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坂の上のつくも|ep12 「名探偵コテン」〜天狗山での名(?)推理〜|1話完結


―――つけられている。

 尊がその気配に気づいたのは、スハラの家を出た直後だった。
 最初はただ同じ方向に行くだけかと思っていたけれど、尊が大通りを逸れて横道に入ったり、不自然なところで立ち止まってみると、その足音も同じように曲がったり、立ち止まったりした。

―――― 一体誰が。

 考えてみても、最近の依頼は、買い物代行とか草むしりとか平和なものが多かったし、何か事件に巻き込まれたような記憶もない。ただ、自分の知らないところで恨まれたというならどうしようもないが。

 尊は薄気味悪く思いながら、都通りまで来て、信号で立ち止まる。
 背後の足音も、同じように立ち止まった。
 信号は変わったばかりで、まだしばらく青にはならない。
 尊は、目の前を過ぎ行く車を眺めながら、束の間考える。
 この場所なら、人通りも走り行く車も多い。周りは店がたくさんあるし、何かあってもすぐに助けを呼べるはず。

 今なら。
 尊は、一つ深呼吸すると、思い切って後ろを振り返った。



episode 名探偵コテン 「山へ行こう」


「そしたら、こいつらがいたんですよ。テンは尻尾丸見えだし、スイはそもそも顔半分見えてるし。全然隠れてないんですよ」

 少し怒ったように話す尊の足元で、スイとテンは胸を張った。
 尊は後をついてきていた足音の主-スイ・テンと合流した後、旧岩永時計店を訪れた。そして、さっきまでの顛末を聞いたオルガは困った顔で笑いながら、隣に座るサワへ目をやる。
 その視線を受けたサワは、呆れ顔のまま、スイ・テンへ、なんでそんなことをしたのか質問した。

「だって、探偵の基本は尾行でしょ?我ら名探偵だから」

 テンからの返答に全員が首をかしげる中、スイだけが静かにウンウンうなずく。
 何かの期待に満ちてキラキラした目のテンの首元には、ミズハに作ってもらったという赤い蝶ネクタイ。
 その蝶ネクタイと『名探偵』という単語から、尊は一つのマンガを思い浮かべる。

「テン、それってまさか…」

 後が続かない尊の言葉を、テンがいつもより明るい声でつないだ。

「そう、我は名探偵コテン!それでね、スイは怪盗スイなの!」

 もじっているようでもじりきれていないその名前は、それでも何を言いたいか伝わってくる。

「探偵って尾行するんでしょ?だからね、我らもやってみようと思って」

 尊はなるほどと納得する。
 早々に後をつけていることがばれて、さらには姿すら隠しきれていなかったが、目的が「尾行すること」なら、テンたちの行動は理解できる。だけど。

「急に後をつけたりしたら、気味悪いでしょう。テン、スイ、尾行ごっこはやめなさい」

 オルガが優しく諭すと、テンとスイは耳を下げてしょげてしまった。

「尊にも謝ったらどう?びっくりさせてしまったんだし」

 オルガに促されて、スイとテンはさらに俯く。そして消えそうな小さな声で、ごめんなさい、とつぶやいた。
 2匹のあまりの落ち込み具合に、今度は尊が悪いことしたような気分になってくる。確かにびっくりしたけど、2匹のかわいいいたずらと思えば。

「いや、テン、スイ、いいよ。でも、尾行はやめてもらいたいから…何かほかのことで探偵ごっこすればいいじゃないかな」

 そうは言っても、探偵ごっことは一体何があるのだろう。尊は、いい提案がわからず、視線をそらす。視線をそらした先には、アンティークの置物や時計。本棚には真新しい料理本が数冊。旧岩永時計店には、新旧入り交じり、たくさんの物が置いてある。
 それらは、オルガや、これまでの店主たちの趣味で集められたものが多く、そういうものに疎い尊が見ても「いいな」と思うものがたくさんある。

 新しい時計も増えているなと思いながら、尊が眺めていくと、ある一点で視線が止まった。
 周りにある物たちから見ると、なんとなく不釣り合いな小さなそれは、窓際のアンティーク調の人形の隣に、ちょこんと鎮座していた。

