蟻とガウディのアパート 第21話(第二章)
「大人たち」
スペインのカディス県に、シェリー酒で有名なヘレスという街がある。
ある年のヘレスの春祭り会場で、“ゴッドばあちゃんロサリオ” の大家族と知り合った。
ロサリオは横幅のある身体を揺らして踊り、周りを笑顔にした。
娘のパキとガブリエラが並んで高く澄んだ声で掛け声をすると、コマドリ姉妹のようだった。
孫の七五三に参列させてもらったり、別荘でのフィエスタの大騒ぎに加えてもらったりして、日常の中にあるフラメンコをたっぷり味わわせてもらった。
週末は、六人の子供たちがそれぞれの子供を連れて実家に集まる。
食後はやっぱりフィエスタだ。
大人達はイスを丸く並べて座り、シェリー酒を片手に歌い踊り、フラメンコを楽しむ。
小さな子供たちも割って入って踊り出すと、大人達は驚いたような表情で互いに顔を見合わせ、一斉にあらん限りの大声援を浴びせる。
「オレー!」「バイラオーラ!(踊り手の意)」
おじちゃん、おばちゃんたちが、踊り終えた子供をかわるがわる抱きしめ、チューチューキスして「上手、上手!」と褒める。
大人たちは、どの子供にも平等だった。
あのフィエスタは、大人達が子供にフラメンコのおっぱいをあげるようなものだったんだな、と思う。
ただひたすら、惜しみなく子供に与える甘くて豊かなおっぱい。
それを吸収した子供は、自分は祝福された存在であると信じることができる。 子供たちから、笑顔とフラメンコがこぼれ落ちていた。
そしてその日はやってくる。
どこか人前で踊るために、初めて子供は自分が踊る姿を鏡に映すだろう。 人に向かって踊るか、鏡の中の自分に向かって踊るか、大きな転機である。
プロになろうとする青年にとって、そこが独り立ちの始まり。
豊かなおっぱいをもらった子供は、すいすいと困難の中を泳いでいく。