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ハードボイルド・キャンディ・タウン -1

俺たちは数なんて数えない。せっかくの乾ききった場所が、湿気た気分で台無しになるからだ。さっさとボストンバックをぶら下げて、ロータリーへと歩き出す。一体全体、札束なんて火星のどこで使うというんだい?

タクシーが列をなす町から、タクシーはおろか車一台走らない町へと、俺は目指す。自称火星人すら寄りつかなさそうな土地を俺は知っている。地球に戻ったつもりで、暮らしを立て直すわけじゃない。

ここまで来て何を考えてるんだ?と君はぼやくかもしれない。でも、君は覚えてるだろ?君は地球に留まったんだ。俺は赤い星がいつも瞬くので、呼ばれて来たんだ。

札束なんてくれてやるさ。

*

タクシーが辺境に着くと「こんなとこでいいんですか?」と運転手はためらった。「以前にもここらへんで下車したまま、戻らなかった人がいるんでさあ」と渋々メーターを倒す。俺は数えもしない札束で料金を支払う。釣りなんていらない。

タクシーが行ってしまうと、もうもうと砂煙が辺りを覆った。つむじ風が遠いところを通りすぎ、そろそろ喉が渇いてきた頃、ずんと重低音が響いて街が現われた。半透明の街は俺を包み込むように広がっている。円環状に歪んで見えるのは、視覚的な補正がかかっているせいだろう。

とても青い色をした街で、使われている透明素材はガラスとは違ったなにかだった。俺はこの輝きを求めてやって来たんだ。地球で観察した紫外線B波の計測値どおりだった。

誰も知らない、ここは俺のバビロンなんだ。

*

この都市のだいたいの機能は把握していた。読み取ったデータには都市への入り方から駆動方法、退出方法まで含まれていた。

マニュアル付きなんて、奇妙な都市だ。車ならまだしも。

地面に図形を幾つか描くと、それが暗証番号の役割を果たす。持っていた古い鍵で描き終わると、俺の前に扉が現われた。扉の前には一人の男が座っていた。

「うかうかしていた。横取りする二番手が現われちまった」とその男は言った。

「いつからそこにいる?」と俺はそいつの奇妙な服装をじっと見た。すごくボロボロで、数日やそこらの様子ではない。

「日数なんて忘れたよ。せっかく扉までたどり着いたのに、肝心のノブがついていない。扉は押しても引いてもビクともしない」

そんな問題があることなんて、俺も知らなかった。俺もこの男と同じ運命になってしまうのか、不安がよぎった。

その時、背後に慌ただしい気配がして振り向くと、髪を振り乱した女が立っていた。ゴーグルを装着し、息を切らしながら「そこをどきな!」と彼女がいきなり叫ぶと、いきなりバズーカ砲がぶっ放された。扉は木っ端みじんとなり、俺たち三人は都市に吸い込まれた。

*

都市の中に入ってしまうと、扉は再び元の姿に戻っていた。

「あたしはもう何十回とここに来ては、中に入れずに追い返されたんだ。やっと方法がわかったよ」と女はにんまりと笑った。「扉に侵入を察せられちゃいけない。だから、不意打ちしかない」

結局、俺たちは都市を独り占めということを諦めざるを得なくなった。

「あたしはサラ、火星の歴史学者で理論物理学チーム所属。こいつはトム、同じく歴史学者で生物学チーム所属」と彼女が名乗った。

だいたいの経緯は想像できた。とんだ学者たちだ。

俺はジロウという名の流れ者で、個人的に情報を解析してこの都市の情報を収集して、地球からやって来たばかりだと伝えると、彼らは詳しい情報を知りたがった。

今さら隠したところで俺たちは同じ穴のムジナだ。俺はノートを見せた。彼らは何度もページを繰り続けた。そのうち、彼らは目を輝かせて言った。

「これはここの取扱説明の内容で間違いないのか?どう読んでも、これは都市の説明書ではないのだが」と生物学専攻のトムは混乱していた。

「ここが都市ではないとしたら?」と理論物理学の勘を働かせたサラが、奇妙な図を描き始めた。それは完璧なまでのトリセツの解説図だった。

(To be continued.)


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