見出し画像

蟻とガウディのアパート 第20話(第二章)

「ハラとムネ」

 歌い手のJuanの歌を聞きに、フラメンコ好きが集まった。 
みんな、奥歯で何かを噛むように聞いている。
Juanはこの日、メジーソのティエントを歌った。
 
「オレの果樹園で拾った」

(クイクイクイ)*奥歯で噛む音
 
「さあ、お嬢ちゃん このオレンジを受け取って」

(クイクイクイ)

「でもナイフで割っちゃあ いけないよ」

(クイクイクイ)

「中にオレの心が入ってるから」

 四行詩の最後の一行を聞き終わると、皆は一斉に噛んでいたものをごっくんと飲み込み、「Olee」と声を漏らした。

 歌を舌で味わい、食道で感触を確かめる。 
ギターにつまびかれて背骨がのけぞると、パチンとはじかれて歌は肚に落ちる。 その衝撃に感極まって、「Olee」と唸る。 
「Olee」と「美味い」は同じ感嘆詞だ。

 彼らの祖先は、家を持たなかった。 
火を囲んで、家族や仲間が同じ歌を食べたことだろう。 
ハラはいっぱいにならないが、ムネはいっぱいになる。

~フラメンコのタンゴ~ 

Están cantando y bailando
Por la barriga vacía
 
彼らは歌って踊っているよ 
空っぽのお腹を満たす代わりに

いいなと思ったら応援しよう!