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坂の上のつくも|ep1-3「スカイ・ハイ」
自分らしさって何だと思う?
そんなこと考えなくても、自分は自分だし、他人は他人だ。
迷っても、悩んでも。誰かから何かを言われても、君はほかの人にはなれないし、もちろん、俺だって俺のままだ。
例え、誰かを羨むことがあっても、君自身を蔑む必要はない。
それは、自分自身に自信を、誇りを持っていいってことなんだよ。
episode3 スカイ・ハイ「ミル・マスカラス」
カトリック富岡教会。
ゴシック建築の八角堂鐘楼のある聖堂。
ステンドグラスのはめ込まれた窓は、陽の光を浴びて煌煌と光っている。
その様子は、まるで現実世界から切り離された絵画のようだ。
そんな優雅な光景の中、リクは一人、聖堂のベンチに座ってため息をついていた。
「…どうにかならないかな」
何度目かわからないつぶやき。
長年の悩み。
「はぁ…」
ため息だけが、聖堂の広い空間に吸い込まれていく。
リクを悩ましているのは、その容姿だった。
青い髪に青い目。人形のように整った顔は、黙っていても、笑っていても華がある。
身長はそこまで高くないけれど、細身で、神父服で人前に立つ姿は、凛々しく、かつ穏やかで、教会を訪れる人々、特に近所の奥様方からもとても人気がある。
他人から見れば、一体どこに何の不満があるのか。
「どうやったら…」
筋肉質になれるかなぁ。目標は、プロレスラー。最近のお気に入りはミル・マスカラス。
リクのその悩みは、近所の奥様方が聞いたら、卒倒しそうなものだった。
そもそもリクは、カトリック富岡教会の付喪神である。
教会の佇まいやステンドグラスを反映したその姿はプロレスラーにはなり得ないのだが、以前、体育館で行われたプロレスのチャリティー興行を観て、その姿に憧れてしまった。そして、憧れただけでなく、なってみたいと思ってしまった。
リングの上で闘う選手の姿は、今の自分とは大きくかけ離れている。リクだって、今の自分に特別大きな不満があるわけではないし、もちろん、自分がプロレスラーのようになれないのもわかっている。だけど、なれないからこそ憧れてしまったのだ。
「一回くらい、なれたりしないかな」
「何に」の部分はもちろん「プロレスラーみたいに」。
いくら聖堂で祈っても、さすがに神はこんな願いを叶えてくれない。
リクは、自分自身である教会を恨めしく思いながら、天井を見上げた。
自分が教会ではなく、見た目からしてもっと「いかつい」建物だったら何か違ったのだろうか。例えば、日本銀行旧小樽支店や旧三井銀行小樽支店のような堅牢で重厚な感じ、鰊御殿のような邸宅の豪壮な感じ、北海製罐倉庫のような厳かな感じ…。
「はぁ…」
本日何度目かのため息が余韻を伴って消えたとき、教会を訪れるものがあった。
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episode3 スカイ・ハイ「羨望」
「リク、いる?」
リクがやる気のない目を向けると、そこには明るい声を響かせた主、スハラがいた。彼女自身もまた、旧寿原邸が人の形をとったものだ。
後ろに束ねた金色の長い髪を風に揺らし、臙脂(えんじ)の袴姿でさっそうと風を切るその姿は、とても凛としていて、さらには彼女の活発さや明朗さも相まって、街の中でもとても目立っていた。
そして、リクとは、同じ「付喪神」として仲が良く、たまに理由もなく訪れることがあるくらいに交流はあった。
「そんな生気の抜けた顔してどうしたの」
確かに、今のリクには覇気はない。う~んと唸るリクに、スハラが心配して悩みなら聞くよと言うと、リクはその重い口を開いた。
「…どうやったら、筋肉ってつくと思う?」
はっ?というスハラの素っ頓狂な声に、リクは改めてため息をつく。
「なんかこう、強そうな感じってあるでしょ。あんなふうになってみたいなぁって」
リクの言葉に、スハラはある出来事を思い出す。
「…もしかして、去年のプロレス観たやつを言ってるの?」
スハラが言うと、リクの目がぱっと輝く。そして、そういえばあの時もリクの目は輝いていたっけと思い出す。
滅多に見られない興行だからと、リクをプロレス観戦に誘ったのはスハラだった。当初は行くことを渋っていたリクだったが、スハラのほかにミズハやスイ、テンなどほかの人たちも行くことから、あまり乗り気はしないけど行くことにしたのだ。
結果、一番ハマったのはリクだった。
あれ以来、リクは人知れず、悩んでいたというのか。
「いや、リク、自分の存在考えなよ」
ていうか、リクがプロレスラーのようになったら、リクファンの奥様方がきっと泣く。
