この国の不寛容の果てに(5)みんなで我慢するのをやめて、ただ対話すればいい 森川すいめい(精神科医)×雨宮処凛
いよいよ書籍版も発売!作家・雨宮処凛さんが「日本社会の不寛容さ」をめぐり対話するシリーズ。ホームレス状態の人への炊き出しや医療相談に取り組む精神科医・森川すいめいさんに「対話」の重要さを伺いました。
ホームレス支援から精神科医に
雨宮 森川さんとは、年末年始に行われる炊き出しの現場などでいつもご一緒しています。もともとは、どういった経緯でホームレス状態の人の支援活動を始めたんですか。
森川 私の職業としては一応、精神科医ですが、あまり自分のことを精神科医とは考えていなくて……。いわゆるホームレス、安定した住まいや居場所がない人たちの支援を1995年から始めて、その間に鍼灸師の資格を得たり、精神科医になったりしていますが、自分としてはずっと同じことをしているという認識です。
京都で鍼灸の大学に通っていた95年に阪神・淡路大震災が起きました。ボランティアに参加して1年ほど活動するなかで住まいを失った人たちを目の当たりにして、そうした人々の支援に加わるようになったんです。その後、東京の大学に入り直して、2001年末から新宿の炊き出しに加わるようになります。
その後、池袋に拠点を移して、2003年に野宿者などを支援するTENOHASIという団体を立ち上げ、のちにNPO法人化しました。現在も、いくつかのクリニックで精神科医として働きながら、野宿者の方への炊き出しや生活保護、安定した住居につなぐためのサポートといった活動を続けています。
雨宮 TENOHASIが2008年に調査をして、都心で野宿をしている人たちの約3割に知的障害の可能性が、約4割に精神疾患の疑いがあるということがわかってきたんですよね。
森川 そうですね。炊き出しに来る野宿者の方の調査をして、かなりの割合の人が精神症状や自殺のリスクを抱えていることが明らかになりました。
参考:「路上生活者調査結果」 https://tenohasi.org/activity/log/
個人のヒストリーを聞き取ること
雨宮 そういったご経歴をお持ちの森川さんから見て、相模原の事件はどう見えましたか。
森川 難しいですね……どういう言葉で語っても、誤解を呼びかねないと思うので。
精神科的に言うなら、植松被告の供述を読んでも、どこが本音なのか全然わからないと感じます。なにか重大な犯罪を犯してしまった人でも、その人の人生の中にはそれに至ったプロセスがあるはずですが、彼がなぜ殺すまでしなくてはならなかったのか……それがまったく見えてこない。
精神科の患者さんにもいろいろな方がいますが、医者は患者がいい人か悪い人かで判断するわけではないので、本人が苦しいと思っているから診察に来るし、医者はそれを診るのが役目です。その立場からいえば、患者さん全員にそれぞれの理由があり、人生のヒストリーがある。そして、そういう個人のヒストリーを聞き取って行くなかで、自然に癒やされていくこともあるんですよね。
雨宮 前に森川さんが講演で話されていたエピソードで、路上生活から福祉につながっても、施設を何度も逃げ出してしまう方のお話がありましたね。その人が逃げてしまう理由が、実は「納豆が食べられない」からだったという。納豆が苦手で食べられないのに、「食べられないと言っていい」ということを知らなかった。それは、その人の生育歴の中で、自分の要望や好き嫌いを言えば虐待されるような経験をしてきたから、怖くて言えない。でも、周囲の人はそんな理由に気づけないので、せっかく福祉につないだのに黙って失踪してしまう彼のことを「困った人」と見て、支援する意欲を失ってしまう。それぞれの理由を聞くっていうのは、そういうことですね。
森川 ええ。そういうことも、それに至る生い立ちからじっくり聞いていかないとわからないことなのです。たとえば、大声で叫ぶので周囲から嫌がられていた患者さんでも、話をずっと聞いていくと、いつのまにか大声を出さなくなってきたりもします。実は、あとからわかったことですが、その人は自分の部屋で枕に顔を埋めて叫ぶようになっていたんです。それはひとつの社会性と言うこともできると思います。それまでは「とにかく自分が苦しいんだ」という叫びを周囲にぶつけていたのが、まわりの人が視界に入るようになったということですね。
雨宮 なるほど。