「オルガ、あれ、この間まであったっけ?」

 尊が指差した先にみんなの視線が集まる。

「あ、それね。昨日、サワと行って、買ってきたの。かわいいでしょう?」

 長い鼻に、ぎょろりとした目。赤みがかった顔。天狗だ。
 オルガはなんでもないように言ったが、明らかに他のものたちから浮いている。

「それって天狗山?今、そういうの売ってるんだ?」

 尊の問いに、オルガが微笑みながら頷く。

「今更買うのもなんかなって思うんだけど、天狗さんに会ったの久しぶりだったし、ちょっと楽しくなって買っちゃった」
「…本当、今更な」

 隣でつぶやくサワは、なぜか少しおもしろくなさそうだ。
 すると突然、足元でシュンとしていたはずのテンが飛び跳ねた。

「そうだ、天狗山へ行こう!」

 どこかで聞いたキャッチコピーのように叫んだテンは、さもいい思い付きであるかのようにウキウキしている。さっきまでの落ち込みが嘘のようだ。

「ねぇ~たけるぅ~行こう~、ちょっとでいいからさぁ~」

 元気になったのはいいけれど、急に何を言いだすのか。尊が聞くと、当然のようにテンが言う。

「だってさ、山だよ?事件と言ったら山じゃない?」

 我らの出番だと胸を張るテンの言葉に、さすがの尊も、ついさっきまであんなにしょげていたのにと呆気にとられてしまう。

「…いや、まぁ、行くのはいいけど、この時間からじゃさすがに・・・」

 尊は自身の腕時計を見た。
 時計の針は、すでに15時を指している。いますぐ向かっても、山頂に着くころには夕方になってしまうだろう。

「や~だ~、今行きたいの!今から行くの!ね?尊、いいでしょ?」

 しばらくの押し問答をした結果、尊は、絶対行くんだと譲らないテンの言い分に押し負けて、天狗山へ行くことになった。

「私たちは昨日行ったし、3人で楽しんできてね」

 別れ際、オルガが小さく「がんばれ」とつぶやいた応援の言葉は、「行ってきます!」と言うテンの元気な声にかき消されて、尊には届かなった。


episode 名探偵コテン 「密室」

 尊とスイ・テンが、天狗山のふもとについたとき、時間はすでに17時を過ぎており、風が強くなってきたことによりロープウエイも終了していた。

「もう今日はあきらめよう?」

 尊の声にスイ・テンがふてくされる。

「天気も悪くなってきたしさ」

 旧岩永時計店を出たころには晴れていた空は、いつの間にか分厚い雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうだ。しかも気のせいか、どこか遠くで雷鳴が響いているように聞こえる。

「な?ミズハも心配するだろうし、帰ろう?」

 その言葉に、テンとスイがぐすぐすと泣き出してしまった。尊としては、すぐ行かなければならないものでもないと思うが、2匹にとっては、そうもいかなかったようだ。
 尊は困って、少し悩んだ挙句、スマホを取り出した。

「「いやっほう」」

 車中の2匹は、テンションをどんどん上げていた。
 泣き出した2匹を前に、困った尊はスハラへ連絡をした。スハラは、便利屋への依頼の関係で、昨日からレンタカーを借りていた。そして、その依頼は、今日の昼には完了していたはずだ。
 さらに、レンタカーを使うことなんて滅多にないから、明日みんなで出かけようという話になっていて、車は借りたままにしている。
 
 尊の連絡に快く応じてくれたスハラは、さらにミズハも連れて、尊たちを迎えに来てくれた。
 そして、今、山頂へ向かっている。

「事件ってさ、やっぱり殺人事件かな」

 必要以上にイキイキしているテンは、隣でそわそわしているスイと物騒なことを話している。
 灰色に覆われた空は、まだ雨を降らすことなく、雲の切れ間からはオレンジの夕日が輝いていた。

 スハラの運転する車は、ほどなくして山頂にたどり着いた。

「いいね~天狗山っ!」

 よくわからない高いテンションを保ったテン・スイは、展望デッキへ向かって走っていってしまう。
 眼下に広がる景色を楽しむのは、尊たちのほかに3グループあった。

 大学生くらいの若い男女、夫婦と思われる人たち、親子に見える小さい子供を連れた父親。
 ロープウェイが終了した時間にいるということは、尊たちと同じように皆、車で来ているのだろう。

「…なんか、変だな」

 スハラの小さなつぶやきを聞いてしまった尊がどうしたの?という前に、すぐそばで雷鳴が轟いた。
 その轟音に、他の客たちの悲鳴と驚きが重なる。
 あっという間に辺りは暗くなり、程なくして降り出した雨は、尊たちを容赦なく打ち付ける。
 その場にいた人たちは、雨を避けようと散り散りに走っていく。

 そして、二度目の雷鳴。
 すぐ近くに落ちたのではないかというほどの光と音に、ミズハは思わず耳をふさいだ。

 尊たちが逃げ込んだロープウエイ乗り場には、親子と思われる父子が先に雨宿りしていた。

「いやぁ、急にすごい雨ですね」

 困ったように眉を寄せて、口元には笑みを浮かべたままのその父親は、子供の髪をハンカチで拭きながら、尊たちに声をかけた。

「天気予報、雨じゃなかったのに。皆さんも結構濡れてますね」

 土砂降りの中にいたのは短時間だったはずなのに、確かに全員ずぶぬれだった。
 テン・スイは、身体を振るわせて、水滴を周囲に飛び散らす。それでも滴る水に、いっそ毛皮をしぼったほうがいいのではないかと思ってしまう。