スハラの冷たいツッコミに、リクは怒るどころか悲しい目をして、そうだよねぇとため息交じりに返す。
「僕だってわかってはいるんだよ。ムキムキな神父なんて、この教会の雰囲気にちょっと合わないよね」
だけどなってみたいんだよなぁーとリクは力なくうな垂れる。
「僕だって教会じゃなくて、銀行とか鰊御殿とか旧北海製罐倉庫の『ヒト』だったら、きっともう少しごつい感じになれたんだろうなって思うんだけどさぁ……北海製罐第3倉庫の『スパイラルシュート』なんて、なんかわかんないけどすごくかっこいいじゃん」
スハラは、真面目な悩みも、(本人はいたって本気な)こういう悩みも一応真剣に聞いてくれる数少ない人だ。
だから、リクはこれまで考えてたことを、ここぞとばかりに口にする。こんなことは、スハラにしか言えない。
「スハラはどう思う?もし、自分が自分じゃなかったらって」
自分がほかの誰かだったら。ほかの誰かになれるとしたら。
「そんなこと考えたことないなぁ。私は私だよ。リクだって、リクなんだよ」
スハラはきっぱりと言うが、きっと今リクが求めているのはそういうことではない。今度はスハラがう~んと唸る番だった。どうすればリクの悩みは解決するのか。
束の間考え込んだスハラは、思いついたことを口にする。
「そんなに言うなら、セイカ…旧北海製罐倉庫に会ってみる?」
「え、会えるの?」
リクの声音が嬉しそうなものに変わる。
さっきリクが憧れのように挙げた中にいた旧北海製罐倉庫は、リクやスハラと同じ付喪神で、スハラの友達でもある。ただ、リクが思ってるような『ヒト』ではないが、スハラはあえてそのことを伏せておく。
「リクの悩みが解決するかもよ」
スハラは日程決めて教えるねと、リクが頷くのを確認してから、手に持っていた紙袋を手渡した。
中には、おすそ分けのミカンが入っていた。
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episode3 スカイ・ハイ「旧北海製罐倉庫の付喪神」
数日後。
スハラのセッティングにより、リクは、スハラとともに旧北海製罐倉庫の付喪神に会いに行った。
「旧北海製罐倉庫ってどんな人?」
リクはすごく楽しみにしていたようで目をキラキラさせていたが、スハラは「会ってから、自分で判断したほうがいいよ」と言うだけで、旧北海製罐倉庫に関する情報は何も言わなかった。
そして今、2人は北海製罐第3倉庫の前にいる。
スハラは、勝手知ったる感じで、建物の中を進み、リクはその後ろをヒナ鳥のようについていく。
恐い人だったらどうしようという、明らかに建物のイメージだけで『ヒト』をイメージしているリクは、ここにきてちょっと怖気づいているようだった。
そして、2人は、一つの部屋の前で立ち止まる。
コン、コン。
ノックをして、こんにちはーとドアを開けるスハラに続いて、リクは後ろから部屋の中を恐る恐るのぞき込む。
「こんにちは、スハラ。先月ぶりだね」
部屋の中には、一人の女性。
優しさに満ちた碧の瞳に、灰色の髪は陽の光を浴びて青く輝いている。そして、ドレスはシンプルなデザインなのに豪華さを失っていない。
そのヒトは、スハラと同じくらいの年齢に見えるが、付喪神だから本当の年齢はわからない。
ただ、間違いなく言えるのは、建物のイメージが全くないほどに、華奢で綺麗な人だということ。
「えっ、と、」
予想と正反対であったことの驚きから口ごもるリクに対して、北海製罐―セイカ―は、はじめましてと話しかける。
「セイカといいます。スハラから話は聞いてるわ。リクさん、よろしくね」
「あ、の、リクといいます。セイカさん、はじめまして。えっと、よろしくお願いします」
何がお願いしますなのかわからないが、ひとまず自己紹介を終えたリクは困って、ちらっとスハラを見やるが、スハラは、そんなリクに気づきながらも知らないふりをして、にやついていた。
ここに来る前、スハラは、セイカがどんな人か全く教えてくれなかったが、どうやらこういうことだったようだ。
「スハラから話は聞いているわ。私がこんな感じで残念だったでしょう?」
困ったまま固まってしまったリクに、セイカは穏やかに問いかける。
スハラはどうやらリクの悩みをセイカに話しているらしい。リクは、何で言ってしまってるんだと思いつつも、今回の来訪をお願いする上で当初の目的を伝えなければ説明しづらかったのも理解はできる。
リクは、勢いよく頭を下げた。
「あの、セイカさん、ごめんなさい。そういうつもりじゃないんだ」
謝るリクに、セイカは、セイカでいいわよと優しく言う。
「リクさん、謝ることはないわ。確かにこの建物は大きいし、いかつい感じがあるし、それと同じような『ヒト』をイメージするのも理解できるわ。リクさんだって教会そのもののようだしね」
