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僕らと命のプレリュード 第63話

『町には無数の狼がいるわ。その根源……アビリティ発動者を叩くのが先決よ!』

『天ヶ原中学校上空にアビリティ反応確認!あの黒い城が本拠地だと思われます!』

「了解!」

 聖夜達は琴森と真崎の声に頷き、天ヶ原中学校を目指す。しかし、狼達がそれを阻むように聖夜達へ襲いかかる。

「『かまいたち』!」

 翔太が放つ風の刃が、狼達を切り裂いた。切り裂かれた狼達は砂のようにサラサラと消滅していく。

「……きりが無い」

 白雪が珍しく苦い顔をして呟いた。そうしている間にも、狼が間髪入れず飛びついてくる。

「くっ……『氷結』!」

 白雪が指を鳴らすと、狼が一瞬で氷付けになった。再び指を鳴らし、氷ごと狼をバラバラに砕く。

「……みんな、足を止めちゃ駄目だ。進みながら、攻撃してくる敵だけ対処するんだ!」

「分かりました!」

 白雪の指示に全員が頷き、足を止めずに走る。

(早くノエルを止めないと……)

 聖夜は、焦る気持ちをなんとか落ち着けようとしながら走っていた。商店街を抜け、住宅地へ差し掛かったその時。

「助けて!!」

 助けを呼ぶ少女の声が耳に入り、聖夜は思わず立ち止まった。

「どこだ……!?」

「怖いよ!助けて!!」

「路地裏か……!ごめん、ちょっと行ってくる!」

「聖夜!?」

 聖夜は仲間と別れて、路地裏へ駆け出した。すると、怯える少女と、狼から少女を庇うように立ち塞がる少年がいた。

「今助ける!『加速』!」

 聖夜は2人を抱えて狼から逃れると、表通りに出て2人を立たせた。

「大丈夫か?怪我とかしてないか?」

 聖夜が尋ねると、少女が泣きながら頷いた。

「私は平気……でも、ゆー君が……」
 
 少女の言葉を聞いて、聖夜は少年の方を見た。すると、腕に噛まれた痕があり、血が出ていることが分かる。

「……ちょっと待ってろ」

 聖夜は自分のマントを少し破り、少年の腕に巻き付けて止血した。

「……これでよし。でも、後でちゃんと手当てしてもらうんだぞ」

「……ありがとう。お兄さん」

 少年は涙を堪えて微笑んだ。しかし、その笑顔は一瞬で崩れる。

「お兄さん、後ろ!」

 少年の声で振り返ると、狼がこちらへ向かって飛びついていた。

「くっ……!」

 聖夜は咄嗟に2人を庇うように抱き締めた。攻撃を受けるのを覚悟して目を瞑った、その瞬間。

「聖夜!!」

 誰かが、聖夜と狼の間に割って入った。声に振り向くと、そこには司の姿があった。

「司!危ない……!」

 そう言うやいなや、司の腕に狼の牙がめり込む。

「司!!」

「聖夜、大丈夫……見てて」

 司はそう言って目を閉じた。すると、司の周りにオーラが溢れる。

「『カウンター』!!」

 司が叫んだ瞬間、エネルギーが放出され、狼が塵となり消えていった。

「すごい……」

「へへ……僕も聖夜に負けないくらい戦ってきたんだから!」

 司はそう言って得意気に笑うと、膝をついて少年と少女に目線を合わせた。

「君達、大丈夫?お名前言える?」

「……僕、牙崎優希」

「私、黄島閃里!」

「分かった……取り敢えず僕が警察で2人を保護するよ。家族が探してるかもしれない」

「いいのか……?」

「うん。聖夜は他に、やることがあるんだよね?」

「……ああ。俺、止めなきゃいけない人がいるんだ」

 聖夜はそう言うと、中学校の上空にある闇の城を見上げた。その様子を見て司は微笑み、握った拳を差し出した。

「聖夜なら大丈夫。頑張って!」

「司……うん!」

 聖夜も拳を握り、司とグータッチした。

「お互い頑張ろうな!」

 聖夜はそう言って、仲間が向かった中学校への道を駆け出した。

* * *

 何とか仲間に追いついた聖夜を、翔太は睨み付けた。

「突然抜け出して……どこ行ってたんだ!?」

「ごめん!困ってた子を助けてたんだ」

「そうか……だがな、みんな心配してたんだぞ?」

