
命の羽衣と精霊の絹糸:第9話「風の試練」(協力:ChatGPT)再改修版
第9話「風の試練」
──足を踏み入れた瞬間、世界が変わった。
暗闇の奥へ続く細い通路を進むうちに、空気が一変する。ひやりとした遺跡特有の湿気が、いつの間にか乾いた風へと変わっていた。どこからともなく、風が吹いている。それも、自然なものではない。規則的で、意志を持っているような……そんな奇妙な流れ方だった。
「キカ……」
レイのかすれた声に振り向く。彼女の目が不安げに揺れていた。私は無言で頷き、先へ進む。
やがて、通路が開けた。
そこは巨大な空間だった。天井は見えず、壁も遥か彼方に消えている。ただ、床の代わりに──無数の石の足場が、宙に浮かんでいた。
まるで、見えない手がそれらを配置したかのように、不自然に整然としている。
私は足元の石をそっと踏んだ。硬い感触。だが、どこか落ち着かない。何かがおかしい。
「……ねえ、キカ」
レイが低い声で言った。
「この風……まるで、誰かが息をしているみたい」
ゾクリとした。
たしかに、この風はただの気流ではない。一定の間隔で吹いたかと思えば、ふいに止まり、また方向を変える。何かがこの風を操っている──いや、風そのものが、生きている?
私は背筋を正し、慎重に一歩踏み出した。
──その瞬間。
風が、囁いた。
「試される者よ」
低く、耳元に直接吹き込まれるような声だった。
「誰?」
思わず声を上げる。しかし、答えはない。
代わりに、足元の足場が、音もなく消えた。
「っ!」
私はとっさに跳び、隣の足場へ飛び移る。数秒遅れていたら、底の見えない闇へ落ちていたかもしれない。
「……試練、ってこと?」
レイが小さく呟く。私は息を整えながら、浮かぶ足場を見渡した。規則性があるわけではない。だが、風の流れがわずかに変化する瞬間、次にどの足場が消えるのかが分かる気がした。
「レイ、風を読める?」
「……うん、試してみる」
彼女は目を閉じ、ゆっくりと呼吸を整えた。そして、慎重に足を踏み出す。その瞬間、風がふっと変わった。
──その方向に、次の足場が現れた。
「……分かる。風が、教えてくれてる?」
レイの言葉に、私は深く頷く。なるほど、風はただの障害ではない。この試練を乗り越える鍵でもある。
私は彼女の後を追い、慎重に進み始めた。
……だが。
甘かった。
──ギィィ……
どこからか、金属が軋むような音が響く。
風が、変わった。
今までの流れとは異なる、ざわめくような風。まるで何かが、目覚めたかのように。
「……いる」
レイの顔が青ざめた。
──影が、揺れる。
風が巻き上がるたびに、足場の間に黒い何かが形を成し、また崩れる。……いや、違う。
崩れているのではなく、姿を変えている。
風の幻影。
目に見えないものが、うねる風の中にだけ姿を現す。
次の瞬間、それは一瞬にして形を取り、こちらへ向かってきた。
私は反射的に身を低くする。
風が裂けた。
刃のように鋭い一閃。風だけで、空間が切り裂かれるような衝撃。
「……っ!」
私は身を翻し、次の足場へ飛び移る。
レイも必死に動いた。しかし、幻影は追ってくる。
「……どうする?」
息を切らしながら叫ぶ。
風を読めても、これでは意味がない。相手は風そのものだ。攻撃を避け続けるだけでは、いずれ力尽きる。
──その時。
風の流れが、変わった。
「……あれ」
レイが指さす。
先の足場に、祭壇のようなものが見えた。
「……あそこが、試練の終点?」
たしかに、それらしきものが見える。
しかし、その周囲を、幻影が渦巻いていた。
「……行くしかない」
私は拳を握る。
「風を、利用する」
レイは驚いたように目を見開いたが、すぐに表情を引き締めた。
「……やるしかない、ね」
風が、再び囁く。
「試される者よ……力を示せ」
幻影が再び襲いかかる。
私は、風を読んだ。
風が、動く。
その流れに乗せて──私は、跳んだ。
──そして、祭壇の前に着地する。
幻影が渦巻く中、私はその中央に手を伸ばした。
石の祠。そこには、古びた紋様が刻まれた台座があった。
私は、祠に手を触れた。
──風が止まった。
まるで、時間が凍ったかのように、空間が静まり返る。
そして。
風が、私の中に流れ込んだ。
……いや、違う。
風の何かが、私を見ている。
「……パオ?」
──その名前が、ふと頭をよぎった。
なぜか分からない。けれど、その名がふさわしい気がした。
風が吹く。
そして、幻影が消えた。
私は、深く息をついた。
「……キカ」
レイの声で、私はハッとする。
気づけば、祭壇の光は消えていた。
しかし、確かに感じる。
何かが、ここにいた。
そして、それは私たちを試し──認めた。
「……行こう」
私は、レイとともに試練の間を後にした。
──扉の前へ。
次の試練、「灯の試練」が待っている。
(第10話「灯の試練」 へ続く)
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