微笑むセイカは、リクに頭を上げるように促す。
「それに、事情が何であれ、会いに来てくれたことがうれしいわ」
どういうことだろうと訝しむリクに、スハラが教えてくれる。
「セイカは、4つの建物を合わせて一人のヒトになってるから、存在がちょっと不安定で、あまり外出ができないんだ」
だから知り合いも、友達も多くはないんですとセイカが付け足す。
「理由は何であれ、せっかく知り合ったんだ。セイカ、リクをよろしくね。リクも、セイカをよろしく」
えぇと頷いたセイカは、リクへ右手を差し出す。
「リクさん、いつでも遊びに来てね」
リクは、差し出された手を握り返して、リクでいいよと笑顔を見せた。
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episode3 スカイ・ハイ「籠の中の鳥」
北海製罐からの帰り道、リクはスハラへ文句をぶつけた。
だって、セイカが自分の想像とは正反対のヒトだったから。いや、セイカが自分のイメージと正反対なヒトだったのが悪いのではなくて、それならそれで少しくらいイメージの訂正とか、情報をくれてもよかったんじゃないのか。セイカと知り合えたのはよかったけれど、すごく失礼なことをしてしまったのでは…。
だけど、スハラはそうだねーと笑って、あとは自分で考えろと暗に示すだけだった。
数日後、リクは再び北海製罐第3倉庫を訪れた。
今度は一人で。だけど、手土産にケーキを持って。
部屋に入ると、セイカは、窓から外を眺めていた。
「何か面白いものがあるの?」
リクの問いにセイカは、いいえと答える。
「鳥たちはあんなに自由なのに、私は、なかなか自由が利かないなって思って」
少し寂しそうなセイカに、リクは、明るい声でケーキを持ってきたことを伝える。
「セイカ、一緒に食べよう」
小樽で長く愛されている館(やかた)のケーキを見て、セイカは嬉しそうな顔をした。
セイカが紅茶を入れてくれる。リクは、ケーキと紅茶を前に、先日の非礼を謝って、改めて自己紹介をした。
教会のこと、自分のこと。普段の神父としての仕事や、最近の出来事など、もともと社交的で、ファンの奥様方といつもお喋りをしているリクは話題に事欠かない。セイカも時折、自身の話を混ぜながら楽しそうにリクの話を聞いていた。
楽しい雰囲気が少し落ち着き、話に一瞬の間ができたとき、リクがそれまでとは違った落ち着いた声で切り出した。
「さっきの話だけどさ、」
突然話を変えたリクに、セイカが不思議な目を向ける。
「鳥は自由なのにって話。確かに鳥って自由だと思うけど、羽を休める場所がなかったなら、飛べることを悔やんだかもしれない」
リクは、セイカの少し驚いた顔を見ながら話を続ける。
「スハラから聞いたと思うけど、僕はミル・マスカラスのようになってみたいって思ってた。そして同時になれないのもわかってた。なれないから憧れたんだ。だけど、そんな僕だから、セイカと会う機会が生まれた」
きっかけをくれたのがスハラだっていうのがちょっと気になるけど、それは仕方ない。
「自分は自分にしかなれなくて、だからこそ出会える人たちがいて。セイカが今のセイカじゃなかったら、こうやって僕たちが友達になることなんてなかったかもしれない」
リクは真っ直ぐな目をセイカへ向ける。
「だからさ、もし自由じゃなくても、セイカがセイカでよかったと思うんだ」
それに空を飛べたら、それはもうセイカじゃないかもと言ったリクの無邪気な笑顔につられて、セイカも微笑む。
不自由さを抱える今のセイカだから、スハラやリクに出会えて、今の関係があるのかもしれない。それはきっと、何ものにも代えがたい。
「そうだ、ねぇセイカ、いつか、僕の教会を見に来てよ」
セイカにそう言ってくれる人は、これまでどれだけいただろう。
えぇ、いつか必ずと頷くセイカは、心の底から楽しそうだった。
十数年後、その約束が果たされる前に、『北海製罐第3倉庫取壊し』のニュースが巷を駆け巡るのは、また別の話。
※エピソード一覧
・第1部
ep1「鈴の行方」
ep2「星に願いを」
ep3「スカイ・ハイ」←今回のお話
ep4「歪んだココロ」
ep5「ねじれたモノ」
ep6「水の衣」
ep7「嵐の前の静けさ」
ep8「諦めと決意」
ep9「囚われの君へ」
・第2部
ep1「北のウォール街のレストラン」
ep2「高嶺の花」
※創作大賞2024に応募します!
古き良きを大事にする街で語られる、付喪神と人間の物語をどうぞお楽しみくださいませ。
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