「うぅ……反省してます。ごめんなさい」

 聖夜が申し訳なさそうに謝罪したその時。

「っ……!みんな伏せて!『氷柱』!」

 白雪が突然立ち止まり、後方へ氷柱を放った。聖夜達はそれを躱し、後ろを振り返る。そこにはイグニ達4人の姿があった。

「『火炎』!」

 イグニの青い炎が、氷柱を溶かす。

「後ろから襲撃してやろうと思ってたのに……残念だ」

 ウォンリィがそう言い、メモ帳を開く。すると、メモ帳から光る球体が飛び出し、銃を形成する。ウォンリィはそれを手に取り、聖夜達に構えた。

「悪いけど、リーダーの所には行かせないよ。アリーシャ!」

「分かってる。『毒針』!」

 アリーシャから、無数の毒針が放たれる。

「させない!『氷壁』!」

 白雪が氷の壁を作り出し、毒針を食い止めた。

「はは!そんな壁、いつまで保つかな?『獄炎』!」

 イグニがそう言って炎を放ち、氷壁がみるみるうちに溶かされていく。

「くっ……」

「お前らなんか、俺達の敵じゃないんだよ!」

 イグニが高らかに笑った、その瞬間。

 イグニ達と聖夜達の間に、赤い炎の壁が現れた。

「そこまでだ」

 イグニ達の後ろから現れたのは……特部総隊長、志野千秋だった。

「お前は……!?」

「私は志野千秋。特部の総隊長だ。……仲間に手出しをするのは止めてもらおう」

「総隊長!」

「みんな、行け!こいつらの相手は私がする」

 千秋は、驚きのあまり目を見開く隊員達に振り返り、力強く言い放った。

「でも……」

「早くしろ!ノエルを止めるのは、お前達にしかできない!!」

「……了解!」

 千秋の言葉に、聖夜達はしっかりと頷き、駆け出した。

「……あなた正気?1人でエリス達に敵うと思ってるの?」

 エリスは千秋を睨み付ける。しかし、千秋は動じない。

「……仲間を守るヒーロー気取り?うざ。エリス、身の程知らずな人嫌いなんだけど」

 エリスが吐き捨てるように言う、すると、千秋は不敵な笑顔を見せた。

「……身の程知らず?笑わせてくれるじゃないか」

「何がおかしいの?」

「……私は総隊長。ならば!仲間を守るのが私の務めだ!!」

 千秋がそう言い放つと、イグニは豪快に笑った。

「はははっ!面白ぇ、ならやってみせろよ!俺達を倒して、仲間を守って見せろ!『獄炎』!」

 イグニが勢いよく青い炎を放つ。千秋は後退してそれを躱した。しかし、その背後に既にエリスが迫っていた。

「隙だらけなんだけど!」

 エリスは両手に持ったナイフで千秋を攻撃しようとする。

「っ……!」

 千秋は苦しい姿勢で、その攻撃を躱し続ける。しかし、エリスの攻撃は止まない。

「あはは!やっぱり身の程知らずじゃない!」

 エリスが右手のナイフを振りかざしたその時だった。

「夏実、突っ込め!」

「分かってる!『抜刀』!」

 千秋とエリスの間に1人の女性が割り込み、刀で右手からナイフを弾き飛ばした。

 その声の主を、千秋はよく知っている。

「夏実……眞冬……」

 夏実と眞冬は、千秋を守るようにエリス達の前に立ち塞がる。

「どうして……ここに……」

 千秋が聞くと、2人は振り返って微笑んだ。

「助けに来たよ」

「ったく……1人で格好つけんなよ!」

 千秋の中で、その微笑みが昔の2人と重なる。同じ方向を向いて、笑い合っていた頃の2人に。

「一緒に、戦ってくれるのか……?」

 千秋が震える声で尋ねる声で尋ねると、2人はしっかりと頷いた。

「怖いけど……友達を亡くすよりマシだから!」

「特部最強部隊、再集結だぜ!いくぞ千秋!」

「……うん!」

 千秋は2人と並び、ニッと笑った。

「僕達の力、見せてやろう!」

「……何人来ようが同じことよ!『毒針』!」

 アリーシャが毒針を放つ。無数の毒針が、3人に向かって飛んできた。

「夏実!斬れる範囲だ!振れ!」

「うん!『一閃』!」

 眞冬の指示で、夏実が刀を振るう。すると、針が1本残らず斬り捨てられた。

「なっ……!」

「まだだ!『獄炎』!!」

