僕らと命のプレリュード 第51話
聖夜はマットレスを柊の部屋に運び込むと、床に敷いた。
「これでよしっと」
「すみません……手間をかけさせて……」
「あ、いいよいいよ!俺が手伝いたかっただけだから」
聖夜はそう言って、申し訳なさそうな旭に笑いかけた。
「ゆっくり休んで、その怪我も早く治るといいな」
「は、はい……」
裏表のない笑顔を向けられ、旭は顔を赤くした。その様子を見た柊が大きく咳払いをする。
「もう遅いし、寝る支度しよ。ほら、聖夜もおやすみ!」
「ああ……そうだな。柊、旭、おやすみ」
「お、おやすみなさい!」
聖夜が外に出て、バタンと扉が閉まる。柊はまだ顔が赤い旭を見て、少し胸が苦しくなった。
(……聖夜、優しいもんね。それを分かってくれる人がいるのは嬉しいけど……少し寂しい)
「あ、あの……どうかしましたか?」
「えっ?ああ、えっとね……」
柊は自分の気持ちを言おうか言うまいか迷った挙げ句、旭に尋ねた。
「旭は、聖夜が好き?」
「すっ……好き!?どうしてですか!?」
「反応を見て……なんとなく」
「なんとなくって……」
「実際、どう?」
「……えっと」
旭は真っ赤な顔で俯いた。部屋にしばらく沈黙が流れる。なんとも言えない緊張が走る中、旭はゆっくり口を開いた。
「実際に会ったのはさっきが初めてですから、好きなのかは分からないけど……『未来予知』で視たときから、ずっと会いたくて……」
「憧れてた?」
「そ、そうです!闇に立ち向かう姿が格好よくて……」
「そっか……」
柊は少し安心している自分を心の中で笑った。
(私、何でホッとしてるのかな……)
「えっと……柊さん?」
「あ、ごめん……考え事してて……」
「もしかして、柊さんも聖夜さんに憧れて……!?」
「違うから!そうじゃないよ!」
「そ、そうなんですか?」
「そうだよ!聖夜はただの兄貴だもん!お人好しで、馬鹿みたいに優しくて、放っとけないただの……」
(ただの?違うな。唯一の兄弟だ。大事な……家族だ)
そのことに気が付き、柊は黙り込んでしまう。その様子を見て、旭は彼女の心の中を察して微笑んだ。
「……とっても大事なんですね。聖夜さんのこと」
「うん……そうかも」
柊は少し深呼吸をして気持ちを落ち着けた。
(私、聖夜が取られちゃうって思ってたのかな……子どもみたい。早とちりだったし、聖夜の幸せは、願うべきだし)
「柊さん?」
「まあ、好きになったら教えて。協力するし」
「か、揶揄わないで下さい!」
「あはは、ごめんごめん」
笑ってはみたものの、柊はまだ落ち着けなかった。
「……先にシャワー浴びてもいいよ。とりあえず、パジャマは私の貸すから」
柊はそう言うとタンスから自分の服を取り出して旭に手渡した。
「あ、ありがとうございます……でも……」
口ごもる旭を見て、柊は何かを察した。
「もしかして、怖い?」
「はい……暗い場所と狭い場所はどうしても……」
「なら、大浴場行こ。私も一緒に行くし、暗くも狭くもないから」
「あ、ありがとうございます!」
安心した表情を浮かべる旭を見て、柊は微笑んだ。
「じゃあ、行こっか」
* * *
2人は大浴場に着くとシャワーの前に腰掛けた。2人はそれぞれ黙々と頭を洗い、体を洗う。
自分の体を流し終えたところで、柊は隣に座った旭に声をかけた。
「背中、流そうか?」
「あ、ありがとうございます!」
旭はピンと背筋を伸ばした。柊は、背中を洗おうとスポンジを片手に彼女の後ろに立つ。すると、その背中のあちこちにある傷が目に入った。
(酷い怪我……辛い目に遭ってきたのかな……)
柊は傷が痛まないように気をつけながら、優しく背中を洗った。
「痛くない?」
「だ、大丈夫です」
柊は背中を流し終えると、シャワーを止めて立ち上がった。
「湯船に浸かりたい所だけど……その怪我だと難しいかな?戻る?」
「はい……そうします」
2人が浴場を後にしようとした時、ドアが開いて清野が入ってきた。
「清野さん!」
「おや、柊さんと……噂の旭さんかな?」
「そうですけど……う、噂って?」
