クックチル方式でのウエルシュ菌食中毒
クックチル方式とは
加熱調理した料理を急速に冷却して冷蔵保存し、食事のタイミングに合わせて再度加熱して提供する調理方式です。
加熱調理後、細菌が増えるのに適した温度帯(20℃~50℃)に留まる時間を極力短くしているため食中毒を起こしにくい調理方式として知られています。
クックチル方式での食中毒発生要因
しかしながら、食中毒は発生しています。
これまでにの数少ない2件の食中毒事例(ウェルシュ菌)からその発生要因を推測すると、
A 製造時の何らかのトラブル
B 提供現場での保管温度不良
C 再加熱不足
の3つが重なったときに起きているようです。
そもそも、この3つのアクシデントが重なるということは考えにくいのでクックチル方式が多くの施設で利用されていても食中毒の発生事例が少ないことに表れていると思われます。
食中毒事故事例
事例① 500施設に提供された「里芋の鶏そぼろ煮」で 1施設のみで喫食者85名中19名の下痢等の患者が発生した事例。真空パック品( 1.2 kg/袋)を使用。
事例② 22ヶ所に提供された「クリームシチュー」で 1ヶ所のみで、喫食者136名中下痢等の 78名の患者が発生した事例。真空パック品( 2~ 3 kg/袋)を使用。(当日使用した8袋のうち1袋はとろみがなくサラサラの状態でチーズ臭があった。これをボウルに移しとろみを付けると泡を吹いてきたためこの1袋は使用を中止した。)
上記 2事例は令和 3年のHACCP完全実施以前に発生しています。現在は衛生管理計画を各施設で作成することが義務付けになりましたが、それ以前はクックチルでの、特に再加熱などに関する手順書は不備な施設が多くありました。
クックチル使用施設の実態調査結果
平成28年に報告された「クックチル使用施設の実態調査結果について」を見ると、クックチル方式で提供する52施設について
・再加熱時の品温を11施設では測定していなかった。測定しない理由とし
て、加熱の目的が殺菌ではなく温めであることが挙げられていた。
・真空パック品を使用していた42施設のうち、器に移して測定が15施設、袋内部に中心温度計を差し込んで測定が9施設、袋に挟み込む等して袋の表面温度を測定が5施設、測定なしが9施設、不明が6施設であった。
・加熱方法や加熱時間、再加熱不要のチルド製品の取扱い等についてのマニュアルがある施設が36施設、10施設ではマニュアルはなかった。なお、6施設は不明となっている。
と報告されています。
真空パック品の再加熱は温度ムラがでる
クックチルの真空パック商品をパックのまま再加熱すると袋の表面部と中心部の温度差が大きいことが知られています。
例えば 1.2kg入りのそぼろ煮の場合、加熱後25分の時点で周辺部は80℃、中心部は60℃未満といった結果があります。
再加熱時の中心温度の測定は難しい…
また、クックチルでの真空包装品の再加熱時の中心温度の測定は、その測定が難しいことが事態を複雑にしています。
中心温度測定に際し、袋を開けたり、袋の側面から温度計を差し込んだりすると、中身がこぼれてしまうので再加熱を続行することができません。中身を器に移してしまうのも、湯せん加熱などは続行できません。
その結果、クックチルでの現場での再加熱は、重要管理点ではなくて温かいものを美味しく食べていただくための加熱と位置付ける考え方も出てきます。
たしかに、真空パックのクックチル製品がHACCPの手順で製造されている限り、末端の提供施設で衛生管理計画に基づく手順書通りに提供されている限りは、再加熱は重要管理点(CCP)ではないという考え方は合理的と考えられます。
二つの事故事例の考察
クックチル食品が同じように多くの事業所で提供されながら、それぞれ、1ヶ所の事業所のみで食中毒が表面化しました。
事例①、② の事件に共通した最も大きい原因は何だったのでしょうか。
私は、調理済み品の冷蔵庫へのしまい忘れの可能性があったのではないかと推察しています。
事故現場では、納品翌日に、乾物類に混ざって常温放置になってしまっているクックチル製品の存在に気づき、あわてて冷蔵庫にしまった人がいたのではないでしょうか。
納品時の点検では異常が認められませんので、食中毒菌に汚染されていない通常の場合は冷蔵庫にしまい忘れても問題は起きないと思われます。
しかしながら、製造段階での原料食材の衛生状態が悪く、多量のウエルシュ菌に汚染されていた場合は常温保存中にウエルシュ菌が増殖し食中毒に結びついてしまったと思われます。
事件の原因は不明になりがち
事件発生後の保健所の調査に、「実は、冷蔵庫へしまい忘れていました。」と正直に申し出るパートさんはいるでしょうか。保健所の調査に対応する施設の責任者は、点検記録に異常が記されていないことに気が付くでしょうか?
また、調査を担当する保健所職員は、冷蔵庫への入れ忘れは考えられないと否定され、かつ証拠も無いのに、マスコミに対して「冷蔵庫に入れ忘れていたことが原因でした。」と発表することが許されるでしょうか?
過去のカイワレ裁判で、推測に基づく公表は賠償責任を負うと学習していますから…。
ウエルシュ菌は芽胞をつくるので特別
冷蔵保管ができていなかったのではないかと考える根拠はウエルシュ菌の増菌の条件です。ウエルシュ菌は 1gあたり10万個以上を含む食品を接取しないと発症しないとされています。
クックチル製品は、製造時の加熱工程でウエルシュ菌の栄養型細胞は死滅していると考えられます。耐熱性の芽胞は生き残り、放冷・冷却の過程で発芽し増殖する準備が出来上がります。
ウエルシュ菌の発育温度は 12℃から 50℃(至適発育温度は 43℃~ 47℃)ですから、調理場内で長時間室温保管されるとかなりの菌量になることが容易に推測できます。(至適温度の場合、発育に好都合な条件がそろうと2時間以上保管すると中毒量に達する可能性があります。)
また、ウェルシュ菌の栄養型(たとえば増殖中の菌)は 75℃1分以上で死滅するとされています。おでんの場合 60℃20分で保存した場合 10/ml未満になった研究事例もあります。
保存用検食から多量のウェルシュ菌を、また患者便からウェルシュ菌を検出しともにエンテロトキシン産生性であった場合は、クックチル製品の再加熱が 75℃1分以上では無かったことを証明していると考えられます。
再加熱は中心部を「75℃で1分以上の加熱」する
結論としてクックチルの真空パック製品を提供する施設は、自らの施設を守るためには、再加熱に当たっては殺菌を目的とする「75℃で1分以上の加熱」を励行しないといけないようです。
(2024/03/13 内容の一部を加筆修正)
資料
◇ ウェルシュ菌による食中毒 原因食品は?(今日の疑問 2017年09月19日)
http://shokuei.sblo.jp/article/181045871.html#comment
◇ 森田美咲ら,クックチル使用施設の実態調査結果について(第2報),平成28年(2016年)度 全食協,p217-218