「ねぇねぇ尊、山で雨って、事件起きそうじゃない?」

 びしゃびしゃのままうれしそうに言うテンは、さすが動物、雨を全く気にしていない。

「しかもロープウエイが終わってるし、これって「みっしつ」ってやつかなぁ?」

 車が無事である以上、密室になりえないが、そんなことに気づいている様子はなく、テンとスイのウキウキは止まらない。

「テン、スイ、楽しそうなところ悪いけれど、こんな天気だし、もう帰りましょう?」
「やだ~まだいたい~まだ来たばかりだよぉ~」

 ミズハに言われても、2匹はいやだと駄々をこねる。
 尊たちに困ったような空気が流れ始めたとき、さっき展望デッキにいた大学生らしい二人組のうちの一人の男性が勢いよく駆け込んできた。

「誰かお店の人!天狗山のお店の人いますか?誰か!天狗がっ!」

 その声に最初に反応したのは、やはりスイとテンで、まだ雨の降る中、勢い勇んで駆けだしていく。
そして、その場にいた全員が、何事かと2匹のあとを追い、「天狗」のもとへ向かった。

 大学生のあとについてたどり着いたのは、天狗山の名物「鼻なで天狗」のもとだった。先ほどまでの豪雨はもう過ぎ去ったようで、今は小雨となっている。
 天狗の周囲には、すでに数人が集まっており、尊たちは遅れてきたような形だ。みんな声を潜めて何かを話している。

「何があったんですか?」

 尊の問いに、一人の男性が天狗を指さす。
 そこには、いつもどおり鎮座した大きな天狗の顔。
 しかし、その特徴的な鼻は、無残にも、根元から失われていた。

episode 名探偵コテン 「鼻の行方」


 みんなが言葉を失っている中、スハラは辺りを素早く見回した。
 ロープウエイの灯りに照らされた天狗の周辺には、自分たちのほかに、さっき展望デッキで見た人たちばかりだ。
 あとから遅れてきた親子の父が「どうしたんですか」と緊張感のない声で問うが、みんなの無言の視線につられて天狗を見ると、絶句した。

 辺りには、焦げたような匂い。
 それは、天狗の鼻に雷が落ちたのだろうことを容易に想像させた。
 しかし、肝心の天狗の鼻は、いくら目を凝らして探しても、周囲には見当たらなかった。雷で焼けてしまったにしても、その残骸が何か落ちていてもいいはずである。
 それがどこにもないということは、一体どういうことなのか。
 スハラが、ミズハと尊をちらりと見ると、2人とも状況に混乱して、唖然としたまま言葉を失っている。

「これは我らの出番だねっ」

 この場の緊張感を破るような、緊張感のない声をテンが発した。
 その声に、その場にいた全員が動き出し、口々に思いを吐き出していく。

「一体何が」
「誰がこんなことを」

 スハラは、このままだとさらに混乱しそうに思い、空を見上げながら提案する。

「私が言うことではないかもしれませんが、まずは、状況を確認しましょう。一旦、どこか建物に入りませんか?」

 雨は変わらず降り続いている。スハラの言葉に意を唱えるものはなく、そばのレストランへ移動した。
 そこには、事情を聴いて駆け付けたロープウエイ乗り場の人もいた。

 全員がいることを確認して、スハラは自分達を始めとして、それぞれ自己紹介を促していく。
 自己紹介には、渋々ながら全員が応じてくれた。
 話を聞きながら、スハラは頭の中で、メモを作っていく。

・加藤さん。ロープウエイ乗り場の事務員。今日の集計作業、片付けがまだ途中になっている。
・柴田夫妻。このレストラン経営。お客さんがいなかったことから、展望デッキで外を眺めていた。
・佐々木紀仁さん、斎藤のぞみさん。商大生。車で来た。まだほかに3人来る予定(石田裕子さん、工藤広樹さん、土屋洋介さん)。ゼミで夜景の話で盛り上がったため、今日訪れた。
・松林親子。今日は仕事が休みだったので、たまにはと思い、天狗山に来た。

 スハラの隣で話を聞いているテンは、うんうん頷いているが、どこまできちんと聞いているのだろう。
 みんな、雨に打たれて疲れた顔をしている。きっと、この状況に疲れているというのもあるのだろう。
 今すべきことは、何か。次の言葉を考えていると、レストランのドアが勢いよく開いた。

「失礼しまーす」」」

 入って来た顔を見て、やっときたかと佐々木さんが声をかける。どうやら、あとから来ると言っていた商大生たちのようだ。

「あれ、みんな何か深刻そうな顔してます?俺らお邪魔?」

 場の雰囲気を感じ取って、3人組の一人が発言するが、それを佐々木さんがフォローする。

「さっきの雷で、天狗の鼻がなくなったんだよ」

 それを聴いて3人組はきょとんとする。言われている意味がわからないようだ。ほかの人が説明を追加することで、やっと状況を理解した3人は苦い表情を浮かべる。そして3人で顔を見合わせて頷くと、一人が口を開く。