「敵から逃げてきた少女。失踪した宵月博士の手帳を持ってきたキーパーソン……など。突然現れた君のことで職員の話題は持ちきりだ」
清野が淡々と答えるのに対し、自分が話題に上がっていることに緊張した旭は顔を強ばらせる。
「そう、ですか……」
「ああ。ところで……君、随分怪我をしているね。それでは湯船に浸かれないだろう?」
「は、はい……だから今出ようと思って」
控えめにそう答える旭に向かって、清野は優しく微笑んだ。
「私が治そう」
「え?」
戸惑う旭を余所に、清野は怪我の箇所に手を当てる。すると傷がみるみるうちに治っていった。
「すごい……」
「私の能力だよ。医務室で働いているから、何かあったら遠慮無く来るといい」
「あ、ありがとうございます!」
旭はぺこりとお辞儀をした。すると再びドアが開いて、今度は花琳がやってきた。
「あら、清野さんに柊ちゃん!それと……?」
花琳は旭を見るなり、不思議そうな顔をする。その表情を見て、旭は慌てて口を開いた。
「あ、明星旭です!えっと……」
「花琳さん、彼女は敵から逃げてきた子なんだ。ついさっきここに来た」
清野が説明すると、花琳は納得して頷いた。
「そうなんですね。私は美ヶ森花琳。特部の一員です。よろしくね、旭ちゃん」
「は、はい!」
優しく微笑む花琳を見て、旭は慌てて頭を下げた。
「2人はもう戻るの?」
「旭の怪我が酷かったからそのつもりだったんですけど……」
「少しゆっくりしていったらどうだい?適度な入浴は疲労回復にいい。旭さん、どうかな?」
柊の言葉に、清野は穏やかな声色で提案した。
「は、入ります!柊さん、いいですか?」
「大丈夫だよ。行こっか」
「はい!」
旭と柊は浴槽へ向かった。湯船に浸かると疲れがじんわりと溶けていく。少しぬるいお湯が心地良かった。
「はぁ……」
柊はあまりの気持ちよさに溜息をついた。
「気持ちいいね……」
「はい……そうですね……」
2人が湯船でリラックスしていると、シャワーを浴びてきた清野と花琳も浴槽へやって来た。
「失礼するよ」
「どうぞどうぞ~……」
2人は湯船に浸かると、柊同様に溜息をついた。
「いい湯加減ね……」
「その通りだね……。みんな疲れているだろうし、それも相まって気持ちいいだろう」
「はい。足も伸ばせるし、やっぱり大浴場はいいわね……」
花琳の言葉に3人は頷いた。
「そういえば……柊さん、いつの間に翔太君といい仲になっていたんだい?」
清野の言葉に、柊は目を丸くした。
「え!?ど、どういうことですか!?」
「翔太君、疲れて眠ってしまった柊さんを背負って医務室まで運び、目が覚めるまで傍で待ってたのだが……あの眼差しは間違いなく彼氏のそれだった」
清野はそう言ってニヤリと笑う。
「彼氏って……そんなんじゃないですよ!」
「おや、そうなのかい?」
「そうです!翔太君は仲間ですから!」
「そうか……それは残念だな」
「残念って……もう……」
わざとらしく残念がる清野を見て、柊は頬を膨らませた。
「でも翔太君、柊ちゃん達が来てから柔らかくなった気がするわ。もしかしたら、翔太君にとって柊ちゃんは特別なのかも!」
そう言って花琳も悪戯っぽく笑う。
「あー!花琳さんまで!」
「ふふ……ごめんなさい。でも冗談抜きに2人は良いコンビだと思うわよ」
「そうですかね……?」
柊が首を傾げると、傍にいた清野も頷いて微笑んだ。
「私もそう思う。翔太君には柊さん位ぐいぐい引っ張ってくれる子が丁度良いと思うよ。ね、花琳さん?」
「ええ。私も同じ意見です」
2人に暖かい目で見られ、柊は少し頬を染めながらボソリと呟く。
「……ありがとうございます」
「いえいえ」
穏やかに笑う花琳を見て、柊はふと白雪のことを思い出した。
「そういえば……花琳さん、白雪さんにお礼は言えたんですか?」
柊が尋ねると、花琳は気まずそうに目を逸らした。
「え……えっと……実はね、覚えてなかったの」
「え?」
「昔会ったこと、励ましてくれたこと……覚えてたの、私だけだったみたい」
寂しげに笑う花琳を見て、柊は首を横に振った。
