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『婚姻FA』 プロローグ 可決

「賛成多数により、可決いたしました」
衆議院本会議場に議長の声が響く。傍聴席がざわめく中、粛々と議事が進行していく。婚姻関係円滑化法、通称「婚姻FA制度」の成立である。
時計は午前11時38分を指していた。

「臨時ニュースです」
買い物客で賑わう電器店の大型ビジョン。 各局が一斉に速報テロップを流し始める。
「婚姻関係円滑化法が可決されました。この法律は、結婚3年以上の既婚者に対し、新しいパートナーとの再出発を認める画期的な制度です」

「この法案が提出された背景について、詳しく解説します」
お昼の情報番組『ニュースクロス』のスタジオ。 急遽、特集コーナーが組まれていた。
社会学者の河野真理子(58)が説明を始める。
「まず押さえておきたいのは、現在の婚姻制度が抱える三つの課題です」
モニターに表示される項目。


『現行制度の課題』

  1. 離婚における配偶者同意の壁

  2. 調停・裁判の長期化による人生の空白

  3. 円満な別れを選択できない制度設計


「特に注目すべきは、配偶者の同意が得られないケース。現行制度では、どちらかが拒否し続ける限り、事実上の別居状態が何年も続くことになります」
「このような状況に対し、個人の幸福追求権をどう保障していくか。それが今回の法案の出発点でした」
河野の言葉に、司会の白石が頷く。 「でも、なぜ今なんでしょうか」
「まず、価値観の変化があります」 河野の声に合わせ、モニターがデータを映し出す。


『意識調査』
・「結婚は人生の必須」と考える層の減少
・「愛がなくなれば別れるべき」という意見の増加
・「個人の幸せ」を重視する傾向


「加えて、晩婚化による課題も」
河野は続ける。 「結婚年齢が上がることで、人生の再選択の機会が実質的に失われる。特に女性の場合、離婚調停が長引けば、新たな人生を始めるタイミングを逃してしまう」


スタジオがしんと静まり返る。
「では、具体的な制度の中身に入っていきましょう」 弁護士の前島が資料を手に取る。

「特徴的なのは、新パートナーの存在を前提とする点です。これは、単なる離婚制度ではなく、新しい人生を選択するための制度として設計されています」


モニターには、フローチャートが表示される。


『手続きの流れ』

  1. FA権取得(婚姻3年経過)

  2. 新パートナーの同意

  3. FA宣言(管理課への届出)

  4. 補償金の算定・支払い

  5. 新たな婚姻関係へ

「補償金制度については、プロ野球のFA制度を参考に設計されています。ただし、これはあくまで算定方法のモデルとして参照したもので...」

「街の反応も聞いてみましょう」 白石の声で、VTRに切り替わる。
繁華街のインタビュー。 様々な表情が映し出される。

「これで人生やり直せる人もいると思います」(32歳・会社員)
「結婚の意味が問われる気がします」(56歳・主婦)
「補償金の具体的な金額が気になります」(45歳・会社経営)


画面がスタジオに戻る。
「施行は7月から。しかし、すでに各自治体では準備が始まっています」 モニターに、区役所の映像。
「FA管理課の設置や、システムの整備。何より、この制度を運用する職員の研修が重要になってきます」


「大きな可能性と課題を孕んだ法案ですね」 藤堂が前を向く。
「個人の自由の拡大、多様な生き方の実現。 確かに、終身雇用から転職が当たり前になった 労働市場の変化と似ています」
「一方で、家族の在り方そのものが変わる」 大森が続ける。 「特に子どもたちへの影響は計り知れません」
「また、経済面での影響も」 前島が資料を手に取る。 「補償金の支払い能力によって、制度を利用できる層とできない層が 明確に分かれる可能性があります」
「この法案の評価は、まだ分かれています」 藤堂が締めくくる。

「しかし、間違いなく言えるのは、この制度が私たちの『結婚』という概念を、 大きく変えようとしているということです」

画面に、雑踏の中の人々。 若いカップル。 中年の夫婦。 それぞれの表情に、様々な思いが読み取れる。

施行は7月から。 誰もが、この制度が何をもたらすのか、まだ想像もできていなかった。




同じ頃。 都内の法律事務所。
鷹宮弁護士
「始まるな...」
夕暮れの窓の外で、街が輝き始めていた。

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婚姻関係円滑化法(通称:婚姻FA制度)が施行された。 結婚3年以上の既婚者に、新しいパートナーとの人生をスタートする権利を認めるこの制度。…

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