見出し画像

マッスル・シフト 第一章 2 筋肉株バブル、ついに始まる

東京・八重洲口、証券会社の大型株価ボードの前。

「マッスルテック、まだ買えますかね?」
「もう遅いって!ほら、またストップ高」
「ウソだろ......昨日の終値から一気に値幅制限まで!」

朝から異様な熱気に包まれた株価ボード前。スーツ姿のサラリーマンから、スマートフォンを握りしめた主婦まで、実に様々な人々が株価の変動に一喜一憂している。

「人工筋肉のパイオニア企業・マッスルテック(証券コード:9999)、初値から15分で値幅制限に到達。現在、売り注文ゼロの買い気配継続中——」

街頭の大型ビジョンで、経済ニュースのキャスターがまくし立てる。

「さらに関連銘柄も軒並み高騰。フィットネス大手のBODYMAX、プロテインメーカーのプロマッスル、ジム運営のマッスルプラネット......すべてストップ高となっております」

画面には、次々と銘柄と株価が表示される。

マッスルテック(9999):+1500円(+29.9%)
BODYMAX(8888):+500円(+29.9%)
プロマッスル(7777):+800円(+29.9%)
マッスルプラネット(6666):+1000円(+29.9%)

「これぞまさに、筋肉バブルの到来か......」

スタジオの経済評論家が神妙な面持ちで解説を始める。

「政府の筋肉倍増計画、これは単なる福祉政策ではありません。新たな産業革命の幕開けと言っても過言ではない。特に人工筋肉技術は、医療、スポーツ、介護、建設......あらゆる分野に革新をもたらす可能性を秘めています」

歩道には、スマートフォンで株取引アプリを操作する人々の列ができている。証券会社の窓口には、口座開設を求める長蛇の列。

「お客様、大変申し訳ございません。本日の口座開設受付は終了とさせていただきます」

証券会社の受付嬢が深々と頭を下げる。しかし、列は一向に縮む気配がない。

「帰るもんか!今を逃したら、一生後悔する!」
「わたしも筋肉株で一発当てたいんです!」
「今日中に口座作らせてください!」

興奮する群衆を、警備員が必死に抑えている。

証券会社のディーリングルームも、異様な熱気に包まれていた。

「また注文殺到!サーバーがパンクしそうです!」
「海外勢の買いが止まりません!」
「『筋肉ファンド』の組成、どこも後れを取るな!」

トレーダーたちが慌ただしく電話やキーボードを叩く音が響く。

大手証券会社の緊急セミナー会場。「今こそ筋肉株投資!」という横断幕の下、立ち見が出るほどの盛況だ。

「本日の『筋肉革命セミナー』にご参加いただき、誠にありがとうございます」

壇上のアナリストは、最新の市場分析を熱く語る。

「政府の発表した筋肉倍増計画により、関連市場は今後10年で50兆円規模まで成長すると予測されています。これは現在のIT産業に匹敵する市場規模です」

スクリーンには、成長曲線のグラフが映し出される。

「特に注目すべきは、人工筋肉関連企業です。マッスルテック社の特許技術は、世界でも群を抜く完成度。すでにアメリカ、中国からも引き合いが来ているとの情報があります」

客席からどよめきが起こる。

「株価の想定レンジですが......」

アナリストが一呼吸置く。会場の空気が凍りつく。

「3年後の目標株価は、現在の5倍。さらに5年後には10倍も視野に入ると考えています」

歓声と共に、スマートフォンを取り出す音が会場中で鳴り響いた。

東京・日本橋の老舗証券会社。高級スーツに身を包んだ富裕層向け営業マンが、VIP顧客に電話している。

「はい、ご関心をお持ちいただき、ありがとうございます。弊社の『筋肉革命ファンド』はですね......」

応接室では、機関投資家向けの商品説明会が行われている。

「本ファンドは、人工筋肉技術、フィットネス施設運営、プロテイン製造、測定機器開発など、筋肉関連企業を幅広く組み入れております。想定リターンは年率20%以上。もちろん、これはあくまで予想であり...…」

別のフロアでは、ネット証券の宣伝部隊が新CMの打ち合わせに追われていた。

「筋肉投資を、あなたのスマホで!」
「今なら、筋肉関連銘柄の取引手数料無料!」

渋谷のカフェ。女子会の話題も、株の話題で持ちきりだ。

「ねぇ、マッスルテックって知ってる?」
「知ってるわよ!今朝からストップ高が続いてるんでしょ?」
「わたし、早速口座開設しちゃった!」
「えー!私も作ろうかな......」

秋葉原の電機店。大型テレビが並ぶ売り場の全画面で、株価速報が流れている。

「マッスルテック関連銘柄が示す驚異的な上昇は、まさに社会構造の大転換を示唆しています」

解説者の声に、足を止めて見入る人々が増えていく。

「かつてのIT革命に匹敵する、あるいはそれを超える変革になるかもしれません」

東京メトロの車内。つり革につかまった手で、スマートフォンの株価アプリを覗き込むサラリーマンたち。

「うわっ、また上がってる......」
「なんで俺、朝イチで買わなかったんだ......」
「明日こそは絶対に!」

大手町の某投資ファンド。緊急会議が開かれていた。

「筋肉関連株の組み入れ比率、すぐに引き上げろ」
「他社は既に動いています。出遅れは許されません」
「海外投資家からの問い合わせが殺到していますが......」

午後の株式市場。マッスルテックをはじめとする筋肉関連銘柄は、終日ストップ高。引け後も売り気配ゼロの超人気となった。

証券アナリストたちは、競うように強気のレポートを発表する。

「人工筋肉技術は第四次産業革命の主役となる」
「筋肉関連銘柄に死角なし」
「今こそ筋肉株の買い場」

夕方のニュース番組では、街頭インタビューを放送している。

「株式投資は初めてですが、これは買うしかないと思って!」
「娘の学費のために投資を始めました」
「含み益が出てます。明日も上がると思います!」

熱気は夜になっても冷めやらない。

居酒屋では、サラリーマンたちが舌鼓を打ちながら、スマートフォンの株価アプリとにらめっこしている。

「明日も上がるよな?」
「それはもう!政府が本気なんだから!」
「よーし、退職金の半分つぎ込んじまおうかな!」

この日、東京証券取引所の売買代金は、リーマンショック以来の高水準を記録した。

そして、この熱狂は、まだ始まったばかりだった。

いいなと思ったら応援しよう!