「まだ失恋したとは決まってないです!花琳さん、言っちゃいましょう!」
「い、言っちゃいましょうって……何て言ったらいいか……」
「経験上、告白は気持ちをストレートに伝えるのが良いと思うよ」
清野の提案に、花琳は俯いた。
「気持ちをストレートに……でも、駄目だったら……」
「その時は私達と清野さんが花琳さんを慰めます!白雪さんも、任務に私情を挟む人じゃないですし……大丈夫ですよ!」
柊のキラキラした目に気圧されて、花琳は渋々頷いた。
「……分かった。今度……機会があったら言ってみるわ」
「応援してるよ。花琳さん」
「ありがとうございます……」
「……そういえば、旭さんが静かだね」
柊が傍らの旭を見ると、うとうとと船を漕いでいた。
「あ、回復反動か」
「そういえば……!旭、起きて」
「は、はひ!?」
「付き合わせちゃったかな?溺れちゃう前に上がろう」
「はい……」
柊は眠たげな旭の手を引き、湯船を出た。
「清野さん、花琳さん、おやすみなさい!」
「柊ちゃん、旭ちゃん、おやすみ!」
「ゆっくり休んでね」
「おやすみなさい……」
眠そうに目をこする旭を支えながら、柊は大浴場を出た。
* * *
「旭、部屋についたよ」
「はい……初日から手間をかけてすみません……」
眠たいながらも手を引いてもらったことを気にする旭に、柊は苦笑いした。
「気にしすぎ。回復反動に気づかなかった私達にも落ち度はあるんだから」
「そう……ですかね」
「そうそう。ほら、早く寝よう」
柊は旭が布団の中に入ったことを確認して電気を消した。
「寒くない?」
「大丈夫です……それより、あの」
「うん?」
「ありがとうございます。一緒にいてくれて……お風呂の中での会話も、普通の女の子になれたみたいで、聞いてて楽しかったです」
「普通の女の子……?」
「はい。私、アビリティが2つあるせいで、ずっと研究施設にいたんです。同い年の女の子の友達なんて、いなかった」
「そうだったんだ……」
「……だから、一緒にいてくれるだけで嬉しいです。柊さん、ありがとうございます」
そう礼儀正しくお礼を言う旭に、柊は穏やかに告げる。
「柊でいいよ。旭」
その言葉に一瞬驚いた旭だったが……やがて、嬉しそうに微笑んだ。
「……柊、おやすみなさい」
「おやすみ」
しばらくすると寝息が聞こえてきた。柊は天井を見つめながら、旭と聖夜のことを思い返す。
(……聖夜も旭も、お互いと会えてすごく嬉しそうだった。2人とも優しくていい人だし、お似合いだなって私も思う。だけど……)
柊は寝返りを打ち、旭に背を向ける。
(聖夜と旭が付き合ったら、私、どうしたらいいんだろ。今まで聖夜の隣にあった、私の居場所……無くなっちゃうのかな)
そこまで考えて、柊は体を丸めた。胸の中に、冷たい風が吹き抜けるような……そんな心地がした。
(……考えても仕方ないよね。どうするか決めるのは2人だもん。明日もあるし、早く寝なきゃ……)
そう自分に言い聞かせて、柊はそっと目を閉じた。
* * *
「あの小娘をどこに逃がしたんだい!?」
朝丘病院3階の病室に、怒鳴り声が響き渡った。
病室の中で、ウォンリィが白衣を着た男性の胸倉を掴んで怒鳴り声を上げていたのだ。
「いくら君が僕達に必要だからって、何をしても良いと思っているのかい?宵月明日人!!」
明日人と呼ばれた男性は、眼鏡越しに少年を睨んだ。
「……お前達に教えることは何もない」
「くっ……」
ウォンリィは乱暴に明日人を放した。そして、苛立ちに表情を歪めながら親指の爪を噛む。
「どうしてこうも計画が狂うんだ……こっちは特部の相手をしなくちゃならないっていうのに、脱走者が出るなんて……」
苛つくウォンリィを余所に、明日人は腕時計を確認した。
(あれからもう丸一日だが……旭は無事特部に辿り着けただろうか)
明日人が不安げな眼差しを時計に落としていた、その時。勢いよくドアが開きイグニが入ってきた。
「ははっ!なんだよウォンリィ、またイライラしてんのか?」
そう言って豪快に笑うイグニを、ウォンリィは鋭く睨む。
「うるさいな……こんな時に何の用だい?」
