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坂の上のつくも|ep10「北のウォール街のレストラン」|第2部始まり


episode 北のウォール街のレストラン 「銀行の付喪神」 

 旧北海道銀行本店。
 銀行特有の重厚さを持って設計された建物は、当時の北海道銀行が吸収合併されてからは、国の北海海運局として使われたあと、北海道を網羅するバス会社の本社として使われていたが、今はお洒落なレストラン―小樽バイン―として、まちの人々に親しまれている。
 
 俺とスハラは、オルガとサワさん、ミズハ、スイ・テンを連れて、ランチタイムの小樽バインを訪れていた。
 目の前には、すでに前菜として頼んだいくつかの料理が並ぶ。

「ミズハ、我、チーズ食べたい!」

 チーズ盛り合わせを見て騒ぐテンに、ミズハはスイと自分の分も含めて取り分けていく。
おいしそうな料理を前に、なごやかな雰囲気が流れる。
 今日は、最近起きていたいろいろな事件が終わったことの慰労会みたいなものだ。

 発案はスハラと俺で、支払いももちろんスハラと俺。
 食べ物に関してブラックホールなスイとテンは、支払いの心配がないことから、ここぞとばかりにいろいろなものを頼んでいく。
 俺は、いろんな意味で大丈夫かと思って、隣に座るスハラをちらっと見るが、スハラは何事もないかのように笑っている。じゃあ、まあ、いいか。

「スハラちゃん、小エビのトマトソースとペスカトーレ、あと、シーフードピザとエゾシカミートピザ、ハムとハーブのピザ持ってきたよ~」

 さっき前菜を運んでくれていたウエイターとは違う男の人が、軽い雰囲気で料理を運んでくる。

「あれ、ユキさん、今日いたんですね」

 スハラから、ユキさんと呼ばれたその人は、いたよ~と気安い感じで応えた。

「スハラ、知り合いなの?」
「うん、尊は初めて会うんだね。こちらはユキさん。旧北海道銀行のヒト」

 はじめましてだね~と言うユキさんは、笑顔を崩さない。

「尊くん、君のことは聞いてるよ。スハラちゃんたちと仲がいいんだってね~」

 ユキさんはすぐ横に座るオルガの肩に手を置く。その様子を見て、サワさんがものすごい目でユキさんを睨みつけるけど、ユキさんはそれをちらっと見ただけで、笑顔のまま動じる様子がない。
 たくさんの料理に似合わない、一触即発な雰囲気。
 サワさんがとうとう耐えかねて口を開こうとしたとき、隣のテーブルでランチを楽しむマダムたちから、ユキくーんと声がかかった。

「あれ、呼ばれちゃったか。じゃあ、今日は楽しんでいってね~」

 ユキさんは、はいは~いと返事をすると、呼ばれたほうへあっさりと行ってしまった。

 その後もたくさんの料理が並んでいくが、それらはブラックホールと化したスイとテンに吸い込まれるように消えていく。

「スハラ、追加で頼んでもいい?」

 心なしか来た時よりも丸くなったようなテンのお願いに、スハラがいいよと頷くと、テンはやったーと声を上げて、通りかかったユキさんを呼んだ。

「ユキ、あのね、これとこれと、これ。あとこっちも」

 どれだけ食べるんだろうか。ブラックホール・テンは、加減することなく頼んでいく。

「おい、テン。そんなに食べて大丈夫か?」

 俺はたまらず声をかけるが、テンは「スイも食べるし大丈夫」と言って胸をはった。

episode 北のウォール街のレストラン 「付喪神になるキッカケ」

 1時間後。
 あらかた料理は食べつくされ、あとはデザートを待つのみとなった。
 このころには、もともと丸いスイもテンもさらに丸くなって、ボールみたいになっていた。弾むことのできない、重いボール。
 デザートを待っている間、スハラが新しく付喪神になったヒトの話を切り出す。

