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安倍政権とは何者か(第1回)

引き裂かれていく2つの顔

「安倍政権はこんなに酷いことをやっているのに、どうして倒れないんだろう」。こんな文句が一度ならずみなさんの頭をよぎったことがあると思います。
安倍政権が沖縄の辺野古基地建設を強行したとき、森友・加計学園疑惑で安倍総理が窮地に立たされたとき、閣僚のスキャンダルや暴言が相次いだとき、わたしたちが見聞きしたことのないような醜悪な事態を目の当たりにしたときのこの「なぜ?」という問いは、国会前や官邸前のデモに参加している人や野党議員の頭にだけ浮かんだのではありません。街の市民、マスコミ人、官僚、そして自民党の長老の頭にもまた、同じような疑問が浮かんでいました。
何らかの「事件」や「スキャンダル」が発覚し、安倍政権の支持率が急落したときの、夜のニュースで流れる市民や元官僚、自民党の長老たちの憤りを込めた声と、それを報じるニュースキャスターたちの発言に「そうだそうだ」と手を叩いたことは何度もあると思います。誰がみても総理は嘘をついている。どの世論調査をみても、森友・加計スキャンダルに対する安倍総理の対応をおかしいと思う人は7割から8割いる。昼のワイドショーに出演する御用コメンテーターすら安倍総理をかばいきれない。
安倍政権に民衆が喝采を送り、総理の演説にみんなが注目しているような状況ならば、「あきらめ」もつくでしょう。しかしどうもそうではない。

第2次安倍政権下の「流行語大賞」トップ10のなかに、安倍政権のスローガンは3つノミネートされました(「アベノミクス」2013年、「一億総活躍社会」2015年、「プレミアムフライデー」2017年)。それに対して、安倍政権に批判的な、あるいは社会運動にかかわる言葉でノミネートされたのは8つあります(「ブラック企業」2013年、「ヘイトスピーチ」2013年、「アベ政治を許さない」2015年、「SEALDs」2015年、「保育園落ちた日本死ね」2016年、「魔の2回生」2017年、「ご飯論法」2018年、「#MeToo」2018年)。
この対比からしても、安倍政権が発したスローガンが世論をつかんできたとはとても思えません。むしろ安倍政権が次々スローガンを打ち出すのに対して、社会運動の側も次々と新しい対抗的な言葉を発明し、世論をはさんでせめぎあっている様子がみてとれます。
みんなおかしいと思っている。でも安倍政権は倒れない。
なぜか?という問いは、安倍政権を支持するかしないかにかかわらず数多くの人がいまも抱いているのです。

この「酷いのに倒れない」という問いに対して、6年以上にわたる安倍政権を振り返り観察することで浮かんでくる答えはたったひとつ。「酷いから倒れない」あるいは「酷くなればなるほど倒れない」というものです。

「民主主義国家なら、酷い政権が倒れるのはあたりまえじゃないか」といわれるかもしれません。確かにそうなのですが、それは「戦後日本の政治がこれまでそうだったから、そう思う」だけのことかもしれないのです。

戦後日本の総理大臣の平均在職年数はだいたい2年です。しかも90年代に入ると2年を切るようになり、とりわけ、第1次安倍政権から野田政権まで(2006年~2012年)は、1年そこそこしか政権がもたない状態がつづいてきました。過去総理大臣のなかで、任期をまっとうしたといえるのは佐藤栄作、中曽根康弘、小泉純一郎の3人だけといえるでしょう。
スキャンダル、選挙の敗北、権力闘争の敗北、病死と、退陣の理由はさまざまですが、ともかくも「政権というのは2年程度で代わるもの」というのが日本政治の「常識」だったわけです。

同時にこのような短期間での政権交代の「システム」は、戦後政治において大半の期間与党でありつづけた自民党にとってもメリットがありました。300から400人の議員を抱える自民党にとっては、安定的な大臣ポストの割り振りこそが権力を維持するうえで必須でした。政権を短期間で切り替えて人事を刷新することで、幅広くポストを割り振り、党の新陳代謝を促していくというこのメカニズムこそが、自民党の長期支配を可能にしてきたといえるのです。
実に皮肉なことに、安倍総理の祖父である岸信介が60年安保闘争をうけて総理退陣に追い込まれ、その後も自民党のなかで不遇をかこったのも、このような自民党の新陳代謝のメカニズムが働いたからでした。つまり「酷い政権は倒れるものだ」という「常識」は、このような自民党支配のシステムに裏打ちされていたから「常識」たりえたともいえるのです。

第2次安倍政権はまさに、この「常識」を覆すという使命をたずさえて登場しました。
この「常識」を覆さんとする条件と動機がどこから生まれ、どのようなものなのかは後述するとして、まずとりあげたいのは、この6年あまりにわたる支配の「非常識さ」と国民的な「常識」とがぶつかりあうことで生じた、安倍政権の分裂した諸相についてです。