森川 そういう苦しさを抱え込んだ人の中に、少数ですが世の中を恨むようになったり、それを正当化する思想を与えられて信じ込んでしまうということも、時にあると思います。ただ、植松被告の場合は、そういう個人的なヒストリーがほとんど見えてきません。そこで性急に腑に落ちるような解釈をしてはいけないんじゃないかと思っています。ですから、彼のことがまだよくわからないな、というのが正直な気持ちです。
「聞ききる」ことに専念するオープンダイアローグ
雨宮 本人の訴えを「聞ききる」という言い方もされていますね。どうして「聞ききる」ことが大事なんですか。
森川 自殺の少ない地域を旅した経験を『その島のひとたちは、ひとの話をきかない』という本に書きました。その旅で気づいたことですが、自殺が少ない地域の人たちは、とてもよくこちらの話を聞いてくれるんです。だからといって、こちらの言う通りにしてくれるわけではないのですが、途中でさえぎったり解釈したりせず、とにかく聞いて理解しようとしてくれる。そのことが「尊重されている」という感覚を生んで、自分が認められている、存在していていいのだという大きな安心感を与えてくれたんですね。
そういう経験って、人間の成長にとってとても大事なことだと思います。子どもが何かをしたときに、頭ごなしに叱ったり決めつけたりせず、「どうして?」と聞いて、本人の言い分を最後まで聞ききる。そうやって聞きとってもらえる経験をすると、子どもは自分なりにその是非を判断したり、そこから学んだりする可能性が生まれます。
雨宮 でも、精神科に来る患者さんの中には延々としゃべる人もいますよね。現実にはそれを全部聞くのは大変じゃないですか。
森川 そうですね。でも、そういう人でも、本人の話したいことを一度最後まで聞ききると、その後はそんなに話し続けるというのがなくなったりすることも少なくありません。むしろ、誰からも聞き取ってもらえた経験がないから延々としゃべるのかもしれません。
私が現在取り組んでいて、いちばん腑に落ちている精神医療のアプローチが「オープンダイアローグ」というものです。日本語では「開かれた対話」という意味ですが、患者さんと医師を含む数人のグループで輪になって、ひたすらお互いの話を聞くというものです。フィンランドの精神医療で始まった取り組みですが、これが功を奏すると、従来のような投薬や強制入院といった医療的介入を劇的に減らすことができると言われていて、現在世界的に注目されている手法です。
私も、このスタイルを学ぶために北欧で訓練を受けてきたのですが、訓練といってもそこには技法的なものは何ひとつありません。やることはただ、医療者自身がオープンダイアローグの方法で自分の話を聞き取ってもらう。ただそれだけです。
雨宮 どういうことを話すんですか。
森川 自分の生い立ちとか家族のことなどを2時間くらいかけて話します。そうすると多くの人が、話し終えたときには泣いています。誰しも成長過程のどこかに傷があるものですが、そういうものを言葉に出して、誰かに受容的に聞き取ってもらえたという経験をすると、大きな安心感をおぼえて涙するんですね。そして、そんなふうに受容的に聞き取ってもらえる経験の価値を理解して、他者に対してもそれができるようになるんです。
雨宮 ただ聞き取ってもらうだけで。
森川 誰かに聞いてもらう体験がなければ、誰かの話を聞くこともできない。そういうことなんですね。
オープンダイアローグの中では、たとえば「統合失調症」といった「病名」は使いません。なぜかと言うと、たとえば幻聴が聞こえる人がいたとしても、それが聞こえる理由は一人ひとりで違うからです。たとえば、幻聴が聞こえはじめる前から孤立していて、ひとりで思考が煮詰まっていたりする。ダイアローグ(対話)に対してモノローグ(独白)の状態ですね。そういう人たちが、オープンダイアローグを通じて、ひとりじゃないということを実感していったり、違う多様な考えに触れていくと、だんだんと幻聴が薄れていくことがあります。幻聴が要らなくなってくる人もいる。
雨宮 要らなくなる。
森川 そうです。
ロスジェネ世代とサバイバル的な世界観
雨宮 事件の話題に戻りますが、植松被告は障害者を殺害した動機として、日本の財政危機をあげています。でも、彼に限らず、少子高齢化していく日本の将来を考えたら福祉や医療のコストを削減しなくてはいけない、それに賛同しない人は国家の持続可能性を考えない非国民だ、というような主張が増えていますよね。その中で、貧困者や障害者の生存権を守れと主張することが、むしろ無責任な主張かのように受け取られる雰囲気があります。森川さんもロスジェネ世代のひとりだと思いますが、そういう傾向をどう思いますか。