「あのさ、さらに悪い知らせなんだけど、ここに上がってくる道、途中で木が倒れてて、車通れなくなってんだよね」

 きっと、さっきの雨の影響だろう。風も強かったから、倒木があっても不思議ではない。

「俺らが通ったあと、すげー音がしてさ。後ろ見たら木が道ふさいでんの。あれはちょっと簡単には通れないよ」

 その事実は、車ではここから離れられないということだ。

「これはいよいよ みっしつ ですね。犯人を捜さなくては!」

 俄然イキイキしだしたテンに、大学生たちが白い目を向ける。

「何楽しんでんだよ」

 一気に険悪なムードが流れる。

「いやいや、大丈夫!我はもう犯人がわかったもんね」

 突然の言葉に、みんながテンを見る。
 テンは堂々と胸をはって、一人を指し示した。

「天狗の鼻を持って行ったのは、あなたです」
「私じゃありませんよ」

 テンから指名された加藤さんは、目を丸くする。

「第一、私はずっと事務所で仕事していたんですよ。天狗のところに行く余裕なんてありませんよ」

 淡々と答えながらも、加藤さんの声は心外だと主張していた。
 しかし、テンはひるむことなく、言い返す。

「でも、あなただけが、ここに来るまで誰とも会わず、ありばい がありませんよね」

 自信を持ったテンの声が、加藤さんを犯人だと決めてかかり、全員が加藤さんを見る。

「そんなに言うなら、天狗の鼻はどこにあるんですか?私が持っているとでも?」

 事務所にあるんじゃないかと、テンではない誰かの声がする。その声につられて、大学生グループの一人・土屋さんが、事務所に行こうと言い出した。

「かまいませんよ。私は犯人ではないんですから、どこでも好きなように探してください」

 事務所の中を、加藤さん立会いの下、スハラと土屋さんが探していく。
 天狗の鼻は、結構な大きさがあるため、そう簡単には隠せないはずだ。よって、隠すなら必然的に広いスペースになるため、探す場所は限られていて、あっという間に探し終わってしまう。
 そして、加藤さんが言った通り、どこからも天狗の鼻は見つからなかった。

「だから言ったでしょう。私は盗ったりしませんよ」

 加藤さんはため息とともに言葉を吐き出すと、テンを睨んだ。
 睨まれたテンは軽く首を振ると、少し間を置いて、新たな推理を発表する。

「加藤さんが犯人ではないとなると、犯人である可能性がある人物は限られてきます」

 そこで言葉を区切ると、3秒ほどもったいぶって、全員を見回した。
 そして、一人のところで視線を止める。

「犯人はあなただ。そうでしょう?柴田さん」
 
 テンに名指しされた柴田さんの奥さんは、「えっ?」と言ったきり絶句し、困ったように隣に立つ夫へ目を向けた。その視線を受けて、夫が口を開く。

「妻が何のために?証拠でもあるんですか?」

 テンは胸を張って、推理とも言えない推理を披露していく。

「だって、お客さんがいないから外に出てたって、不自然だもん。きっと天狗さんに恨みがあって、人が少ない時間に外に出て、天狗さんの鼻をもいだんだ!」

「妻が一体何の恨みを持ってるって言うんですか。それに、天狗の鼻をもぐなんて、そんな罰当たりな。第一、鼻は雷で折れたんじゃないんですか」

 そう言われてしまうと、テンも返す言葉がない。

「う~ん、じゃあ違うかな」と急に弱気になったテンを、柴田さんは険しい目つきで睨みつけた。

「小説なんかでは、その場にいなかった、後から来た人が犯人ってこともありますよね」

 場に流れ始めた沈黙を破って、どこまで本気で言っているのか、松林さんが言い出す。
 その発言を受けて、テンの目が輝く。

「そっか!じゃあ犯人はあなたたちだ!」

 指名されたのは、後から車で来たという商大生3人だった。

「車で来たってことは、車に隠れていられるってことでしょ?天狗の鼻だって、車に隠せるし。先に来ていた2人も共犯なら、2人が鼻をどこかに置いといて、後から来た3人がそれを持って行って隠すことができるよねっ」

 学生5人は、テンの言い分を聞いて、自分たちはやっていないと口々に文句を言い出す。

「でも、今一番怪しいのは、お兄さんたちだよ」

 テンは臆することなく言うが、その根拠はとても曖昧なもので、尊たちは失礼だろとテンを止めにかかるが、テンは言葉を止めない。

「そんなに言うなら、車を調べればいいだろっ!」

 大学生の一人の佐々木さんが怒りながら、尊たちに向けて言う。その目には、飼い主ならちゃんと制止しろという意味が含まれているような気がした。
 
 駐車場には、5台の車が止まっている。1台はスハラ達が乗ってきた車だ。
 佐々木さんは、迷わず1台の車に向かい、白のセダンの前で止まると、鍵を開けた。

「好きなだけ探せばいいだろ」

 険のある言葉に尊が動けないでいると、「じゃあ失礼して」と松林さんが車内を探り出す。
 トランクも含め、車内を探すが、天狗の鼻は見つからない。

「皆さんの車、もう一台車あるんですよね?そっちはどこですか?」

 いつの間にか、テンではなく松林さんが仕切っていく。大学生たちも、テンより、大人の松林さんに言われるほうが話を聞いているようで、「こっちです」と素直に車へ誘導してくだれ。
 もう1台は黒色のワンボックスだった。先ほどと同じように松林さんが車内を確認していく。
 そして、先ほどと同じく、天狗の鼻はどこからも出てこない。

