
『風鬼の金棒と精霊の金塊』:第10話『精霊王との対話』
第10話『精霊王との対話』
俺たちは風の大陸「ハリウ」の都市を見下ろせる丘の上に立っていた。
戦火に焼かれたこの都市は、時間とともに徐々に復興しつつあった。崩れた建物の修復が進み、かつての活気を取り戻しつつある。だが、その陰で異型の精霊が未だに現れ、人々を脅かしているのも事実だった。
「……すごいな」
隣に立つキカが、都市の広場で作業を続ける市民たちを見つめながら呟いた。彼らは鍛えられ、異型の精霊と戦えるほどの力をつけていた。
「だけど、まだ怖がってるな……俺のことを」
作業をする市民たちは、俺に気づくと微かに怯えたような視線を向け、すぐに目を逸らした。
「戦い方が異形と同じに見えるんだろうね」
キカの言葉が胸に突き刺さる。俺がこれまで戦いの中で見せた力が、人々にとってどれほど異質だったのか、考えなくても分かる。
そんな時、突如として強風が吹き荒れ、俺たちの周囲を渦巻いた。風が形を持つように集まり、目の前に一つの姿を作り出す。
「待っていたぞ、クー、キカ」
現れたのは、風の精霊王マカニ。透き通るような青白い体に、無数の風の流れを纏った存在だ。
「お前たちに話したいことがある。私の神殿へ来るがいい」
マカニが手をかざすと、俺たちの足元から風が吹き上がり、次の瞬間には都市の最上層——風の精霊王の神殿へと運ばれていた。
神殿の中心に立つマカニは、まるで風そのものだった。
「クー、お前の持つ神器『風鬼の金棒』が完成したことで、風の精霊たちの暴走は収まりつつある。しかし、水の精霊の異変は続いている……それについて、お前たちに伝えねばならぬことがある」
「水の精霊……?」
キカが疑問を口にする。
「異変が起きているのは、精霊の均衡が崩れつつあるからだ。そして、その根本にあるのは——神器の存在だ」
マカニの言葉に、俺は思わず息を飲んだ。
「神器は精霊の力を封じるためのものではない。それは、共存のために生まれたものだ」
「……共存?」
俺が問い返すと、マカニは静かに頷いた。
「神器は、精霊の力を一つにまとめる媒体であり、それを受け継ぐ者が必要だった。それがお前たち人間だ」
「でも、ならどうして精霊の金塊が必要なんだ? 神器があれば十分じゃないのか?」
俺の疑問に、マカニはしばし沈黙した後、静かに答えた。
「精霊の金塊とは、精霊たちの記憶と意志の結晶。神器はその力を正しく導くために存在するのだ」
その言葉に、俺の中で何かが繋がった気がした。
「精霊の管理とは……支配することじゃなく、導くことだったのか……」
俺が呟くと、マカニは満足そうに微笑んだ。
「そうだ。お前は、精霊を導く役割を担う者。これからお前たちが進む道は、精霊と人間の未来を決めることになるだろう」
俺は、自分の手元にある風鬼の金棒を見つめた。
精霊と人間——その関係を、俺はどこまで理解できているのだろうか?
マカニの言葉が、俺の胸の奥に重く沈んだ。
神器とは、精霊の意志を受け継ぐもの——。それが俺たちの戦いの果てに何を意味するのか、まだ答えは出せなかった。
「……キカ」
神殿の広間を出て、風が吹き抜ける回廊で俺は隣を歩くキカに声をかけた。彼女はしばらく黙っていたが、やがて小さく息をついた。
「クー、私たちは何をしようとしてるの?」
「……それを考えるために、旅を続けるんじゃねぇのか?」
キカは立ち止まり、風の精霊たちが漂う空を見上げた。
「神器が精霊の意志を受け継ぐものだとしたら、完成させることは正しいの? それとも……」
——それとも、間違いなのか。
言葉にせずとも、彼女の疑問が伝わってくる。
「分からねぇ。でも、確かめるしかねぇだろ」
俺たちの旅は、まだ終わりを迎えるには早すぎる。
***
夜が更け、俺たちは神殿を出て街の通りを歩いていた。復興が進む風の都市ハリウの光景は、まるで生き物のようだった。崩れた建物の隙間から新しい芽が伸びるように、人々は自分たちの手で未来を築こうとしていた。
だが、その活気の裏に、不穏な影があった。
市民の一部が俺を遠巻きに見ている。
あからさまに避ける者、囁き合う者、目を逸らす者。
「……怖がってるんだな、俺を」
呟くと、キカが眉をひそめた。
「クー、気にしないで。みんな、まだ混乱してるのよ」
「分かってる。でも……」
その時、何かが視界の隅をよぎった。
影。
人の形をしているが、人ではない。
異型の精霊。
「キカ、伏せろ!」
俺は反射的に風鬼の金棒を握りしめた。その瞬間、影が街の灯りを裂くように飛びかかってきた。
獣じみた咆哮。だが、精霊の気配を纏っている。
「クー!」
キカの声を背に、俺はその異形の姿を一瞬で見極める。水の精霊が変異したもの——。
「くそっ、こんなところまで……!」
風を纏い、一気に駆ける。
金棒を振るうと、風の刃が夜気を切り裂いた。影は一度弾かれるが、すぐに形を変えてまた襲いかかる。
——こいつは、ただの敵じゃない。
俺の中の直感が警鐘を鳴らしていた。
異型の精霊は、ただの狂った存在ではない。
何かを——伝えようとしている。
「クー、やめて!」
キカの叫びが響いた。
その瞬間、異型の精霊の目が光り、俺はその視線の奥に——
水の記憶を見た。
***
水の流れ。
そこには、精霊たちの囁きが渦巻いていた。
「……覚えて……」
「……我らの……意志……」
意志?
神器とは、精霊の意志を受け継ぐもの。
だが、それは精霊たち自身の望みなのか?
「お前たちは——」
意識が暗転しかけたその時、強烈な風が吹き抜けた。
「クー!!」
キカの声に引き戻され、俺は目の前の影を叩き斬った。
——異型の精霊は霧散し、夜の闇に消えていく。
だが、俺の胸の中には新たな疑問が残った。
神器を完成させることが、本当に正しいのか?
水の精霊の異変の原因は何なのか?
俺たちは、新たな旅の必要性を痛感していた。
「行こう、キカ」
「……ええ」
闇の中に潜む真実を求めて——。
(第11話『新たな道、そして疑問』 へ続く)
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