森川 わからない未来への恐怖、怖いと思うときがある。そういうときにこそ、鋭利な理論になびいてしまうことがあります。ショートカット思考と言いますが、医師にもありがちで、目の前にあらわれた兆候だけで診断してしまう。たとえば相談者が幻覚を訴えたら「じゃあ統合失調症ですね」というように。でも、家族背景などをよく聞いていけば、実は虐待を受けていて、そのための解離症状だったりするかもしれない。幻覚を抑えようと薬を出すのか、こころの傷が癒えるにはどうしたらいいかと一緒に考えるのかの差がそこで生まれてしまうのです。
ショートカット思考になってしまうと多くの場合、自分がいちばん選びたいものを選んでしまうバイアスにおちいります。同じように、たとえば財政が危機だと強調されればされるほど、それを解決してくれる鋭利でわかりやすい打開策を求めてしまう。そういった心理があるのではないでしょうか。
雨宮 それはよくわかります。思えば、90年代にバブル崩壊後の不況におちいったときも、派遣労働を解禁して雇用を流動化すれば解決するとか、その後も郵政を民営化すれば何か明るい展望が開けるかのような、変な熱狂がありましたよね。結果としてそれは竹中平蔵氏とか、一部の新自由主義者を儲けさせる結果にしかならなかったわけですが。
森川 それはあったかもしれないですね。あのころ、不安と同時にどこかでワクワクした人も多かったと思います。
雨宮 ワクワクしてましたよね。ロスジェネって、新自由主義的な政策でいちばん痛い目にあった世代なのに、それを進めた政治家を熱心に支持する人も多かった。小泉政権なんて典型的でした。古い日本型経営を脱して、既得権益をリストラして能力主義にしなくてはダメなんだ、と。自分は非正規労働者なのに、まるで企業経営者とか政府首脳のように上から目線で語る人が本当に多かったと思います。
自己犠牲思考とショートカットによる解決
雨宮 高度成長時代のシステムではもうやっていけないから、誰かが決断してメスを入れなければいけないんだ、それで団塊世代のような正社員層が特権を剥奪されれば、自分たちの生活も少しはましになるかもしれない……。赤木智弘さんの「希望は戦争」もそうでしたが、そうやって互いに誰かを蹴落とさなければ生き残れないというサバイバル感というか、殺伐とした世界観を骨身に刷り込まれた世代なんだなと思います。
いま言われている、社会保障を切り下げなければ財政が破綻するとか、増税しないと社会が持たないぞといった主張も、そういう世界観に立っていると思うし、どこかでそれを否定しきれない自分がいると感じています。
森川 そういう考え方を「自己犠牲思考」と言ったりもしますね。自己犠牲思考は、自己の選択でジレンマを解決できるから簡単なのです。たとえば消費税率を上げるか上げないかという議論のとき、10%に上がっても自分は我慢できるという人は上げることに賛成します。自分が進んで犠牲になるという選択をしながら、目の前のジレンマを解決できるから心理的には楽なのですね。見方を変えれば問題をお金で解決しているとも言えるのですが、葛藤をショートカットで解決できるという意味では魅力的です。みずからを犠牲にするということは、そういう安易な選択でもありうるということですね。
雨宮 たしかに、そういう「余裕を見せる」ような態度をとる人がいますね。終末期医療の話などでも「自分が末期になったら、延命しなくていい」と積極的に言う人が年長世代の中にもいます。むしろ、それが高齢化社会を生きる者のある種の“たしなみ”かのような。一見、潔い態度に見えるんですが、それが他者にスライドすると優生思想的な発想になってしまいますよね。「おまえにはもう延命する意味がないだろう」と。しかも、何をもって末期とするかなどがかなり曖昧だったり。
森川 もちろん、苦痛を緩和するケアには意味がありますし、本人の希望として尊厳ある最期を迎えたいという意思を持つことは否定できないようにも思うので、難しいですが……。
「かわいそう」「哀れな存在」とレッテルを貼られたとたんに、自尊心が傷ついて苦しくなる。認知症のある人でも、自分が認知症を持つと認めたがらない人は多いですが、そう認めても安心だということがわかるとあっさり「私、認知症なの」と言ったりもしますね。認知症になることが悲惨なことだとか、周囲に迷惑をかけるといった考えのみだと、それを認めたくないので無理をして「自分は違う」と言い張る。言葉のイメージというか、スティグマによって殺されるということが実際にあると思います。
「耐え忍ぶ」日本と「工夫する」北欧