 言葉を失っているアリーシャの傍らで、イグニが炎を放つ。炎が、最前線にいる夏実に迫る。

「夏実、下がれ!僕がやる!」

「分かった!」

 千秋の言葉で、夏実は後方に下がる。がら空きになった千秋の前方で青い炎が牙を剥く。千秋は掌を前に向け、力を溜めた。

「……『火炎』っ!!」

 溜めた力を一気に炎に変えて放出する。赤い炎が青い炎とぶつかり、派手に爆発した。強い爆風に、千秋は思わず目を閉じる。

「っ……」

 それをウォンリィは見逃さなかった。ウォンリィは銃口を千秋に向けて構える。

「食らえ!」

 しかし、引き金を引こうとした瞬間。

「隙だらけだな!」

 眞冬がウォンリィに腕締めを食らわせ、腕を締めたまま引き倒した。

「ぐっ……!?」

 ウォンリィの手から銃が離れる。眞冬は素早くそれを拾い、ウォンリィに向けた。

「動くなよ!」

「……それで優位に立ったつもりかい?」

「んだよ、負け惜しみか?」

 腕を庇って膝をついているウォンリィだったが、その顔はニヤリと笑っていた。眞冬はその意図を『読み』、背後を振り返る。

 そこには、千秋の首筋にナイフを突きつけた、エリスの姿があった。その傍らで夏実も手を出せずにエリスを睨み付けている。

「この人が大事なら、銃を捨てなさい!」

「千秋……!」

「眞冬……僕なら平気だ!」

「うるさい。あんたは黙ってて」

 エリスはナイフを持つ手に力を込めた。千秋の首筋が僅かに切れ、血が滲む。

「チッ……分かった」

 眞冬は銃を捨て、エリスを睨み付ける。

「……あは!いい顔するじゃない……このお兄さんが大事なんだね?」

「うるせぇ。ゴタゴタ抜かすな……千秋を離せ!」

「……いいよ。離してあげる。でも後悔するよ?」

「は……?何言ってやがる……」

 眞冬が戸惑っていると、エリスは千秋の耳元で何か囁いた。

「……『仲間を倒せ』」

「……っ」

 千秋は頭を押さえて悶える。頭の中が霞み、意識が闇の中に沈んでいく。

 ……仲間を倒せ。その命令だけが千秋の頭に反響する。千秋の震える手が、眞冬に向けられたその時。

「千秋……!」

「千秋、しっかりしろ!」

 夏実と眞冬の声が、千秋の頭に響いた。

「千秋!駄目!眞冬は仲間でしょ!?」

「目ぇ覚ませ!俺達、そう簡単に裏切れるような、安い仲間じゃねぇだろ!」

「な……かま……仲間……!」

 次の瞬間、千秋は自分の顔を殴った。

「うっ……」

「千秋!」

「……ありがとう。2人のお陰で目が覚めた……!」

 千秋はそう言って、エリスに向かって炎を放つ。

「なっ……」

 エリスは躱すが、体勢を崩した。それを夏実は見逃さない。

「はぁっ!」

 夏実は刀を振るい、エリスのナイフを弾いた。ナイフは飛んでいき、遠く離れた地面に落ちる。

「うっ……」

 尻餅をついたエリスに、夏実は刀を向けた。

「降参したら?」

「ぐ……嫌だ!負けられないの!!エリス達、ノエルの想いを背負ってるんだから!アリーシャ!」

「ええ!『毒針』!」

 不意を突いた毒針が、3人に降り注ぐ。

「うぐっ……」

 躱しきれない3人に毒針が突き刺さる。3人に刺さった針が溶けて、体内に毒が流し込まれた。

「がはっ……」

 毒が回って膝をつく3人。そこに、イグニが青い炎を放った。

「消えろ!!『灼熱』!!」

 炎が勢いよく3人に迫る。

(これで……終わりなのか……)

 千秋が死を悟った、その時だった。

『千秋のこと、守ってるから……千秋は前に進んで』

 あの日の春花の声が聞こえた気がした。

「春……花……」

 千秋が彼女の名前を呟いた、次の瞬間。

 千秋の指輪が薄紅色に輝き、桜吹雪が現れた。桜は3人を守るように吹き荒れ、イグニの炎を吸収する。

「これは……春花の『桜壁』……」

 眞冬が呆然と呟いた。その傍らで、夏実は涙を堪えながら顔を上げた。

「春花が……守ってくれた……」

 千秋の頬に、涙が一筋流れる。

(春花……僕のことを守ってくれていたんだね。ずっと……ずっと……!)