「堺町通りの旧戸出物産なんだけど、本人は、自分でもまだよくわかってないみたいで」

 その話を聞いて、テンとスイが「我らも会ったよー」と話に加わる。
 俺はこれまで、新しく付喪神になったモノに会ったことがない。スハラたちは、俺が生まれる前から付喪神として存在していたけれど、今この時代に新たに“生まれる”のは難しいのだそうだ。

「なんか寂しそうにはしてるんだけど、話しかけるとおどおどしちゃって。話すことに慣れてないみたいなんだよね」

 サワさんはお前の顔が怖いんじゃねーのと鼻で笑うが、スハラはそれを無視して心配してるんだけどなと続ける。

「だから、見かけたら声かけてあげて」

 でもサワは怖い顔しているから声かけないでねと、スハラは付け足すのを忘れない。
 そこで俺は、ふと疑問に思う。

「歴建だからって、みんなが付喪神になってるわけじゃないんだな」

 建物以外の古くて大事にされてきたものが付喪神になっているのは知っているし、たくさん会ってきた。それこそ小樽芸術村の中にもたくさんいる。
 建物に関しては、市が歴史的建造物っていう指定をしたり、そうでなくても大事にされたり、修繕されたり、現にスハラたちは市の指定を受けていて、ヒトになっている。

「付喪神になってヒトの形を取るための要件は、よくわかってないんだよ」

 俺の疑問には、スハラが答える。

「大事にされたり、修繕もちゃんとされて、そういうことが必要なのはわかってるんだけど、それだけじゃ多分足りなくて」

 そういう建物は市内にいくつもある。だけど、早くに付喪神としてヒトの形を得ていたスハラたちのような建物もあれば、さっき話に出たような、ヒトになったばかりの建物もある。そして、まだヒトの形を得ていない建物もたくさんある。

「きっかけが何かあるんだろうけど、私たち自身も、なんでヒトになれているかわからないのよね」

 それは、オルガやサワさん、ミズハも同じみたいで、みんな顔を見合わせては不思議そうな表情を浮かべている。付喪神に関して、はっきりとわかっているのは、本体が壊れてしまえば、付喪神も消えてしまうということだけだ。

「我はね、ヒトになれてよかったと思うよ!だっておいしいもんね!」

 突然話に加わったボール、いや、テンが、デザートはまだかな~と楽しそうに言う。

「ヒトになってしまえば、あとは本体の損傷具合で、私たちも具合が悪くなったり、最悪の場合は消えてしまったり」

 俺は、スハラの話を聞いて、そういえばと思い出したことを口にする。

「前に、歴建が火事になったことがあったよな」

 10年以上前だけど、映画のロケ地として有名だった歴建が、火事で焼失し、歴建の指定が取り消されたことがあった。
 あの建物は、ヒトになっていたのだろうか。

「その建物は…赤別荘かしらね」

 オルガが懐かしそうに言って、サワさんがそんな奴もいたなとつぶやく。

「あれ~なんの話?」

 ユキさんが、デザートを持って現れる。

「ティラミス3つと、マンゴーのレアチーズケーキ、ガトーショコラ2つ、それとシフォンケーキね。これはテンのかな」

 ユキさんは、テンの前にかぼちゃのチーズケーキを置いて、デザートの説明を淀みなくしていく。そして、さっき付喪神の話をしてたかなと話に加わった。

「俺も一応付喪神だし?なんか気になるよね~」

 オルガが、どうやったら付喪神になるのかという話をしていたとユキさんへ説明する。

「あぁ、それは俺も知りたいところだね」

 なぜ自分が今の形を持って存在しているのか。ヒトとしての意識を持って、記憶があるのはそんなに昔のことではないのに、“意識の始まり”がいつなのか定かではない。

「存在が消えるときは一瞬なのに、不思議だよね~」

 さらりと言うユキさんは、何を考えているかわからない笑みを浮かべる。
 形を得たヒトたちは、自分たちが“消える”ことをどう考えているのだろうか。

「ユキは赤別荘と仲良かったよね」

 ふと、スイがぽつりとこぼす。さっき話題に上がった、火事で焼失した赤別荘は、今のスイの言い方や、さっきのオルガやサワさんの様子だと、ヒトとして存在していたのだろう。
 だけどユキさんは、そんなこともあったかなと、何事もなかったかのように笑顔の張り付いた表情を崩さない。