「リーダーから伝言。明日、遂に高次元生物の正体を明かすってさ。そんで特部各支部にも一斉攻撃」
「へぇ……遂にか」
イグにの言葉を聞いたウォンリィは、先程までとは一転し、不敵な笑みを浮かべた。
「人々は怯え、特部は潰れる……この時代の人間を支配できれば、僕達の未来も……」
「ああ。変えられる」
「……そうと決まれば、早速準備しないとね。こんな所で油を売ってるわけにはいかない」
ウォンリィとイグニは病室を出て行った。1人取り残された明日人は、窓の外を見た。住宅街の灯りが1つ、また1つと消えていく。
(聖夜、柊……今頃どうしているだろう)
妻が生きている未来が手に入ると誘惑され、2人を置いてきてしまったことが、明日人は申し訳なくてたまらなかった。
(……今は2人が無事だと信じて、自分にできることをするしかない。それが私にできる唯一の償いだ)
明日人は、白衣の下に忍ばせた小さな端末を握りしめ、目を固く閉じた。
* * *
翌朝、柊は旭を連れて聖夜の部屋を訪れた。コンコンと扉を叩くと、ドアが開いて聖夜が顔を出す。
「あ、来たな!」
「聖夜、おはよう」
「お、おはようございます!」
「2人ともおはよう。朝ご飯できてるぞ。ほら、入った入った!」
「お邪魔します……」
2人が部屋に入ると、テーブルの上に3人分の朝食が並んでいるのが見えた。今日、聖夜が作った朝食は、卵焼きとほうれん草のおひたし、豆腐となめこが入った味噌汁に、温かいご飯だ。
「美味しそう……」
旭が思わずそう呟いた途端、彼女のお腹がぐーと鳴った。それを聞いた双子が顔を見合わせて笑う。
「あはは!早く食べよう」
「そうだね」
聖夜と柊は席に着き、姿勢を正して手を合わせた。それを見た旭も慌てて2人に倣う。
「いただきます」
「い、いただきます!」
「ん、卵焼き美味しい」
「だろ!今日の自信作なんだ」
「旭、美味しいね……って、え!?泣いてる!?」
ぽろぽろと涙を流しながら卵焼きを口に運んでいる旭を見て、柊はぎょっとした。
「まずかったか……?」
聖夜も心配そうに旭を見る。しかし、旭は首を横に振った。
「……美味しいです。こんなに温かいご飯、食べたことない……」
泣きながら箸を進める旭に、聖夜は微笑んだ。
「なら、これから沢山食べよう。俺と柊と一緒にさ」
「いいんですか?」
「当然。旭は仲間だからな」
「ありがとうございます……聖夜さん」
「聖夜でいいよ。旭」
聖夜はそう言って旭に優しく微笑んだ。その表情を見て柊の胸がざわつく。
(まただ……ううん、気にしちゃ駄目。何か別の話題……)
柊はとにかく何か話さなければと口を開いた。
「今日、良い天気だね」
「え、曇ってないか?」
「えっ……」
慌てて窓の外を見ると、確かに曇り空が広がっていた。
「ほ、ほんとだ……」
聖夜は呆然とする柊を心配そうに見つめた。
「柊、もしかして何かあった?」
「な、何にもないよ!」
「ほんとか?」
「本当に!」
「そっか……。ならいいんだけど」
聖夜はそう言って味噌汁を飲み干した。追求を逃れた柊が、ホッと胸をなで下ろしたその時。
『特部隊員と明星旭さんに連絡します!総隊長室に集合して下さい!』
真崎の声がスピーカー越しに響いた。聖夜と柊は顔を見合わせて頷く。
「行こう。柊」
「うん。旭も行こう」
「は、はい!」
3人は急いで部屋を後にした。
* * *
総隊長室に着くと、他の隊員は既に整列していた。3人もその端に並ぶ。
「全員揃ったな」
千秋の声を聞き、全員が姿勢を正した。
「昨日、敵の本拠地が分かった。朝丘病院という廃病院だ。敵はどうやら、そこで人間から高次元生物を生み出しているらしい」
「人間から……!?」
海奈は驚き声を上げた。他の隊員も、この事実を初めて知った者は驚きを隠せない様子だった。
「その通り。朝丘病院には高次元生物にするために拉致された人が大勢いると考えられる……君達にはその人達の救助と、敵の計画の阻止を命ずる」
「敵の計画って、何かしら……」
花琳が首を傾げた。千秋はそれを見て、更に続けた。