 千秋は毒に蝕まれる体に鞭を打って立ち上がった。それに、夏実と眞冬も続く。それを見たアリーシャが顔を歪める。

「どこにそんな力が……!?」

「……春花が見てる。だから、僕達だって負けられないんだ……!」

「チッ……私達だって、私達の未来のために……」

「フン!……そんなブレブレな思いで……俺達に勝てる訳ねぇんだよ……!」

 眞冬がそう言い放つと、アリーシャ達は目に見えて動揺した。

「……何言ってるのよ。私達は迷ってなんか」
 
「いーや……俺には『読めてる』……お前達の心の中は、リーダーの奴のことでいっぱいだってな!」

「っ……!」

 図星を突かれて、アリーシャが黙り込む。

「この作戦を続けたら、早かれ遅かれ……そいつはアビリティの使いすぎで倒れちまう。そうなんだろ?」

「……それは」

「分かってんなら何で止めねぇんだよ!!」

「え……」

 眞冬の剣幕に、未来人が怯む。

「仲間なら……そいつを大切に思うなら!無理矢理にでも止めろ!!」

「……でも」

 反論しようとするアリーシャに、千秋が畳み掛ける。

「失ってからでは遅いんだぞ!仲間は、君達にとっても大切な存在だろ?」

 迷いを見せるアリーシャ。その傍らでイグニが千秋達を睨み付けていた。

「っ……偉そうなこと言いやがって!焼き払ってやる!!」

「やめろ、イグニ」

 炎を放とうとしたイグニを、ウォンリィが止めた。

「……この人達の言うとおりだ」

 ウォンリィの辛そうな表情を見て、イグニは口を閉じる。

「リーダーを……ノエルを止めに行こう。彼は僕達にとって……未来を変えるのと同じくらい、大切な人なのだから」

 ウォンリィの言葉に、エリス達は戸惑いを見せる。

「でも、ウォンリィ……」

 迷いを見せるエリスに対して、ウォンリィは悲しそうに微笑んだ。

「大切な人が死んだ未来で生きていくことの辛さ、僕達は誰よりも知っている。……仮に未来が変わったとしても、ノエルが……僕達に生きる理由をくれた彼がいなくなった世界で、僕は生きていけない。君達だって、そうだろう?」

 ウォンリィの言葉を聞き、3人は静かに頷いた。

「……そうだね。ウォンリィの言う通りだよ。……ノエルのこと、止めなきゃ」

 エリスがそう言うと、彼女とイグニとウォンリィは城の方へ向かって走り出した。

 アリーシャはそれには着いていかず、千秋達の方に歩み寄る。

「……これ、あげる」

 そう言うと、アリーシャは小さな瓶を3つ、千秋達に投げ渡した。

「これは……?」

「解毒薬。私達は先に行くけど……あんた達も早く来なさいよ」

 それだけ言うと、アリーシャ達は仲間達の背中を追いかけて走っていった。

「……たく、素直じゃねぇな」

「でも、良かったじゃない。説得できて」

 3人は解毒薬を飲み干し、立ち上がった。

「……あと、もうひと頑張りだね」

 夏実の言葉に千秋は頷く。

「ああ。僕達も行こう」

 千秋達も、闇の城へと走り出した。

* * *

 柊が目を覚ますと、中央支部医務室の白い天井が見えた。

「あ……私、寝てた……?」

「柊……」

 名前を呼ばれて横を見ると、明日人が心配そうに柊を見つめていた。

「お父さん……聖夜達は……?」

「戦いに行っている。未来人が町を攻めてきたんだ」

「私も、行かなきゃ……」

「柊、無理をしたら駄目だ!」

 体を起こそうとする柊を、明日人は止める。しかし、柊は構わずベッドから立ち上がった。

「……私、戦いたいの。最後まで、仲間のために……この世界に住む、誰かのために、戦い抜きたい」

「柊……」

「過去でね、お母さんと約束したんだ。この思いを、最後まで貫くって……だから私、行くね」

 柊はそう言って医務室のドアを開けようとする。

「柊、待て!!」

 明日人の意外な大声に、柊は立ち止まり振り返った。

「お父さん……」

「……母さんと約束したなら、父さんとも約束しなさい。必ず、生きて帰ってくると」

 そう言う明日人の瞳は、少し潤んでいた。

「……うん」

 柊はしっかりと頷き医務室を出て行こうとする。その時だった。

「……抜け出すつもりかな?」

 ドアが開いて、清野が中に入ってきた。

「清野さん……私……」

「寝てなきゃ駄目じゃないか……と、言いたいところだけど」

 清野は柊に錠剤を手渡した。

「これは……?」

「この前より強めの薬だよ。先日、薬局で補充しておいたんだ。君は止めても無駄だろうから」

 清野はそう言って、諦めたような笑顔を見せる。

「清野さん……!」

「戦いに行く前に2錠飲みなさい。それと……今回の戦いが終わったら病院に行くこと。いいね?」

「はい!ありがとうございます!」

 柊は頭を下げて、医務室から駆け出した。

「全く……頑張りすぎるのも考え物ですね」

 清野が苦笑いすると、明日人は瞳に溜まった涙を拭って微笑んだ。

「はい……でも、自慢の娘です」

(柊……真っ直ぐ育ってくれてありがとう。生きて帰ってくるんだぞ……)

