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坂の上のつくも|ep4「歪んだココロ」

 人の悪意なんて、その辺に転がってるもんだろ?
 誰がいつ、それにさらされるかなんてわかったもんじゃない。
 今の時代、物理的な暴力なんかより、理不尽な言葉に傷つけられることのほうが、きっとたくさんある。
 その傷がなかなか癒えないとしても、無理に治そうとする必要はないんじゃないかな。
 ただ、その傷を認めてやる強さが君自身にあれば、それをひっくるめて君を認めてくれる人たちがきっと現れる。
 だから、思うように生きてみればいいと思うんだ。


episode4 歪んだココロ「異変」

 先週から、便利屋への依頼が続いている。
 内容はどれも、自分の家の近辺や、町内の見回りをしてほしいというもの。
 それらはすべてと言っていいほど、先月から続いている不可解な事件に関係していた。

 事件の始まりは、先月初めに、民家の前に置かれていた植木鉢がひっくり返された状態で見つかったことだ。
 重い植木鉢は、風なんかでひっくり返るものではないため、明らかに人為的に行われたと考えられたが、その時は、きっと酔っ払いが足をひっかけたんじゃないかとか、“故意”とは誰も考えなかった。
 同じようなことは、それからも何件か続いたが、ただのいたずらだろうと、誰も特に気に留めていなかった。

 そして、次に事件が発展したのは、最初の「植木鉢ひっくり返し事件」から2週間後、畑を荒らされたというものだった。
 これは、家庭菜園で育てていたトマトやきゅうりの苗が引っこ抜かれて捨てられていたというもので、動物の仕業という話もあったけれど、苗がまとめて置かれていたりして、これはどう見ても人為的だった。

 その次は、1週間後、商店街の空き店舗への落書きだった。
 シャッターに書かれたものは、俺も見に行ったけれど形のよくわからないものにしか見えなかった。
 だけど、人によっては角の生えた鬼に見えたりしたらしい。それは、それだけでもかなり不気味だ。
 そして、その頃から、街の人たちは異変を感じ始めていた。
 正体の見えない悪意のようなものが漂い始め、人々の心は疑心暗鬼に囚われていくようだった。
 
 俺のところに依頼が入るようになったのは、その頃からだ。
 見回る人がいるだけで安心できる、そして何か悪いことをしている人たちがいたら注意してほしいとの依頼は何件も来て、正直、スハラと俺の2人だけじゃ手が足りなくなってしまった。
 だけど、街の人たちの不安も理解できるから、何とかしようと、俺は、スハラと相談して知り合いのヒトたちへ声をかけた。

「もし、時間があるなら、街の見回りを手伝ってほしい」

 賛同してくれたのは、オルガ、ミズハ、スイ・テン、そしてサワさん。
 サワさんは、最初は嫌そうだったけれど、オルガがやると言い出したのでしぶしぶやるって感じ。
 ミズハとスイ・テンは、それぞれ分かれて見回りをしてくれることになった。
 本当は、リクにも手伝ってもらいたかったんだけど、忙しいということで断られた。何か悩んでいるのか、そのときのリクの目は暗く冷たかったように思う。
 そして、スハラ経由でほかのヒトたちにも声をかけたけれど、それぞれいろいろ事情があるらしく、手を貸してもらうことはできなかった。

 とりあえず、当面は5人と2匹で手分けして見回りをしよう。
 地区の分担はせず、それぞれが時間のあるときに見回る。
 スイとテンに至っては、散歩(と試食歩き)が趣味みたいなものだから、なるべくいろいろなところを歩いてもらうようにお願いをした。
 もちろん俺も、街中だけでなくて、人気の少ないところを中心に見回ることにした。

 見回りを初めて5日後、それでも事件は起こってしまう。

episode4 歪んだココロ「見回り」

 今度は、二段公園が荒らされていた。
 桜の木の枝が折られ、遊具には落書き。砂場の砂がまき散らされ、ベンチはひっくり返されていた。
 それはもういたずらというレベルではない有様だった。