与党議員の支配と不支持

安倍政権ほど、与党である自民党と公明党の議員を徹底的に支配した政権はありません。

安倍総理は国会審議で「私は立法府の長である」「私は森羅万象を担当している」「私が国家です」なる発言をし、失笑を買っていましたが、あながち間違いともいえません。
かつて与党は、行政府のトップである官邸からはある程度自立性を保ち、国会運営のスケジュールを決めて、国会対策委員会を通じて野党と調整するようにしてきました。しかし安倍政権下では、国会の議事運営のスケジュールは官邸が決定し、一方的な指揮・命令で議会を動かすという手法が常態化していきました。

そしてこのような手法に異議を唱える自民党議員には徹底した抑圧が仕掛けられました。2017年の都議選さなかの自民党後藤田正純議員による「執行部が密告で管理している」との告発は、自民党内に官邸の支配が貫徹している様子の一端を明らかにしました。
自民党内の「反対派・異論派」を徹底的に叩き潰すという手法は、自民党総裁選で顕著にあらわれました。
2015年9月、安保法案に反対するデモが高揚し、安倍政権の支持率が低下するなか、安倍政権に批判的な古賀誠元幹事長の後押しで、野田聖子元総務大臣が総裁選に立候補しようとしました。しかし官邸は野田聖子の推薦人を徹底的に切り崩し、20人の推薦人が必要なところを数人にまで削られた野田は、立候補断念に追い込まれ、安倍総理は無投票で二選をものにしたのです。
2018年の総裁選では、官邸は対抗馬である石破茂陣営を激しく追い込み、安倍総理の側近議員たちが壇上で投票する自民党議員を「ちゃんと安倍晋三と書いているか」と監視する体制までつくりあげたのです。

【CC by Takaya Tanabe】

公明党もまた、安倍官邸に屈服していきます。
そもそも1999年に発足した小渕連立政権で、自民・公明を結びつけた「仲人」は野中広務元官房長官でした。2018年に亡くなるまで護憲を訴え、安倍政権を批判しつづけた野中が主導する戦後日本政治の「常識」の枠組みのなかで、公明党は政権に加わったのです。しかし野中は小泉政権で失脚し、彼が率いた「キングメーカー」といわれた大派閥(経世会→平成研究会)は崩壊していきました。

公明党は第1次安倍政権で、支持団体である創価学会の池田大作名誉会長が「守れ」と訴えていた教育基本法の「改正」をのみ、第2次安倍政権では特定秘密保護法、安保法制、共謀罪と、かつては猛烈に反対していた法案に次々と賛成していきました。
20年近くにわたる連立政権下で、小選挙区で自民党を支援し、比例代表で自民票をもらうという「バーター選挙」で党勢を維持してきた公明党にとって、もはや「非常識」な政権になったからといって離脱する選択肢はありません。むしろ自民党を飛び越して、安倍官邸とより密接につながることで生き残りを図ろうという力学が党内を支配していきました。
支援者には「安倍政権のブレーキ役」と弁明し、官邸にはひざまずくという歪みを抱えながら、ただひたすら頭を垂れて時がすぎるのを待つという袋小路に陥ったのです。

しかしながら、安倍政権ほど、自民党員や公明党・創価学会員に支持されていない政権もありません。

そもそも安倍が自民党総裁に復帰した2012年の総裁選の第1回投票では、安倍は自民党員たちの地方票をわずか87票と、対抗馬の石破茂が獲得した165票の半分しか獲得できませんでした。決選投票で議員票をまとめたことでからくも勝利したわけですが、長期政権を経た2018年の総裁選でもまた、対抗馬の石破に地方票の45%を獲得される始末でした。
ちなみに安倍がはじめて総裁に就任することになった2006年の総裁選では、安倍は対抗馬の麻生、谷垣をあわせた倍の党員票を獲得しています。つまり第1次安倍政権に比べても、第2次安倍政権は自民党員たちに不人気なままつづいているということです。

基本的に自民党員は、国政・地方選挙で「勝てる総裁」かどうかを判断基準に投票しますから、政権発足以降国政選挙で勝ちつづけている安倍政権に乗りはします。しかし、ひとたび有力な対抗馬が現れたら、ただちに乗り換えてしまう程度の忠誠心しか安倍政権にはないということが、この総裁選の結果からもみてとれます。
「選挙で勝っているからまあいい」という消極的な支持が、安倍政権を支えているのです。

公明党員・創価学会員もまた安倍政権下で激しく動揺しました。
2015年の安保法案をめぐる攻防では、少なからぬ創価学会員が公明党の方針に反旗を翻し、街頭デモに参加したのは周知のとおりです。2018年の沖縄県知事選でもまた、辺野古基地移転に屈服する公明党に怒った創価学会員の反抗が目立ちました。
2017年総選挙の比例得票で公明党が34万票近く減らし議席を後退させたのは、創価学会員の離反がすすんでいることのあらわれです。(続)

※第2回は2019年3月29日(金)公開。

《本書の目次》


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