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『風鬼の金棒と精霊の金塊』:第12話『水の惑星への旅立ち』

割引あり



第12話 第一部:旅立ちの決意と市民の変化

 復興の進む都市を見下ろしながら、俺は風に舞う埃の匂いを鼻先で感じた。かつて戦火に包まれたこの場所は、今では瓦礫の山が整地され、骨組みだけだった家々に新たな柱が立てられている。人々の働く姿は疲れを見せながらも、どこか力強かった。

「精霊との共存……か」
 隣に立つキカが、ぽつりと呟いた。その横顔は、強い日差しに照らされているのに、どこか陰を落としているように見えた。

「神器がなくても、共存の道はあるのかもしれないね」
 キカの言葉に、俺はうなずく。戦いが終わってから数ヶ月が経った。俺もキカも疲労は癒え、キカの傷跡もほとんど目立たなくなっている。それでも、時折キカの顔に浮かぶ影を、俺は見逃してはいなかった。

 ふと、復興のために働く市民たちがこちらを見た。視線が合うと、慌てて目を逸らす者、低く頭を下げる者、そっと手を振る者。感謝の表情がそこにはあったが、同時に怯えの色も混じっている。

 無理もない。俺が何者か、そしてキカが何を成し遂げたか、この街の誰もが知っているからだ。
「変わってきたな」
 俺はそう呟いた。かつては精霊を恐れ、拒絶していた市民たちが、今は自分たちの力で未来を築こうとしている。

「行こう」
 俺の言葉に、キカは小さくうなずいた。その瞳の奥に、かすかな揺らぎを感じたが、問いただすのはやめた。

 目指すは「水の精霊の泉」。精霊の道を通らなければならないことは分かっていた。キカが時折怯えたような表情を見せるのも、泉へ行くことに不安を感じているからなのかもしれない。だが、俺はそのことを口に出せなかった。

 市民たちの視線を背中に受けながら、俺たちは街を後にした。


第12話 第二部:風の精霊王マカニの忠告

 水の精霊の泉に向かう道中、俺たちは風の精霊王マカニと対面した。風が渦を巻き、やがてその中心に彼の姿が現れる。長い白髪が風に舞い、瞳は透き通るような青色をしていた。威厳を感じさせる佇まいだが、その表情にはどこか憂いがあった。

「よく来たな、クー。そしてキカ」
 マカニの声は風に乗って、まるで囁くように俺たちの耳に届いた。

「水の精霊の泉に向かうのだろう?」
 俺は頷き、キカもその後に続いた。キカはマカニの姿を見て、一瞬だけ怯んだように見えたが、すぐに表情を引き締めた。

「精霊の道を通るためには、風鬼の金棒が必要だ。お前はそれを持っているな」
 マカニの言葉に、俺は背中に背負った金棒に手を触れた。戦いの中で手に入れた、この風の神器――精霊の道を開く力があることは聞いていたが、実際に使うのは初めてだ。

「精霊の道は目視できない。風鬼の金棒の力を使って道を開け。しかし、気をつけろ……」
 マカニの瞳が一瞬だけ険しくなった。

「水の精霊王ワイナに、気をつけろ」
「ワイナ……?」
 俺は聞き慣れない名前に眉をひそめた。キカも不安そうに俺を見上げている。

「水の惑星では、精霊たちが暴走している。ワイナの影響だ。だが、原因は不明だ……。お前たちには、その理由を探ってほしい」
 マカニの声には、何かを隠しているような響きがあった。

「ワイナって、どんな奴なんだ?」
 俺の問いに、マカニは黙り込んだ。風がざわめき、彼の白髪が乱れる。

「それは……自分たちで確かめることだ。ただ、精霊の道に入る前に覚えておけ。水の精霊たちはすでに正気を失っている。お前たちに襲いかかってくるかもしれない」
 警告の言葉が重く響いた。キカの顔が青ざめている。

「お前たちが生きて戻ることを、風に祈ろう」
 そう言い残すと、マカニの姿は風に溶けるように消えていった。

 俺はキカを振り返った。彼女の顔は怯えに歪んでいたが、視線は強い決意に満ちていた。
「行くぞ、キカ」
 俺が言うと、キカは震える声で答えた。
「……うん」

 俺たちは水の精霊の泉に向かって歩き始めた。


精霊の道を通る前の不安

 水の精霊の泉にたどり着いた俺たちは、辺りを見回した。泉は静まり返り、透明な水面には空の雲が映り込んでいる。だが、その奥には何かが蠢いているような、不気味な気配を感じた。