雨宮 「迷惑をかけない」というのが日本社会では最大のモラルのようになっていますよね。「他人に迷惑をかけるな」と子どものころから言われ続けていて、弱者であるということは自分が迷惑をかける存在だと認めることになるから、生活が苦しくても他人も公的福祉も頼らず生きていこうとする。そして最期も家族に迷惑をかけないように尊厳死を選ぶ、というのは「迷惑」の内面化された最たるものではないでしょうか。日本の国教は「人に迷惑をかけるな教」だと常々私は思っていますが、「迷惑をかけるな」という圧力がこんなに強いのって日本だけなんでしょうか。
森川 同じ苦しい状況でも、個々人が我慢してがんばってしまうのが日本で、みんなで話しあって工夫するのが北欧だと思うんです。さっきお話ししたように、自分を犠牲にして耐えるというのはいちばん安易で短絡的な対応だと思うんです。北欧ではむしろ「自分たちがいま苦しんでいる状況は次の世代も経験するかもしれないことだから、いまの世代のうちに乗り越える方法を考えよう」と、社会全体で受けとめる考え方があると感じます。
雨宮 なるほど。そう考えると社会の雰囲気がまったく違ってきそうですね。たしかに高齢者も就職氷河期も、自分たちだけで耐え忍んでいたら問題は解決せず、いずれは別の誰かが同じ被害を受けるかもしれない。セクハラで苦しんできた年長の女性たちが、「自分たちがセクハラ的な文化を終わらせることができなかったから下の世代を同じ目に遭わせてしまった」と悔やんでいるのと似ているなと思いました。
北欧の人たちがそういうふうに考えられるのは、やっぱり政治への信頼があるからなんでしょうか。声をあげれば社会が変えられるという自信があるというか。
森川 北欧でも政治の悪口はいつもみんな言っていますが、きちんと議論すればいい方向に変えていけるという信頼感はあるように思いますね。北欧の福祉も縦割りで、うまくいっていない点は多いと聞きますが、私が視察した地域では、少なくとも「本人のいないところで本人のことを決めない」というルールは徹底されているように思いました。
雨宮 障害者運動のスローガンにもなっている言葉ですね。「私たち抜きに私たちのことを決めないで」。
森川 ええ。たとえば地域でなにか問題が起きたとき、行政から2人のファシリテーターが派遣されて、その問題に利害のある住人みんなの意見を聞いてまわるのです。そこですぐに結論は出ないのですが、とにかく責任をもって全員の意見を聞ききることに人的資源を割いているんですね。そうして、全員の意見を聞ききって、「じゃあ明日また議論しよう」とファシリテーターは帰るのですが、翌日また集まってみると、みんな意見が変わっているわけです。お互いの意見の違いを聞きあったことで変化するんですね。そうして地域で合意されたことが議案となって議会にかけられるのですが、そうしたプロセスを経ているので、議会では左右どちらからも、ほとんど異議が出ないわけです。議会で話されることよりも現場で話されたことのほうが、より現実に近いわけですから。
とにかく対話しましょう、短絡的なショートカットをしないで、面倒でもお互いの意見を聞きあいましょう、と。そのほうが、結果的には効果的に社会を運営できるということなんだと思います。
雨宮 そういう対話の作法というのを、現代の日本で生活していると体得する機会がないですよね。
森川 オープンダイアローグも、もともと「当事者を排除して専門家だけで決めるのをやめよう」というところから始まった考え方なんですね。オープンダイアローグ発祥の地では、相談者に対して精神科医だけで応答するのではなく、看護師さんや福祉職の人、外部の支援者、学校の先生、友人、ご家族など相談者に関係する人たちが集まって、それぞれの視点を話しあいます。このとき、誰かの意見が正しいという議論はしません。それぞれの視点を出しあって、参加者それぞれが自分自身の視野を広げていく。すると、対話の前と後では見えている景色が変わってくる。自分だけの視野で意思決定をするよりも、より本質的な意思決定に近づくことができる。
本人がいないところで専門家が話しあって患者さんを施設に送り込むのをやめて、医者も当事者も同じ輪でそれぞれの意見を出しあうようにして話しあったら、いつのまにか精神科病棟がほとんどいらなくなった。そういう結果を見て、どっちのほうが本当に効果的なんだろうということです。
この記事はダイジェスト版です。『この国の不寛容の果てに 相模原事件と私たちの時代』好評発売中!ぜひ書籍で全編をお楽しみください。以下のリンク先から試し読みもできます。