「昨日、我らが見たときは何ともなかったのに」
「常に見てるわけじゃねぇんだから、そんなもんだろ」

 首を傾げるスイとテンに、サワさんが2匹の口元にクッキーを差し出しながら、つれなく返す。
 これまでの事件についての情報や、見回りで得た情報を共有するために、俺たちは、便利屋の事務所として使っているスハラの家に集まっていた。

「現行犯で見てしまったほうが危なかったかも」

 オルガの言うとおり、現場に居合わせて目撃してしまったほうが、何か危害を加えられる可能性もあるし、危険は大きいだろう。

「けど、現場にいないと犯人がわからないよ」

 頭を抱えるスハラの言葉もそのとおりだと思う。
 これまでの犯行は、人目につかないところで行われていた。おそらく犯行の時間帯も人がいない夜。防犯カメラの死角を狙っての犯行と思われている。
 だから、犯人の目撃情報がなく、防犯カメラにもその姿は映っていない。

「見回りを強化するしかないのかな」

 結局その隙間を狙われてしまったらどうにもならないけれど、少しでも抑止力になれるなら。
 俺のつぶやきに反応したスハラが、ちょっと迷うそぶりを見せながら、夜の時間に見回ろうかと提案する。

「犯行が夜に行われるなら、夜に見回りをすれば現場を押さえられるかもしれない」

 その提案には、サワさんが異を唱えた。 

「それは本当に危ないだろう?何かあった時に、助けを呼べないかもしれないぞ」

 至極まっとうな意見。
 この提案がオルガに関わるからだろう。
 いつになく真剣な表情のサワさんは、スイをなでる手を止めて、正面からスハラを見据えた。

「どうしてもというなら、単独行動は避けろ」

 サワさんは、そのまま俺を見る。スハラも、サワさんにつられてこちらを見た。そして、なるほどという顔をする。

「じゃあ尊を連れていくならいいでしょ?」
「あぁ。何ならスイとテンも連れていけ。いいだろ?ミズハ」
「ええ、スイ、テン、お願いできるかしら」

 スイとテンは、サワさんの足元で尻尾を振って、肯定を示している。あとは、俺だけだ。

「尊、お願いできる?」

 スハラの言葉で、みんなの視線が俺に集まる。
 俺は、ちょっとだけ息を呑んで、首だけで頷く。足元では、俺の代わりにスハラの猫―レン―が、呼ばれてもないのに、にゃあと返事をした。

episode4 歪んだココロ「におい」

 次の日から、早速、夜の見回りを行うことにした。
 行くのは、俺とスハラ、そしてスイとテン。
 2人と2匹で、真夜中の人気のない大通りや商店街を歩く。
 スイとテンは散歩気分のようで、うきうきとした足取りはとても軽い。
 あちこち見て回りながら、2匹でああだこうだ言っている様子は、人の言葉じゃなかったら、きっとただの犬にしか見えない。
 いつの間にか、俺たちを置いて先にいく2匹は、夜の見回りの目的を忘れているのではないだろうか。

「スイ、テン、あまり離れるなよ」

 夜は、辺りが静まり返っているからか、あまり大きな声でなくてもよく響く。
 俺の声に振り向いて、走って帰ってくる2匹は、戻ってくるなり、口々に言う。

「あっちから変なにおいがするよ」
「人じゃないにおいがする」

 人じゃないとは、付喪神の誰かだろうか。スハラが聞くと、2匹は首を横に振る。

「ヒトでもないよ。もっと何かわからないもの」

 俺とスハラは、嫌なにおいがするという2匹に案内されて、総合博物館の駐車場まで来た。
 街灯に照らされた駐車場は、当たり前だけど、車は一台も止まっていない。
 静けさに支配されたような空間に、俺たちの歩く音だけが響いている。テンは、もう帰りたいと泣きそうだ。

「スハラ、変なにおいはあっちからするよ」

 スイが視線を向けた先には、手宮洞窟保存館があった。
 手宮洞窟保存館は、1866年にその壁画が発見され、平成7年に保存館として整備されたところだ。
 続縄文時代中~後半のもので、本州の弥生時代に相当し、国内には、この手宮のほかには一つしかないとても貴重なものらしい。

 その保存館は、暗闇の中なのに照らされてるかのように浮かび上がって見える扉は、幽世と現世をつなぐもののように見える。
 遠くから見ている分には、特に何かがあるような異変は感じない。
 だけど、近づくにつれ、ぎぎぎっ…と何かをひっかくような異様な音が聞こえてきた。