「ここに精霊の道があるのか?」
 俺は呟き、風鬼の金棒を手にした。

「う、うん……でも……」
 キカの声が震えている。彼女の顔は青ざめ、瞳は泉の奥を見据えていた。まるで、そこに何か恐ろしいものが潜んでいるかのように。

「どうした?」
「……前に、ここで……強引に吸い込まれたの。あの時の恐怖が……今も……」
 キカの身体が震え、足がすくんで動けない様子だった。

「安心しろ。俺がいる。今回は強引に吸い込まれることはない……はずだ」
 そう言って、俺は金棒を地面に叩きつけた。

 ゴォッ――と風が巻き起こり、泉の水面が揺らめく。空気が震え、目には見えなかった精霊の道が次第に浮かび上がってきた。道は波打つように揺れ、呼吸をしているかのように膨らんだり縮んだりを繰り返している。

「これが……精霊の道?」
 俺はその不気味な動きに息を呑んだ。キカは恐怖で後ずさりしている。

「……怖い……」
「大丈夫だ、キカ。俺がついてる」
 そう言って手を差し伸べるが、キカは動けなかった。顔を覆い、震えている。

 その時――

「――――――」
 耳をつんざくような悲鳴が響いた。人間の声ではない。何十、何百という声が重なり合い、絶望と悲しみが入り混じった叫びだった。

「な、なんだ……この声は……?」
 俺は辺りを見回したが、誰の姿もない。ただ、精霊の道が異常に歪んでいる。光の色が紫色に変わり、渦巻くように絡み合っている。

「や、やだ……行きたくない……!」
 キカが泣きそうな顔で叫んだ。足は震え、完全に固まっている。

「キカ……!」
 俺はキカの手を強引に掴んだ。

「離して! 嫌だ、行きたくない!」
「でも、行くしかないんだ!」
 叫ぶキカを無理やり引き釣り込み、精霊の道に飛び込んだ。途端に、空間が歪み、視界がぐにゃりと曲がる。

「うわあああああ!」
 キカの悲鳴が響き、俺も身体がねじれるような感覚に襲われた。光が次々と変化し、足元の道が揺らいでいる。
 まるで悪夢の中を彷徨っているかのようだった。

「くそっ、これが精霊の道か……!」
 俺は金棒を握りしめ、何とか意識を保った。
 先が見えない。光が渦巻き、叫び声が反響している。

「キカ、しっかりしろ!」
「う、うん……でも……怖いよ……」
 キカの手を強く握りしめ、俺たちは精霊の道を進んだ。

 果たして、この先に何が待っているのか――。


水の都市の異変

 長い道のりの果て、俺たちは精霊の道を抜けた。目の前には広大な水の都市が広がっていた。
 だが、様子がおかしい。

「何だ……これは……?」
 水の都市は静まり返っていた。水面は黒く濁り、建物は海水に浸食されている。波が音もなく打ち寄せ、空気には不気味な静寂が漂っていた。

「ここ……本当に、水の都市?」
 キカが怯えた声で呟く。
 俺も答えられなかった。水の精霊たちの気配が異様に歪んでいる。まるで、狂気に満ちた叫び声が今にも聞こえてきそうな雰囲気だ。

「何が……起きているんだ?」
 俺は金棒を握りしめ、警戒を強めた。


「何かが……狂ってる」

 言葉を飲み込んだ瞬間、遠くから足音が響いた。振り返ると、通りの奥から数人の影が現れる。街の警備兵だ。

 青い鎧に身を包み、整然とした足取りでこちらに向かってくる。

「おい、止まれ!」

 先頭の警備兵が鋭い声を放った。俺は反射的に金棒を構える。だが、彼らの目には敵意はなかった。ただ、規律を守る者の冷徹さがあった。

 違和感が胸を刺す。なぜ、こんな状況で彼らは通常通りに警備をしているんだ?

