前でいい。」
 いつも3人のときは誰がソファで寝るかで揉めるけど、今日は二人だからあっさりベッドの位置が決まった。大学時代、男女の友情なんて成立しないってよく誰かが言ってた気がするけど、それは選ぶ相手自分が間違えてるだけじゃない?と今でも思ってる。
「いつもベッド勝ち取ると手前選ぶよね。」
「タバコ吸いやすいじゃん。灰皿近いし一択だろ。」
「そうゆうことね。」
「そうゆうこと。寝るか。」
「寝る。」
 シングルベッドに二人で並んで潜り込む。一人で寝るより何杯も温かくて二人してすぐに眠りに落ちた。

 お昼前に目が覚めて、隣を確認すると匠はまだ起きる気配がない。枕が一つしかないから寝てる間ずっと腕枕借りてたけど起きたら文句言うんだろうな。
 スマホを確認すると那月から3人のグループに謝罪連絡が入っていて、OKスタンプを返して二度寝を決めた。特に予定ないしまだ眠いし寝過ごす休日も悪くないと言い聞かせる。布団の中は相変わらず温かくてやっぱりすぐに眠りに落ちた。
 どこかでスマホの通知が聞こえた気がしたけれど仕事だったら電話が来るはずだしいいか、と意識が遠くなっていく中で思った。

 目が覚めた。俺の腕を枕にして紫鶴はまだ気持ち良さそうに眠っている。腕を外すのも可哀想で、タバコに火を付けながらボーッと天井を見る。
 今何時だ、外はかなり明るくてカーテンを閉めずに寝たことを少し後悔する。
「15時か。」
 かなり寝たな。こいつよく寝られるなと思いながらスマホをいじるとお昼前に一回起きたらしい、グループにスタンプが送られていた。二度寝か、昼前じゃ流石に起きれないわな。そんなことを考えながら俺もスタンプを送った。
 さて、どうするか。タバコも吸ったし目が完全に覚めちゃったな。とりあえず紫鶴を起こさないように腕と枕をゆっくり入れ替える。痺れはあるが問題ない、ちゃんと食ってんのか?軽すぎる気がして心配になる。大学の頃からずっと変わらない。職場が違うから那月が紫鶴の側に普段居てくれるのは正直ありがたかった。
「なんか飯作ってから起こすか。」
 独り言をぼやきながらベッドから抜け出した。

 最近は那月も居たから二人きりで泊まるのはかなり久しぶりだなと考えながら、冷蔵庫を開ける。酒、水、炭酸、ひどい冷蔵庫だな。
「買い物行くか。」
 まだ、寝てる紫鶴を確認して家を出る。
 スーパーなんていつぶりに行くだろうか。何作るかな。
 適当に頭に浮かんだ材料をカゴに入れていく。紫鶴のことだから味噌汁は必須だろうな。サッと買い物を済ませて家に戻る。なんでこんなに近くにスーパーあるのに普段行かないのか自分でも不思議だ。コンビニ生活の楽さに勝てないんだよな、そりゃ金も貯まらない訳だ。思わず馬鹿なこと考えてる自分に笑ってしまった。
 会計を済ませて、家に帰る道を辿る。上に何か羽織ってくるべきだったと思いながら家までの道を早足で歩いた。急いだところで紫鶴はまだ寝ているだろうけれど。

 家に着いて静かに鍵を開ける。なるべく音はたてないように部屋に戻った。予想通り紫鶴はまだ眠つている。呑気なやつだと思いながらもそこに居ることに安心した。近づいてみても起きる気配はない。顔にかかる髪を退かしながら、黙っていれば可愛い女なのになと思ったが、本人には言えないなと静かに苦笑した。
 紫鶴は初めて会った時からずっと不思議な雰囲気があった。距離感的なことを言えばすごく近くに居るのに、何故か急に居なくなってしまいそうな感覚がするそんな女だ。なんとなく放っては置けなくて気がつくと一緒にいるようになっていた。あれから何年も経つけれど今でもその雰囲気は変わらなくてなるべく近くに居てやりたいと思っている。俗に言う恋愛感情とは違うんだよな。俺自身でもうまく言えない感覚だった。
「とりあえず、飯つくるか。」 
そう言ってベッドから離れた。


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