* * *

 聖夜達は天ヶ原中学校に辿り着いた。聖夜は玄関を開けようとしたが鍵がかかっており中に入れない。

「入れない!白雪さん、どうしましょう?」

「なら、僕のアビリティで道を作る!『氷結』!」

 白雪が指を鳴らすと、地面から氷の階段が生まれた。階段は屋上まで続いており、登っていくことで闇の城にも入れそうだった。

「みんな、行くよ」

「はい!」

 聖夜達は氷の階段を上り、屋上に到達した。そこから更に黒く細長い階段が続いており、空高い場所に城が浮いている。

「この先にノエルが……」

 聖夜達が闇の階段を上ろうとした時だった。

 屋上の地面から、狼の群れが生まれ、聖夜達を取り囲んだのだ。

「チッ……『かまいたち』!」

「『氷柱』!」

 翔太と白雪のアビリティが、狼を倒していく。しかし、狼は次々と生まれ、聖夜達に飛びかかってくる。

「ここまで来たのに……!」

 深也は銃で狼を撃ちながら悔しそうに呟いた。

「『激流』!……白雪さん!このままじゃキリがないぜ!」

 海奈も水流で狼を退けながら白雪に訴える。

「ああ。なんとかしてここを切り抜けないと……」

 白雪は氷柱を放ちながら聖夜を見た。

「……聖夜君!『加速』でここを抜け出して、術者を叩くんだ!」

「俺がですか……!?」

 戸惑う聖夜に、白雪は頷く。

「ここを突破できるのは俊敏な君だけだ……!ここは僕達が食い止める!だから行ってくれ!」

 白雪の真剣な表情を見て……聖夜は覚悟を決めて頷いた。

「……分かりました!『加速』!」

 聖夜は階段に向かって走り出した。しかし、それを狼が襲う。スピードを出すのに集中していた聖夜には対処ができない。

「なっ……」

 その時。

「行かせないわよ!『蔦』!」

 花琳の蔦が、狼達を縛り上げた。

「聖夜君、行って!」

「花琳さん……!ありがとうございます!」

 聖夜は黒い階段を一気に駆け上る。そして、城の入り口に辿り着いた。

(ノエル……絶対に、止めてみせる)

 聖夜は意を決して城の扉を開けた。城の中は壁も床も黒く、全て闇でできていることが窺える。灯りは壁がけの青白いランプのみで、全体的に冷たい雰囲気を醸していた。

(なんて冷たい場所なんだ……それに、暗くて重い……)

 重苦しい雰囲気に耐えながら聖夜は奥の部屋へ進む。その部屋に居たのは、玉座にゆったりと腰を掛けるノエルだった。

「ノエル……!」

「やぁ、聖夜。まさかここまで来るなんて……思ってもみなかったよ」

 ノエルはそう言って冷たい微笑みを浮かべた。

「それで……何をしに来たのかな?」

「ノエルを……止めに来たんだ!」

「僕を止める?はは……面白い冗談だ」

 ノエルは立ち上がり、聖夜を真っ直ぐに見据えると、言い放つ。

「僕は止まらないよ。この時代を支配するまで……僕は戦い続ける!」

 ノエルはそう言って右手を高々と上げた。すると、空中に大きな黒い槍が現れた。

「君には……消えて貰う!!」

「……そうはいかない!俺は決めたんだ……この世界を守るって!」

「っ……消えろ!!」

 ノエルが大槍を放とうとした、その時。

「うっ……」

 右目が痛んで、聖夜は目を閉じた。すると、瞼の裏側に映ったのは……数秒後に飛んでくる大槍の軌道。

(真っ直ぐ来る……なら!)

「『加速』!」

 聖夜は素早く右に移動し、大槍を躱した。大槍はものすごい勢いで床に突き刺さる。

「これを躱しただと……!?そんな馬鹿な!!」

 ノエルは動揺を隠しきれず、声を荒げた。

(これ、旭の『未来予知』だ……!)

 聖夜は蜂蜜色の右目を押さえた。すると、視えてきたのは次の攻撃のビジョン。無数の槍が、聖夜に降り注ぐ光景だった。

「まだだ……!食らえ!!」

 ノエルが両手を上げ、無数の黒い槍を生み出す。槍は聖夜に降り注ぐが、槍の軌道を読めている聖夜は、素早く槍の間を縫って躱していった。

「何故だ!何故躱せる……!?」

 取り乱すノエルを見て、聖夜は口を開いた。

「大事な仲間が……俺を支えてくれてるからだ!」

「仲間だと……?」

「ああ。俺は、沢山の仲間達に支えられてここにいる……だから、絶対に負けない!!」

 聖夜はそう言い放つと、加速してノエルに向かって突っ込んでいった。

「ノエル!!」

 聖夜はノエルの目の前に迫ると、彼の顔めがけて右ストレートを繰り出す。

 ノエルはそれを受け止め、聖夜を睨んだ。

「聖夜……!」

「ノエル、前に言ってたよな?アビリティは未来を壊す道具だって」

「ああ、その通りさ……!アビリティは、人を傷つけ平和を奪う道具だ!」

「俺は違うと思う!違うって信じてる!!」

 聖夜は拳に力を込め、ノエルに向かって訴えた。

「アビリティは……いや、アビリティだけじゃない。どんな力も、人を傷つけるためにあるんじゃない!!誰かを守るためにあるんだ!!」

 ノエルの目が見開かれる。

「力があれば、ぶつかり合うこともあるかもしれない。でも、そのぶつかり合いだって……大切な人を守るためのことだろ!力は……人を傷つけ、支配するために使うものじゃない!大切な人を守るために使うものなんだ!ノエルにだって分かるだろ!?」

