蟻とガウディのアパート 第18話(第二章)
「形見」後編
次のレッスンの日、景品でもらったソーイングセットから縫い針を一本取り出し、薬局で買った消毒用アルコールを布袋に入れて、スタジオに向かった。
レッスンが終わると、ファルーコは一階のバルから氷をもらってきてくれた。 私は椅子に座って耳たぶに氷を当てた。
彼は、愛用のmechero(ライター)で針を炙りながら話してくれた。
「これまで、娘たち孫たち全員の耳に、ワタシがピアスの穴を開けてきた。 心配しなくていい。」
「はい」
「耳たぶのこのあたり?」
「はい」
「いくよ。」
ブスッと1回。 もう一回。
「カシャ」
私は自分に近づいてきたファルーコの顔を、自分の目に焼き付けた。
ファルーコの風貌は、江戸時代に描かれた達磨のそれに似ている。
あの眼光を持った人物に、もう生涯出会うことはないだろう。
達磨は、中国禅宗の開祖とされている、インド人仏教僧。
フラメンコは、インドから放浪の旅に出た者たちが、スペインにたどり着くまでにその原形を作り、スペイン文化と融合して熟成されたと言われている。 達磨に似たファルーコがセビージャにいたことに、何ら不思議はない。
その数年後に、ファルーコは世を去った。
ヒターノたちの悲しみといったら、見ていられないほどだったと、友人が知らせてくれた。
私の耳には、ファルーコが開けてくれたピアスの穴があいている。
背広姿の男が、私の財産項目に特筆してくれたことに満足している。
註)ファルーコは、故ファルーコ。 現在活躍しているファルーコの祖父にあたる。