「何の音だ…?」

 石やコンクリートを固いもので削るような、何とも形容しがたい音は、人が発する音なのだろうか。

「尊、あれ見て」

 スハラが小声で言って、指を差した先には、黒い影の塊。

「うわっ」

 異様な影に驚いて、俺は思わず声を上げてしまう。
 その声に、俺たちの存在に気づいたその黒い塊は、身体を起こしてこちらを見た。

episode4 歪んだココロ「虚」

「翔?」

 それは、俺の高校時代の同級生だった。
 スポーツ万能なやつで、進路は確か大学受験したんじゃなかったっけ。とても明るくて、クラスの中心だったようなやつだ。
 だけど、そのときの様相と今とでは、かなりかけ離れている。
 覇気があった眼は虚ろで、こちらを見ているのに、どこを見ているのかわからない。
 手には金属製のスコップを持っていて、足元には削れた岩。

「翔、こんなところで何してるんだ?」

 こっちを見てるけど見てない翔は、何かをぶつぶつとしきりにつぶやいている。
 言葉にならない言葉は、空虚でどこか呪詛めいて聞こえる。

「翔、どうしたんだよ。大丈夫か?」

 近づこうとした俺の前に、スイが近寄るなと立ちふさがる。

「だめだ。変なにおいはあの人からしてる。危ない」

 翔までの距離は約3メートル。
 どうすればいいかと向き合ったままの一瞬の膠着状態を破ったのは、翔だった。
 持っていたスコップを振り上げて、俺へ向かってくる翔は、目は虚ろなのに鬼のような形相に見える。

―――ヤバい、当たる…!

 突然のことで、逃げるよりもその場で目をつぶってしまった俺は、身体に感じるであろう痛みと衝撃を想像する。
 しかし、訪れるはずの痛みはなく、代わりにスハラが声を荒げる。

「ぼうっとしてないで避けてっ!」

 恐る恐る目を開くと、スハラが落ちていた太い木の枝を使って、俺の頭めがけて振り下ろされたスコップを受けていた。その眼には強い光。
 俺は、そういえばスハラは剣道の有段者だったっけと、緊迫した場面に不釣り合いなことを考えてしまうが、スイとテンにズボンを引っ張られて我に返り、その場から離れる。
 翔は、俺からスハラへ標的を変えたようで、スハラめがけて再びスコップを振り上げる。
 スハラは俺が離れたことで動きやすくなったようで、軽々とスコップをかわすと、翔の右肩へ木の枝を振り下ろす。