「彼らの目的は、高次元生物の力は人間のアビリティであることを知らしめ、恐怖を与えること。そして、恐怖によって、この世界を支配することだ」
「それを止めるってことは……つまり、敵の陣地に乗り込んで全員倒せばいいんだな!」
海奈の提案に千秋は頷いた。その脇で、深也が恐る恐る手を挙げる。
「あの……でも、ぼ、僕達だけじゃ任務遂行難しくないですか?人命救助をして敵を倒すって、難易度高すぎ……」
深也は、自信なさげにそう発言した。その言葉に他の隊員も頷く。
「……君達の思う通りだ。だから今回は警察アビリティ課とも連携して行動してもらう」
「アビリティ課と共同任務、ですか。……それだけ今回は重要な任務なんですね」
白雪の言葉に、千秋は頷く。
「ああ。今回の任務は特部最大の任務だ。決行日は明日19時。施設内の案内は旭に手伝ってもらいたいのだが……問題ないな?」
「は、はい!」
旭は力強く頷いた。
「……話は以上だ。各自準備しておいてくれ」
「はい!」
千秋の言葉に、隊員全員が返事をしたその時。
「た、大変です!!」
総隊長室のドアが開いて真崎が駆け込んできた。
「真崎、何があった」
「動画が……とにかく、モニターに繋げます!」
真崎は自身のスマートフォンと総隊長室の壁に掛かっている大きなモニターを、コードを用いて接続した。
しばらくして、モニターに1人の少年が映った。金髪に野葡萄色の瞳。端整な顔立ちをしたその少年を、聖夜はよく知っていた。
「ノエル……!?」
『……今この動画を見ている人へ。よく聞いて欲しい』
ノエルは一息置いて真っ直ぐ前を見据えた。画面越しに聖夜と目が合う。
『高次元生物は、僕達が生み出した。彼らは元人間だ。人間のアビリティが、彼らの力の源なんだ。つまり……君達を襲うのはアビリティだ』
そう言うと、ノエルは冷たく微笑んだ。
『アビリティは人を傷つける恐ろしいものだ。なのに君達は平然としてアビリティを使う。アビリティで戦う者を褒め称える……愚かだと思わないか?君達が崇拝する力は、君達を傷つけるものと同じだというのに』
ノエルは笑顔を崩さずに語りかけ続けた。
『だから、僕達がこの世界を変える。アビリティを称える君達を支配し、矯正する。そして、アビリティで争いが起きない世界を作るんだ……!逆らう人間は高次元生物で排除する!僕達の……未来のために!!』
動画の再生が終わり、部屋に静寂が訪れた。その信じがたい事実を突きつけられ、誰もが言葉を失っていた。
「先手を打たれたか……」
千秋は悔しそうに画面を睨み付けた。
「この動画が広まれば、みんながパニックに陥ってしまう……悠長なことを言っている場合じゃありません。総隊長!」
白雪の言葉に、千秋は頷いた。
「ああ。真崎、アビリティ課と連絡を取ってくれ。作戦を前倒しにする」
「は、はい!」
真崎が部屋を出ようと駆けだした瞬間、部屋に入ってきた琴森とぶつかった。
「わっ!?」
「真崎さん、ごめんなさい!急いでて……」
「琴森、どうした?」
「西日本支部、北日本支部、南日本支部から応援要請です!」
「え!?でも今それどころじゃ……どうしますか、総隊長!?」
「くっ……、隊員の安全が優先だ。白雪と花琳は西日本支部に。翔太、海奈、深也は北日本支部に。聖夜と柊は南日本支部に向かってくれ」
「了解!」
隊員達が続々と総隊長室を後にする中、旭は所在なさげに佇んでいた。
(私……これでいいのかな?)
『旭は仲間だからな』
旭の頭に、今朝の聖夜の言葉がよぎる。
(私も何か、聖夜の……皆の力になりたい!)
そう思い、旭はすぐに千秋の元に駆け寄った。
「千秋さん!私に何かできることはないですか?」
旭に強い眼差しで見つめられ……千秋は、頷いた。
「琴森。旭をオペレーター室に連れて行ってくれ。彼女のアビリティは『未来予知』だ。きっと力になってくれる」
「分かりました。旭さん、こっちへ!」
「はい!」
旭は琴森に続いて総隊長室を後にした。
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