「まぁいいや。何かあったら呼んでね~」

 ひらひらと手を振ると、ユキさんは行ってしまった。
 ユキさんがいなくなって、みんなは目の前のデザートへ目を戻す。
テーブルに並んだデザートは、どれも美味しくて、あっという間になくなってしまった。

「もっと頼んでいい?」

 テンは、スハラに確認しながら、通りかかったウエイターを呼び止めると、あれもいいなーこれもいいなーと追加で注文していく。もちろん、スイも同じように頼んでいく。一体、どれだけ食べるのか。

そんなテンの横で、サワさんがおもむろに立ち上がる。そして、すぐ戻るとだけ言って、そのまま外へ出て行ってしまった。
 テンはまだ、ティラミスをいくつ頼むか悩んでいる。幸せな悩みだ。

episode 北のウォール街のレストラン 「過去を想う神」

 ユキは、表通りで道行く車を眺めていた。

 赤別荘の話が出たことで、いいことも悪いことも、いろいろなことを思い出してしまった。
人が考えることはよくわからない。人と仲良くしている付喪神の考えていることもよくわからない。
付喪神の存在は、いつだって人の都合に振り回されている。
 付喪神としての存在を維持するためには、人と仲良くすることも大事だとは思う。だけど、時に人は、簡単にユキたちを切り捨てる。

赤別荘のときだってそうだった。
 彼女は火事で消えてしまった。
 それが不慮の事故だとは言え、あの時、彼女はあっという間に、簡単に消えてしまった。

 そしてそれは、彼女だけじゃない。
 過去には、不慮の事故だけでなく、もっと人為的な理由で消えていったヒトたちがたくさんいる。もう少しで付喪神になれそうだったのに、その寸前で取り壊されてしまった建物だって知っている。

彼らは、消える瞬間に何を思ったのだろう。
 最後まで人を信じていたのだろうか?
信じると言ったって、簡単に切り捨てられてしまうのに?
 それでも、ユキたちは、人によって造られたものの付喪神である以上、人との関係を断ち切ることはできない。

「なんかジレンマだよね…」

 ため息とともに漏れた言葉は、周囲の雑踏にかき消されてしまう。

「おい」

 ぼうっとしていると突然声をかけられて、何だろうかと声の聞こえたほうへ視線だけ向ける。
そこには仏頂面で佇むサワの姿があった。

「あれ、サワ?どうしたの?」
「それはこっちのセリフだ」

 仏頂面を崩さないサワは、一定の距離のまま、真っすぐにユキを見つめてくる。
 ユキは、どうしたんだろうと考えて、すぐに思い至る。

「…あぁ、もしかして聴こえたのかな」

サワは目だけで頷く。きっと赤別荘の話が出たことで、ユキの感情が“揺れた”のだろう。それを聴きつけて、サワはここに来たということか。

「で、君は何しに来たの?励ましの言葉でもかけてみる?」

 少し待ってもサワは何も答えない。ユキがしょうがないと肩をすくめて視線を外すと、サワの動く気配がした。どうやら、ユキの隣に移動したらしい。ここにいるつもりか。
 それじゃあと思って、ユキは、思っていることを口にする。 “音”が聴こえるサワを相手に、“黒い”感情を隠すことはできない。

「君はさ、人間をどう思ってるの?」

 サワは相変わらず何も答えないから、ユキの独り言のようになってしまう。

「人間は簡単に俺らを壊すでしょ?あの時だって、そうだ」

 ユキの脳裏に、今はもういないヒトの顔が浮かぶ。

「俺らはモノだけど、感情を持ってここに存在しているのにさ」

 2人の目の前を、観光客らしき集団が通り過ぎていく。
 にぎやかな人々の群れが去ってしまうと、急に静かになったように感じる。

「人と馴れ合うことに、一体何の意味があるのかって思わない?」

 たくさんの人が乗った中央バスが通り過ぎてゆく。そのほとんどの人がきっと、この街に住む付喪神の存在を知っているだろう。

「…だけど、悪い人ばかりじゃないって、あんたはもう知ってんだろ?」

 サワは、急に口を開いたかと思うと、それだけ言って、ユキに背を向けてレストランへと戻ってしまった。
 ひとり取り残されたようになってしまったユキは、サワがいた場所に向けてため息をつく。

