思い返す
「建築を志したきっかけは?」この仕事をしているとよく聞かれる質問の一つだと思う。
「震災を経験して安全な建物を作るために…」とか「幼い頃に見た〇〇という建築に衝撃を受けて…」みんながそんな高大なきっかけの話をしていると僕はお尻がムズムズしてくる。
そう、僕にはそういった明確なモノは無い。
唯一、きっかけと言えるものと言えば、ドラマの影響なのだ。1996年の冬ドラマ「協奏曲」。木村拓哉と宮沢りえが主演で建築設計事務所に勤めているという設定のドラマだった。その上司役を田村正和がやっていた。
と、言ってもそのドラマを熱心に視聴していた訳ではない。進路指導の前の日のにたまたま見ただけだった。中学生の頃の僕は猿のように野山を駆け巡り、10時には寝るような生活をしていたし、恋愛ドラマのようなものにも全く興味が無かった。なのでなぜその日は普段寝る時間から始まるそのドラマを見たのかすらよく覚えていない。内容もよく覚えて居ないのに、田村正和が演じる建築家がその時強烈に光って見えたのだけは覚えている。
あくる日の進路指導の時間、それまで勉強も特に出来た方では無く、将来の夢や進路の事もよく考えて居なかった僕に呆れ気味だった担任のK先生に「建築家になる!」と急に告げたのだから担任もたいそう驚いたであろう。
「どうやったらなれるのか先生にも分からないから、調べるから1日待ってくれ。」と言ったK先生は本当に1日で調べてきてくれた。建築士という資格がある事、その試験を受ける為には建築学科のある大学に行かねばならない事、勉強の出来ない僕が大学に行くためには付属高校に行くしかない事、僕の成績から考えると選択肢はこのA高校しかない事、そして頑張って成績を少しだけ上げれば推薦が取れると言う事。
単純な性格なので、こうしろと言われたらその道だけを見て進んでしまう。他の選択肢なんて全く考えもしなかった。そこからはK先生が示した通りの道を進み今に至る。
思い返してみても将来の夢とかそういうものを考えたのはその1日だけ。なんともまあ残念なきっかけと単純な思考でこの道に進んでしまったのだと思いにふける休日の夕方だった。