 勝敗は一瞬だった。
 翔は、スハラのたった一撃で、動きを止めて、その場に崩れ落ちた。

「もう大丈夫だよ」

 スハラに言われて駆け寄った俺とスイは、気を失っている翔を覗き込んだ。

「なんだったんだ‥」

 俺のつぶやきに、スイが反応する。

「さっきの変なにおい、なくなったかもしれない」

 テンも、少し離れたところで鼻をふんふんいわせて、本当だーと騒いでいる。

「尊、見て」

 スハラが指さした先には、削られた岩壁。洞窟の扉の横がえぐれていた。

「こんなことして、何になるんだろう」

 スハラの疑問に答えられる人は、翔だけだろう。気を失ったままの翔は、何を思ってこんなことをしていたのか。しかも、人を襲おうとするなんて…。

「う……ん……」

 少しのうめき声とともに、翔が目を覚ます。
 スハラに打たれた肩をさすりながら起き上がり、その場に座り込んだ翔は、さっきまでとは違って、目の光が少し戻っていた。

episode4 歪んだココロ「一時の解決」

「いてて…」
「起きた?」

 俺を制して、スハラが先に翔に声をかける。翔は俺たちを見上げて、口元を歪めた。

「まさか、お前に見られるとはな。それにお前、旧寿原邸だろ」

痛む肩をさする翔は、すぐに目をそらしてしまう。

「翔、何でこんなことしたんだよ」

 翔は口を閉ざしてしまうが、俺たちも引くわけにはいかない。
 しばしの沈黙の後、その場の雰囲気に耐えかねた翔は、しぶしぶ理由を語り出した。

「…はじめは、ただのストレス発散だったんだ。道にあった植木鉢を蹴飛ばしたら、異様に心が晴れる気がした。…それからやめられなくなった。」

「…人の物壊して、何が発散なの?」

 スハラが怒りを抑えた口調で問う。

「…あんたたちには関係ないだろ。こっちにはいろいろあるんだ」

 付喪神であるお前たちとは違うと、暗に言う翔に、俺は違和感を覚える。翔は、こんな考え方をするやつだっただろうか。

「畑を荒らしたり、二段公園をやったのもお前かよ」

俺は、たまらず口を開くが、翔の返事は予想とは少し違っていた。

「なんのことだ。植木鉢はいくつも壊したが、それ以外は、今日だけだ」

それは、犯人による自白と、ほかにも犯人がいることを示す言葉。

「…本当に、ほかのことはしてないの?」

スハラの問い詰めるような口調にも、翔は動じない。それどころか、どこか投げやりな言葉を吐く。

「現場を押さえられて、これ以上隠すも何もないだろ」

自嘲気味に口元を歪めた翔は、俺もこれまでかとつぶやいて、立ち上がると、そのまま目を閉じて、天を仰ぐ。
 沈黙する翔は、今、何を考えているんだろうか。
 自分の犯した事の重大さは、わかっているはずだ。

「翔、悪いことしたってわかってるなら、ちゃんと自首しろよ。迷惑かけた人にも謝れよ」

 返事すらしない翔に、俺は、聞いてるのかと声を荒げてしまう。その瞬間、翔は冷たい、血走った目をこっちへ向けた。

「うるせーよっ!」

 翔は、そう大声で吐き捨てると、ものすごい勢いで走って、暗闇に消えていってしまった。
 突然のことに驚いた俺たちは、どうすることもできず、その背が闇に消えるのも一瞬のことで、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

 次の日の昼、スハラの声かけで水天宮の境内に、俺とスハラ、サワさん、オルガ、そしてミズハとスイ・テンが集まった。
 事務所を使わなかったのは、ミズハが水天宮の留守番のため、離れることができなかったからだ。

「昨日の夜、犯人の一人がわかったよ」

 少し暗い声で話を切り出したスハラの次の言葉を、全員が待つ。

「尊の高校時代の同級生だった。手宮洞窟を壊そうとしてた」

 スハラは、昨夜の詳細を淀みなく説明していき、説明の最後に、翔の自白によって犯人がほかにもいるだろうと推測できることを伝えた。

「じゃあ、まだ犯行が続く可能性があるんだな」

 サワさんが、怖い顔で言う。だけど、きっとみんな同じことを考えているはずだ。

「日中の見回りも増やしましょう?」

 オルガの提案に、ミズハがうなずく。

「本当はもっと見回れるヒトがいたらいいんだけど、スハラ、誰かいないの?」
「何人かに声をかけたけど、だめだった。…今は私たちでやるしかないよ」

 真っ直ぐ前を向くスハラ。昨夜も見せた強い意志を宿した眼。

「だけど、みんな気を付けて。昨日もそうだったけど、前にサワも言ってたように、また襲ってくるようなことがあるかもしれない」

 スイとテンが感じた、“変なにおい”のこともある。見回りと言っても、注意するにこしたことはない。

「じゃあ、さっそく見回りに行こうかな」

 オルガが立ち上がったことで、情報共有の会はそれで解散となった。
 サワさんは、終始怖い顔をしていて、歩き出したオルガについていった。


※エピソード一覧

・第1部
ep1「鈴の行方
ep2「星に願いを
ep3「スカイ・ハイ
ep4「歪んだココロ←今回のお話
ep5「ねじれたモノ
ep6「水の衣
ep7「嵐の前の静けさ
ep8「諦めと決意
ep9「囚われの君へ

・第2部
ep1「北のウォール街のレストラン
ep2「高嶺の花

※創作大賞2024に応募します!

#創作大賞2024
#ファンタジー小説部門

古き良きを大事にする街で語られる、付喪神と人間の物語をどうぞお楽しみくださいませ。

※コメントはこちらから

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