「…本当に一体、何しに来たんだよ…」

 ただ、サワが来た目的は何であろうと、サワが言っていたことは的を射ているのもわかっている。
 ユキだって、人は悪い人ばかりじゃないのは知っているし、むしろ悪い人より良い人のほうが圧倒的に多いのもわかっている。

「まぁ、俺も変わるときなのかね」

 ユキは、あえて言葉にすることで、少しだけ自分に言い聞かせてみる。

「だけどなぁ…」

 長い間、人に対して抱いていた“良くない”感情は簡単には消えないだろうとも、同時に思っていた。

episode 北のウォール街のレストラン 「雪の降る街で」

 サワさんがテーブルへ戻ってきたとき、すでに追加注文したデザートはテンとスイの前に並んでいて、端から順にブラックホールへ吸い込まれているところだった。

「サワ、どれか食べる?」

 テンが食べる手を止めずに言う。サワさんはちょっとなと言いながら、テンの前に置かれていたティラミスの皿を一つ取った。
 あっという間に消えていくデザートたち。

「「ごっちそうさっまでっした~」」

 程なくして、口の端に生クリームをつけたまま、テンとスイが満足そうに声を揃えた。
 食事が終わり、スハラが会計を行う。
合計金額を見たスハラの笑顔が一瞬固まったように見えたけど、俺は見て見ぬふりをすることにした。あれだけ食べれば、それなりの金額になるだろう。テンとスイの底力を見た気がする。
 会計を終えて、外へ出ようとすると、ユキさんから声をかけられた。

「みんな、楽しんでくれた?」
「えぇ、料理も全部、とてもおいしかったわ」

 オルガが応じる。スイとテンもおいしかったーと尻尾を振っている。

「それは良かった。みんな、また来てね~」

 ユキさんはひらひらと手を振りながら、一瞬だけこっちを見たような気がしたけど、それは気のせいだったかもしれない。

「サワもまた来てね」

 ひとりだけ名前を呼ばれたサワさんは、軽く頷いたようだ。
 じゃあまたと言って、俺たちは小樽バインを後にする。
 外は、ここに来た時にはなかった雪が少しだけ積もっていた。みんな、雪を見てちょっとだけうれしそうだ。
 空を見上げると、雲はすでになく、青空が広がっている。
 今年は、いろいろなことがあった一年だったけれど、それももうすぐ終わる。

 来年はもっといいことが多ければいいと、俺は密かに願いを込めた。

※ ※

 そのヒトが、ユキとサワのやりとりを聞いたのは偶然だった。

 自分たちの存在をどう考えるか。人との在り方をどう捉えるか。
 それはヒトそれぞれだろう。
 自分だって、どう考えているかと言われると、きっと簡単には答えられない。
 ただずっと、人からも、ヒトからも距離は置いてきた。

 少しの間、立ち止まる。

 散歩から帰って来たフクロウが肩に止まった。

―――いや、今は、こいつがいればいい。

 そのヒトは、雑踏に紛れるように歩き出す。
 にわかに降りだした雪が辺りを白一色に変えてゆく中、その姿は、あっという間に見えなくなった。


※エピソード一覧

・第1部
ep1「鈴の行方
ep2「星に願いを
ep3「スカイ・ハイ
ep4「歪んだココロ
ep5「ねじれたモノ
ep6「水の衣
ep7「嵐の前の静けさ
ep8「諦めと決意
ep9「囚われの君へ

・第2部
ep1「北のウォール街のレストラン←今回のお話
ep2「高嶺の花

※コメントはこちらから

ここまでお読みいただきありがとうございます!
第2部が始まりました😊
ここからはまた新たな話になりますので、ここから読んでも読みやすいかなと思います。
もしご感想等ございましたら、大変励みになりますのでよろしくお願いします!

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