 その時、冷ややかな声が響いた。

「よく来たわね」
突然、女性の声が響いた。冷たく、そして威圧的な響きが背筋を凍らせた。

振り返ると、そこには年上に見える女性が立っていた。長い黒髪が波のように揺れ、透き通るような白い肌が異様なほど鮮やかだ。
薄く笑ったその表情に、俺は本能的に危険を感じた。

「あなた、誰だ?」
俺は金棒を構え、彼女を睨みつける。

「私はポリナ。この都市の巫女よ」
ポリナは優雅に一歩前へ進み出た。だが、その動きには隙がない。
巫女だと? 一見すると儚げで穏やかな印象だが、その目は冷酷で鋭い光を放っている。

「巫女……? あんたが?」
俺は疑念を抱きつつも、金棒を握る手に力を込めた。

「何が起きてるんですか?」
キカが一歩前に出る。怯えた様子はない。むしろ、彼女はポリナに対して協力的な態度を見せている。
この都市が浸食されている異常事態について、キカは何かを知りたいのだろう。

「水の都市が、海水に侵されている……」
ポリナは悲しげな表情を一瞬だけ浮かべ、すぐに引き締めた。
「だからこそ、あなたたちに協力してもらいたいの」

「協力……?」
キカの瞳が揺れる。
その瞬間、俺の背後に人の気配を感じた。

「捕えろ!」
ポリナの冷淡な声が響き、周囲から警備兵たちが迫ってきた。彼らはポリナに操られているわけではなく、純粋に都市の秩序を守ろうとしているだけだ。
だが、俺は直感的に危険を感じた。

(こいつらに、この袋を奪われるわけにはいかない……!)

俺は咄嗟にキカの持っていた袋を掴み取った。
「え、ちょっと、何するのよ!」
キカが怒りの声を上げるが、俺は振り返らずに叫んだ。
「今は説明してる暇はない! 行くぞ!」

「待ちなさい!」
ポリナが手を伸ばすが、俺は風鬼の金棒を地面に叩きつけ、強烈な風を巻き起こした。
風の精霊が俺に力を貸してくれる。金棒から溢れる風の渦が、俺の身体を軽々と宙に浮かせた。

「くっ……逃がさないわ」
ポリナの目が鋭く光る。だが、彼女は追ってこない。代わりに警備兵たちが次々と俺に襲いかかってきた。

「待て! そいつを逃がすな!」
「袋を取り返せ!」

俺は空中を舞い、金棒を巧みに操って風を操りながら、警備兵たちを翻弄する。
彼らはポリナに操られているわけではない。だが、忠実に命令を守り、俺を取り囲もうとしている。

「クー! あんた、何で逃げるのよ!」
キカの怒声が耳に突き刺さる。彼女は袋を奪われたことに激怒していた。
だが、今はそれに応える余裕はない。

俺は風の力を利用して高く跳躍し、建物の上へと逃れた。
キカがポリナに近づき、何かを話している。どうやら、キカはポリナに協力的なようだ。
(キカ、何で……あの女に……)

だが、今は考える暇はない。俺は息を潜め、風の精霊の力で姿を隠しながら、遠くから二人の様子を伺った。

キカはポリナに向かって言った。
「今、都市がこんな状態になっているのは……どうしてなんですか?」
「これは、海の精霊の暴走によるものよ」
ポリナの声は沈痛だが、その目は冷静だった。

「暴走……?」
「そう。だからこそ、あなたに協力してほしいの」
キカは戸惑いの表情を浮かべたが、やがて意を決したように頷いた。
「……わかりました」

キカはポリナと共に歩き出す。
その背中を、俺は息を潜めたまま見送った。

「ここは……どうなってしまうんだ?」
俺は袋を抱きしめ、建物の影に身を潜めたまま、静寂に包まれた都市を見下ろした。
海水はじわじわと都市を侵食している。
異様な静けさの中、波の音だけが響き渡っていた。

「次は……逃げられないかもしれない」
俺は呟き、袋をさらに強く抱きしめた。
この袋の中にある布切れが、すべての鍵を握っている。

だが、それをポリナに奪われるわけにはいかない。
ポリナに渡すことなど……絶対に。

波の音が不気味に都市中に響き渡り、冷たい風が俺の背を押した。
静寂と波音だけが支配する水の都市で、俺は次の行動を決意した。

(絶対に、この袋は渡さない)

不穏な空気が都市全体を包み込む。

(第3ステージ『水の円盤と精霊の法水』 へ続く)

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