「だから、俺たちじゃないって言ったでしょ」

 勝ち誇ったように、佐々木さんが宣言した。

 しょんぼりとした足取りのテンを先頭に、柴田さんのレストランへ戻ると、静まり返る中、松林さんが口火を切った。

「天狗の鼻は、どこにいったんですかね」

 推理がことごとく外れて、しょげたままのテンは、「もうこの際、尊が犯人になってよ」とわけのわからないことを言い出す始末だ。

「あのな、テン。そもそも何の根拠もなく人を疑ってたらだめだろ」

 尊に言われて、テンはさらにうつむいてしまう。

「我、やれると思ったんだけどな・・・」

 目に浮かべていた涙が、テンの足元に落ちる。
 犯人はわからず、天狗の鼻も見つからず、テンもめそめそと泣き出してしまい、沈んだ空気が流れる中、松林さんが明るい声で話し出す。

「小説だとたまに、探偵が犯人のこともありますけれど。あなたたちにその可能性はないんですか?」

 目を向けられたスハラが固まる。その様子を見て、佐々木さんが続ける。

「俺たちを疑ったんだから、あんたたちも自分たちじゃないって言うなら、潔白も証明したらどうですか?」

 その眼は、明らかに尊達を疑っている。
 その疑いの目にいち早く反応したのはテンだった。

「我らそんなことしないもん!」

 探偵を気取って張り切っていたのが、今や犯人扱いだ。テンは我慢できずに、大声で泣き出してしまった。
 まさか泣き出すと思っていなかった大学生たちはおろおろしながら、それでも追及の手を緩めない。

「泣くくらいなら、自分たちじゃないと証明しろよ」

 佐々木さんが強く言うと、スイまでしくしく泣きだしてしまった。
 どうにも収拾がかない状況に、スハラと尊は顔を見合わせるが、どうすればいいかわからない。
 こうなってしまった以上、じゃあ自分たちの車でも調べてもらおうかとスハラが言いかけたところで、視界の端で急に動く影があった。

「申し訳ありませんでしたっ」

 急に動いた影は柴田さんで、腰を折って頭を下げている。それは、言葉と同じく謝る姿勢だ。
 突然の謝罪にみんなが呆気にとられる中、柴田さんは言葉を続ける。

「こんなことになるなんて…さっき疑われたときに言い出すべきでした。本当にすみません」

「おいおい、一体何だよ、あんたがやったっての?」

 佐々木さんが場の混乱を代弁する。
 泣いていたテンとスイも、事の成り行きについていけず、キョトンとしてしまった。
 一体何があったのか。みんなが注目する中、柴田さんは、言いにくそうに、しかしはっきりと話し出した。

episode 名探偵コテン 「告白」


 雨が降り出した時、すぐにレストランに戻った私たちは、外で大きな音が聴こえて、それがすぐに雷の音だと気づきました。 

 雷が落ちた場合、どこかで火事になったら困るので、私たちはいつも周囲を見回ることにしています。今日も同じで、傘を持ってすぐに外へ出ました。
 外に出るとすぐに「こっちだ」という声が聞こえて、その声と焦げたにおいを辿って、私たちはすぐに鼻なで天狗の元につきました。

 あぁここかと、辺りを確認して、確かに鼻は焦げていましたが、まだついていて、火の気はなく、私たちはそのことに安堵しました。
 天狗についてはそのままにはできないので、すぐに妻をロープウェイの事務室へ、加藤さんを呼びに行かせることにしたんですが、そのとき「待て」という声が聞こえた気がして、そうしたら私たちの目の前でまた雷が落ちたんです。一瞬の轟音と閃光でした。

 目を開けたときには、天狗の鼻が地面に落ちていて、雷が天狗の鼻に落ちたんだとわかりました。
私たちは、目の前で雷が落ちた事実と、自分たちに落ちていたらどうなっていたのだろうという恐怖から、その場で呆然としてしまいました。

 しかし、すぐにどこからか、もしかしたら幻聴だったのかもしれません、「鼻を持って行け」という声が聴こえたんです。
 皆さんには信じてもらえないかもしれませんが、その声は、私たちの娘の名前を出して、娘に鼻を届けろと言ったのです。

 娘は、普段から鼻なで天狗を「天狗さん」と呼んで、とても親しみを持っていました。だから、天狗が娘を励まそうとしているのかと思って、しかし、迷っているうちに皆さんが集まってくる気配がして、私たちは思わず慌てて鼻を持ってこのレストランに帰ってきてしまいました。