 ノエルの脳裏に、戦争に向かう直前の大切な人の顔が蘇る。

『私、本当は戦争に行きたくない。これからも、ずっと……ノエルとママと一緒に、幸せに暮らしていきたい。でもね、幸せに暮らすためには……国を守らなきゃいけないの』

 ツムギはそう言って、悲しそうに涙を流しながらノエルの顔を見つめた。

『だから……私、逃げたくないんだ。大切な人達の幸せのために』

 ツムギは、大切な人を守るために、戦争へ行く決意をしていた。

 大切な人を守るために、力を使おうとしていた。

 しかし……彼女は、戦争で命を落としたのだ。

 彼女を失ったことの喪失感が、ノエルの中で怒りに変わる。

「大切な人を守るためなら、戦争で血が流れてもいいっていうのか!?全部仕方ないって諦めて、未来が滅ぶのを指を咥えて見てろっていうのか!?僕はそんなの認めない!!」

 ノエルは聖夜の横に『闇』で巨大な腕を生み出し、彼の体を殴らせた。

「ぐはっ……!」

 聖夜は勢いよく殴り飛ばされ、少し離れた地面に倒れ込む。それを、ノエルは憎しみの籠もった目で見下ろした。

「力は他人を傷つけるためにある!それが僕の世界の常識だった!!どんなに平和を願っても、どんなに未来を願っても、世界には届かなかった……!」

 ノエルは涙を瞳に溜めながら、怒りに顔を歪める。

「世界は……僕達を裏切ったんだ!!」

 ノエルは床に手を当てた。すると、大量の黒い狼が生まれ、聖夜を取り囲んだ。

「こいつを倒せ!!息の根を止めろ!!」

 ノエルの声を合図に、狼達が一斉に聖夜に襲いかかった。

「っ……!」

 聖夜は辛うじて体を起こしたが、狼達の飛びついてくるのに対処が間に合わない。

 万事休すか。そう思ったその時。

「『かまいたち』!!」

 風の刃が、狼達を切り裂いた。

「なっ……!?」

 聖夜が入口を見ると、そこには息を切らして駆けつけた中央支部の仲間がいた。

「聖夜!大丈夫か!?」

「翔太!みんな!」

 翔太達は聖夜に駆け寄り、ノエルを睨んだ。

「……1人きりで僕達に敵うと思わない方がいいよ」

 白雪はそう言ってノエルを鋭く睨む。

「人数が増えたところで、僕は絶対に止まらない!!最悪な未来を変えるために……!!」

 ノエルが叫ぶと、床から黒い触手が出てきて、聖夜達を締め付けた。

「うっ……」

 聖夜は触手から逃れようと藻掻くが、藻掻けば藻掻くほど締め付けられ、どんどん身動きがとれなくなっていく。

「君達はここで終わりだ!!」

 ノエルは無数の黒い刃を生み出し、聖夜達に放った。

 刃が、聖夜達に迫る。

(嫌だ……!ここで……死ぬ訳には行かないのに……!!)

 聖夜がそう思った、その時。

「『遅延』!!」

 刃が緩やかに遅くなり、聖夜達の手前で床に落ちた。

「その声は……柊!?」

「聖夜、みんな、遅れてごめん!!」

 柊は聖夜達を庇うように立ち塞がる。

「……ノエル、もう止めて!!」

「そう言われて止めるとでも思っているのかい?」

 ノエルの言葉に、柊はしっかりと頷いた。

「ウォンリィ達から聞いたの。このままじゃ、あなたの命が危ないって」

「ウォンリィ達が……?」

 ノエルの顔色が変わる。柊はその動揺を察して、訴えるように続けた。

「みんな心配してたよ!あなたが大事な仲間だから……!」

 柊の言葉に対して、ノエルは酷く動じた。彼は目を見開きながら、柊に向かって叫ぶ。

「そんなことある訳がない!僕達は、同志だ!!君達のような生温い仲間じゃないんだ!目的のためには手段を選ばないと……そう誓い合ったんだよ!!だから、僕の心配なんて……!!」

