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医大生の小話 部活動でレギュラーを張り続けることの重要性について

こんばんは。一昨医です。
今日も投稿読んでいただいてありがとうございます。

小さい成功体験を大切にしてほしい話|一昨医(ototoi)/塾なし現役・国立医大生の勉強法と考え方 (note.com)

こちらの続編になります。
当たり前のことなんですが、僕がとても大切に思っている価値観なので、気が向いたら読んでいただけると嬉しいです。

高校野球で補欠部員との絆が美談として描かれることへの違和感

この季節になると、ニュースや新聞など、各メディアで高校野球が報道されます。
野球好きの僕としては、各チームの思い入れも少しはわかるし、何よりどんな選手が今年ドラフトにかかりそうか見定める機会として、毎年のように見ています。
IDの高い野球をやっているチームに魅力を感じますし、スター選手の登場にも心が躍ります。

ですが、補欠部員との絆が美談として描かれることにはいつからか違和感を感じるようになりました。
もちろん進路を選んだのは各部員ですし、彼らのその判断そしてこれまで積み重ねてきたであろう努力に対して、尊敬の気持ちが大きいです。
強豪校ならではの厳しい生活に耐えた、人間的な成長も魅力です。

ただそれはメディアで取り上げるべきことなのか?
強豪校の補欠と、中堅校の主力とどちらが満足いく選択なのか?
そもそも野球に焦点を当てすぎでは?
高校生の本分は文武両道であるべきでは?

などと、疑問点が次々に浮かんできて、もやもやしてしまいます。
これに対しては様々な意見があるでしょうし、僕もこれという結論・主張はありません。
ただ、美談として毎年こぞって報道するのはいかがなものかと思います。

中堅~弱小校ではレギュラーを張り続けるべき

全国レベルの競技力がないのなら、レギュラーで試合に出ないと部活動は何の意味もないというのが僕の持論です。

当然、下級生の時に下働きをすることはとても重要です。
部活動の全体の流れを把握すること、地道に訓練できる能力を養うことなど、一見無意味に見えて、学ぶことがあまりにも多いからです。
逆に下働きゼロでやってきた、あるいはサボってきた人は、いつかどこかで苦労することと思います。

控えの経験も必要でしょう。
バイプレーヤーの存在はチームスポーツにおいては欠かせませんし、下働きと同様に、ワンプレーへの集中力など学ぶことも多いです。

ですが、例えば3年間なら3年間、レギュラーの経験がないというのは人生において大きな損失だと思います。
なぜなら、試合に出ないとわからないことが山ほどあるからです。

試合というのは勝負ですから、競技をやっている以上、そこでいかにして結果を出すかというのが一番の命題になってきます。
その厳しさは経験しないと絶対にわからない。
技術とメンタル、相手との相性、その日の体調などなど。
調整すべきことが山のようにあります。
そして、レギュラーであることによって、その勝負に晒される回数(つまり成長するヒリヒリするようなチャンス)が圧倒的に増えます。
だから真剣に競技に取り組んだうえで、試合に出ることに意味がある。
勝負の場に立つことに意味がある。

強豪校になればなるほど、勝負の回数と厳しさは増してくるわけで。
だから少しでも強いチームで経験を積むことが自らの成長にもつながってきます。
これってサッカーの海外移籍のステップアップの仕方を見ているとよくわかりますよね。

3年間下積みで耐え忍んだことも評価されるべきですが、もっと貪欲に競技に取り組まないと、その競技を選んだ意味が全くないと思います。
「部活動」部に入っているんじゃないんだから。
それなら他の競技やればいいじゃないかと思うんです。
もしかしたら素質があってインターハイ行けるかもしれないし。

世の中にはスポーツ以外にもいろいろな分野があるし、スポーツで突き抜けられない実力なら、部活動で学ぶべきは今後に生かせる何かしらの能力です。
仲間と青春っぽさを味わうのも一興ですが、ずっとそれじゃあ味気ない。
中学でも高校でも大学でも、どこか1回でも熱量と時間をかけて、(できれば世界を狙える)競技に取り組んでみてはいかがでしょうか。

僕は大した選手ではなかったかもしれないけど、自分の能力を最大限活かすところまでは持って行けた自負はあるし、大舞台での経験は今の自分を支えてくれます。
あの時の緊張を乗り越えて結果出せたんだから、今回も大丈夫って思えます。

そう思える経験をあなたがこれからできるように、祈りつつ今日はペンを置きます。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。

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一昨医(ototoi)
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