 柴田さんの奥さんが、厨房からおずおずと白いタオルに包まれたものを持ってくる。
 スハラが、テーブルに置かれたそれのタオルをほどくと、天狗の鼻が現れる。その鼻は根元が焦げて、破裂してちぎれたかのようだ。

「皆さんにも不快な思いをさせてしまって、本当にすみませんでした」

 柴田さんが商大生たちに向かって頭を下げる。奥さんはうなだれたままだ。
 商大生たちはまだ不満がありそうな表情を浮かべながらも、まぁ謝ってくれるならとしぶしぶ謝罪を受け入れた。

 その様子を見守りながら、ミズハがテンにも謝るように促すと、テンは「疑ってごめんなさい」素直に頭を下げる。
 それぞれの誤解が解けたことや真相がわかったことで場の緊張が解けてくると、次は違うことが気になってくる。

「柴田さんたちに話しかけた“声”は、一体何なのでしょうね?」

 松林さんがつぶやくと、それにはスハラが反応した。

「たぶんそれは…」

episode 名探偵コテン 「願い」

 
 小樽市立病院の4階病棟。
 入院して3日目。いろいろな検査を終えて、明日には手術を控えた千尋は、眠れなくて病室から空を眺めていた。
 見上げた空は、月が出ていてとても明るい。
今までも何度も入院してきたし、手術も経験している。

―――慣れていると言えば慣れているけれど。

 いつも手術の前日は言い知れぬ不安感を覚えてしまう。
 来年の小学校入学に向けて、今回でいったん手術は完了になると言われた。だけど、それは、大人の話から推察すると、完全に治ることを意味しているのではないらしい。
 そんなことだったら、小学校だってみんなと同じように通えるかはわからないだろう。

 普段から友達ともなかなか遊べず、両親の経営するレストランの近くで遊ぶことの多かった千尋にとって、話し相手はいつも「不思議な声」だった。両親にも内緒にしていたその「声」の正体が付喪神で、天狗であることを知ったのは最近だ。

『しばらく会えなくなるんだ』

 千尋が今回の手術や入院のことを伝えたとき、天狗は「そうか」としか言わなかった。
 天狗は、いつも千尋の話の聞いてくれたが、常から口数が少なく、返答は「そうか」とか「それで?」とか相槌程度。それでも千尋は、話を聞いてくれるだけでいいと思っていた。

 だけど、入院を伝えたその時だけは、「がんばれ」とか「また話しにおいで」とか、励ましてもらえることを期待していたから、すごく寂しい気持ちになったのだ。
 いつも話を聞いてくれるからと親近感を抱いて、友達だと思っていたのは千尋だけで、天狗はそうでもなかったのかもしれない。

 そのときのやりとりを思い出しただけで、目に涙が浮かんできた。
 明るい月から目をそらして、視線を自分の手元に落とす。一粒だけ落ちた涙が、月明かりを青白く反射する。
 その青白さに、千尋はさらに悲しくなってきてしまう。

 ベッドサイドに置かれたデジタル時計は、21時を示している。夜はまだこれからだ。
 眠れない夜がこんなにも長いなんて。
 寂しさから両親を思い出してしまい、明日にはまた会えるのに、寂しさが募っていく。
 このまま起きていても寂しくなるだけだろう。千尋は無理やり寝てしまおうと頭から毛布をかぶった。

・・・コン、コン。コン、コン。

 何かを静かに叩くような音を感じて、千尋は目を開けた。
 毛布をかぶったことで、結局寝ることができていたらしい。目が覚めて自分が寝ていたことに気づいた千尋は、今何時なのかと時計を探す。
 しかし、時計を見る前に、窓の外の景色に目を奪われた。

「おじさん、そんなにしがみつかないでよ!」
「そんなこと言われたって!私は高いところが苦手なんだ!」
「大丈夫だって。落ちても、ここ、病院だし」
「そういう問題じゃ…!うわ、急に向きを変えないでくれ!」

 窓の外には、2匹の大きな犬みたいな生き物。そのうちの一頭には男の人が乗っていて、言い合いをしている。
 窓を叩いていたのは、人を乗せていないほうの黒っぽい犬だったようだ。
 一体何なのだろうと目を凝らしてみても、月明かりの逆光で男の人の顔はよく見えない。
 しかし、窓ガラスを通して聴こえてくる声をよくよく聞いてみると、男の人の声は自分のとても知っているものだ。

「…お父さん!」

 千尋は驚いてベッドから飛び起きて、窓際へ降り立つ。
 ここは病院の4階のため、窓を開けようとしても数センチしか開かない。千尋の手がかろうじて外に出せるだけだ。
 その隙間から、千尋は外へ向かって声をかけた。