「……馬鹿」

 柊はノエルに歩み寄って、彼の頬を叩いた。

「は……?」

 唐突な出来事に、ノエルは目を丸くした。

「何で仲間の想いに気付こうとしないの?何で仲間の想いを受け取ろうとしないの?失ってからじゃ遅いんだよ!?本当は分かってるんでしょ!?」

 柊はそう真っ直ぐに訴える。

 しかし……ノエルには届かない。

「っ……うるさい……!」

 ノエルは柊を突き飛ばした。

「僕に……僕に、知ったような口を聞くな!!」

 ノエルは黒い剣を生み出し、柊に向けた。

「く……『氷結』……!」

 白雪は聖夜達の触手を凍らせ、バラバラに砕いた。聖夜達が解放される。

「二度と喋れなくしてやる……!」

「っ……!」

「柊!『加速』!!」

 ノエルが柊に剣を振り下ろす。しかし、聖夜が物凄い速さで柊を庇うように抱き締めた。

 剣が聖夜の左腕を斬りつけ、彼の腕から血がボタボタと零れ落ちる。

「うっ……!」

「聖夜!!」

 痛みに顔を歪める聖夜を見て、ノエルは嘲るように笑った。

「馬鹿だな!こいつのことなんか、見捨てれば良かったのに!!」

「……そんなこと、絶対にしない……!」

 聖夜は左腕を庇いながら立ち上がると、ノエルを睨んだ。

「柊は仲間で、家族で……大事な妹なんだ!絶対に俺が守る!!」

「聖夜……!」

 柊も立ち上がり、聖夜を支える。

「大切な人を守りたい気持ち……ノエルにだって分かるでしょ?私達も、ウォンリィ達も……みんな同じ気持ちなんだよ!!」

「っ……うるさい……!!黙れ!!!」

 ノエルは聖夜達に斬りかかった。2人はそれをなんとか躱すと、嘗て眞冬に教わった体術の構えをとった。

「……来るならこい!」

「くっ……うわあああ!!!」

 ノエルは聖夜に突っ込む。しかし、聖夜はそれを躱し、剣を持つ腕を締める。

「うっ……!」

 ノエルの手から剣が落ちる。

「柊!」  

「うん!」

 柊が剣を拾い、ノエルの首筋に当てた。

「……降参して」

「っ……」

 2人はノエルを完璧に押さえ込んだ。……しかし、その時。

「くっ……あはははは!!」

 ノエルが高笑いすると、彼の体が闇が纏わり付いた。

 次の瞬間、ノエルは物凄い力で聖夜を振り払い、柊の持つ剣を折った。

「なっ……!?」

「あはは……!潰す……僕の未来を壊す人間は、全員潰す……!!」

 ノエルはそう言って聖夜を押し倒し、彼に馬乗りになった。

「くっ……」

「まずはお前からだ……!」

「やめろ!!『かまいたち』!!」

 翔太の風の刃がノエルに斬りかかる……が、ノエルの纏う闇が、そのエネルギーを吸収してしまう。

「無駄だ……!」

 ノエルは笑いながら、聖夜の首を絞める。

「うっ……か……は……」

「やめて!!」

 柊が悲痛な叫び声を上げる。

「あはは!!死ね……!!」

 その時。

 パァン!!

 誰かの放った銃弾が、ノエルの右腕に命中した。

「うっ……!?」

 ノエルは右腕を庇いながら、入口を睨み付けた。

「誰だ!?」

 そこに居たのは、意外な人物だった。

「……もう止めよう!ノエル!!」

 銃を構えたウォンリィと、その仲間達が、ノエルを見つめていた。

「ウォンリィ……!何故だ!!何故僕を撃った……!」

「貴方を止めるためだ……!これ以上アビリティを使ったら、貴方の命が危ない!!」

 ウォンリィは必死に訴えるが、ノエルには届かない。ノエルは憎しみに顔を歪めながら、ウォンリィ達を怒鳴りつけた。

「うるさい!!黙れ!!僕に刃向かうのなら、お前達も敵だ!!」

 ノエルの纏う闇が、増幅する。

「くっ……はぁっ……はあっ……」

 それに耐えきれず、ノエルはその場に倒れ込んだ。

「ノエル……!」

 傍に居た聖夜と柊が、ノエルに駆け寄る。すると、3人の居る床が、崩れ始めた。

「……!柊!!」

 聖夜は柊を突き飛ばした。床が崩れ、底知れぬ闇が、聖夜とノエルを飲み込み始める。

「聖夜!!」

「くっ……ノエル……!」

 聖夜は気を失ったノエルの腕をしっかりと掴み、闇の中へ落ちていった。暗い闇の中に吸収され、2人の姿が消える。

「聖夜!!聖夜ー!!」

 柊の悲鳴が、城の中に響き渡った。

* * *

 上も下も分からない闇の中を、聖夜はノエルと共に漂っていた。

(ここは……)

 聖夜は辺りを見渡す。すると、2人の人影を見つけた。

(誰か……いる?)

 聖夜はノエルを引っ張って、その人影の近くに向かった。

(……声が、聞こえる)

 聖夜は人影に声を掛けようとして、止めた。2人の背後から、大勢の兵士が駆け寄ってきたからだ。

(何だ……!?)

「ノエル!危ない!!」

 2人のうちの1人が、もう1人を庇うように突き飛ばした。

 パァン!!

