【ママ研vol.1】LINE一通目に送るべき内容とは?
私は、悩んでいた。
最初の一歩の方向性に、悩んでいた。
ママ友研究室の連載には、実はすでにエピソードZEROが存在している。
テレビのお料理番組よろしく「LINEの交換」という難題については、すでに下準備をバッチリ済ませてあるのだ。
今まで、圧倒的難関であるLINE交換が目指すべき場所であり、ゴールだった。でも、現実はそこがゴールではない。
受験生は憧れの学校に合格し、プリンセスたちは王子様と結ばれる。
……で、その後、みんなどうしてるの?
とにかく一歩目を踏み出さなければ、ママ友ファミリーと休日に公園で一緒に遊ぶ未来は永遠に訪れない。今の私にできる一歩は、LINEを送ること、それだけだ。
……この一歩のハードルが、またしても高いことヒマラヤの如し、なのである。
マジで私もう今までどうやって友だち作ってたのかとか初対面の人とどうやってご飯行ってたかとか恋愛どうやって始めてたかとか全然ぜんぜん覚えてないし感覚も残ってないし、もしかしてそういうの全部前世だったのかな?
軽めの挨拶から始めるのがよかろう、ということは分かっている。
これだけだと、「……で?」 と思われてしまうので却下。
前回の会話から情報量がまったく増えていない。具体性に欠けるため却下。
これなら、具体的な提案も含んでいて、過不足がないように思われる。
しかし、攻めすぎか……?
「そうしましょう」となったとき、ぶっちゃけまだ心の準備ができていない。
無難なやつがいい。
無難だけどいい感じの爪痕を残せて、公園へのステップをスムーズに踏みつつ、心の準備もできるやつ……。
悶々と考えてみても、ベストオブLINE一通目はなかなか決まらない。
本当は、経験に勝るものはないのだから飛び込んでしまえよ、と思っている。こんな風に、相手不在でぐるぐる考えたって、答えなんて出ないことを、今までの人生経験(現世)で痛いほど学んできたのだ。
失敗してもいい。モヤモヤと悩みをこねくり回して動けないぐらいなら、無計画でも実践あるのみ。人生、大切な局面はいつだって、直感を信じてコマを進めて来たではないか。
……でも、私の中の諸葛亮孔明がささやくのだ。
「戦いとは、武勇ではなく智略によって勝敗が決まるもの。賢く計を立ててこそ、奇跡のLINE交換が次に繋がるということを、ゆめゆめ忘れるでないぞ……」
孔明も……
そう思う……?
そう、これは自分との戦いだ。
一歩踏み出せない心の弱さ、勇気のなさ、経験値の低さをブーストさせる “何か” が必要だ。
私はそっと手を孔明の手を取る。君が、その “何か” になってくれ……!
孔明は深く頷き、検索画面を差し出してくる。なるほど、困ったときの、Yahoo知恵袋、である。孔明、ちょっと他人任せすぎない?
意外と放任タイプだったことに少し憤りを感じつつも、私は検察画面に「ママ友 LINE」と打ち込んだ。
いでよ、AIがまだ辿り着いていない、生身の喜怒哀楽の集合知!
「ママ友のLINEをブロックしたい」
「ママ友からのLINE返信が鬼早くて学生かよ」
「ママ友からのLINE返信ペース遅すぎイライラ」
あ……あァ……ああぁぁァアアアァァ……
なんか世界が違う……!
ここには玄人しかいない!!
百戦錬磨たちが死闘を繰り広げる中で、どこかにいるはずの「ベストオブLINE一通目問題」はなぎ倒され、虫の息だった。
私は申し訳なさそうな顔をする孔明と共に、そっと、検索画面を閉じた。
LINEを交換してから、すでに一週間以上経っている。大きな連休を挟み、タイミングを読み続けてしまったこともあったけれど、このままでは、交換がゴールで終わってしまうではないか、と、私は焦っていた。
声をかけてくれたのは向こうだった。今度は私から、アクションを起こしたい。それが、感謝の意思表示そのものなのだから。
覚悟を決めよう——。
そう思ったとき、携帯が振動した。
相手は、先日連絡先を交換しあったママ友、ヨウコさんからだ。ま、まさかの先手!!
LINEアプリをタップする指先が震え、即心臓が共鳴する。
時候の挨拶からの、個人情報の適度な開示。
そして、軽やかなタッチで表現された、公園のお誘い。
流れが完璧すぎる……
これだよ。私が送るべき内容は、これだったんだ……!
もしかして、向こうにも孔明いる? いや、試合の流れを完璧に持ち込める、何かしらの監督がいるに違いない。野村監督とかかな。
すぐに返信したい。「ママ友からのLINE返信が鬼早くて学生かよ」という、あの玄人の叫びが微かに脳裏に浮かんだけれど、構わなかった。
先方のフォーマットを参考にしつつ、こちらからの連絡意思についてもしっかりと記載する。
したたかで、嘘っぽいと思われる可能性も否定できなかったが、本当のことだからこれは言っても問題ないだろう。
(この、本当だけど嘘っぽい事実の開示をするかどうかについても、正直いくらでも悩めるポイントではあるよね……)
またしても、先方が道を用意してくれたものの、私は確実に一歩を踏み出していた。
拓けつつある道を思うと、心がどんどん明るくなる。夢にまで見た「休日の公園遊び」が、もう目の前まで迫っているのだ!
——この時の私には、まだ知る由もなかった。
この先にも、エベレスト級の山脈が連なっているということを……
to be continued……