「お父さん!どうしたの?なんで飛んでるの!?その犬は何!?」

 「お父さん」と呼ばれた白っぽい犬に乗った男性は、犬にしがみついたまま、千尋に向かって腕を精一杯伸ばす。その手には、千尋が見慣れた天狗の「鼻」。

「天狗山の天狗がお前にって!天狗の鼻をなでると願いが叶うんだろう!」

 千尋は、父の必死そうな様子に少し戸惑いながら、窓の外へ恐る恐る手を伸ばした。
 触れた鼻の先端は、不思議と暖かかった。そのままなでると、あたりが淡い光に包まれる。その光のまぶしさに思わず目をつむると、頭上から聞き覚えのある声が聞こえきた。

『今まで“何も”願わなかったのはお前さんくらいでの』

 千尋が恐る恐る目を開くと、目の前には、天狗山の天狗がいた。いつもの赤い顔のままで、いつもより目が優しく見えるのは気のせいだろうか。

『なんじゃ、その鳩が豆鉄砲食ったような顔は。せっかく儂がこうやって来てやったのじゃ。今日くらい何か願ってもいいんじゃないかの』

 カッカッカッと笑う天狗は、月明かりに透けて見える腕を千尋へ延ばし、そっと頭をなでる。

『ほれ、何か言わんか。いつもはあんなに話してたじゃろう』

 目の前の状況がなかなか飲み込めない千尋は、おろおろしながら口を開く。

「身体があるの…?どうしてここに…」

 天狗は、千尋の混乱に一つ頷くと、大仰に立ち回った。

『儂は鼻なで天狗。市井の民の願いを聞き、叶える者ぞ。真に困る者あれば、儂に願うといい!』

 再びカッカッカッと高笑いする天狗は、なぜかとても楽しそうだ。

『さて、千尋よ。おぬしの願いはなんじゃ?』

 呆気に取られている千尋に、天狗が再度問う。口調とは裏腹に、その眼は真剣そのものだ。

「わたしは…」

 千尋は、天狗の目に気圧されながらも、少し考えてから、真っすぐに天狗を見て言った。

「…わたし、―――――――――――!」

 その途端、天狗が宙でくるっと回る。

『我が友の願い、確と聞き届けたぞ!』

 辺りが一層まばゆい光に包まれる。
 あたたかな光の中で、千尋は自分まで光に溶けてしまいそうな、不思議な浮遊感を感じて目を閉じた。
 
 光が収まり、月明かりだけの世界に目が慣れてくると、天狗の姿はすでになく、「鼻」も消えていた。
 さっきまでのできごとが夢だったのではないかと思うほど静まり返った夜空に、月明かりに照らされた大きな犬たちと父の姿が浮かぶ。
 その姿を見ると、千尋は、さっきまで天狗がいたことは幻ではないと思えてくる。

「千尋!明日また来るから!」

 裏返った悲鳴に似た声と、犬たちの「おじさん、もう降りるよ」という声が重なる。
 慌ただしく去って行く後ろ姿に、千尋はくすっと笑って、手を振った。
 ベッドに戻った千尋は、さっきのできごとを思い返してみた。
 天狗は、千尋の名を呼び、「友」と呼んだ。思い出しただけで自然と笑顔になってしまう。
 たったそれだけのことで、明日の手術を頑張れる気持ちになってくる。
 千尋は、不思議な安堵感を抱いて、改めて眠りについた。

episode 名探偵コテン 「いつかまた」

 スハラとオルガの2人は、天狗山の鼻の取れた天狗の前に来ていた。
 あれから1週間経った。
 晴天の下、天狗の鼻は焦げ跡が痛々しく見える。付喪神となっていた鼻なで天狗は、先日の一件で病院に姿を現して以来、姿を見せていないどころか、声すら聞こえなくなってしまった。
 ミズハが言うには、千尋の願いを叶えるために『付喪神』としての力を使ってしまったのだろうとのことだった。
 確かに、分離した身体の一部に力を乗せて病院まで来たのだし、願いを叶えたなら、力を失ってしまってもしょうがないとスハラは思う。

 では、天狗の鼻の修復の話はというと、具体には聞こえてこない。スハラがどうしたものかと考えあぐねていたところ、オルガが天狗山に行って試したいことがあると言い出したのだ。

「オルガ、ここで試したいことって何?」

 オルガは、ちょっとねと言いながら、先ほどロープウェイ事務室の加藤さんから借りた天狗の鼻を、焦げた場所にくっつくように合わせて、手をかざした。
 スハラは何をするんだろうと不思議に思って見ていたが、少ししてオルガが天狗から手を放した様子を見て、息を飲んだ。

