朝5分の煮りんご風ジャム
ジャム発作は、突然やってくる。
とにかくジャム。
絶対に今日は、ジャムを食べたい!
そんな朝が、年に3日ぐらい、やってくるのである。
我が家では、ジャムは非日常的な存在だ。
朝は米派だし、パンはおかず系のトーストにしてしまうので、食べる機会がなかなかない。
1年のうち、ジャムに乱されない362日は、私の朝ごはんはいたって凪の状態だ。
そんな平和な朝ごはんの隙間を突くよう、今回も発作は容赦なくやってきた。起きた瞬間「ジャム」。数ヶ月ぶりに、頭の中がジャムでいっぱい。もちろん、冷蔵庫にもストック棚にもジャムはない。
「年に3回の奇襲を予測しているのに、あまりにも体制が無防備だ!」「増税で発作に備えよ!」と朝ごはん国会に怒号が飛んだが、問題ない。この欲望の解決法を、私はちゃんと知っている。
ジャムがないならどうするか?
そう、作ればいい。
ジャムは、ベースの果物にもよるけれど、たっぷりの砂糖で素材の水分を出し、その水分も利用しながらコトコト煮詰めていくようなものが多い。発作が起きてから作り始めていては、とてもじゃないけど朝ごはんに間に合わない。
本格的なやつはまたの機会に譲るとして、今回推したいのは、たったの5分で作れる即席ジャム。これが、めちゃくちゃ、おいしいのだ。
冷蔵庫に「買ってみたけどイマイチだな」と放置してしまっているりんごがあるなら、ジャムチャンス。それは紛れもなく、即席ジャムに選ばれしプリンセスの原石だから。
皮を剥いたら、適当な大きさに切って、ひとつまみの砂糖をまぶす。
レモン汁も、ちょっとだけ入れる。お好みでシナモンもふりかける。
あとは、ふんわりラップをしたら、レンジで5分。
これだけで、果実感がしっかり残った、素朴な煮りんご風ジャムができあがる。
すっぴんに近いこのジャムが、朝にとてもよく合う。控えめな甘さが欲望に優しく寄り添ってくれる、心地いい味わいだ。
即席ジャムは、まさに、欲望と秩序の調和を具現化した存在といえよう。突然の発作も、これでひと安心。しばらく発作も起きないだろう。
そんな中、事件が起きた。
ある日同僚からりんごキャラメルのジャムをいただいたのだ。料理好きなお母様のお手製なのだという。
りんごキャラメルの……ジャム……だと……?
お、お、おいしそうすぎるーーーーー!!
神々しいその瓶は、触れるだけでひれ伏したくなるような佇まいだった。後光さしてない? マブみの権化なの?
これは、危険だ。
あまりにも魅力的で、平和な朝ごはんに大波乱を起こすであろうことが、容易に想像できる。朝ごはんを司るものとして、このジャムをどうするべきか……
本格ジャムを目の前に、私は思った。
子どもたちには、まだ早い気がする。ジャム沼に溺れてしまいかねない。そう、これは私がひとりでこっそり楽しむご褒美案件だ。
いやいや、ひとりじめしようってんじゃないよ。あくまでも、平和と秩序、そして子どもたちを守るためだ。断腸の思いだ。涙なみだの決断だ。
しかし、みんなでシェアしてこそハッピーが巡るという理性がしがみついてくる。くっ……わかってるんだよ、そんなことは!
悶々としていると、天才的なひらめきが降りてきた。
うちの子(即席ジャム)をベースに、コラボさせたらいいのでは……?
そうと決まれば、即実行。
コラボ舞台として用意したのは「サンドイッチ」である。
りんごをレンチンし、いつものように即席の煮りんご風ジャムを作る。
パンにクリームチーズを塗って、いただいた魅惑的な子を、少しだけ。その上に、できたてほやほやのうちの子をたっぷりと。
パンを重ねてナイフを入れると、りんごジャムたちがころころ笑い合っている。あぁ、なんて愛らしいんだ……
一口頬張ると、幸せの味がした。
二口頬張っても、やっぱり幸せの味がする。
最初から最後まで、咀嚼中、ずっと幸せしかない。
本格ジャムは、圧倒的なおいしさにふんぞりかえることなく、あどけないうちの子もしっかり引き立ててくれている。主張しつつも平和的秩序は保たれたままだ。共存のあるべき姿を、ここに見た。
家族みんなで、夢中でたいらげる。
子どもたちから、おかわりの有無を尋ねられるが、残念ながらおかわりはない。
その辛い事実を口にすると、2歳は「あぁ……」と失意のため息をもらし、8歳も「まじかぁぁ!」と頭を抱え、5歳に至ってはご乱心で、叫びながらどこかに走っていってしまった。
子どもたちの嘆きを目の前に、私はひとり、欲望と秩序についてぼんやりと考えていた。
朝は、凪である方がいい。欲望に対して、秩序をもって調和に導いてくれる即席ジャムは、やっぱり我が家のスタンダードだ。帰るべき港だ。
でも、そこにほんの少しの冒険——本格ジャムを加えることで、調和の中にも新たな世界が拓けるのも、また事実。波をうみ、もっと遠くへ、もっと楽しい世界へと優しくいざなってくれる朝ごはんも、いいものだ。
いつもと違う朝のさざなみに耳を澄ませながら、空っぽになった食器を片付けに台所に戻ると、ふと視線を感じる。
カゴの中からバナナが、棚の上から柿が、みかんが、潤んだ佇まいで、こちらをじっと見ているような気がした。
まぁ、待ちなさい。
いつか君たちも、プリンセスになる日が来るかもしれない。
またジャム発作が起きた日には、よろしく頼むよ。
🍚 back number 🍞
【1皿目】秋の始まりと、ドラゴンフルーツ
【2皿目】希望のピザトースト
【3皿目】とりあえず、かき玉汁
【4皿目】やさぐれた日の、豆腐白玉だんご
【5皿目】やっぱり、大根葉ふりかけ
【6皿目】朝を救う、アンパンマンと鯖缶のカレートースト
【7皿目】いくら丼をめぐる食い意地と、秋の心理戦