先生が先生になれない世の中で(1)全米を揺るがしたウェストバージニア州の「違法」教員スト
鈴木大裕(教育研究者・土佐町議会議員)
アメリカの教職員が怒っている。アメリカ合衆国労働統計局のデータによれば、2018年だけで約50万人の労働者がストなどで仕事を休み、そのうちの約40万人は教員だった。教員の給料は安く、59%の教員が生活のためにパートを掛け持ち、50万人以上の教員が社会保障を受けていない*1ことからも、アメリカにおける教員の「使い捨て労働者」化がうかがえる。2018年、教員への締め付けが最も強い、南部の共和党を支持する州を中心に教員ストが拡大したのは、ある意味必然だったのかもしれない。
ウェストバージニア州(WV)では、教員の給料が全米で3番目に安く、近年の健康保険料の上昇などが問題にされていた。ストが起きたのは昨年の2月。2万人の教員に加え、1万3千人のその他学校職員が、5%の昇給と州の健康保険制度の自己負担削減を求めてストを決行したことで、州内すべての公立学校が閉鎖された。9日間に及んだ教員ストは、教員側の完全勝利で幕を閉じた。
このニュースが全米に衝撃を与えたのは、実は同州では公務員によるストが禁じられており今回のストも違法だったからだ。保守による攻撃の中で労働組合は弱体化し、組合は組合員からの組合費の徴収も制限され、組織率は下がり、団体交渉の権利すら失った。しかし、今回のストの法的根拠について訊かれた同州教育協会の会長はこう答えた。「彼らがどうするというのですか? 1万5000人解雇するとでも言うのでしょうか?」*2
今回のストのもう一つの特徴は、この弱体化した組合を教職員らが草の根運動により牽引したことにある。発端は一部の教員が始めた、秘密のFacebookグループだった。最初数人だったそのグループは、数ヵ月後には2万人に膨らんでいた。
グループ内のやり取りから違法ストのアイディアが浮上し、特に団結力の強かった3つの地区が1日ストを決行。それがライブ配信され、他の地域の教職員を鼓舞した。それを受けて州内の2つの教員組合が歩み寄り、州全域のストをおこなうかどうか、各地区で投票をするよう呼びかけたのだ。その結果、すべての地区が州全域ストに賛同。準備は整った。
全米に衝撃を与えた2012年のシカゴ教員スト同様、WVのストも地域市民に広く支援された。ストを支持した教会の牧師は言う。「地域住民は教師を地域のリーダーとして見ている。子どもたちの中には、先生が彼らの生活における唯一のポジティブな力である子たちもいる。地域がストを支持したのは人々がそれを理解しているからだ」*3。
実際に、教員らはストの間も学校給食に頼っている生徒たちが家に持ち帰れる食べ物をちゃんと用意していた。ある記者はこのように分析する。教員は、「幅広いコミュニティーと非常に有機的な関係を持っている。組合員が激減した時代に組合を再建するには、地域に深く根を張り、信頼され、使命感みなぎる労働者が必要なのだ」*4。
教員以外の学校職員との連携も、今回の勝利に不可欠な要素だった。ストに踏み切るかどうかの投票には、教員だけでなくそれ以外の学校職員も招かれた*5。
田舎の学校では特に、スクールバスの運転手や給食担当の調理師なしに開校するのは不可能に近い。それらの労働者がストに加わったことで、州内すべての学校が閉鎖されざるをえなくなったのだ。
最終的に、彼らがもぎ取ったのは、教員だけの昇給ではなく、ウェストバージニアのすべての州職員の5%昇給という、とてつもなく大きな勝利だった。
今回の違法ストをふり返り、ある地域の教員組合長を務める教員は、教職員が自らの職をかけてまでストに踏み切った理由をこう述べた。
「私たちは、これが生きるか死ぬかの瞬間だと理解していたのです。もし今やらなかったら、明日は来ないかもしれない。もしやらなかったら、私たちは子どもたち、私たちの学校、そして地域を裏切ることになっていたでしょう」*6。
(『クレスコ』2019年4月号より転載)
*1 Feb 22, 2019.“Oakland, Los Angeles and more to come: Why teachers keep going on strike.” NPR.
*2 Feb 22, 2018.“West Virginia: 15,000 Teachers Strike over Low Pay, Healthcare Costs.” DemocracyNow.
*3 March 5, 2018.“The West Virginia Teachers' Strike Is Shaping Up To Be A New Model For The Left.” BuzzFeedNews/
*4 March 7, 2018.“The West Virginia Strike Points a Path Forward for the Labor Movement.” In These Times.
*5 March 7, 2018.“The West Virginia Strike Points a Path Forward for the Labor Movement.” In These Times.
*6 March 7, 2018.“The West Virginia Strike Points a Path Forward for the Labor Movement.” In These Times.
鈴木大裕(すずき・だいゆう)教育研究者/町会議員として、高知県土佐町で教育を通した町おこしに取り組んでいる。16歳で米国に留学。修士号取得後に帰国、公立中で6年半教える。後にフルブライト奨学生としてニューヨークの大学院博士課程へ。著書に『崩壊するアメリカの公教育――日本への警告』(岩波書店)。Twitter:@daiyusuzuki
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