「えっ、どういうこと…?」

 スハラが目にしたのは、何事もなかったかのようにくっついた天狗の鼻だった。

「…くっついてる?」

 どんなに目を凝らして見ても、焦げ跡すら消えている。恐る恐る触ってみたスハラに、オルガが微笑みかけた。

「また雷でも落ちない限りは取れないはずよ」

 オルガは、天狗が付喪神に戻ったわけではないという。

「私にできるのは形を戻すだけ。物体の時間だけを戻したような感じかしら。だから、物の時間は戻るけど、失った力は私には戻せない」

 少し寂しげに言うオルガが、そっと鼻をなでる。

「きっと、またたくさんの人の想いを受け止めて、大切にされて、ここにあり続けられれば、還ってきてくれるとは思うけど」

 スハラは、オルガの言葉に頷くと、気持ちを切り替えるように明るい声で言った。

「時間がかかっても、いつかまた必ず会える。私はそれを信じてるよ」

 オルガは、そうねと言って、空を見上げた。
 つられて、スハラも空を見上げる。青空のどこかで、天狗が笑っている気がする。
 
 スハラがオルガと別れて寿原邸に戻ると、尊が真剣な目をして本を読んでいた。その向かいにはテンとスイが陣取って「それ違うよ」と口をはさんでいる。

「何やってるの?」

 勉強が嫌いだったはずの尊が、勉強のようなことをしている。しかも真剣な顔をして。
 尊は、スハラに声をかけられたことに気づいていないようで、目の前で口をはさむ2匹を相手にもせず、真剣に本を見つめている。
 スハラは邪魔をしては悪いと思いつつも、勉強する尊が珍しくて静かに近づくと、開いている本を後ろから覗き込んだ。

「…道路交通法?」

 思わずつぶやいたスハラに、尊が驚いて声をあげる。

「びっ、くりした。なんだスハラか。帰ってたなら声かけてよ」

 スハラは「声はかけたけど」という言葉を飲み込んで、好奇心から何の勉強をしているのか聞いてみる。すると、意外な答えが返された。

「運転免許、取ろうと思って」

 今まで依頼された仕事は、近場のものが多かったし、徒歩のほか自転車やバスを利用することで十分対応することができていた。車を使うことはほとんどないため、先日の天狗山の一件で車を使ったことのほうが珍しいくらいだ。

「きっとさ、車があったほうがいろいろ便利だと思うんだ。それに、いつもスハラが運転してくれるけど、俺も運転できたほうが仕事がしやすくなるかなって」

 確かに尊も運転できたほうが動きやすくなるかもしれない。これからどんな依頼があるかわからないが、だからこそ動きやすさは重要になってくるだろう。

「そっか、期待してるよ。頑張ってね」

 スハラからの応援に、尊は期待するようにと胸を張る。

「我らも期待してるよ!探偵に車は必須だからね!」

 「探偵」に凝りてないテンとスイも、期待に目を輝かせた。

 ※ ※

 天狗山のとあるレストラン。
 久しぶりにここを訪れたその客は、店内を見回して懐かしさをかみしめた。

「いらっしゃいませ」

 客に気づいたシェフが声をかける。
 客はシェフの顔を見て、さらに懐かしさがこみ上げた。

「柴田さん、お久しぶりです」

 シェフは名前で呼ばれたことに驚きながら、その客の顔を見つめる。
 ほどなくして、それが知った顔だと気づいて、あっと声を上げた。

「雅木さんですか、いやぁ何年ぶりでしょう」

 雅木と呼ばれたその客は、15年ぶりでしょうかと返す。
 シェフの妻が二人のやりとりに気づき、厨房から顔を出した。

「お元気そうで何よりです。…娘さんも、お元気ですか」

 シェフの子供は、幼い時、身体が弱く、入退院を繰り返していたはずだ。大きな手術も何度か経験したと聞いている。
 しかし、シェフの顔を見ると、渋い顔をしている。
 客は、聞いてはいけないことを聞いてしまったかと焦り始めたその時、ドアを開けて勢いよく飛び込んでくる人があった。

「お母さん、ちょっと聞いてよ!さっきそこで家庭ごみ捨ててる人いたんだけど!!」

 元気にまくしたてるように話すその人は、明朗快活を絵に描いたような若い女性だった。

「こら、千尋。お客様の前だぞ」

 渋い顔のままのシェフは女性をたしなめた後、客に目を向ける。

「見てのとおり、元気すぎるくらい元気にしていますよ。あの頃が嘘のようで」

 シェフは困ったような、しかしどこか嬉しそうに眼を細めた。

「いろいろ苦労しましたが…、やっぱり元気が一番ですよね」

 千尋と呼ばれた女性は、いたずらっぽい目をして、客に「ですよね」と同意を求める。
 客は、その言葉にそうですねと深く頷いた。



※エピソード一覧

・第1部
ep1「鈴の行方
ep2「星に願いを
ep3「スカイ・ハイ
ep4「歪んだココロ
ep5「ねじれたモノ
ep6「水の衣
ep7「嵐の前の静けさ
ep8「諦めと決意
ep9「囚われの君へ

・第2部
ep1「北のウォール街のレストラン
ep2「高嶺の花
ep3「名探偵コテン」←今回のお話

・サイドストーリー(ショートショート)
epSS「雪あかり
epSS「消防犬ぶん公
epSS「雪あかりの路2023
epSS「アナタニサマ

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