「船」
まさか、神社で船を漕ぎ宇宙まで飛び立つなんて思ってもいなかった私です。毎月初め1日の早朝6時より家からいちばん近くにある神社では朔日祭が行われます。少し時間が遡ったお話になりますが、如月は2月のこと。闇の気配に光を落とすように太鼓の音がドーン、ドーンと丸く響きます。大祓いの祝詞が独特な節で波を描きます。その波に乗るようにひとりひとり順番に玉串を捧げます。無事に1か月過ごせた感謝と新しい月の無病息災・家内安全・商売繁盛・生業繁盛を祈念する神の道による風習がこうして今の私たちの暮らしに活きています。
一連の儀式が終わるころ闇はすっかり光に場所を譲ります。闇と光の交差する瞬間に朔日祭は行われます。夜でも朝でもない地上の最も静かな瞬間に天に向けて両の手を合わせる。からだが真っすぐに天と地を繋ぐ。
「地に住まい 天を想う
地に育て 天に実らせ
地に終わり 天にはじまる」
2月は節目の月でもあります。節を分ける節分を境に2021年丑年の流れは2022年寅年の流れに切り替わります。この朝、宮司さんは神事の前に行われる「鳥船の行」と言うものがあることを教えてくれました。「エイ」と言いながら船の艪を前に押し「ヤア」と言いながら押した艪を胸にぐっと引き上げる動きを繰り返します。この行の後に禊として冬の海に体を浸けたそうです。宮司になる人はみなこの行を続けているそうです。宮司さんはみんなで一緒に船を漕ぎましょう。とあまりにも突然、あまりにもきっぱりと言い出したのです。こんな時、一体誰がNOと言えたものでしょう。
30人ほどが集まっていたでしょうか。私たちは宮司さんの最初の掛け声「エイ」という力強い一声に引きずられるように船の艪を前に押しました。次の「ヤア」の掛け声で押した艪を胸に引き寄せます。「皆さんも声を出して、さあ船を漕ぎますよ」。「エイ・ヤア」「エイ・ヤア」船を漕ぎます。「さあ、もっと大きな声で」。
体が温まってくると声は自然と大きくなります。自分の声と腹が繋がって自分の中で何かが1つになっていくのを感じます。1つになった私の声は隣の人の声と重なり響き合います。遠くの人の声とも重なり響き合います。私たちはそれぞれの舟ではなく、1つの大きな船を漕いでいることに気づきました。
「エイ・ヤア」声は体と1つになり響きが生まれる。響きの持つ小さな振動が神楽鈴のように、私の雑念を祓い落としている。日頃の愚痴や不満がふるふると体から声から落ちて私たちは見事なまでの大きな船の船員になったようです。
日本神話では神様を乗せる船を鳥之石楠船神と言うそうです。別名を天鳥船。私たちは宮司さんに先導(船頭)されて天翔ける、天鳥船に地上の祈りを届けることができたのかもしれない。日本の神社で行われる神事は私たちの暮らしから離れた存在ではなく。むしろ暮らしに根付いているからこそ何年千も途切れることなく続いているのかもしれないな・・・・。
2022年6月30日の朝。夏越しの大祓いの日に、ふと「鳥船の行」を思い出しました。
「地に住まい 天を思う
地に育て 天に実る
地に終わり 天にはじまる」。
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