蟻とガウディのアパート 第七話(第一章)
1.トンネルの入口
「タイルのかけら」
昭和40年代初期、自宅の近くに保健所の跡地があった。
衛生上の理由なのか、その敷地は近隣民家の屋根を越えるような高さに造成されていた。
車が往来する道路から、南東方向に伸びたS字の坂を駆け上がる。
カーブの左側に並んだ桜の木の、最後の一本が左目の端に見切れると、右手に荒涼とした視界が開けた。
美容院の先にあった空き地は、道路や建物に囲まれていたが、ここは黄色っぽい土のほかは何も見えない。空は棚ひとつ分低く見える。
聞こえるのは、下では出逢わないような逞しい風が、縦横に走る音だけだ。
自分を乗せた宇宙船が、間違ってどこかの星に着陸してしまったような、不思議な思いにとらわれた。
瓦礫は丁寧に取り除かれていたが、それでも「友人」が差し出すものはいくつかあった。
大小ごろごろとした石の集まりの中に、タイルの角が覗いていた。
保健所の水場の一部だったのだろう。
当時銭湯でよく見かけた青と白のタイルで、大人のこぶしひとつ分くらいの大きさがあった。
赤い水だろうか、白い水だろうか。
何かがその上を流れていったことについて、タイルは話したがらなかった。
滅びなくてはならなかった遠い国の、隠されなくてはならなかった証拠品に触れてしまったのを通りかかった風に見られたような気がして、私はおそるおそる顔を上げた。
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