 その少女の体が、銃弾によって貫かれる。

「ツムギ……!?ツムギ!!」

 少年が、少女の体を抱きかかえる。しかし、少女はぐったりとして動かない。

「あと1人いるぞ!!撃て!!」

 兵士達が、少年に銃を向ける。

「ああ……ああああ!!!」

 次の瞬間、少年の体から闇が溢れ出し兵士達を貫いた。

「が……は……!」

 兵士達が倒れ、少年の周りに誰も居なくなる。ただ赤い血だまりが、広がっているのみだった。

「…………戦争さえ、無かったら……アビリティさえ、無かったら……!」

 少年は震える声で呟く。

「……変えてやる。争いのない世界に……変えてやるんだ……!」

 少年はそう言うと、向こうの方へ去ってしまった。

「何だよ……今の……」

「……はは。懐かしい、夢だ……」

 ノエルが目を覚まし、乾いた笑い声を出した。

「ノエル……!」

「今のは、僕の過去……。『闇』が、僕の思い出にリンクしたみたいだね……」

「そんな……こんなのって……」

 聖夜の頬に、涙が伝う。それを、ノエルは
力無く睨んだ。

「なんだい……同情?そんなもの要らない。そんなことをする位なら、僕達の未来を……」

「ノエル!!」

 聖夜は、ノエルを思い切り抱き締めた。

「な、何をするんだ!?」

「ノエル、ごめんな」

 戸惑うノエルに、聖夜は自分の思いを語り始めた。

「俺達の時代が……積み重なった過去が、ノエル達の未来を壊したんだろ?」

「そうだよ……。だから、僕達は過去を……」

「変えるから」

「え……?」

「俺達、今を変えるから。それで、アビリティや戦争で、誰も傷つかない未来を作るって……約束するから」

「聖夜……」

「ノエル達の未来、俺達が守る。絶対……絶対、守ってみせるからっ……!」

「っ……!」

 闇が徐々に晴れていく。闇の隙間から刺す光が2人を照らしていく。その光に照らされて、ノエルの頬に一筋の涙が光った。

 不意に、彼の脳裏に、出会ったばかりの頃のツムギの言葉が蘇る。

『私のアビリティは『絆』。色んな人の縁を結びつける……みんなを笑顔にする力』

 まだ13歳だった頃のツムギは、空腹で倒れていたところを助け出されたノエルが、ベッドに座っているのを見つめて、明るく笑っていた。

『きっと……この力のお陰で、私達も出会えたんだよ!』

 その時のことを思い出し、ノエルの目から涙が堰を切って溢れ出した。

(アビリティは……人を笑顔にできるもの。そういえば、そんな側面もあったっけ。……なんで、今まで忘れていたんだろう)

 ノエルの胸ポケットには、今も彼女の形見である向日葵の髪飾りが入っていた。

(ツムギ。君のアビリティが……僕を、心優しい聖夜のところまで、連れてきてくれたんだね。だったら、きっと……聖夜なら、きっと、僕達の未来を……)

 ノエルは、聖夜をそっと抱き締め返した。

「聖夜……」

「ノエル……」

 2人の意識が光に飲み込まれ、溶けていく。

(温かい……光だ……)

 聖夜は光の温もりに抱かれながら、そっと意識を手放した。

* * *

「もしもーし。聖夜?」

 懐かしい声がして、聖夜は目を開けた。

「旭……?」

「久しぶりだね」

 旭はそう言って、柔らかく微笑む。

「ここは……」

 聖夜は辺りを見渡す。しかし、見渡す限り白い世界で何もなかった。

「もしかして……また、魂の世界?」

 聖夜が首を傾げると、旭は微笑みながら首を傾げた。

「ふふ……さて、どうでしょう?」

「ふっ……何だよ、それ……」

 旭の少しふざけた様子に、聖夜は思わず吹き出してしまった。それを見た旭も、楽しそうに笑う。

 しばらく2人で笑い合った後、旭が優しく微笑んで言った。

「……聖夜、私の言ってた未来、守ってくれたね」

「え……?」

「闇を払って世界を救って……。聖夜、かっこいいヒーローさんだった」

 旭の言葉に、聖夜の頬が赤く染まる。

「ヒーローなんて……皆のお陰だよ。旭も、力を貸してくれただろ?」

「え?」

「『未来予知』!すごい助かったんだからな!」

 聖夜はそう言って、明るく笑った。

「ふふ……そっかぁ」

 聖夜の言葉を聞き、旭は嬉しそうに微笑む。

「……じゃあ、仲間達皆で掴んだ勝利だね」

「うん!そうだな!」

 聖夜はニッと笑って見せた。

 ……その時。

 ポツリ、ポツリ……。

「雨……?」

 聖夜の頭上から、降り注ぐ雫。不思議そうに上を見上げる聖夜に、旭は優しく微笑んだ。

「ほら、仲間が呼んでるよ」

「え……?」

「さぁ、戻らなきゃ。目を閉じて……」

 旭に言われるがまま、聖夜は目を閉じた。すると、どんどん体が軽くなっていく。

「……聖夜、またね。いつか、遠い未来で……楽しいお話、沢山しようね」

(あさ、ひ……)

 彼女の声が聞こえたのを最後に、聖夜の意識がふわりと途切れた。


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